第86話 司教グレナムと勇者の娘
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教会の前には殺気を放つ子供やシスターと修道士達。更に職人達が待ち構えていた。農機具や剣等を持って徹底抗戦の構え。やろうと思えば簡単に殲滅出来るが、まずは降伏を促すとしよう。
「君達を無闇に殺したくは無い。出来れば武器を捨てて、降伏してくれ。住む場所は提供するし、仕事も斡旋する。ファルディス子爵の名において、必ず行うと約束しよう!」
頼むから降伏してくれ! 女子供相手に、血を流す戦いをするのは気が退けるんだ。
「嘘よ! 貴族なんて平民を消耗品としてしか扱わない!! 私の姉さんは貴族の慰み者にされ、妊娠したら捨てられた。心身共に弱った体で子供を産んだ彼女は、産後の肥だちが悪くて亡くなったわ」
「そうだ、そうだ!! 俺も剣が不出来だと言われて斬り殺されかけた! 領主の息子が鍛練不足なのを棚にあげてな。俺の剣はなまくらじゃない」
貴族に対する不信感が強いな。おそらく、グレナムの所が彼等の避難所代わりに使われているんだろう。ここを潰そうとする俺達は明確な敵と言う訳か。このまま一致団結されてるのはまずい。まずは、敵を切り崩す必要があるな。何かきっかけがあれば良いが。
「‥‥ユウキ様とおっしゃいましたね。私達は皇帝や貴族を信じておりません。彼等には恨みと憎しみこそあれ、尊敬する事はありません。どうか、お引き取り下さい。さもなくば‥‥私の娘が相手です」
「おかあさん、わかった。みんなをまもるね」
先程話したシスターの後ろから剣を持った少女が現れた。澄んだ緑の瞳と長い栗毛の髪は綺麗だし、周りの子供達よりも少し大人びた印象があるな。その瞬間、俺の神眼スキルが警戒モードに移行する。慌てて少女を調べてみると、とんでもない事が分かってしまう。
『セネカ=フォルン。グレナムの娘。職業 勇者。今はまだ卵だが、成長すれば大陸最強となれる素質あり。神様コメント。ユウキ君もとんでもない逸材を掘り出したね。おっ、審査の結果、君のお嫁さんになる事が確定しました。これで嫁探しミッションコンプリートだよ! おめでとうございます。さあ、同い年である8人目の女性を落としてみようか! ヒントは‥‥大量の食べ物だよ』
「おいいいい、アルゼナああ!! そんなミッション作ってたんかい! 皆に何て言い訳すれば良いのやら‥‥と、とにかく戦うのは論外だな。ええと、セネカさん。お腹空いてないかな? こういうのあるけど」
ミッションコンプリートって事は、これ以上増えないから良いかもしれんが、後が怖いな。‥‥おほん、気を取り直してだ。戦闘態勢の彼女の前に差し出したのは、帝都で作られた焼きたてのパンだ。俺のインベントリ内に貯蔵してある食料の1つで、大量に保管してある。遠征や災害時の緊急食料として重宝しているが、上手くいくかな?
「!? だ、だめ。あんなパンなんかで、ぼくはくっしない。おなかすいてるけど、が、がまんするの。‥‥うぅ、おいしそう」
あっ、心が揺らぎだしたな。神眼で調べてみると、かなりの飢餓状態だと分かった。勇者の力を持つ体を維持するには、大量の食事を必要とするらしい。教会の食事だけでは足りず、彼女は山や川で狩猟生活をして糧を得ているようだ。く、苦労してるな。おじさん、ちょっと泣きそうだよ。仕方がない、だったらたくさん食べてもらおうか。
「ええと、ダリアバッファローの丸焼きとパンを更に10斤追加しよう。セネカ、遠慮無く食べて良いよ。お腹空いてるんだろう?」
セネカの目の前の地面に大きな皿を出し、ダリアバッファローとパンを並べる。初めて見るであろう大量の食料を見て、目に見えて動揺を見せるセネカ。これで落とせるかな?
