第89話 神が争奪する勇者の生い立ち
お待たせしました。
「ええと、ぼくはラーナさまのしんじゃです。だからアルゼナさまのしんじゃにはなれません。ごめんなさい」
「ふーーん、すぐには尻尾は振らないか。なかなか見上げた女の子だね。贈り物はチートスキルと魔弓バルカンなんだけどなあ。Sランクモンスターの皮膚すら射抜ける代物です。はあ。Sランクモンスターの肉は極上の美味さなんだけどなあ。もったいないけど、魔弓は倉庫にしまっちゃおう」
おい、アルゼナよ。明らかに釣りに来てますやん。セネカは‥‥うん。すごく物欲しそうな顔をしだしたぞ。食事量が多く必要な彼女にとって、量が重要で味は二の次そうだからな。Sランクモンスターは巨大な体を持つ魔物が多い。それで美味いなら優先的に食べたいだろう。
勇者の力を持ってるし、俺達が協力すれば何とか倒せるかもしれん。以前、ゴアキメラと戦った時は、マヤとアヤメにユイがいなかったからな。彼女達にミズキ達まで加えたら、何だかいけそうな気がする。
「あっ。ま、まって。そのう、ラーナさまとアルゼナさまのおふたりをしんじるのはだめですか?」
「ええっ! ラーナの奴から君を離したいんだけどなあ。教会の連中が勇者である君を放って置くとは思えない。下手すると道具として使われ続けて、使えなくなったら捨てられかねないよ? 私はそんな事はしない。煩わしい人間から君を守ってあげるよ。さあ、どうする?」
脅した後で、優しく接するって典型的な交渉の技術ですね。俺としてもセネカがアルゼナを信仰してくれるとありがたいな。ラーナ神を信じる教会の連中が信用ならないんだよ。元聖女のスィーリアの暴走を止められなかったし。
「ううっ、たしかにりようされるのはこわい。でも‥‥」
「ゆ、勇者セネカ!! アルゼナの甘言に、オエエッ! の、乗っては‥‥駄目よ」
驚くべき事に、封印された魔方陣からラーナ神が出てきた。身体中にスライムが絡まりつつも、上半身だけは脱出出来たらしい。‥‥いや、まんま有名なホラー映画の女性と化してるんだが!? 髪が乱れて顔が見えない様はまさに同じ状態だし。
「ようやく得た勇者の子供。絶対に手放したくはない! さあ、セネカ。こっちにいらっしゃい!!」
「ひっ! ラーナさま、こ、こわいです。それに、においがすごい」
余裕を失い、目を血走らせながら欲望丸出しで迫ってくれば怖いわな。俺はセネカを後ろにかばうと、ラーナ神に静かに語りかける。
「ラーナ様、大人しく魔方陣の中へお戻りを。あまりの剣幕にセネカが怯えておりますので。ここで無闇に暴れますと、神帝様のご不興をかうだけかと思いますが?」
「嫌よ、嫌よ、嫌よおお!! ようやく本物の勇者が現れたの。勇者と聖女が揃えば、今までのように教皇達がでかい顔は出来ない。腐敗した教会を改革出来るチャンス、逃すものかああ!」
人間に多大な影響力を持つはずのラーナ神も苦労しているんだな。それは分かるが、幼いセネカに無理強いはいけない。俺の女になったし、要らぬ苦労をさせる気はないんだ。
「うわあ、すごい執念だね。ラーナが勇者を手放したくないのは分かるけどさ。残念ながら君は謹慎中なのだよ。という訳で、スライム達! 引っ張れええい!!」
「ぐっ、アルゼナ。私の勇者に手を出すなああ! 離せ、スライム。聖なる炎で燃やすわよ!?」
スライムの力が強くなり、ラーナ神が再び魔方陣へと引きずり込まれていく。全力を出してる神ですら抜けられないって、危険極まりないスライムだな。そのまま魔方陣に引きずり込まれると思った、次の瞬間。彼女の手から光の鞭が現れ、アルゼナの足に巻き付いた。
ああ、これは死なばもろとものパターンですね。さすがのアルゼナさんも顔が青ざめてる。
「ふっふっふ、アルゼナ。こうなったら貴女もスライム地獄に道連れよ。そうすれば勇者を奪われずにすむ。スライム地獄から復活したら、私の駒として活躍させられるわ」
「だああ、やめんかい!! 性悪ラーナ、ようやく本性を現したね。だけどさ、その悪あがきは悪手だと思うなあ。ねえ、神帝様?」
アルゼナの言葉を聞いたのか、神帝様がご降臨された。以前見かけたゴツいハンマーを持って、そのままラーナ神の方へと向かう。ふむ、神眼で見たら感情が激怒と出てきた。‥‥ラーナ神、どうやら盤面は詰んだようですよ。
「ラーナよ、往生際が悪すぎるわ! さっさとスライム地獄で反省せい。そいやっ!!」
「神帝様、止めて下さいまし! ‥‥ゴハッ!!」
神帝様が振りかぶったゴツいハンマーは、隙だらけのラーナ神の頭に直撃。光の鞭が消え、気絶した彼女は魔方陣へと引きずり込まれた。‥‥頭から大量の血と白い何かが出てたけど、死んだりしないよな?
