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イベント・インシデント①

すんげー遅くなりました……!

キリの良さそうなところで切ったため少し短いです

 



 さて、どう料理してやろうか……と、楽しみにしていると、バルハタザールの長々とした祝辞が終わったようだった。


 面をあげよ、と命令され、それに本心では嫌々ながらも従う。


「うむ……さて、彼らが今代の勇者である」


 玉座から立ち上がったバルハタザールは尊大な態度で髭を扱いた。


 その言葉に呼応して、周囲が歓声にも似た声をあげる。

 それに満足そうに頷くジジイ。

 大仰な身振り手振りで、そばに居る光輝を強調する。


「彼の者こそ、《聖剣の勇者》コウキ・コウシロである」

「高城光輝です」


 国王に指され、どこか頼り無さ気に会釈する光輝。

 しかし、その肩書きがそんな態度を搔き消していた。

 どこの国でも勇者は――特に《聖剣の勇者》は人気なようで、光輝を見る独身と思しき女達の視線が凄まじい事になっている。


 実際問題、玉の輿狙いで光輝と一緒になれたとしても、光輝が魔王に負けて死んだら一緒になった意味は無いとは思ったが、口には出さない。

 まあ、玉の輿狙いとかじゃなく純粋な恋愛とかなら話しは別なんだろうが。


「彼女が、《賢者の勇者》リオ・ハラサキである」


 光輝の紹介が済めば、流れ作業のようにして他の面々も次々と紹介されていった。

 莉緒、凛、セリカの順で紹介されるその度に、決して小さくない声が広がる。


 大聖殿ここに集まっている貴族達は、勇者一人一人を見る度に異なったリアクションをしてくれるので見ていて面白い。


 勇者達が紹介されている間、手持ち無沙汰だった俺は暇つぶしにそれを観察してみる事にした。


 例えば、少し離れた場所にいる太った中年の男。

 光輝にはやや面白くなさそうな顔をしていたが、莉緒や凛、特にセリカが紹介された時は嬉しそうにしていた。


 そいつを見て俺は、多分巨乳好きなんだろう、と勝手に判断する。


 そんな中年の男以外にも、反応は様々。

 しかし概ねが、魔王を倒すべく喚び出された勇者達に好意的なものだ。


 では翻って、俺はどうだろうか。


「ええ……次は……」


 俺の番が来て、こちらを見たジジイは露骨に嫌そうな顔をした。

 シャルランテに言われたから嫌々ながらもしているのであって、本来なら勇者でも無いお前を紹介するなど有り得ない、と目が雄弁に物語っている。

 別に今更どうとも思わないので、涼しい顔で受け流すと、ジジイはむっとした顔をした。


「そこな男が……我が愛娘の新しい側仕えよ」


 それだけ言って、ジジイは玉座に座り黙り込んだ。

 俺についてはこれ以上何も言うことは無い、と言わんばかりである。


 周囲の反応も、どこか戸惑っているような印象だ。

 たかが側仕え風情を形だけでも紹介した事、その裏にどの様な思惑があるのか測りかねているのだろう。

 まあジジイの単純な好き嫌いの他に何も無いわけだが。


「勇者達よ」

「はい」


 頬杖をついて放たれたジジイの言葉に、勇者を代表して、光輝が返事をする。


「今宵の諸君らの仕事はここまでだ。後は楽しんで来るがよい」

「ありがとうございます」


 会釈をして、バルハタザールから離れる光輝。

 彼は莉緒達と連れ添うようにして、壇上を降りて行く。


「シャルランテや」

「……はい、お父様」


 シャルランテは父の俺に対する扱いに不満気な顔をしている。

 だが、珍しくバルハタザールは何も言わなかった。己が溺愛する娘に対し、いつもとは違ってどこと吹く風のような態度で接している。


「今の内に面識を広げておくとよい。……今更そこな男について何かを言うたりはせん、しかし自らの役割を全うするのがお前が天命である」

「……………はい、わかりました」


 そこには、娘に対して愛情を注ぐ父親でも無く、傲慢なクソジジイでも無く、毅然とした国王がいた。


(オイオイ、マジかよ)


