第115話 学院入学試験の始まり
お待たせしました。
ギーズ公爵との同盟が決まって1週間。学院入学組は勉強と訓練に明け暮れた。俺とマヤ、ユイとセネカはアヤメやネリスに学問から礼儀作法まで徹底的に叩きこまれる。あまりのスパルタぶりにユイは音を上げていたが。
彼女の場合はギーズ公爵家より侍女がやって来て、生活が様変わりしてしまったストレスもあるからな。ファルディス家の一室を借りて、本当のお姫様のような生活になってしまった。たまに侍女達から逃げて俺の部屋に隠れるようになってるし。そんな時は彼女をかくまうようにしているけどな。
それと‥‥最近、マヤもおかしいんだよ。妙にネリスを敵視しだしたというか。勉強の時も注意したネリスを威嚇したりしているし。後で泣いているネリスをなぐさめるのが大変なんだから止めて欲しい。まあ、理由は分かるけどな。俺の中でネリスの方が自分より上なのが、すごく嫌なんだろう。
そんな人間関係でのギスギスを乗り越え、やっと入学試験の日がやってきた。やって来たんだが‥‥。
「壮観だな。学院の入学希望者がこれ程とは」
「私も初めて見たけれど、ここまでの数とはね。ざっと見て1000人近くいるじゃない」
俺達が今いる学院の校門の前は、多くの人々の熱気と気迫に包まれていた。人間の貴族や平民の子弟はもとより、獣人やエルフにドワーフ等の子供達も多い。人種や身分に問わず、門戸を開いているのは本当みたいだな。
ちなみに俺とマヤは筆記試験は免除されているから、ここには並ばないですんだ。代わりに試験監督官を任されたがな。『神眼スキルでカンニング野郎を捕まえてくれ』と、学院長のありがたい言葉と共に。
そう言えば、ユイとセネカは無事試験票をもらえたかな? セネカはともかく、ユイは昨日も徹夜で勉強していたから少し心配なんだよ。
「ユウキ君、マヤさん。驚いてないで手を動かして欲しい。試験票を渡して試験会場へ受験者を移動させないといけないから」
「‥‥ふん。分かりましたわ、リーキッド先輩」
「ううっ、マヤさんが怖い」
「おい、マヤ。学院では、外の身分は関係なく先輩後輩の関係は絶対だ。余程目に余る所業をしたら罰せられるが、リーキッド先輩は俺達に指導をしているだけ。しっかり従わないと評価点に響くぞ?」
「わ、分かっているわよ! すいませんでした、リーキッド先輩。お仕事しっかりしますので」
謝っているようで、謝る態度じゃないんだよなあ。瞳に嫉妬の炎が燃え盛ってるし、顔はこわばってるし。あっ、さっさと行ってしまった。後で注意しないとな。ネリスは年上で、しかもマナーや勉強の先生でもあるんだ。恋敵とはいえ、そこは弁えてくれないと困るし。
「リーキッド先輩、マヤがすいません。学院の先輩として、これからも色々と教えて下さい。貴女の教え方は分かりやすくて面白いですから。誰よりも努力をしているネリスは輝いて見えるよ」
「ゆ、ユウキの馬鹿。そんなに言われたら、私は‥‥はっ! ユウキ君、すぐに試験票を配って誘導するんだ。急がないと間に合わなくなるからね」
顔を真っ赤にしながらも軍師モードに戻ったネリスは入学試験者達に試験票を配っていく。俺も彼女の動きを見ながら、渡した人が重ならないように配る。俺達の枠は100人。しかし、世の中には色々なスキルを持っている人間が多いな。ただ、あまり良くないスキルを持っている奴もいる訳で。
『詐欺師に触手魔法、魅了にスキル強奪等の危険なスキル持ちもいやがる。まあ、実力が上の人物には通用しない欠点があるから救いはあるが』
「ユウキ、終わったかしら? すぐに試験会場に向かうわよ。私達は試験監督官なんですからね!」
試験票を配り終わったらしいマヤが、俺の手を引っ張って試験会場へと連れて行こうとする。って、待て待てい! 俺はまだ配り終えてないっての。
「マヤ、先に行っててくれるか? 俺はあと何人か配らないといけないから」
「‥‥分かったわ。ユウキもすぐに来てよ? 先生達の中で1人はさみしいんだからね」
マヤは不満そうではあったが、先に試験会場に向かってくれた。俺は入学試験者に試験票を配り終えるとネリスを探す。しばらくして、校門から少し離れた場所にある木に寄りかかった彼女を見つけた。