あまりに醜態をさらしすぎたせいか、ラーナ神の信者一同が無表情になっている。自分が信じている神の情けなさを目の当たりにしたんだから、そうなっても仕方ないだろう。
「さて、ラーナもいなくなった事じゃし、本題に入ろう。勇者セネカよ。まずはこのスキルを進呈しよう。チートスキル頭脳明晰により、生まれつきの知識障害を解消出来るはず」
神帝様がセネカに近づくと頭に手をかざす。手の平から光が放たれ、彼女の体を覆っていった。スキルを与えられたセネカの瞳には、高い知性の光が輝く。
「‥‥あれ? 僕の頭の中にあったもやが晴れていく。あっ、簡単な計算も出来るようになったし、色々と覚えられそう。ありがとう、神帝様!」
「神帝様、よろしいので? 勇者を横から取られたラーナ神とアルゼナ神が、怒り狂って反逆する可能性が‥‥」
「待て、待て、待てええい! ユウキ、神帝様に変な事を吹き込むな。ラーナはともかく、私はそんな事をしないから!!」
「勇者セネカに関しては、ラーナ神とアルゼナ神双方の信者とする。これ以上、神様の都合に振り回す訳にもいかぬ。ユウキよ、汝を彼女の保護者に任命する。自分の身を守れるまで、しっかりと守ってあげるのじゃぞ」
分かっていますよ、神帝様。まあ、アルゼナは大丈夫としても、ラーナ神は不満爆発しそうだがな。そういえば、セネカの知識障害って何だろう? 現代日本でも、そんな子供達は数多く存在している。彼女も似たような状態だったのか? 俺の疑問に気づいたのか、神帝様が答えてくれた。
「ユウキよ。勇者セネカは、あのまま成長しても幼児並みの知能しか持たずに人生を終わるところであった。原因は妊娠中の母親のストレスに加え、劣悪な生活環境にある。ゴルディフ公爵の異母妹ユシカは、周囲の人間からいじめられておった。更にグレナムの子を身ごもってからは、乏しい食事で生きていくのもやっと。そのような環境では、セネカに障害が出るのも必然ではある」
神帝様。セネカ本人の目の前で、壮絶な裏事情暴露するのは止めてあげて下さい。本人がいたたまれない気持ちなのか、顔がうつむいてますから! うん? グレナムが近づいてきて優しくセネカの頭を撫で始めた。俺達と対峙していた時と違い、顔付きが全然違う。父親としてセネカを大切に思っているんだな。
「‥‥俺がユシカを救出出来たのは妊娠4ヶ月目だった。実家連中の警備の目が厳しくて近づけなくてな。救出してから、手厚い看護と満足のいく食事をユシカは取れるようになった。娘が無事産まれて嬉しかったのを覚えている。だが、セネカが育ってくるとある事に気づいたんだ。他の子供と違い、物覚えが悪い事に」
「勇者の体を維持するのに必死なあまり、栄養が脳にまで届かなかったのじゃよ。じゃが、わしのスキルによって、セネカの知能はかなりの水準になった。ユウキよ、後はお主の仕事じゃ。しっかりと勇者を育成するのだぞ」
そう言って、神帝様は天上へと帰っていった。後に残ったのはアルゼナだが、とても悪そうな笑みを浮かべておる。これは何か企んでるな。
「よっしゃあ! 神帝様からもお墨付きを得たし、セネカちゃんに色々出来るぞ。まずは魔弓バルカンをあげるね。あとは‥‥チートスキルあげるよ。そうだなあ、究極耐性をプレゼントしよう。毒や病気、妙な魔法にかからなくてすむよ。君の体の中にある毒の問題もこれで解決だ。‥‥お腹空いたからって、バジリスクとか食べちゃ駄目」
バジリスクって、目を見たら石化させられる超危険な魔物じゃないか。セネカってあらゆる魔物を食べてたんだな。これからは美味しい物を食べさせてあげるよ。テレポートで行ける場所はたくさんあるからね。
「ううっ、すいません。でも、お腹空いてたら我慢出来ないの。毒のある魔物でも食べなきゃ生きていけなかったから」
「これからはユウキ君が君の食料事情を大幅に改善してくれるから安心してね! さて、君達にはマヤちゃんの所に行ってもらうよ。向こうもかなり大変そうだし。こっちは私が後始末しておく。グレナムなら心配いらない。セネカが君の側にいる限り、逃げも隠れもしないし」
苦い顔でアルゼナを見ているグレナムを見れば、彼女の見立ては正しいのだろう。そういえば、マヤ達はゴルディフ公爵次男の所に向かったんだよな。ここの重要な顧客みたいだし、点と点が繋がってきた。このまま一気に黒幕連中まで追い込んでやる。
「分かった。グラス、アルゼナと一緒に残ってくれ。俺はミズキとネリス、セネカを連れてゴルディフ公爵領に向かう。偽物勇者のせいで時間をとられた。さっさとラクシュア騒動を収める」
「はっ、お任せ下さい。ラクシュアを得ていた者達を全てあぶり出してご覧にいれます」
「はあ、マヤの手伝いか。気が乗らないな。セネカの実力を見極めるのに丁度良いし、セネカに任せてみましょう」
「ミズキさん、やる気無いなあ。まあ、私としても彼女の本当の力を見せてもらいたいわ。セネカ、勇者の力見せてくれる?」
「は、はい。僕、頑張ります。皇女殿下に認められないと!」
いつの間にやらセネカの実力を試す場となったゴルディフ公爵領。この時、セネカに自重するように言ってなかった事を後に俺は後悔する。‥‥まさか、あんな事になるとはなあ。
次回、セネカによる環境破壊‥‥。




