エピローグ 白百合は蜜の味
お待たせしました。一章エピローグです。
若干説明臭くなってしまっているので、読み飛ばしてしまっても大丈夫です。読んでくれると泣いて感謝しながら踊ります。カァーモンベイベーアメリカッッ!(巻き舌)
「ではこれより、勲章授与式を行う」
ラッパが鳴り響く。
極彩色の──もっぱら朱を基調としたものが多い──礼服を纏った貴族達が拍手を止めた。
頷いた聖シエラエール王国宰相ガルハリィドは、厳かな口調で口を開く。
「王女殿下護持、ハシュウは前に」
「はっ!」
大聖殿の玉座の間に、高らかに声が響いた。
俺は垂れていた頭を上げ、前に進む。数歩進んで、片膝をついた。
「貴殿は護持でありながら王女殿下を悪魔に拐かされるという失態を犯したが、魔導騎士団が到着するまでの間、一人先行して王女殿下の身を悪魔から護った。また此度の悪魔討滅に大きく貢献した事から、白百合勲章を授与する」
そう口上を述べて、ガルハリィドは長方形型の薄べったい木箱を隣に立っていた部下らしい貴族から受け取る。
箱の蓋は無く、底には赤いクッションがぴったりと敷かれている。その上には、百合と剣が重なり合った精巧な銀細工があった。
「この身に余る光栄に御坐います」
再び頭を下げると、正面に立っていたシャルランテがガルハリィドから勲章を受け取り、ゆっくりとした手付きで俺の儀礼服の胸襟に付けた。
「これからもよろしくお願いしますね、ハシュウ」
「ははっ。殿下のお望みのままに」
俺がそう言うと、大聖殿の玉座の間がわっと沸いた。
見た感じ、殆どの人間が俺の受勲を喜ばしく思ってくれているようだ。
玉座に座るクソ国王も、自国の勲章を与えておいて邪険にするのは流石に体面が悪いと思ったのか、不承不承ながら手を叩いている。
ハッ、ざまぁみろ。
頭を上げることを許された俺は、微笑むシャルランテに対し、ゆっくりと微笑み返した。
これが、俺がこの世界で『名誉』とかいうやつを初めてゲットした瞬間になるのだろう。
感慨深い気持ちになりながら、俺はここ数日の出来事を振り返る事にした。
まず最初に問題となったのは悪魔の死体をどうするか、だ。
巨大化しやがった悪魔のせいで俺は事後処理に困る羽目になった。そのままにしておこうかとも思ったが、それでは俺が悪魔を殺したという事がバレてしまう。
それは即ち勇者でも何でもない一般人の俺が悪魔を殺せるだけの力を持っているということだ。これがバレるのは良くないので、そのままにしておく案は却下。
ではどうするか。
俺が出した結論は簡単だ。《蠱毒の壺》で悪魔を“毒蟲死体”にした。
ちなみに、悪魔の死体で作ったコイツと、そのへんのゴロツキで作った毒蟲死体を一緒くたにするのはどうかと思ったので、悪魔で作った屍人──いや、この場合は屍魔か──を“蟲魔”と呼ぶ事にした。
その為、この死体悪魔は『毒蟲死体六号』では無く、『蟲魔ワン』となったわけだ。ワンにした理由は、一号にすると毒蟲死体と被るから。結果として忠犬みたいな名前になってしまったが、まあこれはこれでいいだろ。
これで、ラファエロ達が追い付いてきた時にこのワンをけしかけてやればいい訳だ。
しかし、ここで俺は待てよ、と思い始める。馬鹿正直にワンをラファエロ達に渡すのは勿体ないのではないか。
折角蟲魔を作ったのに、すぐ様騎士達に壊されるのも気分が良くない。
どうせなら、蟲魔を使わずに騎士達に一泡吹かせる方法はないだろうか。
そんな事を考えていた時にふと目に留まったのが、聖堂の端の方に積み上げられた無数の腐乱死体だった。
悪魔が死んだせいか、《糜戒蟲咒》の進行が中途半端な状態で止まっており、その死体達は黒い靄を放ちながらうぞうぞと動くだけの肉塊のようになっていた。
気持ち悪さがマックスだった訳だが、そのお陰で使い潰す事に抵抗は全く無かったのは不幸中の幸いと言うべきか。
『うじあにみけむへにむこにてのをにはふね』
そして腐乱死体を弄り回した結果、キチガイが生まれた。
いや、言い訳をさせて欲しい。
とりあえず俺はまず腐った肉塊に《蠱毒の壺》を掛けてみた。
この呪いは魂を材料とするので、死後時間が経ち過ぎて魂が肉体から離れてしまった死体には使えないのだが、この肉塊、どうやら悪魔の仕業によって魂が肉の中に囚われた状態にあったらしく、問題無く使うことが出来た。
ちなみに魂を肉体に留めておく方法については凄く興味があったので、肉塊の下に描かれていた魔方陣を模写して後々研究する事にする。
その方法に関して悪魔に聞いておけば良かったと少し後悔したのは秘密だ。
さて、話を肉塊に戻すが、呪いをかけた肉塊は無事に七つの魂を材料とした毒蟲死体となった。どうやら、素材にした魂の量が多ければ多いほど良質な──つまり強力な毒蟲が生まれるようで、出来た毒蟲死体はゴロツキ君達より圧倒的に高いスペックを誇った。
鳴き声も今までのとは若干違う。
「フシュル……るるルルるルゥ……」
こんな感じだ。
しかも肉塊時代の名残で、この毒蟲死体、黒い靄を
放つのだ。
未だに《糜戒蟲咒》の影響が残っているのだろう。見た感じ、滅茶苦茶ボスキャラ感が出ていた。
