魔導の訓練
短くてすみません……
次かその次くらいで話を進める……予定
さて、ラファエロとの模擬戦をボロボロになりながらも乗り切った訳だが。
その翌日から、訓練の指導役が三人ほど増えていた。
何でもラファエロ曰く、「自分は理属性以外は苦手なので、魔導については自分の代わりの指導役を連れて来た」らしい。
彼らと訓練を始めてそろそろ五日。
勇者達もその才能からか、めきめきと実力を上げている。
「違う。そこは魔力に色を付けるイメージだ。あくまで魔導で起こす現象は全てが魔力で出来ている。この炎だって魔力の塊の性質を火に変化させたものなんだぞ」
亜麻色の髪を揺らし、背筋のぴんと伸びた女が言った。
彼女は主に魔導について教える新しい指導役だ。名はポーラ・ステリア。
莉緒と話すポーラの掌には、炎で出来た球体が浮かんでいる。
「うーん……こうですか?」
莉緒が少し首を傾げながら魔導を行使した。
するとその周囲に六色の球体が浮かぶ。莉緒は同時に六属性の魔導を発動したのだ。
だがポーラは首を横に振った。
「闇属性の構成が甘い。これなら簡単に破壊できるぞ。もう一回だ」
「わかりました」
莉緒が今やっている事は無詠唱での魔導の使用。
もう詠唱ありならば殆どの魔導は使用できるらしい。その習得速度は勇者達の中でも頭一つ抜きん出ていた。
俺達の訓練は新たに大まかに三つのグループに分けて行われる。即ち魔導を主体とするグループと、魔導を補助にして武器、格闘を主体とするグループ、そして回復系の魔導を主体とするグループだ。
そのどれにも、新たに指導役が一人ずつ付いていた。
魔導の指導役にポーラ・ステリア。
格闘の指導役に、アルディーン・バラン。
回復の指導役には玉座の間で会った大司教のハーメルだ。
ハーメルは殆ど聖人の勇者であるセリカに付きっ切りだ。
俺達も少々は回復系魔導を習いはするが、メインとなる役割は回復役ではないので、本格的に習得する訳ではないからだ。
ハーメルは神官だがかなりの体育会系のようで、体力作りと称してセリカはいつも走らされている。まぁ、何だ。グッジョブ。
そして残りの俺達。
指導役はラファエロに続いて、もう一人。アルディーン・バランという男だった。
見た目は三十代。やや砕けた雰囲気と無精髭が特徴の男だ。話しかけやすい男ではあるが、この男は曲者だった。
「『泥沼』」
「うわっ!?」
突然発生した泥沼に、光輝が足を取られて体制を崩す。
何とか踏み止まるが、その胸を蹴り飛ばされる。蹴り飛ばしたのはアルディーンだ。
「ぐぅっ」
「おりゃーー!!」
アルディーンの背後から凛の飛び蹴り。
しかしアルディーンはそれを容易く躱した。
「奇襲で声を出したらいかんぜ」
凛の着地の瞬間を見計らって加速したアルディーンは、タイミングを合わせて足払い、それと同時に木剣を横薙ぐ。
「ーーっ」
凛が身を捻って何とか避ける。
しかし追撃に水の鞭が迫った。
「『水鞭』」
「くっ!」
振るわれた魔導を、態勢を整えた光輝が弾く。
そのまま上段からの斬撃へと繋ごうとするが、アルディーンは間合いを詰めてその機を潰した。
そしていつの間にか逆手に持った木剣の柄頭で光輝の腹を打つ。アルディーンの木剣は一般の物とは違って持ち手が長い。故に、逆手に持てば短刀に似た扱いができる。
くぐもった声を漏らす光輝を突き放し、アルディーンはダランと木剣を下ろして自然体になった。