 クソジジイが真面目ぶっている。

 しかし、例えどれだけジジイがまともぶっても、一ミリたりとも尊敬の念が湧かないのは俺だけか。


 俺はこみ上げそうになる笑いを、苦労しながら押さえ込んだ。


「ハシュウ、行きましょう」

「はい、姫様」


 シャルランテに呼ばれて、その後を付いて行く。


 それを、黙って玉座から見下ろすバルハタザール。

 終ぞ、このジジイが俺に声をかけて来る事はなかった。




 壇上から降りると、シャルランテに挨拶をしようと大勢の貴族達が寄ってきた。

 通常、爵位が高い順に謁見するのが慣例ではあったが、今回は様々な国の人間がいるため、一概に順番をつける事が出来ない。


 その為、シャルランテは話しかけられた順に、丁寧に対応していった。


「私、ヴィルヴァンテ公国の子爵のルバーダと言います、シャルランテ殿下におかれましては、どうぞ以後お見知り置きを」

「シャルランテ・エル・シエラエールです。本日ははるばるようこそおいで下さいました」

 と、いった具合に。


 その間、俺はというと、シャルランテの後ろでニコニコしているだけである。

 情け無い気もするが、どうやら貴族達は俺に触れない事にしたのか、全く話しかけてこようとはしなかったのでそれで十分だった。

 まあ、貴族の対応など面倒なだけなので、こちらとしても都合が良い。


(対応に困る度に《我が意に従えアカハト・アシュハト》を使うのも面倒だからな)


 ちらりとシャルランテを見る。

 幼いながらも、背筋を伸ばしてしっかりと応答するその姿は流石王族といったところか。


 壇上から降りた勇者達も、次々と貴族達に絡まれているようで、あたふたとしながらもなんとか対応しているが、シャルランテのそれは別次元だ。


 最早歴戦、熟練の戦士のように、シャルランテはてきぱきと彼女の務めを果たしている。

 今話している奴で、もう八人目だ。

 要した時間は恐らく四十分といったところだろうか。最低でも半刻以上は掛かっていないだろう。

 雑に対応しているのではなく、一人一人丁寧に対応している上でこの時間というのは、幼少からの慣れだろうか。


 しかし俺は、彼女の隣でただ立っているだけ。

何となくそんな自分が痛快に思えて、小さく笑みがこぼれた。


(それにしても……)


 笑顔によって細めた目で、悟られないように視線を運ぶ。

 視界に捉えたその先には、ワイングラスを片手に持った細身の男がいた。


(先程からずっと、見ているな・・・・・


 男の狐と見紛う程の細目の奥に、淀んだ昏い瞳が覗く。

 弧を描いて釣り上がる唇が不気味だ。


 隠しているつもりだろうが、へばりつくような不快な視線が、シャルランテに――また、時折俺に向けられていた。


(何ガン飛ばしてんだ、ぶち殺すぞ)


 やや苛立つ俺。


 今の俺であれば、相手が普通の人間ならそれが簡単に有言実行出来るだろう。

 地球で染み付いた癖か、見られると殴りたくなる衝動に駆られる。


 しかし、同時に俺はその男の視線に、この世界に来る前に遭遇したイカれたサラリーマン殺人鬼とはまた違うベクトルの、身体に張り付くような嫌な感覚を感じていた。


(……注意しておくべきか)


 どういう理由でそれを向けているのかはわからないが、もしそれがシャルランテに害をなすものであれば生かしてはおかない。


 俺の獲物シャルランテには、誰にも手出しはさせない。

 もし奴がシャルランテに悪意をぶつけるなら、それ以上の悪意でもって撃ち滅ぼしてやる。


(こいつを殺すのは……この、俺だ)


