交差する刃、忍び寄る悪意
すいません、遅れました…
三人称視点?です
閑散とした路地裏、月光だけがその暗闇を裂く。
どこか埃っぽいそこは、煌びやかな聖王都シエラエールにあるまじき見すぼらしさで、暗澹、陰鬱といった言葉が相応しかった。
区画は整備されておらず、後から後からと雑多に増築された不揃いな建物が立ち並び、大通りと呼べるような道は殆どない。
眼に映る人影は、せいぜいが、まばらに建った街灯の下で、いやに薄着な化粧の濃い女が数名いるほど。
少し影になった場所に、乞食のような、襤褸を纏い、骨と皮だけのように痩せ細った老人の死体が転がっている。蝿が集る場所を探せば、まだ血も乾いていないようなものや、蛆の温床となっている骸が簡単に見つけられるだろう。
ここは、聖王都シエラエール北区。
王都の民達が、こぞって“餓鬼街”と忌む区域だ。
この地区は、南方を向いてその門戸を開く大聖殿の、丁度真後ろに存在する。
国王のお膝元である王都ではあるが、なんの因果か、あらゆる犯罪組織の元締め、総本部が置かれ、一日毎に起こる犯罪事件は確認されているだけでも三百は降るまい。
皮肉なことに、遍く全てを照らす偉大な魔導大聖殿の威光も、どうやら前方を照らすことはできるが、背後の、影となるこの地には届くことが無かったようである。
この地区はいわゆる退廃地区、貧民窟である訳だが、その住人の全てが全く貧しいと言う訳ではない。
餓鬼街の中でも経済的な階層差は存在し、その中でも上層の人間ともなればその富は王都の真っ当な大商人にも匹敵するだろう。
そしてその上層とは、餓鬼街を治める者共。
餓鬼街は暗黒街の側面を持つ。
表沙汰には出来ない取引や依頼、犯罪を一手に引き受ける裏組織が跳梁跋扈し、それぞれの縄張りで獲物探しに目を光らせている。
表面上ではまさに貧民窟を体現したような光景が広がっているが、水面下で幾多もの勢力が、裏社会の覇権を握ろうと日々縄張り争いを繰り広げているのだ。
だが近頃は、勇者が召喚された事や、知っている者はほぼいないが悪魔が出現した事によって、王都の警備、取り締まりが強化されている。
それにより一時的に餓鬼街の魑魅魍魎共は抗争を控え、餓鬼街は僅かな間ではあるが、小康状態を迎えていた。
そんな餓鬼街の中でもさらに北方、大聖殿から遠い事からか、南方と比べより過激派の組織が多い区域。
断末魔の絶えないこの地区ではあるが、この地もまた取り締まりの強化の煽りを受け、珍しく今夜は未だ何処にも死臭が漂ってはいなかった。
冷え込む夜、静まり返る退廃地区。
その中に、内から暖かい光が漏れ出る、一軒の家があった。
そこからは数人の野卑な声が聞こえてくる。
中に居たのは、一つのテーブルを囲む五人ほどの屈強な男達。
彼等が座る椅子の横には、使い込まれた様々な武器が立て掛けられていた。
テーブルの上には王国の貨幣の金貨が散乱し、トランプが無造作に置かれている。
金貨は五人の男達が持っている量がそれぞれ違い、恐らくは賭博でもしているのだろう。
男達の中でも、持っている金貨の量が最も多い男が、テーブルに置かれていた瓶を煽り、息を吐いた。辺りに酒精の香りが広がる。
その男は禿頭に彫られた、交差した曲剣のタトゥーを小指で掻きながら言った。
「…でよ、ボスはあの件について何て言ってたんだ、ジム」
