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金星統合軍・機甲歩兵・訓練小隊  作者: 川越トーマ
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射撃訓練

「宇宙服の点検を開始」

「宇宙服の点検を開始します」

 午後、俺たちは訓練小隊本部の広く明るい倉庫内で宇宙服を着用していた。

 体にフィットする簡易宇宙服だ。

 全体は白銀でヘルメットの透明部分は広く、お互いの顔がはっきりわかる構造だった。

「充電確認」

「充電よし」

 簡易宇宙服は、通信、温度調節、ガス交換などに電力を使用する。フル充電での活動時間は十二時間ほどだ。

「推進剤確認」

「推進剤よし」

 ハサウェイ少尉が次々に点検項目を読み上げ、俺たちはテキパキと点検作業をこなしていった。

 訓練小隊本部は机が八つ並んだ事務室のようなスペースと宇宙服や武器弾薬を保管する倉庫からなっていた。

 倉庫は壁と天井が白く左側の壁面には甲冑のような装甲強化服が合計八体並び、正面奥の専用の棚には自動小銃や高出力レーザーライフルなどが掛けられていた。

 右側の壁面には予備の簡易宇宙服が二着並んでいた。六着は俺たちが着用済みだ。

 機甲歩兵の制式装備である装甲強化服は、甲冑のような、あるいはロボットのようなフォルムで二タイプあった。左肩にロケットランチャーを装備した大型のものと、そうでないものだ。大型のものは三体、そうでないものは五体だった。

 大型の方は遠距離の敵を攻撃する能力に優れ、そうでないものは近接戦闘を目的にしていた。

「自動小銃用意」

 宇宙服の点検作業が終わると俺たちは専用の棚に並べてある自動小銃を手に取った。

 火薬で実体弾を撃ち出す古めかしい武器だが費用対効果の関係でいまだに使用していた。

 真空中でも使用可能で、宇宙空間で使用するための特別仕様としてデブリの発生防止のため空薬莢の回収機能がついていた。

 レーザーライフルやレールガンといった最新鋭の武器は莫大な電力を使用することと製造単価が高いことから、歩兵用の装備としてはあまり一般的ではなかった。

 身支度が終わると俺たちはハサウェイ少尉に引率されて広い倉庫を後にした。

 隣の事務室は白を基調とした飾り気のない部屋で壁に掛けられた金星の国旗が唯一の装飾だった。金星の国旗は白地に緑の浮遊都市をあしらったデザインだ。

 外部に面した出入り口は事務室側にだけあり、倉庫には事務室を経由しないと入れない構造になっていた。

 事務室には情報端末による入退室管理と俺たち隊員の網膜パターンによるロックが施されており、倉庫に入るにはさらに十二ケタのパスワードをドアの鍵に打ち込む必要があった。