「‥‥きぞくはてき。で、でもたべたい。あんなごちそう、はじめて。う、ううん。だめ、だめよ! ぼくはゆうしゃ。ま、まもらなきゃ、みんなを!」
必死に自分の欲求を抑えて剣を構えるセネカ。勇者の職業を得るだけあって、精神的にも強いな。ふうむ、どうしたものか。おや? 他の子供達の様子が‥‥。
「わあ、たくさんのパンだ! わたしいっちばーーん!!」
「おい、ずるいぞ! 僕だって食べたいの我慢していたのに」
「わあ、このお肉美味しいよ! 初めて食べたけど、普段食べている肉よりも柔らかい」
「こ、こら。皆、落ち着いて! 罠の可能性があるから食べてはいけません。あっ、貴方達も行かないの。止まりなさい!!」
子供達は次々と食料に群がり、パンや肉を食べていく。うーーん、結果オーライなのか? 腹を空かせた者達に食料が効くのは、古今東西変わらない。宗教や思想で扇動しようとも、衣食住満ち足りた者には効果が薄いからな。子供達の行動に大人達も面食らってるし、このまま戦わずに済めばいいんだが。
「‥‥みんなずるい。ぼ、ぼくはがまんしたのに。うっ、うっ」
「ちゃんとセネカの分もあるから安心しろ。とりあえず、これを食べて。甘いシュークリームってお菓子だ。1箱10個入りだぞ」
「あ、ありがとう。はむはむ‥‥お、おいしい!! こんなの初めて食べるよ!」
号泣寸前のセネカを何とかシュークリームで沈静化した。せっかく頑張ったのに、他の子供達が先に食べてしまったからな。真面目な良い子には、ご褒美をあげないと。
「ほう、殺気だってた場が随分と様変わりしたじゃねえか。セネカも手懐けるとは、さすが女たらしのユウキ=ファルディス子爵閣下だな。それと聖女たるネリス=リーキッド嬢にグラス=マージク元上級修道士、そっちのお嬢さんは‥‥槍の名手たるミューズ=アルセ嬢か。初めまして、わしがグレナム=フォルンだ」
教会の扉を開けて出てきたのは、白髪頭の男だった。鷹のような鋭い眼を持つ男は、俺達を値踏みするかのように見つめてきた。聖職者の割には筋肉がついた体つきをしているな。元は騎士とか傭兵だったかもしれん。
「エゼラセ司教グレナム! 我はネリス=リーキッド。聖女として、この場に来ております。貴方に審問したい事がありましたが、これを見る限り罪状は明白のようですね」
「ラクシュアの花栽培の件ですかな? 確かにラクシュアという麻薬が世間を賑わせているのは事実。ですが、我々はあくまで鎮痛薬と観賞用の花として出荷しているのです。審問を受ける謂われはありませんな」
確かにラクシュアは、そのような用途で使用する事がある。だが、ほとんどの花は麻薬用として出荷されてしまうのが現実だ。そしてそれは、エゼラセ司教領の花も例外ではない。
「‥‥グレナム司教様。残念ながら証拠は出ております。サジーム=ハダールやガングー商会から、エゼラセ司教領のラクシュア取引の書類を帝国騎士団が押収しましたようです。貴方の印章も押されているようですが、まだしらを切るつもりでしょうか?」
怒りを押し殺したグラスが詰問する。下手したら所属する修道院が、ラクシュアで潰れそうになったんだ。元凶に対して怒るのも無理は無い。だが、当の本人は涼しげな表情を浮かべて立っている。これは大物だな。
「ふむ、サジームもだらしがないな。書類を速やかに焼かないからそうなる。そろそろ、この商売も終わりが近い。だからこそ、でかい取引を次々と仕掛けたようだが‥‥ファルディス子爵閣下の騒動で事が表沙汰になった。さしものサジームも動揺を隠しきれなかったか」
「終わりが近いと言われたが、今回の大捕物とは関係なくですか?」
「そうだ。あまりにもラクシュアを市場に出しすぎている。これでは盗賊ギルドや各国の騎士団を怒らせるだけだ。今まで邪神オードルが手綱を握っていたが、奴が死んでから製造する連中が暴走し始めた。金を欲しがっての所業だろうが、無謀にも程がある。こういうのはな、供給量を抑えて高価に売りさばくのが基本だ」
現在も調査中であるが、グレナムの言うとおりの現状だ。ラクシュアの供給が、邪神オードルの死後から加速度的に増えている。おそらく新しい邪神のボルガさんに潰されると考え、売り逃げを狙ったな。まあ、各国の表と裏の人々を怒らせたのは大失敗だが。今頃、各地で密売組織の殲滅が始まっているはず。ユイとアヤメは大丈夫かな?
「グレナム、貴方を拘束して帝都に連行します。罪状はラクシュアの違法栽培及び花の違法売買です。何か言いたい事はありますか?」
「ネリス嬢。わしがやりたくてラクシュア栽培に手を染めたとでも? 全ての始まりはリーキッド侯爵とゴルディフ公爵の不毛な対立が原因だ。わしはそれに巻き込まれた人々を救ってきただけのこと。リーキッド侯爵家の貴女に糾弾する資格はねえんじゃないか!?」
「うっ‥‥」
うわあ、ネリスとしては困った言い分だ。当事者たるリーキッド侯爵家の一員だもんな。確かに両家は領境で小競り合いを頻繁に起こしているし、政敵同士だ。特に皇位継承争いも重なって、政争は益々激しさを増すばかり。そして、グレナムは更に巨大な爆弾を放り投げた。
「わしがラクシュアを作っているのは、隣接する両家も知っていたはずだ。リーキッド侯爵家長男たるネッドとゴルディフ公爵家次男ドルチから、ラクシュアの花を催促する手紙が月に何度も‥‥」
「だあああ!! あの馬鹿従兄弟、私の立場を考えなさいよおお! 聖女の身内がラクシュア常習者で、しかも供給元と太く繋がっているなんて。‥‥は、恥ずかしくて穴があったら入りたい」
あまりの惨状にネリスが落ち込んでしまった。対して、セネカはシュークリームを食べ終わっていた。満足したのか喜んでいるが、ネリスとの対比が酷すぎる。今度はネリスを慰めるか。
「あーー、ネリス。君の好きなアメを出すけど、どれが良い?」
「‥‥りんご味、たくさん」
ネリスは俺が渡した数個のアメを口に入れると地面に座って、景色を見始めた。‥‥黄昏てるなあ。最近、心折れそうになった事が続いて大変だったろう。騒動が終わったら、好きな本を買ってあげよう。そう思っていると、袖を引っ張る人物が。案の定、セネカだった。
「あの、せいじょさまにわたしたアメ。ぼくにもください」
次回、勇者対自称勇者。




