装甲強化服のタイプ
アラートがヘルメットの中に鳴り響いた。
俺は体にフィットした白銀の簡易宇宙服に身を包んでいた。
ヘルメットの外側の正面のモニターには大型回遊魚のような敵艦の映像が大きく映し出され、こちらに白く輝く艦体側面を見せていた。
でかい。今、俺が操縦している強行突入艇の数十倍はありそうだった。
敵艦の中央部に設置されていた数基のパルスレーザー砲の旋回砲塔がこちらに向けて動いた。
主にミサイル迎撃に用いられる火器で威力はそれほど大きくはないが連射能力が高い。
うるさく飛び回る小型艦艇を黙らせるにはちょうどいい武器だ。
慌てて回避運動をはじめるとパルスレーザー砲が砲撃を開始した。
断続的にレーザー光を発射するその姿は砲弾を高速で連射する大昔の機関砲に似ていた。
不規則な回避運動で体全体が激しくシェイクされ、意識が飛びそうになった。
「くっ」
敵艦にとりつくために急速に減速し、相対速度を同調させた。
その瞬間、強行突入艇を着弾の衝撃が襲い、激しいGに身体を揺すぶられた。
まともに操縦桿を操ることができなくなった。
慌てて敵艦に接舷させようと姿勢制御ノズルを全開にすると、激しい衝撃とともに強行突入艇のモニター、計器類の電源が全て落ちた。
不快なGが消え去り、俺は闇と静寂に包まれたまま呆然としていた。
「訓練終了だ」
スピーカーを通してハサウェイ少尉の声が聞こえた。
午後はシミュレーターを使用した強行突入艇の操縦訓練だった。
シミュレーターの扉を開けて外に出ると、そこはニュー・トロントのドライアイス製造工場内部に設けられた訓練施設で、カプセル型のシミュレーターの周囲にはカプセルに傾きを与える装置とカプセルを回転させる巨大なアームがついていた。
傾斜と回転により、重力方向の変化や強烈なGなどを完全に再現できるようにした装置だ。
ガランとしたとても広い空間の一角に据え付けられており、少し離れたところにはおびただしい数の銀色に輝く『風船』が転がっていた。ドライアイスを詰め、マスドライバーで火星に送るための金属皮膜の運搬器具だ。
『風船』は近くで見ると結構でかかった。長さは二〇メートル以上、幅は五メートル以上で、強行突入艇コバンザメよりもひと回り大きかった。
形は医薬品のカプセルのようで、極薄の金属皮膜で作られているせいか重量感は感じられなかった。
バッハ自治会長が壊したら弁償しろと言っていた。確か、ひとつ三〇〇万ギルダム、俺たちの年収に匹敵する金額だ。
将来、宇宙旅客船のクルーになりたいと切望していた俺は、操縦訓練に並々ならぬ情熱を持って臨んだ。
しかし、着艦に失敗し強行突入艇を大破させるという無様な結果に終わった。
シミュレータには採点機能がついており、俺の成績は新兵五人中四位だった。
参考までに、一位ユリ、二位ロン、三位ケイ、四位俺、五位はダンだった。
他の連中の様子を簡単に説明すると、ユリは華麗に回避運動を行いながら敵の攻撃を食らうことなく、すばらしい早さで敵艦に接舷した。
一方、ダンは回避運動のやり方がわからなかったのか、一直線に敵艦に近づき、かなり早い段階で敵のパルスレーザー砲の餌食になった。
操縦訓練にはハサウェイ少尉は参加しなかったが、彼女の言によれば、すでにこのシミュレーターは何百回とやっており飽きたのだそうだ。
いずれにしても、これで全ての訓練を通じて俺だけがいいところまるでなしということが確定した。正直かなりへこんだ。
「若いの、どうした? 元気がないようじゃが」
夕方、訓練が終わり、白い簡易宇宙服から黒とグレーの軍服に着替えて『馬のしっぽ亭』に入ると、バッハ自治会長とマオ市長に出くわした。
白髪頭の気難しそうなバッハ自治会長が声をかけた相手は俺だったが、元気のない奴は他にもいた。
元気のない順位は、一位俺、二位ダン、三位ケイだと思う。
「御心配いただき恐縮です。問題ありません」
俺は席に座っていた作業服姿のバッハ自治会長に対して胸を張り声を響かせたが、恐らく表情は精彩を欠いていただろう。
そもそもメンタルケアの基本として元気のない人間に『元気がないな』と話しかけてはいけないと思う。