 他にも警報装置や防犯カメラなど、考えうる限りのセキュリティ対策が施されていた。軍の装備品が盗難にでもあえば大変なことになるので、面倒だが致し方なかった。


 エアロックを通り抜けて外に出ると急にヘルメットの中が騒がしくなった。

 外部の音が聞こえなくなったせいで通信機が拾う他の連中の息遣いや自分の呼吸音などがことさら大きく感じられるからだ。

 その時間、宇宙都市ニュー・トロントは金星の昼の側に位置していたため、強烈な日差しが外壁の細かい部分まで際立たせていた。

「円筒形の部分まで推進剤で移動する。迷子になるなよ」

「サー・イエス・サー」

 五人の声がそろった。

 正直言って俺は宇宙遊泳というやつが苦手だった。

 真空の宇宙空間は距離感がつかみづらく、おまけに推進剤を使った無重量状態での移動は油断すると身体が回転してしまう。

 しかし、ハサウェイ少尉は素早く滑らかに移動していた。

「見事なもんだよな」

 ロンが俺の肩を掴んで話しかけてきた。通信機は使わない。

 真空中では音が伝わらないので会話は通信機を使用するのが基本だが、宇宙服の一部が接触していれば通信機を使わない会話が可能だった。

 他の奴に聞かれないようにするためのテクニックだ。

「隊長のことか?」

「ああ」

 ハサウェイ少尉が移動している姿は、思わず見とれてしまう美しさだった。

 宇宙服が伸縮性の高い素材で作られていることもあって体のラインがはっきりと出ていた。

 引き締まり均整の取れたスタイルで、ウェストは細く、バストは豊かだった。

 それに比べ、ケイは小柄で体型が幼く、ユリは長身でスマートではあったが男性的だった。

 心の中で邪な想いを抱きながらも、口では優等生のような発言をした。

「でも、たったひとりで新兵のお守なんて大変だよな」

「へえ、テツは意外と大人だね。僕はそんなこと考えもしなかった」

「そうか?」

「そうとも、そこら辺が班長に指名された理由かもな」

「よしてくれ。俺は苦痛に感じてるんだ」

「名誉なことじゃないか。ダンなんか班長になりたかった口だろ」

「そうなのか?」

「そうだろ、あの絡み方は」

 俺は何故ダンにああも敵視されているのか今までわからなかったが、何となく分かったような気がした。

「おっと、目的地に到着だ。じゃあ、またな」

 内部にマスドライバーが並んでいる巨大な円筒形の端の部分に俺たち六人は降り立った。

「射撃訓練の内容を説明する」

「整列!」

 俺は号令をかけながら気の休まらない号令係をやりたいと思う人間もいるんだなと思った。

「現在、我々は直径四〇〇メートル、長さ一キロのドライアイス製造工場の端にいる」

 通信機を通じて、ハサウェイ少尉の女性らしくない低い声が響いてきた。

「訓練内容は二種類、動かない標的に対する遠距離狙撃訓練と動く標的に対する近距離射撃訓練だ。なお、近距離射撃訓練では標的の方からも攻撃してくるので相手の攻撃をかわす必要もある」

 どうも無人標的機が相手らしい。

 かわすのと攻撃するのを同時に行うのは至難の業だ。

 攻撃に集中するとどうしても相手の攻撃はかわしづらい。

「一人づつ訓練を行い成績は点数化する。今後、機甲歩兵内の役割分担の資料とするので真剣に取り組むように」

「サー・イエス・サー」

 役割分担というのは制圧射撃を主任務とするか、突撃を主任務とするかということだろう。 

 ということであれば荒事が嫌いな俺としては射撃の点数は頑張って稼ぐ必要があった。

「また、使用するのは模擬弾だが発射反動は実弾とほぼ同じになるように作ってある。威力は低減してあるが銃口は決して他人に向けないように」

「サー・イエス・サー」

「では、テツ、前に出ろ!」

「サー・イエス・サー」

 俺はハサウェイ少尉に促されるがまま前に進み、模擬弾をマガジンに装填した。

「最初は伏せ撃ち、次は立ち撃ちで一〇発づつ、狙撃モードで撃ってもらう」

「サー・イエス・サー」

「標的はあれだ。見えるか」

 ハサウェイ少尉の指さす先にゴマ粒のような何かが見えた。

 距離にして二〇〇メートルくらいだろうか。

「オーダー、光学センサー、ズーム開始」

 額につけた情報端末を経由して、宇宙服のヘルメットにつけられた光学センサーが起動し、遠くに見えるゴマ粒が徐々に拡大されていった。

 渦巻模様をつけた丸い標的がドライアイス製造工場の壁面に鎮座しているのが見えた。

「見えました」

 確かに見えたには見えたが滅茶苦茶遠い。

 狙撃用のライフル銃ならともかく、通常の自動小銃で狙う距離ではないような気がした。

「よし、では始めろ」

「サー・イエス・サー」

 俺は腹ばいになり、銃をしっかりと固定して標的を狙った。

 スイッチは切り替えており弾丸は一発づつしか出ないようにしてある。

 一発目、大きく手前に着弾し、はねた。引き金を引く力にひきづられ銃口がかすかに下がったようだ。距離が遠いので微かな動きが大きなズレになってしまう。引き金をできるだけ優しく絞るように注意する。

