従姉妹がやって来たそうです
ほんとは一昨日に更新するつもりだったんですけどね……
□□□
「あ、そう言えば今度、舞踏会があります」
ある日の昼下がり。
いつもの様にシャルランテの為に紅茶を淹れていると、シャルランテから思いもよらぬ言葉が飛んで来た。
「舞踏会、ですか?」
「はい」
怪訝な顔をする俺。舞踏会なんていうワードを、この世界でも聞くとは思ってなかったな。いやまぁ、ここは地球では無いっつーのは理解しているが、こういう催しがあるのはどの世界でも共通らしい。
俺の表情にくすりと微笑ったシャルランテは、言葉を繋げる。
「名目上は、勇者様方のお披露目パーティーです。世界の各国からお偉い様方もお越しになるので、かなり大規模になると思います」
「そうですか……」
召喚勇者のお披露目、ねぇ。
正直、俺自体はそろそろやるんだろうとは想像していた。
恐らく、他国にも勇者を召喚したっていう連絡はしていただろう。が、そりゃあ今後の魔王の対処の要となるのが勇者だ、その人となりくらいは直接会って確かめておきたいというのが人情というもの。
まぁ、当然単なる顔見せだけじゃなく、そこには様々な某略が張り巡らされてるんだろうが。
そこまで考えた俺は、小さな疑問を一つ抱いた。
「……名目上?」
シャルランテが名目上、と言ったのは何故だろうか。基本こいつは持って回った言い方はしない性格の筈だ。
経験上、そういう性格の奴がわざわざこういう言い方をする時は、必ずと言っていいほど何かを含んでる時だ。
いつもは直情的なバカが、やけにすんなり負けを認めて命乞いをする時とかな。大体そう言う時は後で背後から襲って来る奴が多かった。そんな時はちゃんときっちりお仕置きしたっけ……懐かしいわ。
俺が遠い目をしていると、俺の呟きが聞こえたのか、シャルランテは俺に返事をするように言った。
「名目上は、勇者様方が舞踏会の主役。けれど、貴方も主役として出て貰いますよ?」
「………………はい?」
今何て言った?
目をぱちくりとさせる俺に、シャルランテは表情を変える事なく、やけに嬉しそうな顔で続けた。
「貴方は私の騎士。そして、異世界の英雄なんですから、当然です」
「………ただの執事なんですが」
「ふふふ」
え、マジか?本気で言ってんのかこいつ………?ああクソ、そのニヨニヨってした微笑みやめろ。
まぁ、俺が主役になるかどうかはさておいて、舞踏会があるっていうのはマジらしく、翌日から俺を含む使用人達はてんやわんやの状態だった。
俺は勇者達との訓練がある分回される仕事は少なかったが、それでも仕事の量はいつもの五倍はあった。なんだよ、城のトイレ掃除って……絶対国王の嫌がらせだろ。
まぁ、それでもシャルランテとのティータイムが無くならなかったのは笑ったが。
紅茶を淹れて雑談するだけでいいんだ、これ程楽な仕事は無い。
そんな俺でも目の回る様な怒涛の忙しさではあったが、一週間もすれば大体の準備は整って来た。
「ここからの景色、凄いですね」
「そうですね……ここは、大聖殿から見える景色の中でも五本の指に入るんです」
「それは凄い」
珍しく午前で訓練が終わった俺は、シャルランテに付き従い、廊下を二人で歩いていた。
歩きながら、廊下の窓の外を眺める。