 その思いを、まるで獣が縄張りを主張するように、視線に込めて男にぶつける。


「あ……アンネマリー」

「数日ぶりね、シャルランテ」

「そう、ですね」


 男を睨んでいると、ふとシャルランテの声に僅かに硬質なものが混ざるのを耳に捉えた。


 男への視線を外して会話している相手を見ると、そこには数日前に見た厄介なお嬢様――アンネマリー・エル・ラージーンがいる。

 目が合ったので、軽くお辞儀をしておいた。


 シャルランテは俺を庇うようなつもりなのか、ぎこちない動きで僅かに半歩踏み出して俺の前に立つ。

 先程までとは打って変わって、態度が固くなっている。


 ほんのちょっとの会話ですら固くなるとは、やはりアンネマリーが苦手なのだろうか。

 もしかすると先日の件でさらに苦手意識が強まったのかもしれない。

 まあ、今の内に押しが強い人間への対応を学べるのは良い経験にはなるだろうが。


「そんなに怖い顔しなくてももうハシュウをくれなんて言わないわよ……あんたもそこの執事に随分とご執心なようだし、ね」

「なっ…ちがっ!」

「あら、図星かしら?顔が真っ赤になってるわよ?」

「〜〜ッ!?」


 シャルランテが頬を染めながら凄い勢いでこちらを見る。


「あ、あ、ハシュウ、違いますから!違いますからね!」


 何が違うのかよくわからないが、俺は一連のやりとりが聞こえなかった振りをして、「わかっておりますよ、姫様」と、返事をした。


 すると、

「(それはそれで不満なんですが……うう)」

 と、小さく呟いて、シャルランテはやや頬を膨らませる。

 俺はシャルランテの声が小さかったせいであまり聞き取れなかったが、聞き返すのも野暮と思い黙っておく事にした。


 アンネマリーが苦手だと言う割に、何やら姦しく会話が弾んでいるようなので、シャルランテのアンネマリーへの苦手意識は克服できたのかもしれない。


 二人の少女は放っておいて、俺と同じく主人の後ろに立つ女執事、ミストを見た。


「ミストさんもお元気そうで何よりです」

「そちらこそ」


 薄く、感情を貼り付けたように笑うミスト。

 まるで演技をしているかのような、心の奥が見通せない笑い方だ。


 それを見て、俺は一層笑みを深くした。


「同じ側仕えとして、これからも・・・・・仲良くしていきましょう」

「そうですね」


 その後もミストと短い遣り取りを交わして話していると、シャルランテ達は会話を終えたようで、アンネマリーは手をひらひら振りながら、「じゃあわたしはこれで」と言って去っていった。


「では私もこれで」

「ええ、機会があればまた」


 ミストが軽く会釈するのに合わせて、俺も会釈を返す。

 彼女はくるりと踵を返し、やや早足でアンネマリーの方へと歩いて行く。


「何の話をしていたのですか?」


 その後ろ姿を見送っていると、シャルランテがそう尋ねてきた。


「特にこれといった話はしておりませんよ」

「……本当ですか?」

「本当ですよ、嘘を吐く理由がありません」


 身長差から、見上げるようにしてこちらの顔を覗くシャルランテの質問に少し苦笑する。


「姫様こそ、アンネマリー様と随分楽しそうにお話しされていましたね。何を話されていたのですか?」

「そっ、それは……秘密です」


 俺がそう言うと、シャルランテはなぜか少し慌てたようにした。


「姫様?何か慌ててませんか?」

「そ、そんな事ないですよ?」


 そう言って、彼女は小走りで近くのテーブルに置いてあったグラスを取りに行ってしまった。


 (まったく、護衛を置いていってしまってもいいのかね)


 その後ろ姿を見て、一人残された俺は小さく嘆息する。


 しかし、それだけ聞かれたく話とはどんなものなのだろうか。

 ふと湧いた疑問が少し気になったが、追及するほどの事ではないだろうと思い直す。


「……やれやれ」


 そして、俺はおどけるように肩を竦めた。


 視界の端で、アンネマリーが会場から出て行くその後を、ミストがいて行くのを見ながら。






恐らく、きっと、多分、次回投稿は明日か、明後日までには……いけるはず


いけたらいいなぁ……



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