「いやあ、エリート部隊ですから、きっと過酷な訓練をこなしてらっしゃるんでしょうな」
バッハ自治会長の向かいに座っていた背広姿のマオ市長は、ハサウェイ少尉に笑顔を向けていた。社交的な感じの丸っこいおじさんだ。
二人のテーブルの上にはビールのグラスと鶏の唐揚げとフライドポテトが並んでいた。
「いえ、まだ二日目ですから、ほんの序の口です」
立ったまま返事をするハサウェイ少尉の言葉に嘘偽りはなかった。
軍隊の基準から言えば、この二日間、決して過酷な訓練などは行っていなかった。
元気がなくなった理由はハサウェイ少尉がメンバーの自信を粉々に打ち砕いたことにある。
いいところなしの俺は論外として、自分の能力に自信を持っていたダンやケイやロンは、それぞれの得意分野で鼻っ柱をへし折られたのだ。
「失礼します」
ハサウェイ少尉は市長たちに軽く一礼するといつもの席に座った。俺たちもそれに続く。
ハサウェイ少尉の前が俺ということに変更はなかったが、他の奴らは若干席の入れ替えがあった。今日はロンが俺の隣に座った。
「お疲れ様です。夕食は野菜スープと魚のフライ、それにチャーハンです」
そばかすの目立つポニーテールのウェイトレスが、ハサウェイ少尉に微笑みかけながら、俺たちに野菜スープを配りはじめた。
「美味しそうだね」
ロンはあまりへこんだ様子は見せずウェイトレスに愛想を振りまいた。
ダンはテーブルの端っこの座席に座り沈黙を保っていた。
「さて、食事の前に少し仕事の話をさせてもらう」
夕食を前に気を抜こうとしていた俺たちに緊張が走った。
「明日は訓練は休み、休み明け明後日の午前中は訓練小隊本部において研究発表を行ってもらう。課題は『一個小隊の機甲歩兵が遭遇戦で五倍の数の敵機甲歩兵と戦わなければならないときの留意点』だ。発表時間はひとり三〇分」
「サー・イエス・サー」
三〇分も話すためには、それなりの内容を盛り込まなければならない。
休み明けに研究発表しろということは休みの日は勉強しろということだ。
俺は暗澹たる気持ちになった。
「そして、午後はお待ちかねの装甲強化服の着用訓練だ」
装甲強化服は、機甲歩兵を機甲歩兵たらしめる重装甲、高火力の個人装備だ。
端っこに座るダンと、同じく端っこに座るユリの目が輝いた。
「六か月間のキャンプにおける成績、及びこの二日間の最終確認で、強化服のタイプを決定したので発表する」
ハサウェイ少尉が俺たち全員に視線を送った。
厚めの唇には笑みが浮かんでいるように見えた。
「ロンとユリが遠距離攻撃タイプ。他は近接戦闘タイプだ」
「サー・イエス・サー」
五人の声がそろった。射撃訓練の結果からすれば、当然の決定だった。
遠距離攻撃タイプは、機動力よりも火力を重視したタイプで、固定装備として左の肩口にロケットランチャーがついていた。また、高出力レーザーライフルを常時携行するため、バッテリーを多数搭載し、近接戦闘タイプよりも大型で重かった。
近接戦闘タイプは、機動力に優れ、装甲強化服自体に固定武装はなかった。通常、自動小銃と高周波ブレード、手投げ弾数発を携行する。
「決定の理由は、射撃の得意な者を遠距離攻撃タイプにした。それだけの単純なことだ」
ハサウェイ少尉は、そこで言葉を切ったが、まだ何か言いたげだった。俺たちは言葉の続きを待った。
「ただ、この決定には問題がある。近接戦闘タイプの装着者に近接戦闘が苦手な奴がいるということだ」
メンバーに驚きはなかった。それが誰かはみんなが知っていた。俺に視線が集まった。
「テツ、お前は休日返上で自主的に訓練を受けること。明日〇八三〇(まるはちさんまる)時にトレーニングウェアに着替えてグラウンドに来い。わかったか?」
「サー・イエス・サー」
一人だけ声を張り上げるのは辛かった。
それに『自主的に』などという単語を入れながら思い切り強制ではないか。これだから軍隊は嫌いだ。
「いやあ大変ですな。休日返上で訓練とは」
マオ市長がビールの入ったグラスを掲げて、お気楽な様子で隣のテーブルからハサウェイ少尉に話しかけた。