見下ろせば忙しそうに路を行き交う人々が見える。汗を拭いながら、それでもどこか楽しそうだ。
耳を澄ませば、ここからでも人の営みを感じることが出来た。
なんて言うか、充実感が溢れてんなぁ。
城下では既に勇者お披露目の一報が流れているようで、街は花などで飾り付けられ、街灯はいつもより心なしか明るい。
他国の人間も勇者を一目見ようと入国しているようで、ちらほらと肌の色の違う人間や、ヒトの姿を見ることが出来た。
観光客だけでなく、各国の使節団も続々と集まってきており、大聖殿の城門はひっきりなしに開閉されている。
「開門!!」って叫ぶ衛兵の声が掠れて来てるし。
「ま、書き入れ時って訳だ」
俺はバレないように展開した《黒刻》で強化された視力で、街の客引きが通行人に逃げられる所を観察しながら、小さく呟いた。
目を落とせば、城門からやたらと仰々しい一団が入城していた。ひゃは、儀仗兵までいるとか、見栄張りすぎだろ。
でもまぁ、各国の有力者がここへ集う。
それは、俺にとっても意義のある事な訳で。
「ハシュウ?」
「……あぁ、すいません。今行きます」
どうやら外を見る事に夢中になり、足が止まっていたらしい。振り向いて俺を呼ぶシャルランテに返事をした後、俺は眼下の光景をもう一度だけ一瞥する。
そして、シャルランテの元へと向かった。
「そう言えば、私達は何処へ向かっているんですか?」
俺は気になっていた事を聞いた。
今歩いている場所は、俺がいつもは出歩かない区画だ。何というか、シャルランテの部屋や俺の部屋はアパートの一階や二階だが、ここは四階みたいな感じ。大聖殿の大体の構図は頭に入っているが、ここはまだ未調査だった。
「応接間、ですよ」
「誰かいらしておられるのですか?」
「ええ、まあ……」
珍しく歯切れの悪い返事をするシャルランテ。
来ている奴に何かあんのかね?
「ええと、今日来ているのは私の従姉妹です。隣国のラージーン王国に嫁いだ私の叔母様の娘で、身分は公爵令嬢です」
「なるほど」
「先日父には御目通りをしたらしいのですが、その時私は居なかったので……今日、私に会いに来たらしいです」
「そうなんですね」
適当に相槌を打ちながら話を聞く。
ふーん、ラージーン王国とやらは大方、この国と血縁関係のある人間を寄越して友好関係をアピっときたいってところかな。
けど従姉妹が来るんだったら家族が来るみたいなもんなのに、何故そんなにも歯切れが悪いんだろうか。
仲が悪いとかかね?
「姫様、不躾で申し訳ないのですが……その方と、仲が悪いので?」
「うっ……」
俺が質問すると、目に見えてシャルランテの表情が変わった。図星か。
滅茶苦茶分かりやすいな。
「え、えっと、仲が悪い訳ではないんです!実際、数年前まではとっても仲が良かったんですけど……」
「けど?」
俺が続きを促すと、シャルランテはしょぼーんとした表情を顔に浮かべた。
「何故か、一年ほど前から急に人が変わったようになって。私のことも、あまりお好きでは無いようになってしまったようなのです……」
「………」
落ち込むシャルランテ。
まぁ、突然手のひらを返すように態度を変えて来る奴っているしなぁ。あんまり気にすることも無いんだが、シャルランテは気にするタイプなんだろうな。
つか何でそいつはシャルランテが嫌いなのに、シャルランテに会いに来たんだろうな?
