第117話 熱き恋人達
お待たせしました。
午前中の試験が終わり、俺とマヤ、ミズキはユイやセネカと合流。中庭の芝生の上で弁当を食べ始める。‥‥周りの視線が凄い事になるが気にしない。気にしだしたら負けだからな。
「ユウキ、私が作ったサンドイッチはどうかな? く、口に合えば良いのだけれど」
「うん、美味しいよ。野菜とハムも絶妙な味付けだし、パンも柔らかいからな。料理上手くなってきてないか?」
「ええ、最近頑張って勉強してるから。私の家に今度来た時は、腕によりをかけてビーフシチューをご馳走するから楽しみにしていてね」
何だろう。ネリスの女子力が著しく爆上げしてるな。ふと見れば、セネカが意味深な笑みを浮かべている。なるほど仕掛人は君か。彼女を姉としてもだが、女性としても慕っているもんな。互いに苦手な部分を補い、共に鍛え上げている。これは他の女性陣はうかうかしてられないぞ。
「楽しみにしているよ。‥‥あのう、ユイさん? いきなり唐揚げを目の前に出してきて、いったいどうしたんだ」
俺の好評価を得たネリスに鋭い視線を向けるマヤとミズキを尻目に、ユイは俺に近づき唐揚げを口に向ける。まさか、衆人環視の中であれをやる気かい!?
「ユウキ兄ちゃん。はい、あーーん。私の作った唐揚げ食べさせてあげる。食べないなんて言わないよねえ?」
「あ、ああ。というか、唐揚げだと? 転生してから10年は経つが、初めて食べるな。しかし、ユイ。ここは中庭で‥‥」
「ユウキ兄ちゃん。押し倒して口にねじ込んでも良いんだよ? ネリスの料理は食べれて、私の料理は食べれないのかな。‥‥ねえ、口を開けてよ」
や、やべえ。ユイの瞳から光が消えてやがる。ここは食べるしかない! 俺はユイの唐揚げを食べる。うむ、食べ慣れた味だ。伊達に10年近く料理作ってくれただけあって、俺の好みを知り尽くしていやがる。
そして、何より作ってくれたのがありがたい。この世界は香辛料は手に入れるのが大変だからな。帝国内の生産地がギーズ公爵領だけだから、なかなか出回らないし。
「やはり美味しいな、ユイ。昔から食べ慣れた味だよ」
「ふふん、当然だよ。私は10年近くユウキ兄ちゃんの為に料理作ってきたんだ。‥‥ぽっと出の女になんて、まだまだ負けないよ」
ユイはネリスをにらみ付けてそう言う。だが、彼女もさるもの。薄く笑みを浮かべるも、まったく動じていない。つうか、この唐揚げ。いくらかかってるんだろう?
「ユイ! 抜け駆けなんてずるいですよ」
「ユイちゃん、意外と大胆なのね。ユウちゃん、私も食べさせてあげる。さっさと口を開けなさい」
「ミズキさん。勝手に唐揚げ取らないでくれる? ユウキ兄ちゃんに食べさせる為だけに作ったんだから!」
3人による恋敵大戦始まる。つかみあい、激しい言葉をぶつける様に、周りの人達が慌てて逃げだす程であった。その激しさを見ても、セネカは観戦しつつ弁当を食べるだけ。うん。君は将来、絶対に大物になれるぞ。勇者の肩書き無くてもやっていけそうなんだよな。
「ユイさん。私も唐揚げ食べてもいいですか?」
「‥‥ネリス、私の話を聞いてたの?」
「私としてもユウキの好きな味を知りたいんです。それとも自分の料理に自信がありませんか?」
「ぐっ! だったら食べて再現してみなさいよ!!
