第101話 侯爵夫人、無惨‥‥
お待たせしました。
「出迎えご苦労、愚かなるリーキッド侯爵家の方々。しかし、お主らは頭のネジが外れてるのか? ラクシュア乱用の馬鹿息子を出したばかりか、逆恨みをしてユウキを殺そうとする輩まで出すとはのう。しかも、妾の目の前で。リーキッド侯爵よ。この落とし前はどうするつもりじゃ?」
「「「「‥‥‥‥‥‥‥」」」」
辺りの空気は氷点下に近く、闇の闘気全開なレイに対してリーキッド侯爵家側は何も言えない。さあて、どうしてくれようか? 最早、こいつらに権力を握らせ続ける訳にもいかん。いっそ、シンシア様にリーキッド女侯爵を名乗らせるのも手かな。今度、皇帝陛下に上奏してみよう、そうしよう。
「返事が無いのう? どうやら犠牲を出さねば話にならんらしい。まずは、ここにいるサーラとやらをあの世に送るとしようか」
「んんっ!? ううんっ! んー、んんーー!!」
「‥‥サーラ姉様、さようなら。私、信じていたのに」
レイの言葉にサーラは必死に体を動かし、逃げようとする。その様子を見たネリスは、冷ややかな声で別れを告げた。いや、往生際が悪すぎだろ。スパイの真似事してばれても命が助かるって、やむにやまれず脅されていたとか、家族を人質とられたとかの事情無い限り無理だから。
自分で侯爵に股を広げて子供を作り、それで首輪つけられたなら同情の余地は無いぞ。
「うるさいのう。自分の欲で親友を裏切ったのが悪い。せいぜいあの世で後悔するが良いわ。死ね!」
「んんーー! んっ、んんっ、んん!!」
必死になって、裏切った親友の所まで来て命乞いをするサーラ。だが、そんな彼女に首を横に振るシンシア様。その表情は悲しみと怒りに彩られていた。
「貴女が情報を流していたのは知っていた。でも、殺すに殺せなかったわ。幼い頃から親しい仲だったから。でも、家に害を為すなら生かして置けない。バルドの築いた家が1番大事だもの。さようなら、私の親友だった人」
「んんぅーー!! んっ、‥‥ん‥‥ん‥‥」
レイの魔力が糸に伝わり、サーラの体を細切れにした。口を糸で塞がれていた彼女の悲鳴は辺りに聞こえず、あっという間にただの肉塊に変わる。血まみれになった床と凄惨な殺害現場を見て、何人かの女性達が倒れたが気にはしない。全てはリーキッド家上層部が悪いんだからな。
「さて、次は誰が死ぬ? いっそ、全員始末しても良いのだぞ? 勅命に従ったユウキを害しようとしたのだ。なれば、皇帝陛下に対する反逆と見なされてもおかしくはないからの」
「‥‥!? お、お待ち下され。私はまるで預かり知らぬ事でした。妻の愚行は必ずや裁きまする。こ、これ以上の殺戮は止めて‥‥」
「リーキッド侯爵殿、それで通ると思うてか!? 我が家と貴方の家は長年の敵対関係にあった。我が家がバージニル帝国に降ったこの時期に暗殺者を送る、戦争を仕掛けるのかと思ってもおかしくなかろう」
うん。エアリアル公爵家から見たら、ガチで喧嘩売られたようなもんだからな。しかし、何だってこのタイミングで侯爵夫人は暗殺者を放った? 俺を殺すなら帝都で‥‥ああ、俺の周りには強すぎる皆さんがいるからか。だから、側にレイ1人となるこのタイミングで仕掛けたのか。悪手以外のなにものでも無いぞ。
「おい、シャナ! どういうつもりだ!? 君はリーキッド侯爵家を潰す気か」
「わ、私は悪くありません。全てはネッドを殺したファルディス子爵が悪いのです。だから暗殺者を放ち、殺すよう指示しました。あの子はただ悪い者達に唆されただけなのに、皇帝陛下も決断が早すぎます。すぐに殺すよう命じるなどあんまりですわ!」
うわあ、腹立つわ。自分の息子は悪くない。全部周りの奴等が悪いってか? そんなだから、ネッドとやらがあそこまで暴走したんだろうに。何か怒りが収まらんな。まあ、一族全てを奈落の底に連れて行きたいなら助けてやろう。ネリス達は助けるけど、こいつらはどうでも良い。
「リーキッド侯爵閣下。今の奥方の発言はリーキッド侯爵家の総意と考えてよろしいか!? 皇帝陛下には、その旨を全てお伝え致しましょう。もっとも、それを聞かれた陛下がどう思われるか。おそらく、怒りのあまり第2皇子様の皇位継承権は失われ、リーキッド侯爵家は取り潰されましょうがね。では、早速報告に‥‥」
「待たれよ、ファルディス子爵! 妻はネッドを失った悲しみで錯乱しているのだ。皇帝陛下に弓引くなど考えてもおらん。賠償等を行うし、謝罪もする。だから、だから皇帝陛下には伝えないでくれええ!!」
‥‥太ったおっさんにいきなりしがみつかれるのって、とっても嫌なんです。しかも泣いてるし。ここでこの体たらくっぷりを陛下に報告されたら、人生詰むから必死なんだろうけどなあ。だったら、息子の素行を治すのに努力をしろと声を大にして言いたいぞ。
「‥‥ファルディス子爵。そして、レイ=エアリアル嬢。この度は愚かな義妹と甥が申し訳ない。第2皇妃として、リーキッド侯爵家の人間として深く謝罪申し上げる」
そう言って、深々と頭を下げたのはアン様だった。彼女の謝罪にシンシア様とネリスが目を見開いて驚いている。確かにプライド高そうな彼女が謝るのは驚いた。ちょっと、神眼で‥‥ひい!?