「……ま、まあ姫様、そう落ち込まないで下さい。折角お会いになるんですから、これを機に、その方の態度が変わってしまった原因をお聞きになられては?」
「そ、そうですよね!……うん、聞いてみます」
俺が励ますと、シャルランテは決心したように頷き、再び歩き出した。
……オイ、手と足が一緒に出てんぞ。
「失礼します」
応接間の扉を開けて、シャルランテの後に続いて中に入った俺は、そこで二人の人物を見つけた。
一人はシャルランテと同年代の少女。波打つような赤髪に、褐色の肌。異国情緒溢れる服に身を包み、勝気そうな紫瞳を瞬かせている。
もう一人は俺と同様、執事だろう。燕尾服に身を包み、色素の薄い長髪を後ろで結ったそいつは、中性的な顔立ちをしており、性別が判別し難い。
シャルランテは赤髪の少女が座るソファーの対面に座ると、ゆっくりと切り出した。
「お久しぶりですね、アンネマリー」
その言葉に、アンネマリーと呼ばれた少女はどこからともなく取り出した扇で口元を隠しながら、幼さの残る声で言った。
「そうね。一年ぶりくらいかしら?……シャルランテ」
「そ、そうですね……!」
キョドるシャルランテ。
どんだけ苦手なんだよ……。
「ふふ、あんたの事だから今でも朝、一人で起きれないんでしょ」
「そ、そんなことないです!」
アンネマリーの言葉に、手を振って否定するシャルランテ。
いや、俺が起こしてるんだけど。
「ふーん。まあいいわ……で。勇者を召喚したんですって?」
「え、えぇ……」
「どんな人達なの?ちょっと教えなさいよ」
「えっと、それは……」
シャルランテが口ごもると、アンネマリーはやや前のめりになって目を細めた。
おそらくシャルランテが何も言わない理由としては、一応勇者については国家機密な訳で、アンネマリーが親族だからといって情報を漏らす訳にはいかないってことなんだろう。アンネマリーの所属はあくまで他国であって、この国では無い。アンネマリーに先んじて情報を渡すという事は、ラージーン王国だけ依怙贔屓してるって事にもなるからな。
だがそれがわかっていないのだろう、アンネマリーは口調を強める。
「何よ。名前も教えてくれないわけ?」
「い、いえ……」
「じゃあ何よ」
アンネマリーがシャルランテに詰め寄る。
困り顔のシャルランテを見ながら、そろそろ助け舟を出さないと不味いか?と俺が考えていると、アンネマリーの執事が口を開いた。
「……お嬢様、そこまでにされた方がよろしいかと」
その言葉に、アンネマリーは振り返って執事を睨みつける。
「何よ、ミスト。執事の分際でわたしに口を出すわけ?それとも、薄汚い野良犬は拾ってやった恩も忘れたのかしら?」
「……いえ。お嬢様に拾って頂いたご恩、片時も忘れた事は御座いません。……ですが、シャルランテ様はこの国の王女殿下。他国から招かれている身の、それも公爵家の令嬢として無礼を働けば、国のお父上も悲しまれるでしょう」
「………フン。……わかったわよ」
「ありがとうございます」
頭を下げ、目を伏せるミスト。それを見たアンネマリーは、鷹揚に頷いてソファーにドスンと座った。
(うわ……)
俺は眉をひきつらせた。
このアンネマリーとかいうガキ、マジで性格最悪だな。シャルランテが苦手なのも解るわ。
ホント、シャルランテがご主人サマで良かった……こんな奴が主人とかだったら、五秒で殺してる自信があるぞ。
俺だったら、もしこいつが夜道歩いてたら釘バットで殴りつけてるな。百回くらい。
俺はアンネマリーとやらに不快な気持ちを感じると共に、ミストとかいう執事に同情した。
うん、マジでこんなガキにもキレないってすげぇ精神力だと思う。
俺が軽く尊敬の眼差しをミストに送っていると、アンネマリーが何か呟いているのが唇の動きから見えた。
「あーもう……最悪。戦闘力が高いから……のに、小言ばっか……やっぱり女………なくて、おと……ャラのイケメン………ば良かった。せっかく……せいしたんだから、好きに………っつうの」
ぶつくさ言っているが、よく聞こえない。
まあ《黒刻》で聴覚を強化すれば聞こえるんだが、俺はわざわざそこまでしてコイツの独り言を聞きたいとも思えなかった。
なんつったって、嫌いだし。
「王女殿下におかれましては、お嬢様の無礼な振る舞い、是非とも寛大なお計らいをよろしくお願い申し上げます」