ユイの了承を得たネリスは、唐揚げをフォークで刺すや、すぐに口に入れる。しっかり味わって食べた彼女は静かに語りだした。
「香辛料をここまで使うなんて‥‥正直引いてます。でも、ユウキの為に作ったのなら、貴女が無茶をしたの分かるわ。ねえ、ユイさん。私にも作り方を教えてくれないかしら?」
「ふん。恋敵に塩を送ると思った? アイラも怖い相手だけど、ネリスもなかなか侮れないね。正妻はマヤでも、ユウキ兄ちゃんの中での1番は絶対に譲らないから!」
おい、アルゼナ。修羅場が既に発生しちゃったじゃんよ! 2人の間に、見えない火花が飛び散って怖すぎる。相変わらず、セネカは面白そうに眺めてるな。ミズキとマヤは‥‥。
「ユイ、ネリス。公衆の面前で醜い争いは止めなさい。貴族令嬢としての品位を疑われるわよ」
「とか言っちゃって、マヤ様も拳を握りすぎてるわね。爪が食い込んで血が出てるわよ?」
「マヤ、さっさと見せるんだ。傷が深いと後が残るから。君は将来俺の正妻になるかもしれないんだぞ? もう少し余裕を見せて欲しいんだが」
マヤの手を治しながら苦言を言う俺。だが、マヤには逆効果だったらしい。治った手で俺の手を振り払い、恐怖の宣言を行ってしまう。
「うるさい! 飾りの正妻になんてなりたくないわよ! こ、こうなったら、私も料理を作ってやるんだから。まずはネリスが作ったサンドイッチから‥‥」
「「止めなさい! 家庭科室異臭発生事件を忘れたの(か)!?」」
家庭科室異臭発生事件は調理実習中に起きた。実習中の生徒達が次々と倒れ、果ては隣にあった技術室で授業を受けていた生徒まで倒れる事態に発展。あまりの惨状に、俺は意を決して顔にタオルを巻き突撃する。
そこで見たのは、マヤが緑色の臭い液体を楽しそうに鍋の中で混ぜていた光景だ。ちなみに他の生徒達は白目を向いて気絶していた。どうしてマヤだけ無事なのか分からなかったが、それはすぐに分かってしまう。
『あら、先生。授業でカレーを作ってまして、もうすぐ完成しますの。ところで‥‥なんで皆さん倒れてるのかしら?』
鍋に入ったカレーと称した緑色の物体から、強烈な臭気が立ち上っていた。うん。あれをカレーと言ったら、本場のインド人の方々が殺意の〇動に目覚めちゃうよ。
『三条、その物体を寄越せ! 皆が倒れている原因はそれだ!!』
抵抗するマヤから鍋を奪い、俺は吐き気と戦いながらも何とか危険物質を焼却炉で焼却処分した。‥‥煙をかいだカラスが何羽も落ちてくるって、相当ヤバい代物だよな? その後、生徒全員は回復。アスファルトの上に正座させれたマヤは、ユイにマイカ、レイ達に無茶苦茶絞られていた。
マヤさん。くさやとか納豆とかシュールストレミングを混ぜたカレーなんて、外道にして非道だからね!? しかも、シュールストレミングを輸入したのはマイカだったらしい。彼女いわく。
『てっきり罰ゲームかなんかで使う思たんやけど、まさか食材として使うとは。‥‥このうちの目をしても見抜けなかったわ。今後、三条はんに食材は一切提供しまへん!!』
事件後、マヤの両親が学校を訪れて生徒や先生方に平謝りしていた。その際、マヤの母親も料理がトンデモで父親が泣いた事は数知れずだと発覚。母譲りの料理下手だと知ったマヤはかなりへこんでいたな。
「マヤ。料理を作ろうとしたら皇女だろうが腕を折るよ? その覚悟があるなら作っていいよ。全てを破壊する料理のせいで、アイラの赤ちゃんが流産したら、確実に首を飛ばすから」
「ひっ! ゆ、ユイ、あれは違うのよ。普通のカレーを作るのはつまらないから、ちょっとしたアレンジを‥‥」
「あれはアレンジなんかじゃない! ただの毒ガス発生源だ!! 君の家庭科が1になって、先生からの評価が『裁縫や掃除等の家事を頑張りましょう。くれぐれも料理に手を出してはいけません。この先、確実に死人が出ます!!』だったのに。それでも、まだ料理をしようとするの!?」
「「うわあ、マヤ様ってヤバい人だったんだ」」
「し、信じられない。マヤってアレンジャーだったのね。たぶん、良かれと思って色々ぶっ込むタイプだわ。味覚は普通みたいだから、まだ救いはあるはず。あるわよね?」
「ちょっと、ネリスにセネカ! そんなゴミを見るような目で私を見ないでくれない!? ミズキさんもかわいそうな子供を見るような表情を止めて!! ‥‥ユウキ。私の料理って、そんなに駄目?」
「駄目だな。焼却炉に持っていく間、リアルに『目が、目がああ!!』状態になったから。焼却炉で燃やしたはいいが、今度は臭いでマーライオン化してしまってな。しばらく体調がおかし‥‥」
「そこは私をフォローしてよおお!! 無慈悲な現実を次々とぶつけて来ないでええ!!」
いや、マヤさん。さすがの俺も擁護できませんから。下手したらテロリスト扱いされそうだったんだよ、君は? マヤが泣き出し、恋敵大戦の幕はマヤの大敗で幕を下ろす。‥‥これ、午後の試験は大丈夫かなあ?
次回、午後の試験での騒動。