男にジムと呼ばれた男ーー金髪を短く刈り上げた背の高い男は、その言葉に不満そうな顔をした。
「それが、聞いてくださいよデルモニコさん!ボスは今は俺達が動く必要は無いって言うんすよ!」
「……ま、そうなるか…」
禿頭の男ーーデルモニコは静かに言った。
「あ?そうなるかって、どう言う事だよコラァ!ボスは何考えてやがる?そんな命令受ける訳ねぇだろうが!!」
デルモニコとジムの会話に、残りの三人も興味を示し始める。
声を荒らげた男は茶髪で、額から右目にかけて大きな切り傷のある男だ。
その切り傷の男の隣に座っていた眼帯をした灰色の髪をした中年が、その男を宥める。
「そういきり立つな、バリー。ボスにもボスの考えがあるんだろ」
「けどよォ、ムエマ。アンタは仲間を殺されておいて、それで黙っていろって、納得出来んのかよ!?」
デルモニコに突っかかった次は、ムエマの番だとでも言わんばかりに、バリーがムエマの襟を掴む。
「納得出来るかよ。だが今は納得するしねぇの問題じゃねぇ、これからどうするかを考えておくべきだ」
「んだとコラァ!?」
バリーがムエマを揺さぶる。鬱陶しそうにするムエマ。その手が腰のククリナイフに伸びる。
このまま行けば殺し合いになるだろう。それを見兼ねたジムがバリーを止めようとした。
「やめろ、バリー!」
「黙れこの腐れビッチが!」
「何だと!?てめぇ、殺すぞ!?」
すると今度はジムとバリーが一昨触発の空気を漂わせ、それをムエマが止めようとする。
するとまたバリーがムエマに突っかかり、それをまたまたジムが止め…と無限にループしていく。
そんな光景を見て、デルモニコが溜息を吐いた。
「ヒッヒッ、部下が馬鹿ばかりだと辛いだろ、デルモニコ」
五人の内今まで声を発してこなかった最後の男、オールバックの黒髪の男がデルモニコを見て肩を竦める。
「うるせぇ、タモン。そのニヤニヤして死ぬほどムカつく顔を、今すぐやめろ」
「ヒヒッ、平常でコレなんだよ」
「……チッ、そのツラの皮を剥いでやりてぇ」
「おぉ、怖い怖い」
自らの頬をつついて気味の悪い笑みを浮かべるタモンを横目に、デルモニコはこめかみを抑えた。
「ふぅぅ……」
デルモニコ達は餓鬼街の中でも中堅ほどの勢力、裏ギルド“交差する刃”の一員だ。
そして、デルモニコ達が話している事柄は、つい数日ほど前に起こった出来事に起因していた。
四日ほど前の晩に、“交差する刃”のメンバーが、一人行方不明になった。
その人物とデルモニコ達は元々チームを組んでおり、六人一組となって常に組織からの命令をこなす戦友であった。
そして三日前の晩にまた一人、“交差する刃”の構成員が行方不明になった。そして、その人物とは別の構成員二人が、翌朝、内側から何かに食い破られたような生首の状態で発見された。
その夜からまた一人、また一人と、“交差する刃”の構成員は行方不明、または無残な姿で発見される人数が増えていった。
だが今その犯人探しをすれば、“交差する刃”が動き始めたとして、餓鬼街の梟雄達はすぐ様目を覚まし、再び抗争が起こる事は想像に難くない。
そうなればそこそこの勢力を誇る“交差する刃”も、続々と構成員が減る中で他組織との抗争に勝利出来るとは考えられない。
かといってこのまま構成員殺しを放置すれば、これ以上の被害が出るかもしれない。それにそもそも、この構成員殺しの黒幕が、敵対する他の組織である可能性もあるのだ。