「あ、い、いえ。気にしてません、大丈夫です」
不貞腐れるアンネマリーの横で、深々とお辞儀をするミストと、慌てるシャルランテ。
身分は圧倒的にこちらが上でも、低姿勢な相手に慌ててしまう所がシャルランテらしいっちゃシャルランテらしい。
「…………」
「…………」
暫し無言の時間が続く。
当然執事の俺やミストは何も話さないので、シャルランテとアンネマリーの間に微妙な空気が流れる。
「…………」
ふと、頰の辺りに視線を感じたので、無意識に視線の方向を辿ると、アンネマリーと目が合った。
うげぇ、目が合っちまった。最悪。
ちなみに俺はいつもの微笑み鉄仮面モードな訳で、感情は表に出ていない。……はず。
アンネマリーは最初きょとん、としていたが、すぐにその顔を意地悪そうに歪めた。
「……なキャラ、…………っけ?……でもまぁ、イケメンだし……………わよね」
相変わらずよく聞こえない大きさの声で小さく呟いた後、アンネマリーは口火を切った。
「………ねぇ」
「はい?」
「あんたの側仕えの使用人、変えたの?前はメリルとかいう女神官じゃなかったかしら?」
「っ……」
シャルランテが顔を歪めた。
確か、メリルというのは俺がこの世界に来て初めて《我が意に従え》を使った奴だったっけ。
そっか、シャルランテの御付きだったのね。だからあんなに取り乱してたってわけか。
まぁ、今更ではあるがあの女神官には悪い事をした。演出の為に《蠱毒の壺》使ったりとか。
あの尻という目の保養を失った事に関しては、惜しい事をしたと思う。
アンネマリーは知らず知らずではあったであろうが、女神官メリルの下りはシャルランテにとっては辛い記憶だ。
「………メリルは………っ、死にました…」
「ふーん。あっそ」
「…………え?」
声が震えるのを抑えながらシャルランテが言うと、アンネマリーはどうでもいいことのようにそれを聞き流した。
うん、いっそ清々しいまでのクズだな。
俺も自分がまともとは思ってないが、ここまででは無いぞ。
「そういう話はどうでもいいのよ。それで、そこに立っている彼、何ていうの?」
「え?え、あ………ハシュウ、ですけど」
「ハシュウ、ね。わかったわ」
シャルランテが答えると、アンネマリーは俺の方に向き直って言った。
「ねぇハシュウ。あんた、わたしの執事やりなさい」
「………………は?」
何だコイツ?いきなり何言ってんだ?
「だから。わたしの執事やりなさいって言ってんのよ」
え、何?怖いんですけど。コイツマジで何なの?
つか何でてめぇみたいなクソガキに命令されて執事やんないといけねぇんだよ。
アンネマリーの言葉に戸惑いを隠せないーー振りをしているーー俺の前で、シャルランテが焦ったように言った。
「だ、ダメです!は、ハシュウは私の護衛なんです!譲る事は出来ません!」
おお、シャルランテ。
もっと言ってやれ。俺は絶対こんなガキの執事なんて嫌だからな。
「ふーん。だったらうちのミストと交換すれば?ミストも腕だけは立つわよ?」
名案でしょ?と言うアンネマリー。
ダメだ、コイツマジで馬鹿だ。隕石でも落ちて来てコイツの脳ミソ吹っ飛ばしてくれねぇかな。
「ダメです!とにかくダメです!」
「……何でよ?」
「う……それは……」
言葉に詰まるシャルランテ。オイオイ、理由ねぇのかよ。
何故か頰を少し赤らめたシャルランテはこちらの顔をちらりと見て、それから名案が思いついたかのように顔を輝かせて、アンネマリーの方へ向き直った。
「ハシュウは、ミストさんより強いからです!護衛何ですから、強い方がいいです!」
おうおう、まじか。そういう理由なのか。だとしたらちょっと悲しいものがあるな。
ドヤ顔のシャルランテに、すぐ様アンネマリーが言い返す。
「そんな事無いわよ。ミストだって、ラージーン王国で五本の指に入るんだから」
「いいえ!ハシュウの方が強いです!」
「ふーん、そこまで言うんだ。そこまで言うんだったら……」
口を一旦閉じ、目を細めるアンネマリー。
アレ。嫌な予感して来たぞ。
これはあれだ、ラファエロが突発的に模擬戦起こす時と同じだ。
「そこまで言うんだったら、決闘よ。わたしのミストと、あんたの執事。どっちが強いのか……決闘で決めましょ?」
…………マジかよ。
次回、戦闘!(多分)




