甲子園、因縁の対決
戦場には鋭い陽光が降り注ぎ、歓声が響き渡る。熱狂に支配されたその場所とはどこか違った次元にいるかのように徹底的に研ぎ澄まされた無音の中にその二人はいた。両者は足元の土を踏みしめ、互いをにらみつけるように見合っている。
甲子園決勝、最終回。同点二死フルカウント満塁。ヒット一つでサヨナラ勝ちという状況。
にらみ合うバッターとピッチャーには過去からの因縁があった。二人は小学生の頃から幾度も対戦を交えてきたのだ。
その戦績はバッターが38勝39敗。その数字は常に二つ以上の差を付けたことはなく、常に接戦を演じて来た二人はお互いを意識せざるを得なかった。
そんな二人に直接の交流は無い。ただ無言で弾丸の行き交う戦場に立ち、互いに磨いた武器を見せ合い、二人きりの世界で決闘が行われる。この甲子園のフルカウントという舞台はその集大成であった。
「(ここで打つ!決めてやる!)」
バッターはバントで走者を返すだけのような勝ち方は考えていない。その勝負思考はピッチャーも同様で、二人は意識の奥底で繋がっているかのような錯覚を起こしている。
ピッチャーは正真正銘最後の投球に至り、グローブの中でボールの握り方を変えた。縫い目に沿って指を二本添える。日本野球史最初の魔球、カーブである。技法を磨き上げ、因縁の決戦のためのとっておきの隠し球だった。
「(これでお前を刺し殺す……!)」
ピッチャーは万感の想いを胸に投球した。それを受けるバッターは研ぎ澄まされた感覚の中で、ピッチャーの手首の僅かなブレのような捻りを確かに捉えていた。
「(捻った!カーブッ!?)」
バッターは冴え渡る感覚で本能的に選球し、やがて訪れる刹那に備える。
「(落ちるか、曲がるか!)」
その研ぎ澄まされたカーブは高校野球のレベルではありえない速さでバッターに迫ったのだ。
「(ダメだ、打てないっ……負けた……ッ)」
「(討ち取った……!!)」
鋭すぎるカーブはまさに魔球。バッターは身動き一つ取れなかった。ミットに収まるボールの音はバッターの心が折れる音である。
審判は言った。「はい空気を読まずに普通にボール!フォアボ~ル!」
場内、大歓声。「うわああああ!サヨナラだぁああーッ!!」
あまりにも鋭い魔球を投げて負けたピッチャー。「(あっれー!?)」
敗北を悟って動けずも勝ってしまったバッター。「(あっれれー……)」
それはそれは釈然としない空気が二人の間に流れるのだった。
読んでいただきありがとうございました!
やや考え落ち感出てるような気がしますが、コメディの落ちとして押し出しでサヨナラってめっちゃ面白いやんと思い、フリをなるべく丁寧に描いてみました。
青春の野球モノだと思ったらなんぞこれ……みたいな感じでちゃんと落とせていたでしょうか。