↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金星統合軍・機甲歩兵・訓練小隊  作者: 川越トーマ
PR
16/21

スカイ・キリバスからの撤収

「スカイ・キリバスの民間人は次のシャトルで避難を完了する。各小隊は避難終了を確認後、強行突入艇により激戦地のサウス・カフカースに応援に向かう」

 先ほどの戦闘から一時間三〇分が経過していた。

 すべての小隊の補給と整備は完了し、再出撃できる体制が整っていた。

 そんな中、第三機甲化中隊の中隊長と副官が装甲強化服に身を包み、ヘルメットを後ろに倒した状態で整備室に現れた。

 二割がた数を減らした四つの小隊の機甲歩兵たちは、その場で立ち上がり、中隊長たちを囲む形で指示を受けた。

「何か質問はあるか?」

 カミソリのような雰囲気の副官のウダイ大尉が鋭い目で周囲を見回した。

「はい!」

 顎髭を生やしたごつい士官が手を上げた。

「なんだ?」

 ウダイ大尉は『質問はあるか』と聞いておきながら質問されるのは迷惑だとでも言いたげな視線を顎髭の人物に送った。

「中隊長殿はどの艦艇で移動するのでありますか?」

「中隊長は第七小隊の強行突入艇、私は第八小隊の強行突入艇に乗せてもらう」

 そんなやり取りを聞きながら、俺は自分の頭に浮かんだ質問をしてよいものかどうか迷い、傍らにいたハサウェイ少尉に小声でささやいた。

「反物質製造工場はどうするのでしょうか?」

 ハサウェイ少尉は俺に大きな瞳を向け、形の良い眉を跳ね上げた。

「そこ! 何か言いたいことがあるのか?」

 軍隊は私語を嫌う。ウダイ大尉は俺のささやき声を聞きとがめた。

 まずかったかなと思いながらも俺はストレートに疑問をぶつけてみた。

「反物質製造工場はどうするのでありますか?」

「どういう意味だ!」

 ウダイ大尉は明らかに苛立っていた。

「我々を攻撃してきた地球に対し、反物質及び反物質の製造拠点をむざむざ渡してよいものでしょうか? いっそ破壊してしまった方がいいのでは……」

 俺は反物質を今回の戦争の原因の一番大きなものとしてとらえていた。

 争いの種は永遠になくなった方がいい。  

「貴様、この工場にいくらかかっていると思っている!」

 しかし、帰ってきた答えは俺の考えとはまるで違うベクトルを持つものだった。

「しかし……」

「俺たち一介の軍人がそんな勝手を許されると思うのか!」

 ウダイ大尉のあまりの剣幕に周囲が凍り付いた。

「敵の手に渡れば大きな脅威です」

「黙れ!」

 きっと俺の性格は軍隊組織に向いていないのだろう。小心者の癖に理屈っぽくて頑固で。

「イズモ二等兵下がれ!」

 ハサウェイ少尉が困った表情をしながら俺の装甲強化服のヘルメットを乱暴に引き寄せた。

 俺はバランスを崩して身体を泳がせた。

「……失礼しました」

 俺がもがいているうちにハサウェイ少尉がウダイ大尉に敬礼を施していた。


 急速に悪化した整備室内の空気を破るように俺たち全員の情報端末が緊急通信を受信した。

 軍のネットワークを使って金星の衛星軌道上すべてにバラまかれた通信らしい。

「中隊長、味方艦艇からの救難信号です」

 通信の内容を素早く読んだウダイ大尉がシュトルム隊長に注進した。

「どこからだ?」

「敵の包囲の外側を慣性移動中。巡航艦イシュタルからです」

 俺が起こした騒ぎなどキレイさっぱり忘れたかのように別の緊張感が整備室を支配した。

 主力艦隊の救援に向かった宇宙巡航艦イシュタルが敵にやられ、助けを求めて漂っているということらしい。

 多少なりとも俺たちに縁のある艦艇の窮状に俺の胸は痛んだ。

「全員で助けに行くわけにはいかんぞ」

 エラの張った白髪交じりの中隊長は基本助けに行くつもりらしい。

 その考えに俺も心情的には賛成だ。

 しかし、この状況での救難信号は様々な憶測を生む。

 救難信号自体が拠点にこもっている俺たちを引きずりだす罠である可能性も考えられた。

「訓練小隊に行ってもらいましょう」

 ウダイ大尉の発言に、俺は意趣返しの匂いを感じた。


 強行突入艇に乗った俺たち五人は、いったん敵勢力を大きく迂回する方向に移動してから、救難信号の示す方向へと転進した。

「まったく、ひとこと余計なんだよ」

 すぐ後ろに立っていたダンが、俺によく聞こえるように低い声で悪態をついていた。