「全く、頭が痛いぜ…」
デルモニコは組織の中でも数多ある班の班長に過ぎない。他の班員達が全く頭を使わない、または他人任せな事から、必要以上に頭を使わなくてはならなかった。
もし彼が髪を剃ってスキンヘッドにしていなければ、恐らく今頃は落ち武者のように頭髪が薄くなっていた事だろう。
元来デルモニコの気性はならず者。生まれてから今に至るまでこの地獄のような餓鬼街で生き抜いてきた生粋の破落戸だ。頭を使う事は苦手分野である。
そんなデルモニコが頭を悩ませてまで考える理由は、この地獄で生き抜いて来たからこそ、共に生きて来た仲間を家族のように思っているからだ。
故に仲間を殺されても動けないという今のこの状況に、少なからず苛立ちを感じていた。
「くそっ」
「おうおう、荒れてるねぇ。ヒヒッ」
「うるせぇ!」
茶化すタモンに中指を立て、音を鳴らすほどに喉を動かして酒を煽る。
度数の高い酒だが、今は喉が焼けるような感触が心地よかった。
「ふぅ……」
コンコン。
「あ?」
デルモニコが一息吐いた所で、何かをノックする音が聞こえた。
音の鳴る方、この建物唯一の出入り口である扉へ目を向ける。
「誰だ?こんな夜更けに」
「デルモニコ、娼婦でも頼んだのか?ヒッヒッ…そういやこの前犯った奴は上玉だったぜぇ…つい殴り過ぎて、今は見る影もねぇけどなァ、ヒヒヒッ」
「タモン、てめぇは黙ってろ…」
デルモニコがタモンを睨みつけると、タモンは可笑しそうにして口をチャックで閉じるジェスチャーをした。
タモンは腕が立ち、残忍さと馬鹿には無い狡賢さを兼ね備えているのだが、異常な嗜虐癖があり、過去に何人もの女をその悪癖によって殺して来ている。
この性癖さえ無ければ、とデルモニコは惜しがった。
コンコン。
再びノックする音がした。
先程の音は空耳では無かった。ドアの向こうには、誰かがいる。
デルモニコは未だにいがみ合う三人の方を見て、ジムを呼ぶ。
「おいジム!扉の外に誰がいるのか確認してこい!」
しかしデルモニコの声が聞こえなかったのか、金髪の青年は茶髪の青年と掴みあって格闘している。
ビキリ、とデルモニコの額に青筋が浮かんだ。
「ジム!ジィィム!!今すぐそのくだらねぇじゃれ合いをやめろ!さもねぇとその青いケツにマザー・ハルクの息子を打ち込むぞ!?」
するとデルモニコに呼ばれた金髪の青年はパッ、と一瞬動きを止め、やや顔を蒼褪めさせながらすぐにデルモニコの元へと来た。
「はぃ!何すかデルモニコさん!あのカマ野郎だけは勘弁して下さい!あのクソ豚、会う度に俺のケツ撫で回してきて気持ち悪いんすよ!」
「マザーを呼ぶかどうかはお前次第だ。今すぐあの扉の外にいる奴が誰かを確認してこい!」
「はぃ!」
ジムはデルモニコの班の中でも一番若く、新入りだ。その為何かをする時は大体がジムにやらせる事になる。ジムは一年違いのバリーとは、歳が近いこともあって何かと喧嘩しているが、基本的に命令にはしっかりと従う男だ。
ジムは流れるような動作で、テーブルに立て掛けてあった、拵えの古い長剣を手に取った。
そして軽く鯉口を切る。長剣の拵えは古いものの、鞘の中からは、よく研がれ使い込まれた、鈍い光を発する刃が覗いた。
ジムはすっと表情を変える。へらへらとした顔から、研がれたナイフのように。