そして顔を凛の方へと向ける。
「其は、灼炎沸き立つ赤戈の業報!!『炎穿戈』!!!」
凛の声が響くと共に、空気を焦がしながら、灼熱の炎が渦巻く戈が凛の右手に現れた。
その熱量は凄まじく、槍の周囲が歪んで見えるほどだ。
「おいおい、中位まで使っていいとは言ったが、それは威力高すぎじゃねぇか?おじさん死んじまうかもよ?」
口でそう言いながらも、アルディーンは余裕の表情だ。その顔には、笑みさえ浮かんでいる。
そんなアルディーンに対して、凛はその槍を、分かりやすく大きく振りかぶった。
「ーーーはぁっ!!」
そして、力の限り投槍。
爆炎抱く戈が、一直線にアルディーンへと伸びる。
「ーー『豪鬼纏身』、『濁流起身』」
アルディーンは魔導を発動した。
詠唱をせずに魔導を起動するという魔力操作の高等技術で、続け様に自身を強化していく。
『豪鬼纏身』で肉体を大地に眠る鋼の如く変貌させ、『濁流起身』によって体に流動する水の鎧を纏う。
「終いに、『剛撃』っと」
さらに木剣が橙色の光を帯びる。
そしてアルディーンは、強化された肉体と、強化された剣でもって、目の前に迫る炎の戈を叩き落とした。
無論それは魔導の力だけでは無く、アルディーンの高い技術が成せる業だ。
「嘘っ!?」
木剣に砕かれ、魔導の戈は無数の燐光となって空気へと溶けていく。
自慢の一撃を容易く対処された事に驚く凛。戈を投げ終えた態勢を整える途中だったが、僅かに身体が揺らぐ。
そして、その隙を見逃してくれるアルディーンでは無い。
高速で動くアルディーン。
そして、凛を守ろうと立ち塞がる光輝と剣をぶつけ合う。
「ぐぅっ」
しかし力の差は歴然、超強化されたアルディーンの一撃を生身で防ぐ事は難しい。
弾き飛ばされる光輝の木剣をアルディーンは素早い動きで掴むと、二本の木剣をそれぞれ光輝と凛、二人の首元へ添えて、ようやくその動きを止めた。
「勝負あり、だな」
「う……参りました」
「残念、負けちゃった…」
「はっは、そんなすぐには負けてられんのよ。おじさんこう見えても君達の先生な訳だからね」
しょぼんと落ち込む二人に、アルディーンが笑った。
戦場では基本的にあらゆる攻撃が正当化される。勇者達に小さな小細工や、時として大技を覚えさせる。また、それらを相手に使われても対応できるように育てる事が、アルディーンの目的だった。
ハイ、そんな光景を横目に。
「おおおおお!?」
俺は必死で飛んでくる斬撃を躱した。
地面を必死で駆けずり回り、標的にされないように立ち回る。
「フハハハハハ!!まだまだァ!!」
次々と飛来するカマイタチの如き剣閃。
一撃一撃全てが一度食らったらお終いの即死レベルの攻撃だ。
「っ、ッ!?」
嫌な予感に従って咄嗟に頭を下げると、髪の毛が数本パラパラと舞い落ちた。
ざけんな、殺す気かこのクソジジイ!!!
俺は外から見てもバレないように服の下だけに第八階梯呪詛《黒刻》を発動しながら、この斬撃の発生源を睨み付けた。
そこには異様な隆々とした体躯を誇る、嬉々とした表情のジジイ……ラファエロがいる。
何がどうなっているのか、光輝と凛の二人はアルディーンが受け持ち、ラファエロは俺の専属の指導役に収まった。クソ、意味がわかんねぇよ。普通逆だろうが!
勇者達のいる場所より少し離れた所にいる訳だが、俺のいる場所だけ地面が畑みたいに耕されている。
もうあの化け物、指導役より農家の方が向いているんじゃねぇか?