 チラリと振り返ると、ダンの後ろのユリも、物凄い目つきで俺を睨んでいた。

 寂しいことに笑顔で俺をフォローしてくれるはずのロンはもういなかった。

「申し訳ありません」

 俺は操縦桿を握っているハサウェイ少尉に小声で謝罪した。

「何がだ?」

 ハサウェイ少尉は俺に顔を向けることなく正面のモニターを見つめていた。

 薄暗い艇内でモニターの光に照らされた顔は多少青白かったが、やはり美しかった。

 戦闘後に一人怯えていた姿は何かの間違いとしか思えなかった。

「上官の機嫌を損ねてしまいました」

「戦術的にはお前の言ったことは間違っていない。新兵に言われたのが気に入らない。ただそれだけの話だ。気にするな」

「しかし、隊長に御迷惑を……」

「うるさいな、おまえは。ごちゃごちゃ言ってないで仕事しろ!」

「はっ、失礼しました」

 軽く叱責され、俺は救われた。

 ハサウェイ少尉の横顔が微笑んだような気がした。

「なあ、テツ。おまえ、士官学校を受験してみたらどうだ」

「えっ?」

「いい士官になれそうな気がする」

 意外に優しい響きの声だった。

「いえ、自分は馬鹿ですので」

「兵役経験者の受験は普通受験よりハードルが下がるぞ、良かったら考えてみろ」

「はぁ」

 俺はハサウェイ少尉に評価してもらえて内心とても嬉しかった。

 何の脈絡もなく俺の背中にハサウェイ少尉の暖かい感触が蘇った。

 俺は自分の耳が熱くなるのを感じた。

 しかし、そんな俺に冷水を浴びせかけるようなデータが索敵システムから飛び込んできた。

「敵の強行突入艇です」

 俺は素早く必要なデータを小隊のメンバーに転送した。

 俺たちが目指している巡航艦イシュタルの残骸に敵が近づいていた。

「自動操縦に切り替える。全員外に出るぞ」


 宇宙巡航艦イシュタルは、かつての美しい姿を大きく損なっていた。

 サメのような流麗なフォルムは超電磁砲の砲弾やミサイルで所々抉られていた。

 強烈な太陽に照らされた部分は焼けただれた様子がはっきりと見てとれた。

 推進装置が故障しているらしく慣性の法則に従って力なく宇宙を漂っていた。

 そのイシュタルに白銀に輝く円盤型の小型艇が接舷しようと近づいていた。

 敵の強行突入艇だ。恐らく捕虜をとる目的だろう。

 接舷が完了し内部に侵入されると厄介だ。

「撃て」

 ハサウェイ少尉の指示を受けて、ユリのロケットランチャーが火を噴いた。

 立て続けに三連射すると、そのうちの一発が命中した。しかし破壊には至らなかった。

 ロンがいてくれたらと心の底から思った。

「突撃!」

 ハサウェイ少尉の命を受けて、俺たち四人はバラバラにイシュタルの残骸に突進した。

 俺たちの動きを察知した敵の強行突入艇は、機甲歩兵を吐き出し距離をとった。

 敵の機甲歩兵は全部で八人だった。敵の方が数は多いが先程のスカイ・キリバスでの戦闘に比べれば遥かにマシだ。

「制圧射撃!」

 俺たちの自動小銃と、ユリの高出力レーザーライフルが火を噴いた。

 敵の機甲歩兵たちはめまぐるしい回避運動を行い、俺たちの攻撃をかわした。

 反撃の弾幕は薄かった。

 少数の敵に後れを取るのは面白くないだろうが敵としても自軍に犠牲を出してまで捕虜をとるメリットはない。まともな指揮官であれば無理押しせず撤退を考えるはずだ。

 俺の想像したとおり、敵はこちらに無理に近づこうとせず、回避運動を行いながら後退した。

 結局、先にイシュタルの残骸にとりついたのは俺たちだった。

「コバンザメを接舷させる。ダン、ケイ、内部に突入して乗組員を救出せよ」

「サー・イエス・サー」

「オレとテツ、ユリはこの場で警戒を続行。敵を近づけるな」

「サー・イエス・サー」

 遠距離攻撃タイプのユリが選ばれたのはわかるが俺が選ばれた理由は今ひとつわからなかった。戦闘能力で言えばダンやケイの方が上だ。

 となると俺に求められているのは恐らく警戒任務なのだろう。

「偵察用ドローンを展開します」

 俺は強行突入艇の人工知能に命じて二基の無人偵察機を発進させた。

 ヘルメットの中に索敵システムの情報を拡大表示し敵の接近を警戒した。

「コバンザメ経由でイシュタル内部に入ります」

 ケイの声が耳元で響いた。ダンとケイが強行突入艇に戻った後、強行突入艇はイシュタルのエアロック部分に接舷した。

「頼んだぞ」

「サー・イエス・サー」

 ハサウェイ少尉の声にダンとケイの声が重なった。