こんな夜中にこの建物に用事がある人物は少ない。せいぜいが情報を伝達する連絡員か、またはギルドの仲間か。次々とギルドの構成員達が消されて行っている中で、警戒しないのは真性の馬鹿か、それとも自分の強さに過剰に自信がある阿保くらいだ。
班の中で一番若いと言っても、修羅場を潜り抜けてきた経験は豊富。
ジムは慣れた仕草で半身になって剣を後ろに隠し、いつでも抜けるような体勢をとりながら、扉をほんの少しだけ、ゆっくりと開けた。
「誰だ、こんな時間にーー」
ずるり、と音がした。
いや、そのような気がした。
直感的に、そう感じた。
デルモニコは息を飲んだ。何か……自分には手に負えないような、蛇のような何かが、ゆっくりと、ゆっくりと、這い寄って来るような気配がしたからだ。
それは餓鬼街を生き抜いて来たデルモニコにとって、奪われる者では無く奪う者としての立ち位置を手に入れた近頃では忘れて久しい、死の香りだった。
そして、デルモニコと、そしてバリー、ムエマ、タモンの三人が見守る中、ゆっくりと振り返ったジムは、
「誰も居なかったでーー」
その言葉を最後まで言うことなく、頭部を内側から破裂させた。
飛び散るぶよぶよとしたピンク色の何か。
金の髪と赤い血が宙を舞う。
出来の悪い映画のように、やけに遅い挙動で、ジムは床に倒れ込んだ。そして、その身体と、飛び散ったモノから、うぞうぞと蠢く何かが這い出して来た。
デルモニコ達は動けなかった。
目の前で起こった出来事に、思考が真っ白に塗り潰されてしまったようだった。
そしてそれは、狩られる事を待つ獲物の状態でしか無い。
「ーーぁ?」
音も無く、球のような何かが宙に舞うのをデルモニコは視界の端に捉えた。
そして、ごとり、と音が聞こえた。
彼がそちらを見ると、茶色と赤色の何かが床を転がっているのが見えた。跳ねるように転がるソレは、やがてその動きを止める。
「あ、あ、あぁ」
自分の物とは思えない、掠れた声がデルモニコの喉から搾り出された。
その物体が何なのか、分かったのだ。分かってしまったのだ。
茶色に見えたのは茶髪だ。
赤色に見えたのは血液だ。
ソレは、ヒトの頭だった。
その顔に刻まれた傷が、その生首の持ち主が誰かを物語っていた。もう、その瞳は何も写すことは無い。
「やべぇぞ!敵だーーーー!!」
誰が叫んだかは判らないが、その声で金縛りが解けたかのように、残った三人は咄嗟に身に染み付いた動きで各々の得物を構えた。
デルモニコは愛用するやや小振りの二本の斧を握り締めた。強く強く握り締めていないと、震えで手落としてしまいそうだったからだ。その震えが恐怖から来るのか、怒りから来るのか、はたまた武者震いか。デルモニコ自身も分からなかった。
じっと身構えるその背中を、冷や汗が流れる。
血の生臭い臭いが、鼻腔をつく。
(敵だ、コレは敵による攻撃。それに違いはねぇ。恐らくは最近内のもんを襲っているヤツが犯人で間違いねぇ)
思考は冷静に。周囲に注意を払う。
どんな状況でもそれが出来ない者はこの餓鬼街では生き延びら事は出来ない。
デルモニコは心臓が早鐘を鳴らし、早くなる呼吸を必死で整えながら考える。
(もう二人殺られた。敵は相当な手練れだ。恐らく姿を消す魔導を使っているのだろう。こちらは三人、相手は不可視……だが、人間だ。殺せない訳では無い。ならば、勝機はある!)