ため息をついてる所を見ると、だいぶ疲れているみたいだな。大勢の人と接するのが苦手だから仕方がないが。
「ネリス。試験票は配り終えたから俺も試験会場に向かうよ。顔色が悪いけど大丈夫か?」
「‥‥大丈夫。私はいいから試験会場に向かって。遅れるとマヤ様がうるさいわよ」
暗い表情を浮かべる彼女を見て、俺はしばらくマヤを待たせる事にした。あいにく苦しんでいる女性を放置する趣味は無いからな。
「あのなあ。顔色の悪い恋人を放っておく薄情さは俺には無いんだよ。よし、誰も見ていないよな。それっ!」
俺はネリスの体を優しく抱きしめる。やはり体が震えているな。大勢の人間の前に立った上にマヤの攻撃もあった。ネリスは精神的にもろい部分があるから、かなり心配なんだ。かつての俺やレイ以上に弱いかもしれない。だから、しっかりケアをしないとな。
「ユウキ、私を甘やかすと後が大変よ? どんどん貴方に依存していくわ。今もかなり依存してるし、このままだと私は‥‥」
「構わないさ、ネリス。君1人を愛する事は出来ないけれど、君の支えにはなるつもりだ。悩んだり苦しんだりした時は俺を頼れ。力の限り守ってやる」
ここまで言ったら、我慢しないで俺を頼ってくれるだろう。おや? なんかアルゼナからの通信が入ったな。随分と久しぶりな気もするが見てみるか。
『ネリスちゃん、君に対する狂信の愛を獲得。あーあ、もう彼女から離れる事は出来ないよ。一生面倒を見る覚悟はしてね。まっ、彼女と仲良くしてると君にとって大きなプラスになるから結果オーライかな?』
狂信の愛ね。そこまで愛してくれるんなら裏切る心配は無いだろうけど、俺を束縛しだしそうで怖い気もする。
「‥‥そう。私を一生守ってくれるのね。だったらお礼をしなくちゃ」
「ネリス? って、うわっ!」
そう言ってネリスは俺の唇を奪う。舌を絡める激しいキスに俺は戸惑いと焦りを感じ出した。彼女の性格からして、ここまでの事をしない女性だったからだ。慌てて離れようとするも、手の力が強く全く脱け出せないでいる。誰かに見られたらまずいこの状況。助けてくれたのは、筆記試験を控える2人だった。
「ユウキ兄ちゃん、昼間から何をしてるの!? ネリスもいい加減離れて!」
「はい。ネリスお姉ちゃんも止めてね。昼間から濃厚なキスをしないの」
ユイとセネカが俺達を引き剥がしてくれた。ありがたいと思ったら、今度はユイが俺の唇を奪う。ちょっと、ユイさん! 君は止めに来たんじゃないの?
「よし、私のキスで上書き出来たね。ネリスの場合は依存性の強い恋愛気質だから、優しくし過ぎるのも考えものだよ。ユウキ兄ちゃんも気を付けないと」
「ネリスお姉ちゃんは心が弱い分、誰かに頼りたがるからね。とはいえ、警戒心が強いから簡単には心は許さない。ユウキ様はその警戒心を解いて、これでもかというくらい優しくしちゃうんだもん。ネリスお姉ちゃんが落ちたのも分かる気がするよ」
「‥‥2人とも酷い。私の内面を暴露するなんて」
なんか2人ともネリスの事をよく理解しているな。セネカはともかくユイは意外な気もするが。さて、そろそろ試験会場に行かないとな。ユイとセネカを連れて行けば、マヤにも言い訳はたつだろう。
「分かった。俺も気を付けるから。2人とも試験会場に案内するよ。ネリス、また後でな」
「うん。ユウキ、私今日はお弁当作ってきたの。貴方の分も作ったから、後で一緒に食べましょうね」
まだ12歳のはずなのに、ネリスから大人顔負けの色気が出てる!? あれ、俺はなんか目覚めさせちゃいけない何かを目覚めさせちゃったかね。
「ほら、ユウキ兄ちゃん! さっさと行くよ。これはまずいな。前世のアドバンテージなんてあぐらかいてたら、ネリスに全部持ってかれちゃう」
「ユウキ様、末永くネリスお姉ちゃんをよろしくね。お弁当、慣れない手つきで作ってたけど味は保証できるから」
マヤに続き、ユイも警戒し出してるな。そこまでネリスが怖いのか? 彼女の弁当を楽しみにしつつ、試験会場に入る俺達。そこで待っていたのは、試験に合格する為にあの手この手を使う輩との対決だった。‥‥異世界でも変わらないんだなあ、この問題は。
次回、カンニング軍団との対決。




