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金星統合軍・機甲歩兵・訓練小隊  作者: 川越トーマ
7/21

剣術訓練

「遅いぞ。テツ!」

 昨晩少し走ったぐらいで長距離走が速くなるほど世の中は都合よくできてはいない。逆に疲労の蓄積で身体が重かった。

 ゴールしたのは結局昨日と同じく一番最後だった。ユリの視線が痛かった。

「申し訳ありません!」

「ま、ペナルティーは勘弁してやろう」

 ハサウェイ少尉がペナルティーを課さなかったのは、昨夜の俺の努力を見ていたからか、それとも、みんなから遅れたものの歩かず完走したからなのかそれはわからない。

 しかし、ペナルティーの腕立て伏せがなくなってもトレーニングがきついことに変わりはなかった。

 そしてトレーニングのメニューには当然のように腕立て伏せは含まれていた。

「次、『シナイ』を持って集合」

 俺たちはグラウンド脇に置かれた倉庫に走った。


 機甲歩兵が実戦で使用する近接戦闘用の武器に『高周波ブレード』があった。

 高周波ブレードは特殊合金製の刀を超振動させることによって驚異的な切れ味を生み出す武器で機甲歩兵の装甲すら貫くという代物だった。宇宙都市内部や宇宙船内部での戦闘など、周囲を破壊してはマズい場所で銃器の代わりに使用する。

 機甲歩兵同士の戦闘に限って言えば、自動小銃よりも頼りになる獲物だった。自動小銃の銃弾はウィークポイントに当たらない限り、機甲歩兵に致命傷を負わせることはできなかったが、高周波ブレードはどこに当たっても一撃で気密を破り、致命傷とすることができたからだ。

 訓練で本物は使用できないのでグラスファイバー製のよくしなる模造刀を使用した。これを『シナイ』と呼んでいた。シナイ(竹刀)というのは、もともと日本で考案された竹で作った訓練用具のことだ。竹の弾力により衝撃を吸収し、相手を傷つけない。

