第6話 順調な道のり
余裕を取り戻してからの紅蓮の行動は比較的速かった。
扉を開け、部屋を出た先のそこには今までいた所と同じような景色。
白い壁に床、そしてやはり同じくおそろいで白い天井のある通路だ。
通路は二方向に延びている。行先の選択肢は、右と左。
「まずは右だな」
迷った末にユニットを動かして、まず右へ行動させる。
進むの指示を出して移動させていくのだが、ほどなくしてゲーム機の画面に赤いエフェクトの光が発生。
「っ!」
右へ右へと進んで行ったユニットは、横の壁から発射されたレーザーのようなもので、体を貫かれてあっけなく消滅した。トラップがあったのだ。
……と、言う事は紅蓮も知らずに進んでいればこうなっていたかもしれない。その事実にぞっとする。
ゲーム迷宮とリアル迷宮が連動しているのならあり得ない可能性だとは言えないからだ。
頭の中には、ほんの数秒前に画面内で起きた出来事、ポリゴンの欠片がばらばらと零れ落ちて消えていくユニットの姿が繰り返し浮かぶ、現実の人間ではあれではすまない。
犠牲になったのがただのデータで良かったと、そう考えるのが妥当な所だろうが……。
(そうは、言ってもな……)
クラスメイトと同じ顔をしたユニットが消えていく事に、何とも言えない思いが込み上げてくる。頭では分かっていても、嫌な気持ちは消えないのだ。たとえ知り合いと見た目がそっくりなマネキン人形が目の前にあったとして、魂の宿らないただの物体だと分かっていても、損壊や悪戯などの行為を躊躇ってしまうのは仕方がない事なのだから。
(今までのゲームでも、現実に似た奴がいたら容赦なくとはいかなかったし……)
だが、感傷を抱いている時間はない。
いつまでもこんなよく分からない所に留まっていたくはないし、脱出できる当てがあるのなら、犯人の気まぐれでその方法が取り上げられる前に行動に移すべきだろう。
「次は左だ」
左の通路を別のユニットに進ませる。左へ、さらに左へ……。
やがて何かのトラップに掛かる事もなく、無事に通路の奥、白い扉の前へと辿り着いた。問題はなさそうだ。
部屋に入ると、その場所も紅蓮が最初にいた部屋と同じ様子だった。壁、床、天井は、白、白、白。
先にユニットに入らせて、トラップを探知して進んでいく。時に踏み抜いてユニットを消費しながらも、その部屋を無事に通過した。
向かいの壁にあった、保護色で分かりにくい扉を開けて、白い通路へ出ていく。
そんな風に、ゆっくりと時間はかかってしまうが、確実に紅蓮はゲームを進めていった。これからも。おそらくこんな調子で、出口を探していくのだろう。
多少知恵を使わなければならない所があるものの、今までやった様々なゲームの難易度と比較して考えれば、クリアできないものではなかった。
「どんな具合かと思ったけど、意外と余裕だな」
もっと紅蓮自信が危険な目に合うような底意地の悪そうなゲームだと想像していただけに、拍子抜けも良い所だった。
ゲーム機を握り、リアル迷宮内を歩きながら、時に立ち止まり、時に周囲を見回し、紅蓮の代わりにユニットを動かし危険がないか調べながら(トラップ探知しながら)ゲーム迷宮内を歩かせる。
そうやって地道に繰り返しながら、安全を確かめて進めども進めどもまったく代わり映えのしない迷宮内部を攻略していく。方向感覚が分からなくなるのはともかく、時間の間隔さえも曖昧になってきそうだ。
(せめて、どれくらいで出口に辿り着くか分かればいいんだけどな。終わりがないなんて事ないよな……?)
出口がなければなけ無駄な事をしているだけになってしまうが、捕らわれた身としてはそんな事が分かるはずもない。まだそれほど切羽詰まった状況でもないし、と大人しく進む。
「またこの部屋か……」
大人しく進むのだ。
「今回はユニットか」
白い通路から白い部屋へ。それらを交互に進んで行くと、攻略の助けになるだろう多くの駒を手に入れる事ができた。
(今までに回収したユニットは、ざっと三十……)
紅蓮の訪れるリアル迷宮では相変わらず何も無いのだが、ゲーム迷宮にはユニットのいる部屋があって補充が出来たり、あみ縄や磁石、バケツなどの今のところは使い道の分からないアイテムを手に入れたりする事できたのだ。
その中で一度手に入れたユニットを数えてみたのだが、それが紅蓮のいる教室の人数とピタリと一致していた。
「クラスメイト全員分の、ユニットが用意されているのか」
名前だけならともかく、全員分の個人情報まで、だ……。
こんな大掛かりな迷宮を用意されている時点でひょっとしたらと思っていたが、犯人は複数いる可能性があった。一人で調べられる情報量の域を超えている。
それが事実ならば一体どれほどの人間が関わっているのだろう。
「実加は、いないんだよな」
一緒に攫われたはずの実加は、今までのリアル迷宮にはいなかった。
いる、というより姿があるのはゲーム迷宮。それも本物ではなく偽物のデータで。
画面に映し出された少女のユニットを見つめながら、嫌な可能性が頭をもたげてきそうになる。それはありえない事なのに。
(だめだ、こんなこと今考えてたって仕方ないだろ)
異常な状況で、少し弱気になっているだけだ、とそう考えて紅蓮は再びゲームへと意識を集中させた。