そのお気楽さ加減に俺は無性に腹が立った。
「いえ、大したことはありません」
ハサウェイ少尉は真面目な表情で答えた。
ハサウェイ少尉にとっては大したことはないかもしれないが、俺にとっては大したことがあった。
「ところで隊長さん。お耳に入れておいた方がいいと思う話があるんですが……」
マオ市長は声を潜め、隣のテーブルからハサウェイ少尉ににじり寄ってきた。
脂ぎった丸顔はアルコールのせいか、多少赤みを帯びていた。
「なんでしょうか?」
「月のルナシティを訪問している火星の通商代表団が、帰国途中、金星に寄るらしいですよ」
そういえば、昨日、太陽系内の鉱物資源開発に関する自由化交渉が、月の首都ルナシティで行われているというニュースが流れていた。
現在、地球と火星は太陽を挟んで反対側の位置関係にある。火星の連中が帰りがけに金星に寄ってもおかしくはなかった。
「なぜ、私に?」
「ここニュー・トロントはドライアイスの輸出を通じて火星とつながりの深い都市ですからな。火星の人たちが立ち寄るかもしれません。要人が来ると警護の仕事が入るかと思いまして」
「ありがとうございます。しかし、その場合は別の部隊が担当すると思います」
「そうなんですか?」
とっておきの情報がまるで喜ばれなかったことに、市長は軽い失望を感じたらしかった。
「火星は地球ともめてるんだよな」
俺の隣に座っていたロンが小声で俺にささやいてきた。
「ああ、このタイミングで来るなんて迷惑な話だ」
火星と敵対している地球は色々と勘繰ってくるだろう。
「何しに来るんだろうな」
「さあ」
口ではそう言ったが、もし俺が火星の為政者であれば、地球と金星の同盟関係にヒビを入れるべく画策するだろう。
しかし、今の俺にとっての大事は天下国家の趨勢よりも『自主的な訓練』をいかに無事に乗り切るかだった。
朝八時三〇分から何時まで訓練は続くのだろう。
「隊長、質問があります」
突然、色白で小柄なケイが声を張り上げた。
「なんだ」
マオ市長とのやり取りを中断できて少しほっとしたような表情をハサウェイ少尉は浮かべた。
「明日行われる訓練に私も参加してよろしいでしょうか」
ケイは思いつめたような真剣なまなざしをハサウェイ少尉に向けた。
「えっ?」
ケイの隣に座っていた長身でボーイッシュなユリが驚愕の表情を浮かべた。
「構わんが」
「ありがとうございます」
ケイは声を張り上げると何故か下を向いた。顔が隠れて、どんな表情なのか、さっぱりわからない。
何故かケイの隣に座るユリの肩から力が抜けた。
明日はせっかくの休日なのに隊長とケイと俺の三人で過ごすのかなどとぼんやりと考えた。
「?」
俺は太陽のような強烈な輝きを放つハサウェイ少尉と美しい人形のような雰囲気のケイの間に視線を行き来させた。
視点を変えると、これは、とても幸せな状況なのではないのだろうか?
過去十八年間、こんな美女二人と休日を過ごしたことはない。
さらに想像を巡らせれば、ケイが立候補しなければ美女と二人きりの休日だったのだ。
「テツ、何か、いいことでもあったのか?」
正面から低い女性の声が響いた。
「いえ、何でもありません」
俺の緩んでいた表情は一瞬にして凍りついた。
美女と一緒の時間を過ごすといっても、どうせ剣術と格闘技の訓練だ。
ハサウェイ少尉やケイの実力を考えると、浮ついた気分でやっていたら大怪我につながる。
「気持ちの悪い奴だな」
ハサウェイ少尉は少し蔑むような表情を浮かべた。俺の脳裏を一瞬よぎった邪な想像を見抜かれたのだろうか。
視線を巡らせると、ロンがニヤニヤと笑みを浮かべ、ダンは興味なさそうにそっぽを向き、ケイはうつむいたままで、ユリは例によって俺のことを睨んでいた。
俺の上向いていた気分はあっという間に再び沼の底に沈んだ。
「さあ、せっかくの食事だ。冷めないうちにいただこう」
ハサウェイ少尉は野菜スープに口を付けた。俺たちも隊長に続いた。
俺は野菜スープを口に含みながらも、開始二日目であるにもかかわらず、夜のランニングを休もうかと真剣に考えてしまっていた。