デルモニコは魔導に詳しい訳では無いが、姿を完璧に消す方法など魔導以外に思いつかなかったので、相手が魔導を使っているものとして仮定した。
デルモニコがちらりとタモンとムエマを見遣ると、タモンは杖を、ムエマはククリナイフを軽く持ち上げて頷いた。
恐らくはデルモニコと同じ結論に辿り着いたのだろう。例え三人の内誰か二人が死んだとしても、敵を殺せたのならばそれは勝利だ。命を惜しがらず、捨て身で闘う。それが反対に最も自らの生存確率を上げることを、彼らは知っていた。戦闘態勢のまま、歴戦のならず者共はアイコンタクトを計る。
沈黙。
互いの呼吸が聞こえる程に、静かな時が流れる。
感覚を研ぎ澄ませていることも合まって、吐く息の音がやけに大きく感じた。
誰も動かぬまま時が過ぎる。
三人は極度の緊張から、己の精神力がガリガリと削られていくのを感じた。
「はっはっは、そんなに緊張するなよ。もっと楽に行こうぜ?」
「「「ッ!!」」」
静寂を破ったのはどこか邪悪な、笑い混じりの声だった。
三人は直ぐ様声がした方向と真逆の方向へと飛び退き、声がした方を凝視した。
「ハハ、そんなに見られても困る」
テーブルの椅子。
扉から最も遠い、先程までデルモニコが座っていた椅子に、背もたれにもたれかかり、横柄に足を組んだ男が居た。
その男は灰色の外套を着ており、フードは外して居た。だが奇妙な事に、デルモニコ、タモン、ムエマの誰もが、その顔を正確に認識する事が出来なかった。
靄が掛かったように、そこだけ最初からデザインされていなかったように。
ぽっかりと、そこだけが抜け落ちてしまったように、男を認識する事が出来なかった。
嫌な汗が、額から顎へと流れ落ちる。
男がそこに現れるまで、全く反応する事が出来なかった。それは、その気になればこの男はデルモニコ達をいとも簡単に殺す事が可能だったという事だ。勿論、ただで殺されるつもりは毛頭ないが、その事実に三人は寒気を感じた。裏社会でもここまで気配が無い者は、デルモニコにとっても初めてだった。
「…用件は、何だ」
デルモニコは、掠れて、震えて、裏返りそうになる声を、喉から搾り出す。姿を隠していたこの男が姿を現したという事は、何か用があるということなのだろうと推測した。
そしてそれは、正しかったようだ。
男はくつくつと嗤った。
「いいね、そういうの好きだぜ…………単刀直入に言おう。お前達、俺の傘下に入らないか?」
「………は……?」
驚きの声を漏らしたのは誰だったか、だがデルモニコも同じ気持ちだった。
「俺は近々この裏社会、餓鬼街を統べる予定でな。その為の手駒が欲しいのさ」
あっけらかんと、男は言った。
まるで簡単な事だとでも言わんばかりに。
「俺一人でも敵を殲滅する事は出来るとは思うんだけどよ、それだと殺し過ぎちまう。それじゃこの街を治めた時に部下が減っちまうから、出来るだけ殺しは控えようと思ってな」
三人が黙りこくる中で、男は自分のアイデアをひけらかすように、嬉しそうに語った。
「かと言っていきなり従えって言っても従う奴はいねぇだろ?だからまずは力の差を分からせようと思ってな……まぁ、最初に何人か、見せしめに殺しておいた訳だ」
「ふ、巫山戯やがって……!!」
見せしめだと?見せしめの為だけに、ジムとバリー、二人の仲間の命を奪ったっていうのかよ。
憤るデルモニコを見て、男は首を傾げた。
「うん?怒ってるのか?…俺のイメージだと此処は力こそ全てって感じだったんだが…案外仲間意識が強いのか?」
顎に手をやり、腕組みして悩む素振りを見せる男。そんな男に、デルモニコの隣にいたタモンが杖を突き出した。
「其は空を切り裂く飄ーー“飄刃”」
その杖先から、大気を切り裂く風の魔導が放たれる。その一閃は、迷う事なく男の方へ飛んでいく。
だが、男は動かない。
そしてタモンの魔導は男へと直撃し、衝撃で部屋を揺らした。
「タモン!?」
「デルモニコ、こんな意味のわからねぇ狂人と真面目に話す筋合いはねぇ。ここで殺しておくべきだぜ。ヒヒッ」
「タモンに同意するぜ」
埃や粉塵が舞い、一時的に男の姿が薄れる。
「駄目押しだ」
ムエマがククリナイフを構え、一足飛びに男の元へと飛ぶ。
