スターティング・ビギニング
そう、誰も今日投稿するとは思うまい……!(自虐)
日曜に投稿できたらなーと思ったんですけど、中々投稿できず……という感じで出来たのが今日なのです
あとすいません、短めです
◇◇◇
アンネマリーの訪問、そしてミストとの決闘から数日を経て。
王都シエラエールでは予定通りにパーティーが開かれた。
山吹色の日輪は沈み、青かった空はやがて、藍色へと還っていく。
夜の始まりと共に始まった夜会だが、集まった人々の数は凡そニ百を超え、近隣の有力諸国の殆どがその使者を送る形で馳せ参じていた。
大聖殿の会場では、シエラエール王国の貴族達が、他国の使者達とのコネクション作りに精を出している。
煌びやかなグラスに注がれた高級な葡萄酒や蒸留酒、王国の一級料理人の手で美しく盛り付けられた色彩鮮やかな料理が、彼らのひと時に華やかな彩りを添えていた。
地球なら、いや、地球で無くとも、まさに誰もが羨むパーティーだろう。
招かれた客達はドレスやタキシードに身を包み、一晩の享楽を楽しむのだ。
美味なる食事に舌鼓を打ち、芳醇な酒で喉を潤し、談話を楽しむ。これを享楽と言わずして、何というのか。
「はぁ……」
決まっている、地獄だ。
俺は深い溜息を吐いた。
今宵、勇者である光輝達は、遂にその姿を表舞台へと表す。
それはいい。というかむしろ遅過ぎたくらいだ。
どっかのゲームでは勇者はレベル一から始まるっつーのに、今の勇者達は少なくともレベル四十はあるくらいだからな。
それはいいのだが、何故俺まで脚光を浴びねばならないのか。
「はぁぁ……」
俺はもう一度溜息を吐いて、身に纏った、というか半ば強引に着せられた、何時もよりいやに光沢のある、高級そうなスーツの襟を正した。
パーティーに出席しないのが一番いいのだが、シャルランテの護衛ということでそれは出来ない。
ならばせめて護衛は護衛らしく、影の薄い立ち位置に甘んじようと思ったのだが。
「?」
王族用の控え室の中。
立つ俺の隣のソファに座り、こちらを見上げるシャルランテと目が合う。
「どうかしたのですか?」
「……いえ、何でもないです」
隣にいる幼いご主人様のお陰で、今日は俺まで紹介される、らしい。
俺は断ったのだが、シャルランテは頑として譲ら無かった。
『貴方は私の騎士ですから』
の、一点張り。
全く、その意思の強さをアンネマリーの時にも発揮して欲しいものだ。
注目されるとコソコソと動きづらくなる。
それに、国王の寵愛するシャルランテに近づく為に、まず俺に擦り寄ろうとしてくる貴族共の相手をするのも面倒臭い。
奴等はシャルランテには下手に出る癖に、その側近の俺には身分を傘に強気に出るのだからタチが悪いのだ。
俺はまだ夜会が始まっていない時に、耳の早そうな貴族に絡まれた事を思い出す。
(あれはウザかった)
対応が面倒すぎて、途中で《我が意に従え》で黙らせたくらいだ。
まさに百害あって一利なしではあるが、強く反対すると怪しまれる可能性もあり、シャルランテの意見を断り切ることが出来なかった。
(この姫様はそのへんの事とか、わかってんのかねぇ)
小さく嘆息して、ちらりと隣のシャルランテを見る。
「?」
するとまた、目が合う。
俺はにっこりと微笑んで、口を開く。
「そのドレス、お似合いですね。姫様の美しさが、さらに引き立てられるようです」
「ほ、ホントですか!?」
「ええ、もちろんです」
ぱあっ、と、シャルランテの顔に光が差す。
事実、お世辞とか俺に幼女趣味があるとかじゃ無く、シャルランテは美しかった。
「う、嬉しいです」
はにかむシャルランテ。
その銀髪がさらさらと流れ、潤むような紫瞳が細められた。
華奢な肢体は、フリルとレースが使われた可愛らしいドレスに包まれている。
しかしフリルやレースが使われているとは言え、白を基調とした、深い蒼までの穏やかな色の濃淡が大人らしさを演出し、子供から大人へと変わっていく中間の、危うげな美しさを浮かび上がらせていた。