『アン=ヴァングリーブ。度重なる実家の不祥事に殺意と憎悪を募らせ、もう限界。とうとう感情の導火線に火がついた。その火は誰にも消せはしない。神様コメント ‥‥ええと。おっ、あった、あった。彼女の怒りは、ユニヴァーーース激激!!状態です。ユウキ君、今から何が起こっても驚かないで。なんだったらレイちゃん達となぐさめあおう』
アルゼナさああん!? 何故、君が怒りのレベル15段階表現を知っている。つうか、ヤバイわ。あのおちゃらけアルゼナが真面目なコメントって、嫌な予感しかしねえ。ふと見れば、あのレイさんも顔がひきつってる。冷や汗も出てるし、強大な負の感情を見てしまったんだな。
「さて、シャナ。こちらに来なさい。大事なお話がありますからね」
「アン様、何ですか? 私は謝りませんわよ」
おい、止めてくれえ! それ以上アン様を刺激するな。今にもキレそうなのを抑え込んでるんだぞ。あっ、アン様の方から近づいた。左手でシャナ様の肩をつかんで笑みを浮かべる。だが、その笑みは見た人を凍りつかせる程に恐ろしい。
いや、リーキッド侯爵家の皆さん。シャナ様の周りから逃げないで止めなさいよ。確かにアン様怖すぎだけどさ。
「‥‥シャナ、今までご苦労様でした。最後の仕事として、これをネッドに渡してくれないかしら?」
「えっ? これはネッドへの手紙ですか。しかし、ネッドは既に‥‥がはっ!?」
アン様の右手にナイフが握られ、それはシャナ様の腹に思い切り突き刺していた。みるみるうちにドレスと床に血が広がっていく。かなりの深手か‥‥。
「あ、アン様!? な、何を」
「あんたがあの世に持って行くのよ! 母子共に私の顔に泥を塗りやがって。皇帝陛下のご不興をかったらどうしてくれるの!? あんたの頭は空っぽか、この馬鹿女があ!!」
「‥‥や、やめて下さ‥‥い。私は悪く‥‥ない。悪‥‥いの‥‥は」
「黙れ、黙れ、黙れええ! シャナ。貴女のそこが昔から大嫌いだったのよ。自分に甘く他人に厳しい所がね。さっさと死ねえい!」
「や、やめてくれ、姉上! 何をしている、皆で第2皇妃様を止めろおお! 乱心されたぞお」
「くずで間抜けのあんたのせいでしょうが! 私が怒る前に、シャナの行状を治す努力をしなさいよ!!」
夜叉の形相と化したアン様が、ナイフでシャナ様の腹を何回も滅多刺し。さすがにリーキッド侯爵家の人々も止めに入る。何とか引き剥がせたが、あれは助からんだろ。刺された箇所から出血多量だし、口からも大量に血を吐き出してる。唯一治せるのはネリスだが‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
目に光が無く、虚ろな表情を浮かべているな。このまま、ここに留まらせる訳にもいかん。俺はあまりの状況にあっけにとられているレイの手をつかみ、シンシア様とネリス、セネカの元へと向かった。シンシア様は頭を抱え、セネカもため息をついている。精神的に参っているようだし、ここはエアリアル公爵家に世話になるとしよう。謝罪も早い方が良いだろうし、ネリスの心も心配だ。
「修羅場は彼等に任せて俺達は逃げよう。レイ、エアリアル公爵家に戻るぞ。リーキッド侯爵家の使者として、シンシア様とネリス、セネカも同行させる。構わないか?」
「‥‥分かった、仕方がないの。ネリスの心も心配じゃしな。あまりにショックな出来事が続いたせいで、心が壊れる寸前じゃ。妾も心を癒すのを手伝うぞ」
「ありがとう、レイ。では、移動するぞ」
こうして俺達は血生臭い修羅場をテレポートで後にする。リーキッド侯爵家の命運? そんなの彼等に任せるさ。大事な女性達の方が数百倍大切だからな。
次回、レイ‥‥そして。