面白く思った俺はそこで、《糜戒蟲咒》の進行を進めたらどうなるのだろう、と考えた。
半ば悪ノリの勢いで、《糜戒蟲咒》のモノマネ、つまり目玉が生えるようになった《黒刻》の触手をこの死体に注ぎ込むと、入るわ入るわ。
底なしかと思うほどに《黒刻》が入っていくのには流石の俺も少し引いた。
《黒刻》には肉体強化の効果がある。そんな呪いをジャブジャブ注ぎ込まれた死体がどうなったのかと言うと。
『あふおまはかまめはさたままにまにかなせかえせ』
ひたすら訳の分からない言葉を呟く、蜘蛛のような体型をした千手観音みたいなモノが出来た。
黒い靄のようなオーラを放ち、十四ある人の瞳をそれぞれ別の動きでぎょろぎょろと動かし、明らかに関節の数が増えている無数の腕をうねうねと動かす。
正直、単純な肉体性能でいえば本物の悪魔より上ではないかと思う。こんなのと闘わなくてはいけないラファエロ達には心底同情する。
実際、この後魔導騎士を率いてやってきたラファエロ達とこの千手観音のパチモンとの戦いでは、二人の魔導騎士が命を落とした。徹底的にラファエロを相手にしないように立ち回らせたのが功を奏したのだろう、大戦果だ。まあ、しかしここではその戦いは割愛する。
というか、ラファエロ達が戦っている時俺は蟲魔を下水道に逃がすのに必死になっていたので、あんまりよく見てないのだ。
しかし、偽千手観音を倒したラファエロが後に、
「よくあれを相手に一人で持ちこたえたれたな」
と言ってきたくらいなので、そこそこ激戦ではあったのだろう。
俺は「あははー」とか言いながら誤魔化した。不審に思われないように事前に自傷しておいて良かった。
そして魔導騎士団による悪魔討滅後は、俺は国王やその他の貴族達にシャルランテ誘拐を許した事と独断専行を咎められる事になった。
しかし、我が愛しの御主人様のおかげで結局お咎めなしとなった。更には勲章まで貰えるとか。
正直、笑いが止まらない。
今回貰った白百合勲章とか言うのはそこそこ良い勲章らしく、ガルハリィドやラファエロが「誇りに思えよ」とか言っていた。
俺の感想としては、この白銀の銀細工高く売れそうだな、というくらいでしかないけどな。
ちなみにラファエロも俺より先に勲章を貰っていた。
俺が《我が意に従え》で操った貴族達を傷一つなく拘束し、五号を除くゴロツキ君達毒蟲死体を全滅、さらには悪魔を討滅ぼした事によるものだ。
こうやって見ると、いかにラファエロが化け物なのかがよくわかるな。
勲章授与式については、悪魔討滅のビッグニュースもあって、当初は国を挙げて大々的に行われる予定だった。
しかし、城内で他国の貴族令嬢と思われる女性の死体が発見された事により、その案は却下となる。
というのも、隠されるように物陰に置かれていた女の死体は、隣国ラージーン王国の現国王の弟、ケアル公爵の娘アンネマリーだったのである。
アンネマリーのものと思われる死体は頭部がぐちゃぐちゃに砕かれており、さらには全身が何かに食い荒らされたような形跡があった。またアンネマリーの従者のものと思われる頭部の無い死体も近くに転がっており、恐らくは悪魔による仕業だったのだろうと判断された。
ちなみに本人と証明できるものは背格好と散らばっていた服装くらいしか無かった。まあこの世界に流石にDNA鑑定なんてものは無いので仕方ないだろう。
そんなこんなで、シエラエール国王との血の繋がりもあるアンネマリーの死を悼み、勲章授与式は内々に、大聖殿の中だけで執り行われる事になった訳だ。
またアンネマリーの死により、責任追求の為にシエラエールとラージーン王国との国交は冷え込む事になったが、バルハタザール三世はアンネマリーとの血の繋がりを主張し、「自分も家族が殺されて遺憾に思う。悪魔許さない、悪魔憎し」と悪魔にヘイトを擦りつける方針で行くようだ。
外交官の官僚達が忙しい忙しいと横を走って通り過ぎていくのを、俺は素知らぬふりをして顔を背けた。
ただでさえやる事の多い官僚達は、高い地位にいた彼女の死亡の後始末によっててんやわんやの状態だ。
この様子だと、城内の侍女が二人姿を消した事には気づいてすらいないだろう。
まあ、よしんば気づいていたとしても身分が違い過ぎる。身分の低い下女の行方を優先して探す奴なんかいないだろうな。
と、まあ、ここ数日の出来事をつらつらと挙げた訳だが、俺的には中々良い結果になったと思う。勲章も貰えたしな。
手駒のゴロツキ君達を五号を除いて全て失ったのは痛かったが、それ以上に得られる物も多かった。
色々課題も見えてきた事だし、これからはやる事が多くなって来るだろう。
まあ、ぼちぼちやっていくか。
俺は側に立つ銀髪の少女を見ながら、そう思った。
「?どうかしましたか?」
授与式の後に行われる宴で周囲が喧しい中、シャルランテは振り向いてコテンと首を傾げた。
悪魔にやられた怪我はとっくの昔に治療され、今は傷一つない以前の姿のままだ。
俺は少し笑って、
「いえ。姫様が健やかでいられますように、と神に祈っていたのですよ」
そう言った。
瞳の奥で、誰かが嗤った気がした。
まだ一章は、続くかも?