ようやく斬撃の嵐が止み、一時的に俺は動きを止める。犬のように乱れる呼吸を整えながら、呪詛による細胞が裏返っていくようなおぞましい感覚を噛み殺す。同時に全能感が込み上げ、自分が大幅に強化された事を感じる。
「ふむ、もう少しテンポを上げていくかの」
「……嘘ですよね?」
「残念、儂は生まれてこのかた嘘をついた事が無い」
「クぉッ……!」
にこりと微笑むラファエロに背筋が寒くなる。クソが、と言いたくなるのを堪えて、俺は駆け出した。
「いくぞおおおおおおいィィァァ!!」
咆哮、そして先程の倍のスピードでラファエロが木剣を振り始める。
当然、二倍の速度で剣が振るわれるという事は威力も二倍、飛んでくる速度も二倍、数も二倍となる訳で。
「く、おッ!!」
斜めった身体を仰け反らせて回避。
直撃こそ避けているものの段々と擦り傷が増えていく。掠めただけでもガクンと態勢が崩されそうになるなんて、相変わらず威力がおかしい。
もっと強化をしたいが、これ以上強化をすればどうしてもオーラが漏れ出てしまう。ここで俺が特殊な能力を持っているとバレるのはマズい。
故にこれ以上の強化は見込めない、しかし斬撃に対する反応は徐々に遅れを取り始めている。
ーーー使うか。
俺はそんな現状を変える為、新たに呪いを発動した。
「ーー《悪血の残滓》」
小さく呟けば、世界が変わって見えた。
薄くぼんやりと、俺とラファエロを繋ぐ赤い光が見える。それは、俺の直感がそう動けと教えてくれるような、ラファエロへと到達する為の道標。
第五階梯呪詛、《悪血の残滓》。
本来ならば復讐を果たす為に使う呪詛。
己と敵とを結ぶ一条の赤光が、運命の赤い糸の如く相手のところまで連れて行ってくれる。
まぁ、その運命の赤い糸は赤く血塗られている訳だが。
またこの呪いは発動した瞬間から俺の五感を研ぎ澄まし、直感を強化してくれる。
故に今の俺なら、あそこまでいけるはずだ。
心臓が熱い。今服を脱げば、恐らくは左胸の辺りに鷹が飛び立つタトゥーが刻まれているだろう。
熱に浮かされるようにして、直感に従ってステップを踏んでいく。
それは一瞬一瞬に変わっていく動き、空気を切り裂く刃を悉くすり抜けていく。
「むっ」
ラファエロも俺の動きが変わった事を察した。
そして、「そうか、これも躱せるか」と呟くと、獰猛に笑った。
「ならばこれはどうじゃ」
瞬間、目の前に幻視する赤い道が上へと跳ね上がった。
直感も同時に、上へ跳べと叫んでいる。
「お、ぉっ!?」
俺はそれに従って跳躍する。
それとほぼ時を同じくして、周囲の風向きが変わる。
後ろ後ろへと流れていたはずの風が、俺を取り巻くようにして渦を巻いたかと思うと、一瞬前まで俺がいた場所を粉々に砕いた。
土塊を盛大に弾き飛ばしながら、大地に深々と斬撃の爪痕が残る。
嘘だろ、飛ばした斬撃の軌道も変えられんのかよ!!
そんな驚きも束の間、さらに一筋の斬撃の軌道が変わり、俺の背後から迫る。
「クソッ!!」
ついに吐いた悪態にも構わず、俺は身を捻る。
ここは空中、さらに相手は軌道が可変の斬撃。躱せないのは分かり切ってるが、モロに受ける訳には行かねえ!
木剣を身体に添えて、衝撃を僅かにでも殺そうとする。
そしてインパクト。
強化していてなお全身の骨を粉々に砕かれたような衝撃と共に、俺は地面をバウンドしながら天と地が入れ替わるのを五回は感じた。
「ぐ、ぁっ」
数えて八回目のバウンドを終えて、何とか片膝を立て、態勢を整えようとする。
木剣に頼りながらふらつく身体を持ち上げると、目の前に影が射した。
「勝負あり、じゃのう」
「………そのようですね」
ラファエロの言葉に俺は肩を竦めて返した。
クソ、このジジイ、死なねぇかな。殺しても死にそうにないけどさ。
内心をおくびにも出さず、俺は敗北を認めた。
「っ、痛てててててて」
「我慢するのです。そして、大人しく実験台になるのです」
「実験台!?」
「あ、間違えたです。……てへぺろ、です」
「怖いよ!?」
あれから何度かアルディーンと戦い、全身の至る所に痣等の傷ができた光輝を、セリカが習得した回復魔導で癒していく。
白色に発光していることから、セリカが使っているのは恐らく光属性だろう。ちなみにセリカはハーメルに言われたのか、痛みは取り除いているが、筋肉の疲労までは癒していない。いわゆる筋肉の超回復を狙っているのだろう。
「痛っ」
「あ、すいません!痛かったですか?」