 俺たちは似たような性質を持つ模造刀を昔の訓練用具と同じ名で呼んでいた。

 もっとも竹刀の刀身は丸く鞘はなかったそうだが、シナイは片刃の刀そっくりの形状で黒い鞘がついていた。

 俺たちはシナイを使って嫌になるくらい斬り下げや突き、受け流しなどの基本動作を行った。


「さて、お待ちかね模擬戦闘の時間だ。組み合わせを発表する」

 一時間ほど基本動作の訓練を行った後、ハサウェイ少尉が嬉しそうに宣言した。

 恐らく待っていたのは全体の半数だ。俺は違う。

「オレとダン、ロンとユリ、ケイとテツ。それぞれの対戦の勝者で希望する者がいたら二戦目を行う」

 思わず横に視線を走らせると、ダンが薄笑いを浮かべ、ケイは不満そうな眼をしていた。

 俺は腕に相当の自信があるらしいケイの相手を命じられ、げんなりした。

 恐らくハサウェイ少尉と対戦するために全力でかかってくるのに違いない。

「総員、プロテクターを着用」

「サー・イエス・サー」

 昨日同様、低反発素材でできたプロテクターを胴体部分に着用した。

 そして、透明な素材でできたヘルメットと指の出るグローブを抱えてハサウェイ少尉の前に再び整列した。

「ルールは特にない。剣術の試合ではなく近接戦闘訓練だからな。きれいに攻撃が決まれば試合終了、それだけだ……じゃあ、ダン、やろうか」

「サー・イエス・サー」

 ダンが低い声を響かせた。やる気満々だ。残った俺たち四人はグラウンドの隅に腰を下ろした。

「奴にしてみれば、早速リベンジの機会が訪れたわけだね」

 ロンが小声で話しかけてきた。

「そうだね」

 だが、リベンジを果たせる保証はない。昨日よりも、ひどい目に遭わされるかもしれない。

「好きに始めていいぞ」

 ハサウェイ少尉のその発言が実質的に開始の合図だった。

 ダンは右手でシナイを鞘から抜き放ち、だらりと剣先を下げた。

 下段の構えのように見えるが何かが違う。

 対するハサウェイ少尉は柄に手を置いて軽く腰を落とした。シナイはまだ鞘から抜かない。

 お互い相手の動きを待つ体勢だ。

「どうも見た目と中身の違うやつだな」

 ハサウェイ少尉がそんな独り言を言いながら、一端ダンから間合いを取り、右手で鞘からシナイを引き抜いた。そのまま剣先をダンに向ける。

 ダンが得意なのは、どうやら返し技らしい。

 相手に先に攻めさせ攻撃の時にできる隙をついて反撃する。そんな戦法だ。

 そして、ハサウェイ少尉は、それが分かったうえで自分から仕掛けるつもりらしい。

 ゆっくりとダンを中心に左回りに動き始めた。ダンもそれに応じて体を左に向ける。

 じわじわと間合いが詰まった。

 ダンの剣先が跳ね上がり、ハサウェイ少尉を襲った。

 しかし、間合いを掴みそこなったのかダンの剣は空を切った。

 ハサウェイ少尉が鋭く踏み込み、首筋に向けて片手で突きを繰り出す。

 ダンがのけぞってかわした瞬間、鈍い衝撃音が聞こえ、ハサウェイ少尉の身体が一瞬浮いた。

「えっ?」

 跳ね上がっていたダンのシナイがうなりをあげてハサウェイ少尉を襲う。

 だがハサウェイ少尉の身体はすでにそこにはなく、シナイがプロテクターを叩く派手な音が響いた。

「抜き胴」

 少し離れたところで、ケイが低い声でつぶやいた。

 残念ながら俺には何が起こったのかよく見えなかったが、ハサウェイ少尉は振り下ろされる攻撃を身体を沈めてかわしながら、ダンの胴体部分を横に薙ぎ払ったらしい。

「今ので勝負ありということでいいか?」

 ダンから距離をとって構えなおし、剣先をダンに向けながらハサウェイ少尉は尋ねた。

「参りました」

 ダンはシナイを鞘に納めると、悔しさをにじませながら一礼した。

「たいしたもんだな。最初の攻撃がフェイントで、あそこで蹴ってくるとは思わなかったぞ」

 ダンがかわした後の鈍い衝撃音は彼がハサウェイ少尉を蹴った音だったことに、俺は初めて気づいた。

「しかし、自分の攻撃は左腕でブロックされました」

「なんとかな」

 ハサウェイ少尉はニヤリと笑った。

 俺にはとてもついていけない。やはり入るべき世界を間違えたのだろうか。

「ま、訓練は長い。そのうち、オレに土をつけることができるようになるだろう……じゃあ、次、ケイとテツ」

「サー・イエス・サー」

 ケイが勢いよく立ち上がり、俺はノロノロと立ち上がった。

 今の攻防を見てやる気を失わないケイは一体どんな実力を持っているのだろう。

 そういえば、彼女は格闘技でもリーチの差という不利を跳ね返してロンに勝利している。

 俺はハサウェイ少尉の前でケイに対峙した。

 小柄で、色の白い、人形のように整った顔の少女。

 とても静かな佇まいで、殺気や闘気のようなものはまるで感じられなかった。

 ダンとはえらい違いだ。

 彼女は、まだシナイを鞘に収めたままだった。

「はじめ!」

 ハサウェイ少尉の合図を聞いた瞬間、俺は背筋に冷たい物を押し付けられたような気がした。

 反射的に後ろに飛びずさる。

 俺の首のあった空間は抜き打ちの一撃で上下に切り裂かれた。

 俺は慌ててシナイを鞘から引き抜いた。

 ケイと目が合った。冷たい目だ。シナイを正面に構えて一気に間合いを詰めてきた。