 二発目、大きく右にずれた。微妙に銃口の位置を調整する。

 三発目、右に少しだけずれた。

 四発目、今度は標的のすぐ左、惜しいところで外れた。発射の反動が微修正した狙いを台無しにしてしまう。とてもイライラするが、その心の動きが身体に反映したら当たるものも当たらなくなる。

 五発目、標的の一番上の部分をかすった。何となくコツがつかめたような気がした。

 六発目、真ん中付近に命中。俺は心の中で歓声を上げた。

 そのあとは二発に一発のペースで命中し、一〇発中三発という成績に終わった。

「次、立ち撃ち」

「サー・イエス・サー」

 立ち撃ちは、伏せ撃ちに比べ射撃姿勢が安定しないので、さらに難しかった。発射の反動で一回一回銃の位置がリセットされるようなものだった。

 結局、一〇発中命中は一発のみだった。

「次、連射モードに切り替えて待機」

「サー・イエス・サー」

 ハサウェイ少尉の指示に力強く答えた後、自分の情報端末に小声で指示を出した。

「オーダー、現在の標的に焦点固定」

 特に指示されていないので俺は標的にオートフォーカスを設定した。

 そして、激しい動きに対応できるようにズームを抑えた。

 さらに、相手の攻撃をかわすために立ち撃ちの姿勢で靴の磁力をオフにし身体を浮かせた。

「はじめ!」

 銃撃を加えようとした瞬間、標的が視界から消えた。

 慌てて推進剤をふかし、横に移動しながら首を巡らせ、標的を捜した。

「オーダー、ズームアウト」

 広範囲を見るためにズームを解除し回避運動をランダムに行った。

《いた!》

 標的も不規則な回避運動を行いながら急速にこちらに近づいてきていた。

 模擬弾をフルオートで撃ちまくった。

 当たらない。

 逆に俺の右足に衝撃が走った。

「そこまで!」

 ハサウェイ少尉の終了の合図がヘルメット内に響いた。

 あっけなかった。俺の身体から力が抜けた。

 他の奴らの成績はまだわからないが、俺の成績は決していい方ではないだろう。

「次、ダン。テツは下げれ」

 

 ダンの遠距離狙撃訓練の結果は俺よりも悪かった。

 しかし、近距離射撃訓練では、自分が撃たれる前に標的への銃撃を成功させた。

 そのあと訓練を行った三人の成績は、上から、ロン、ユリ、ケイの順だった。

 特にロンは射撃が得意だと言っていた通り、伏せ撃ち九発、立ち撃ち七発という他の連中とは別次元の成績を収め、近距離射撃訓練でも標的が自分に近づく前に銃撃を成功させていた。

「さて、オレもやってみるかな」

 対戦相手が必要な格闘訓練と違って、ハサウェイ少尉が射撃訓練に参加する必要は全くないはずだったが、彼女は自動小銃に模擬弾を装填した。

 仕方ないので俺たちは一列に整列して彼女の様子を見守った。

 ハサウェイ少尉は腹ばいになると、淡々と射撃を開始した。

 ヘルメットの光学モニターにズームをかけて着弾の様子を見守ると、伏せ撃ちで一〇発中九発を命中させた。俺たちの中で最も成績の良かったロンと同じだ。

 続いて行った立ち撃ちは一〇発中八発で、ロンの成績を超えた。

 格闘技ではダンを上回り、射撃ではロンを上回るハサウェイ少尉に対して、俺は感嘆と羨望の念を禁じえなかった。

 続いて行った近距離射撃訓練でも予想通り銃撃を成功させた。

 ちらりとロンの方を見ると、両掌を上に向ける『お手上げだね』のポーズをしていた。

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