「ハシュウもその、か、かっこいいですよ?」
顔を赤らめて、シャルランテがそう言う。
い、いつもと雰囲気が違って……と小さく呟いている。
「それはそれは。私ごときに勿体無いお言葉でございます」
「ほ、本当ですって!」
そんなに恥ずかしがるなら、言わなきゃ良いのにな。
シャルランテの世辞に、俺は小さく笑った。
シャルランテと俺が談笑していると、控え室のドアが小さくノックされた。
「はい」
返事をして扉を開けると、
「はろー!元気〜?」
と、凛が入って来た。
その後ろから、光輝、莉緒、セリカが続く。
「皆さん!」
シャルランテが驚いたように言う。
「どうしてここに?」
「そろそろ私達の出番らしくて。それならば、と姫様を呼びに来たんです」
その問いに、莉緒が答えた。
莉緒はその身を赤いドレスに包んでおり、大きく開いた背中が扇情的だ。
顔には化粧が薄く施されており、莉緒が通り過ぎれば十人中十人が振り返るだろう。
うん、やっぱ綺麗だな。
「姫様なんて……私の方が年下なのですから、シャルランテ、と呼んでください、莉緒」
「そうだよ、莉緒は堅すぎなんだよ!もっと肩の力抜かなくちゃ!ねーシャルちゃん?」
俺がそんな事を考えていると、凛がシャルランテに抱き着いた。
そして、きゃ、と声を上げたシャルランテに頬ずりをする。
「可愛い!可愛いよ、シャルちゃん!」
「凛は緩すぎ、です」
「はは、全く同感だよ」
「なぬ!?」
そんな凛を見兼ねて、セリカが引き離す。
軽くデコピンされて額を抑えた凛は、光輝にまで同意された事で、少し落ち込んだ。
「ふふ、それにしても皆さん、お召し物がお似合いですね」
「そ、そうですか?」
気を取り直して俺がそう言うと、莉緒が少し上ずった声で答えた。
「ええ。皆さん、とても似合ってらっしゃいますよ」
光輝は除外するとして、というか俺と同じタキシードなのでどうでもいいが。
「ハシュを惚れさせるだなんて、私達、罪作りな女だね!」
「ですです」
「………」
ふざけた事を抜かしている凛は、その活発な性格とは対照的に、装飾の少ない、大人しいドレスを着ている。
そのシルエットはふんわりとしたものでは無く、身体の線が出るようなものだ。
毎日の訓練で鍛えられた、しなやかな曲線美が美しい。
まんざらでも無い顔をしているセリカのドレスは淡い緑で、透けるような生地が儚げな雰囲気を醸し出す。
森の妖精とも言われる長耳族のような、神秘的な美しさがあった。
ただ一点、異なるところを挙げるとするならその胸の大きさだが。
(……やはり、でかいな……グッジョブ)
強調されるように開いた谷間を、気付かれないようにちらりと見ながら、俺は心の中で合掌した。
世には視線に敏感な女性もいるが、セリカはそういうのには鈍感なようで、見ていても殆どバレる事は無い。
全くありがたいことだぜ………ひゃは。
「……姫様、そろそろ行きましょうか」
だがそんな内心とは裏腹に、姦しい凛とセリカを鮮やかにスルーした俺は、恭しくシャルランテに手を差し出した。
「え、ええ」
シャルランテは凛達の方を見て、やや戸惑いながらも俺の手を取る。
そして、俺はその小さな手をゆっくりと引いて、部屋の扉へと向かった。
「………」
「莉緒、どうしたの?」
「……いや、なんでも無いよ」
その様子を羨ましそうに見ていた莉緒は、光輝にそう言って、手を離し扉を開けた俺達の後に続いた。
◇
空が藍より紺へとその色を変え、夜の到来を告げる。
それと時を同じくして、大聖殿で催された国をまたぐスケールの夜会では、ようやくその主役を迎えようとしていた。
「諸君、本日はよくぞこの聖シエラエール王国、王都シエラエールまで、足を運んでくれた。余は今日、諸君らが国の垣根を越えて、この大聖殿へ集ってくれたことを嬉しく思う。今夜はゆるりと、楽しんでいくが良い」