「いえ……大丈夫ですよ」
俺は心配する表情をした莉緒に優しく微笑んだ。
莉緒はやや頰を赤らめる。
今、俺は青と白が絡み合ったような光に包まれている。つまり水と光属性の混合魔導ーーいわゆる二色魔導で治癒して貰っていた。莉緒も回復魔導を高いレベルで使えるようになっているのだ。
ちなみに混合魔導とは、異なる属性の魔導を同時に使用する技術だ。基本的には相性の良い属性同士で使うことで、威力を相乗的に高めることが出来る。
光属性は闇とは相性が悪いが他の四大属性とは親和性が高いので、よく混合魔導に利用される。
混合魔導において二色の光を放つものが二色魔導、三色が三色魔導……と、定義されているが、六色魔導が使えるようになるのは莉緒くらいだろう。
まぁ、今の所莉緒は三色までは一応使えるらしい。うん、控えめに言っても早すぎだろ。勇者ってやっぱすげぇわ。
ちなみに凛はとっくに治癒を済ませ、中庭の蟻の巣を観察していた。子供かよ。
だが此奴は此奴で火属性を中位、土属性を下位まで納めている。やはりこれも勇者が成せる業なのか、普通に比べても習得速度が異常だ。
中位、下位というのは魔導の内訳。
魔導は下から順に低位、下位、中位、上位、高位と区分されている。位階が上がるにつれ、それらの魔導は防ぎ難くなっていく。これは強制力が高い、と言ってこの強制力の強さで位階を区別されていくのだ。
まぁ、理属性だけはこれに当てはまらず、区分は無いらしいが。
そして、ラファエロ達の話によると今代の勇者達は全員が高位まで習得できる素養は持っているらしい。
俺も早めに高位魔導への対抗手段を用意しなければな。
そんな事を考えていると、回復魔導の光が消えた。
どうやら治癒が終わったようだ。
俺は莉緒に礼を言い、そしてその場に挨拶をした後、中庭を去った。
全く、この訓練の後にも仕事があるとかハードすぎるな。
ハシュがその場を離れた後、ラファエロはアルディーンとポーラと集まっていた。
二人はラファエロ直属の部下、魔導騎士団のメンバーだ。
ポーラは一番隊副長で、一番隊隊長にして団長であるラファエロの右腕。
アルディーンは二番隊隊長の凄腕、ラファエロが重用する左腕と言っても良い存在。
そんな二人と話すラファエロ。彼は自分の両腕達を見ながら言った。
「で、どうじゃ。あ奴は?」
「そうですね……端的に言って、異常かと」
「右に同じく」
ラファエロの言葉にポーラが背筋を正して答えると、その隣にいたアルディーンも軽く右手を挙げて首肯した。
「団長との模擬戦見てましたが、ありゃ普通の人間の動きじゃねぇっすよ。野生動物並の勘の良さに、雨霰と降り注ぐ斬撃を避け切れる走力。後は団長の一撃を貰っても生き延びれる耐久力っすかね。団長、あの一撃だけは割とマジで振ったでしょ?」
「アルディーン、団長に向かって無礼だぞ」
「……良い。気にしておらん」
へらへらと笑うアルディーンに、憤りを見せるポーラをラファエロは制する。
「あ奴は姫様の護衛という大任を任されているのじゃ。この程度はこなして貰わねばの」
「ヒュー、言いますねぇ」
「アルディーン!」
「ハッ、ポーラの嬢ちゃんは堅っ苦しくていけねぇな」
「誰が嬢ちゃんだ!」
そんないつものやり取りを聞き流しながら、ラファエロは溜息を吐いた。
部下としては有能な二人だが、片や堅物のポーラ、片やちゃらんぽらんで有名なアルディーン。二人の相性がとことん悪い。どうにかして仲良くしてくれんかのう、といつもラファエロは思っていた。
(しっかし、不思議な物じゃの。儂の直感は、今の勇者達よりもあ奴の方が強いと囁いておるわ)
ラファエロは先程まで訓練をしていた、そして今は荒地と化した中庭の一角を見た後、ハシュが置いていった木剣をちらりと見た。
木剣には細かな傷が入っているものの、罅などの致命的な損傷は無い。
(……あ奴、受け流しよったか)
ラファエロは例え手加減をしていたとしても、木剣など軽々とへし折る自信がある。
ハシュウに当てた一撃も同様に、木剣など粉々に砕くつもりだった。
だが、現に木剣は砕かれてはいない。自分が放った一撃は、威力を殺され、削られ、凌がれた。
ラファエロはふつふつと湧き上がる昂りを感じて、歯茎を剥き出しにして笑った。
(面白い。勇者でも無いお前が何処まで行くのか……今後が楽しみじゃ)
踵を返し歩き出すラファエロ。
その背後に広がる大聖殿の中庭に、刻まれた幾つもの爪痕。
ふわりと、雨が薫った。




