第79話 ログレス修道院騒動 後編
お待たせしました。
アヤメに修道院を任せた俺は、ダリア緑森林の前までテレポートで転移する。鬱蒼と茂った森に、鳥の鳴き声が木霊する様は相変わらず不気味だ。
数多くの商隊がここを通るのは、ダリア公国との取引が大きい。ファルディス家も年に10数回は取引しているからな。特にダリア公国で採れるダイアやサファイア等の宝石は高値で取引される程に人気だ。
「さて、ダリア緑森林のどこに商隊がいるかな。おっ、ネリスが来たな」
「ユウキ、修道院の方はどうだったんだ?」
「ああ、かなり厄介な事になってきたぞ」
俺はネリスに修道院で起きた出来事を話す。ラクシュアの事を聞いたネリスは、たちまち眉を跳ね上げた。真面目で品行方正の彼女にとって、許せる事じゃないよなあ。
「ラーナ神の信徒でありながら、そんな物に手を出すなど聖職者としてあるまじき愚行! リアも愚かな真似をしたものだ、ファルディス家の汚名をますます増やしているではないか!!」
そうなんだよなあ。ナージャ様の血筋が云々の話では無くなりつつある。ファルディス家が違法薬物販売に手を染めていると受け取られかねないからまずい。まあ、ルパード様に重大な過失があるから、下手したら彼の実家がヤバい事になりそうだが。
「確かに彼等のした事は許せないが、問題は誰がラクシュアを持ち込んだかだ。中級修道士2人に薬物を提供した黒幕がいるはずだからな。そいつらを始末しない事には、薬物汚染を広げてしまう」
「考えるに他国の裏組織だろう。盗賊ギルドは薬物関係のしのぎを禁止しているからな。違法薬物を欲しい者達は、他国の商人や旅人、冒険者から買う。何度か領内で摘発を手伝った事があるから分かるぞ」
「‥‥異世界でもそういった事は変わらないんだな。とりあえず、商隊を探すぞ。話は‥‥何だ!? この轟音は?」
音が聞こえる方を見れば、土煙と無数の木が倒れ、数えきれない鳥が飛び立つ光景が広がっている。悲鳴や怒声、剣や魔法の音からして誰かが戦っているようだ。俺はネリスに声をかける。
「ネリス、空から援護を頼む。俺は森を進んで、商隊を助ける」
「分かった、我が先行して敵を抑える。ユウキ、気を付けてくれ」
ネリスが空に舞い上がると同時に、俺も行動を開始する。戦闘している場所に最短距離で向かうべく、時空魔法スピードアップを使用。真っ直ぐに森の中を突っ切っていく。途中、魔物に出くわすが無視し、なんとか商隊の所に到着。だが、そこで見たのは凄惨な光景だった。
「うぅ、誰か。‥‥誰か助けて」
「なんでこんなに魔物が向かってくるんだ!? 俺達は何もしていないのに」
荷物は荷馬車から投げ出され、何人もの人が地面に倒れていた。護衛の冒険者達が必死に戦っていたが、かなり疲弊している。危なかったな、俺達が来るのが遅かったら全滅していた。ネリスが魔導弓で次々と敵を射抜いて、冒険者達を援護。俺は杖に魔力を込めて、炎の槍を顕現させる。
「おい、大丈夫か!? いったん下がって回復しろ。俺達が守りを請け負うぞ。ファイアーランス20連!」
「誰かは知らないが助かる! おい、後退するぞ!!」
言葉と同時に俺は魔物達に向かって、炎の槍を放った。着弾した魔法で魔物達が燃えて、倒れていく。あれはダリアバッファローか。気性は穏やかなはずなのに、集団で襲いかかるなんてな。
と思ったら、森の木々が押し潰されて巨大な魔物が姿を現す。き、キメラだとお!! なんでそんなヤバい奴まで出て来るんだよ。しかも、あれはランクSレベルのゴアキメラだぞ。俺とネリスだけじゃ倒せない!