夜会会場の上座、そこに置かれた仰々しい大きな椅子に座って、白髭を蓄えた老翁――国王、バルハタザール三世はそう言った。
夜会に招かれた人々――特にシエラエール王国の貴族――の大きな拍手が起こり、それにジジイは髭を扱きながら満足そうに頷く。
「今宵は諸君に、魔王を討つ為に我が国が召喚した勇者達を紹介しようと思う」
バルハタザールはそう言って、皺の多い指で扉を指した。
その言葉に、ざわり、と周囲がどよめく。事前にそれを知らされているとはいえ、実際に勇者を見るのと見ないのでは話は別、彼らは期待をもって息を飲んだ。
天地開闢より何万年の間、勇者がこの世界に呼び出されたのは両手で数えられるほどなのだ。
神話や、伝説でしか語られる事のない物語の中の住人に会えるとあって、目を輝かせる人間も少なくない。
他国の貴族達は興味深々と、王国の貴族らはどこか誇らしげな表情で、扉を見る。
王国の貴族が勇者を召喚した訳ではないのだが、彼らの王がそれを為したとあって、自分がやったことのように誇らしげだった。
「諸君、鳴り止まぬ万雷の拍手を。偉業を成し遂げんとする勇気ある者達に、惜しみのない祝福を」
その言葉と共に、扉が開いていく。
そして、煌びやかな衣装を身に纏った六人の男女がその姿を現した。
先頭を歩くのは、《聖剣の勇者》コウキ。
その後ろに、《賢者の勇者》リオ、《武聖の勇者》リン、《聖人の勇者》セリカが続く。
彼女らの美貌は星界グランバースでも通用するようで、幾多の貴族達が、女はコウキに、男はリオ達を見て、その美しさに溜息を漏らした。
彼らは既に強者の風格を纏っており、ある程度の武の心得がある者達はそれを悟った。
ある者はその武威に希望を見出し、ある者はその力と才能に嫉妬した。
プラスにもマイナスにも大きなリアクションは有ったが、どちらにしても強い印象を与えた事には変わり無い。
今夜の目的としては、一定の成功を収めたといっていいだろう。
「……姫様、私達も行きましょう」
「ええ、ハシュウ」
そんな、前を行く勇者達の後ろ姿を目に、俺はシャルランテを促した。
彼女は小さく頷いて、ゆっくりと一歩、また一歩と歩いて行く。
俺はその後ろを、三歩ほど離れて尾く。
まさかこの俺が、“三歩後ろを歩く”なんて事を実践する事になるとは、夢にも思わなかったが。
「おお、シャルランテ殿下だ」
「また、お美しくなられた」
「あれが、聖王の愛娘……」
「後ろを歩く男は誰だ?」
「美しい……」
「執事風情が、何故ここに?」
周囲の反応は様々だ。
その多くがシャルランテを讃えるもの。
だがちらほらと俺に注目する者もいるようだ。
俺は笑顔を鉄面皮の如く維持しながら、決して隙を作らないような、そして、誰にも文句は言えないような、そんな完璧な歩き方で歩く。
礼儀作法がなってないだとかでクレームをつけられるのは御免だからな。
やがて国王が座る前に辿り着いた俺達は、シャルランテも含め、同じタイミングで恭しく跪く。
未だこのジジイに覚える深い怒りは途絶える事を知らず、轟々と燃え盛っているが、今はソレは不要だ。
熱くなった鋼を、鍛えて冷やし、するどい剣へと変えていくように、俺は心の奥底で怒りの刃を研ぐ。
(見てろよ、ジジイ。今にその顔を歪めてやる)
垂れた頭の下で、口の端を歪める。
シャルランテに夜会の事を告げられた日から、今日この日の為に、俺はある事を計画していた。
俺が嘲笑った事に呼応するようにして、会場のバルコニーに面する庭の数箇所で、人影が蠢く。
当然、国を挙げての行事であるこの夜会の警備は厳しい。
衛兵達の間ではいつも以上にピリピリとした空気が流れており、その厳重さは厳戒態勢に等しい。
だが、その影が気付かれる事は無い。
何故ならソレらは、この世の者では認識する事が出来ないのだから。
(さぁ、宴の始まりだぜ)
傅く俺達に、祝辞を述べるジジイの言葉を聞き流しながら、俺は笑みを深めた。
もしかしたら後で直すかも