 もしも、俺が敵の立場だったらどうするだろうかとボンヤリと考えた。

 二人が救援活動で艦内に消え、外にいるのは三人に減った。とても嫌な予感がした。

「生存者いました。要救助者の人数を確認します」

 ケイの声が耳元で響いた。胸の中に温かいもの込み上げてきた。

 人間同士が殺しあう戦場で人命救助の任務は誇らしくやりがいを感じた。

 しかし、そんな俺の気分を根底から覆すような嫌な動きを敵は見せた。

「敵機甲歩兵部隊、接近!」

 臨戦態勢の人数が減ったことにつけ込むように、敵が再接近を開始した。

「ユリ、直ちに狙撃開始!」

「ふざけやがって!」

 ユリが高出力レーザーライフルを乱射した。

 しかし敵の回避運動がうまく、なかなか当たらない。

 敵はこちらの攻撃を回避しつつ急速に接近してきた。

「いくぞ、テツ!」

「サー・イエス・サー!」

《ハサウェイ少尉の盾になるんだ》

 俺は自分にそう言いきかせると奥歯をかみしめ、左手に自動小銃、右手に高周波ブレードを構え推進剤を全力でふかした。

 あっという間にハサウェイ少尉を追い越し彼女の前に出た。

「馬鹿野郎、無理するな!」

 そう言われても俺なんかが戦場にいること自体がもともと無理な話だ。

 正面の敵がこちらに銃を向けるのに気づくと俺は素早く右方向に進路を変えながら自動小銃を乱射した。

 そして、急にまた進路を変え、一直線に相手に突撃した。

 首に力を入れ、衝撃でむち打ちになるの防ぎながら、体当たりするように高周波ブレードを相手の装甲に突き入れた。

 確かな手応えを感じると、成果を確認することなく次の獲物へと高速で移動する。

「!」 

 次の相手は自動小銃を乱射しながら俺の突きを回避しようとしていた。

 数発の銃弾が装甲をかすめ、嫌な衝撃音が装甲強化服の中に響いた。

 多少の被弾は覚悟して、すれ違いざま高周波ブレードで相手の胴を薙ぎ払った。

「テツ、下がれ!」

 ハサウェイ少尉の声が耳元で響き、俺はスピードを殺さないように大きく方向転換を行った。

 ジグザグに後退していく相手に自動小銃の銃弾を浴びせかける。

 遠距離攻撃タイプの敵兵がユリのライフルの餌食になり、動きを止めた。

 ハサウェイ少尉に近づいた敵兵もデブリとなって戦場を漂った。

「自分も加勢する!」

 異変を察知したダンがイシュタル艦内から引き返し、虚空の戦場に現れた。

 八人いた敵は四人に減り、こちらは逆に一人増えて四人になった。これで負ける気がしない。

「気を緩めるな!」

 ハサウェイ隊長は俺の心を見抜いているようだ。

 しかし、敵の四名は撤退を開始した。もう襲ってくることはないだろう。

 さらに通信機がケイの明るい声を運んできた。

「隊長、生存者は五名です。コバンザメへの収容、完了しました」

「よくやっ……」

 背後で爆発が起こり、ハサウェイ少尉の通信が不自然に終了した。

「えっ?」

 敵味方識別信号を表示するモニターからハサウェイ少尉の信号が消えた。

「隊長!」

 ユリの悲鳴が聞こえた。

「この野郎!」

 ダンが推進剤を最大出力でふかし、死んでいたと思っていた遠距離攻撃タイプの敵兵に突進した。

「嘘だ…ろ…」

 装甲強化服が金属の破片をまき散らし、美しい戦いの女神は白銀に輝く金星の雲海に向かって落ちていく。

 俺は、少しの間、その光景を現実のものとして認識できなかった。

「隊長!」

 俺は推進剤を最大出力でふかして彼女を追った。

《お前は女神の盾になると言ったじゃないか!》

 俺はハサウェイ少尉を命を懸けて守るかのような発言をした自分を責め、呪った。

 彼女の装甲強化服はみるみる遠ざかっていった。俺の手は彼女に届きそうになかった。

 それでも俺はあきらめなかった。あきらめたくなかった。

 軌道計算と推進剤の残量計算を行っている人工知能が激しいアラートを発した。

 このままでは俺が金星に墜落すると人工知能は判断したようだ。 

「ダメ! テツ!」

 耳元の通信機がケイの声で絶叫した。

 すでにハサウェイ少尉の姿は見えなくなっていた。

 各種センサーにもまるで反応がない。彼女がどこに行ったのかわからなくなってしまった。

「ちくしょぉぉぉ!」

 眼下には、どこまでも真っ白な金星の雲海が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。