「ひ、ひいい! ゴアキメラが出たぞ、皆逃げろおお!!」
荷馬車の周りにいた冒険者達も遂に逃げ出し始める。依頼とはいえ、命あっての物種だからな。彼等の判断は間違いじゃない。ゴアキメラは荷馬車に近づくと爪で破壊。すると中からリアの姿が現れた。目には正気が無く、キメラが近づいても怯えもしない。明らかな異常さを見て俺は神眼で見てみる。
『リア=ファルディス ファルディス家の娘。お金と男が大大大好き! この程更なる快楽を求めて、ラクシュアに手を出す。症状は末期で治る見込み無し。神様コメント ドラッグセ〇クスにのめり込んじゃったみたいだねえ。あれ、気持ち良さ半端無いらしい。人生終わっちゃうけどね!』
「おい、ここは本当に異世界か!? 現代日本でも問題になってる事がまんま起こってるんだが?」
「‥‥あれ、なんか大きい魔物がいるわね。ねえ、そこの方助けてくれる? お返しは私の体で返すから、ね?」
そういって、胸をあらわにするリア。扇情的な煽りを受けても、残念ながら俺は全く反応しないがね。あんな性悪女抱きたくないわ! しかし、俺が分からなくなってるって、頭を相当やられている。さて、どうしたものかと考えていると、キメラに向かって光の矢が突き刺さる。
「ぐぎゃああ!!」
「ユウキ、考えるのは後にしろ。まずはゴアキメラを何とか‥‥きゃあ!」
「ネリス、大丈夫か!?」
怒った獅子の顔が炎を吐いて、空にいたネリスを焼こうとする。ネリスは慌てて回避。地上へ降りて、俺の隣にやってきた。俺はある時空魔法をゴアキメラに向かって準備する。俺が使える現段階での最強魔法だ。
「うぅ、大丈夫。でも、私達だけでは荷が重すぎる相手よ! アヤメさんが居れば、あるいは」
「いないものは仕方ないだろう。ゴアキメラ、これを喰らえ、コメット!!」
ゴアキメラの頭上に隕石を落とす。だが、渾身の魔法をマジックシールドで防がれた。おいいい! 元邪神(笑)よりも強くありませんかねええ!!
「う、嘘でしょ! 隕石喰らって平気だなんて」
「マジかよ。こりゃ、邪神を倒した偽メテオを使うしかないのか? って、まずい! マジックシールド展開!!」
「き、きゃああ! ユウキ、大丈夫なの!?」
ゴアキメラの傷は瞬く間に回復。同時に尻尾の蛇が強大な雷撃を放って、俺達を攻撃してきた。ぐっ、攻撃が重いな! マジックシールドが下手したら砕け散りそうだ。周りの地面は大きく削れ、人間や魔物の死体も軽く消し飛ぶ。くそ、後ろにはネリスがいる。負ける訳にはいかん!
そんな俺達の苦戦を知ってか知らずか、リアが不意に立ち上がる。そして、何故かゴアキメラに近づいていった。
「おい、ゴアキメラを刺激する真似はよせ! 殺されるぞ!!」
「あはは、すごおい。ゴアキメラって、こんなに強いんだ。ねえ、あなた私の‥‥あっ」
キメラの獅子は口を大きく開けるとリアを食べてしまう。地面に新鮮な獲物の血が広がる中で、彼女の体を咀嚼していく。まじか、人間を喰いやがった。しかも、何故かかなり満足げだ。
ゴアキメラは周りを見渡し、俺と隣にいるネリスを見つめる。身構える俺達をしばらく見ていたが、鼻で笑ったゴアキメラは翼を使って飛び立つ。森に響く咆哮を叫びながら、そのまま山の方へと帰って行った。
「‥‥俺達は取るに足らぬ奴等と判断されて見逃されたらしい。リアは喰われるし、商隊は壊滅してるしで散々な結果だな。くそがっ!!」
「あははっ。し、死ぬかと思ったわ。ラーナ様の力を貰ったけれど、あれを倒せるとは思えない。わ、私達はた、助かったのね、あっ!」
腰から崩れ落ち、座り込むネリス。水音と共に地面が濡れていく。俺は大きなタオルをインベントリから取り出すと、恐怖のあまり涙を流し始めたネリスに被せた。
「ネリス、まだ幼いのによく頑張った。君の勇気ある行動に敬意を称する。君の姿を見て笑う奴は俺が許さない。必ず守ってやるからな」
「ううっ、ありがとう。こんな姿まで見られたら、ユウキにお嫁にもらってもらわないと。こ、怖かった。怖かったよおお!!」
まさかの敗北を喫した俺はネリスを抱きよせつつ、地面に拳を叩きつける。異世界も甘くはないか。今回はゴアキメラの気紛れで助かった。しかし、次はどうなるか分からない。今度入学する学院で強さと精神を鍛えないと。このままだと、守るべき者が守れないからな。
次回、騒動の後始末。