《やられる!》

 俺は一直線に近づいてくるケイの顔面に片手突きを繰り出した。

 ヘルメットで守られているので手加減する必要はない。

 しかし、俺の必殺の一撃はケイのシナイに軽く弾かれた。

 そして、その剣先は、そのまま俺の喉元に吸い込まれた。

「!」

 喉元まで守るヘルメットを衝撃が襲い、俺の視界は激しく揺れた。

 ケイの姿が消え、曲面を描くすりガラスのような『空』が視界を覆った。

 不快な浮遊感に、俺は自分が仰向けに倒れる途中であることに気付いた。

「勝負あり!」

 背中を襲う衝撃とともに、ハサウェイ少尉の低い声が響いた。

 俺は茫然としていた。

 いくらカウンターを食らったとはいえ、小柄なケイが俺を弾き飛ばすほどの突きを放つとは信じられなかった。

「大丈夫?」

 ヘルメットを外したケイが、仰向けに倒れたままになっている俺の顔を覗き込んだ。

 相変わらず何を考えているのかよくわからないが、冷たい感じはしなかった。

「ああ」

 俺はヘルメットを脱ぐとノロノロと立ち上がり、トレーニングウェアについた土を払った。

「強いんだな」

 多少の悔しさを感じながらも、俺はつぶやくようにケイを称えた。

「剣術は得意」

 彼女に驕った様子はなかった。いつものように淡々とした物言いだった。

「じゃあ、今度教えてくれ」

 何気なく放った俺の一言にケイは動きを止めた。

「?」

 特に返事を期待していたわけではなかったが、ケイのリアクションは奇妙だった。

 表情が乏しいのはいつものことだが固まったように身体の動きを止めていた。

「どうした?」

 ケイは無口で必要なこと以外しゃべらないが口下手なわけではないはずだ。俺は心配そうにケイを見つめた。

「考えとく」

 ケイは絞り出すようにそう言うと、そそくさとグラウンドの隅に腰を下ろした。

「次!」

 なぜかユリが俺のことを睨みながら立ち上がった。このボーイッシュな女は、どういうわけか俺のことを敵視している。

「がんばれよ」

 俺はすれ違いざま思わずロンに声援を送った。

「任せてよ」

 ロンはさわやかな笑顔を見せた。ケイを相手にした時のような困惑した雰囲気はなかった。

「準備はいいか?」

 ハサウェイ少尉の問いかけに、ヘルメット姿のユリは、やる気に満ちた表情でうなづいた。

「いけます」 

 ロンはヘルメットの中から、くぐもった声を返した。

「はじめ!」


 ユリとロンの実力は伯仲していた。

 比較的遠い間合いでの攻防が行われ、最終的にはロンがユリの小手を叩いて勝負が決まった。

「おつかれ」

「いやあ、勝ててよかったよ。昨日の格闘訓練ではいいところがなかったからね」

「そんなことないだろ、射撃じゃ隊長に迫る好成績だ。俺なんか足元にも及ばない」

「まあ、そう言うんだろうけど」

 どうもロンは自信のある射撃でハサウェイ少尉に及ばなかったことが不本意であるらしい。

 ダンと同じだ。

 俺はこの時、機甲歩兵の訓練小隊は、やはり選ばれた集団だということを認識した。

 ダンは格闘技、ロンは射撃、ケイは剣術の腕を見込まれて選抜されたのに違いない。

 問題はユリと俺だが、ユリは格闘技の組み合わせが悪かっただけで、遠距離狙撃訓練では、ロンに次ぐ成績を収めている。剣術もそこそこの腕前だ。

 結局、エリート部隊にふさわしくないのは俺だけかもしれない。


「ケイ、やるか?」

 ひと通りの対戦が終わったところで、ハサウェイ少尉はケイに声をかけた。

「お願いします!」

 ケイは彼女らしくなく闘志をみなぎらせていた。

 相手の実力が分かったうえでの対戦だ。それでも闘志を失なわないのは勝つ自信があるからなのだろうか。 

「好きに始めていいぞ」

 そう言いながらハサウェイ少尉はシナイを鞘から抜き、剣先をケイに向けて構えた。

「では」

 ケイもシナイを鞘から抜き、剣先をハサウェイ少尉に向けた。

 ハサウェイ少尉が両手でシナイを持っているのに対し、ケイは片手持ちでおまけにかなり半身に構えていた。フェンシングのような構えだ。

「どっちが勝つと思う?」

「さあ」

 ロンが話しかけてきたが、俺は二人の対戦から目を離すことができず、うわの空で答えた。

 もともと二人の間合いは十分にあったが、ケイはじりじりと間合いを詰め始めていた。

「!」

 ケイの剣先が電光のようにハサウェイ少尉を襲った。

 身体の柔らかさを誇示するかのように、遠い間合いから大きく一歩踏み出し、手足を目いっぱい伸ばしての一撃だ。

 二人の剣先が、一瞬、絡まったように見えた。

 ケイの剣先をそらしながら、ハサウェイ少尉は強引に前に出た。

 そのまま鍔迫り合いになった。

 鋭い気合が響き、ケイは後方に弾き飛ばされた。

 バランスが崩れた。

 そして、そのままシナイが振り下ろされ、ケイは肩口を打たれた。

 ケイは大地に両膝をついて、うつむいた。

「まいりました」

 表情は見えなかったが、声に悔しさがにじんでいた。

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