そして、男の首がある場所へ、遠心力を使って渾身の斬撃を叩き込む。
だが、男の首を飛ばすと思われたその刃は、何かが潰れるような音と共に止まった。
「人が話してる時に話を遮るなよ」
そこには、首から上がないムエマの身体と、その身に纏う衣服にすら傷一つない男がいた。
「ム、ムエマァァァァ!?」
ムエマは暗殺やナイフの扱いに関しては仲間の中でも飛び抜けて上手かった。そのムエマが、一瞬で殺されていた。
「ば、馬鹿な…俺の飄刃を受けて、傷一つねぇだと……!?」
「魔導撃ったのはお前か。…チッ、お前は要らねぇわ……『自害しろ』」
「あ?何を言って……」
その言葉を皮切りに、タモンの腕がゆっくりと持ち上がった。
そして、手に持つ杖の先端が、タモンの頭部へと押し当てられる。
「お、おい、タモン……?お前、何して…」
傍目にも分かるほどにタモンの手は固く握り締められ、肌の色は白く強張っていた。
タモンが必死で首を横に降る。
「ち、違う、違うんだよデルモニコ!う、腕が…腕が勝手に動くんだよォォ!!」
戸惑うデルモニコと対照的に、男は冷静だ。
「死にたくない、死にたくない、死にたくないッ!うわあぁぁぁぁぁァァァァァァ!!!」
そして、タモンの口は動き始める。
それは決してタモンの意思では無い。だが、見えない何かに強制させられているかのように、タモンは言葉を紡いだ。
「其、は…空を切り裂く、飄ッ……“飄刃”ァァ!!!!」
パン、と音がした。
タモンが詠唱した魔導は、正常に発動した。
そして、その刃は、タモンの鼻から上を綺麗に斬り飛ばした。
どちゃり、と音がして、生気を失った目と、苦悶に満ちた表情のタモンの鼻から上が地面に落ちた。
「あ、あああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
デルモニコは叫んでいた。
仲間を失った悲痛と激憤よりも、容易く仲間を葬った目の前の男への恐怖が勝っていた。
デルモニコ自身でも理由の分からない滂沱の涙が、その瞳から溢れ出た。
「で、お前はどうする?今すぐ命乞いをして赦しを請い、忠誠を誓うなら殺さないでおいてやるけど」
男が冷たい声で言った。
デルモニコは許されるなら今すぐここから逃げ出したかった。男の靴を舐め、跪いて赦しを乞いたかった。
だが、デルモニコも闇ギルドの一員。
裏社会に身を置く者。
そのプライドが、無様な命乞いを、眼前の男への恭順を許さなかった。
「ああああああ!!」
流れる涙もそのままに、男へ突進しながらデルモニコは左右に握る斧を後ろへ引き絞った。
そして、双斧は異なる起動を描き、左右から男を両断せしめんと迫った。
さながらそれは蟻の大顎、斧で象る大鋏。
だが蟻が噛もうと象は揺らがない。
それを正に体現するかのように、デルモニコの斧撃は動きを止められた。
「化け物め……ッ!!呪われろ、この悪魔が!!」
「傷つくなぁ、心外だぜ。大体合ってるけど」
デルモニコが血管を浮かせて力むも、手に持つ斧は万力で固定されたかのようにびくともしない。
肉厚の鋼の斧、それが二本とも、その斧身の中央を、男の人差し指に貫かれていた。
デルモニコの全力をたった二本の指で抑えている事もさる事ながら、分厚い鋼鉄を、まるで障子の薄紙のように指で貫いたところから、男の異常なまでの力が垣間見えた。
「しっかしこの程度の実力しか無いのなら拍子抜けだな。うーん……生かして配下にするより殺して支配した方が強いかもなぁ……脳のリミッターも外れるし……」
全身を筋肉で盛り上がらせたデルモニコと対照的に、一切力んでいない男。
「……よし、決めた。とりあえずこいつは殺しておこう」
その言葉と同時に、男は軽く両腕を振った。
たったそれだけの動作で、デルモニコの両腕は振り払われ、体勢を崩す。
「なっーーー」
デルモニコが言えたのはそれだけだった。
男が何をしたのかも分からない内に、視界の空と地が逆転し、デルモニコの目に自分の見慣れた肉体が映った。その肉体は、首から上が無く、そこからただ虚ろに血を吹き出していた。
そして、デルモニコの意識はそこで真っ黒に塗り潰された。
五人の名前のうち何人かはグアムからとってたり…
顔の無い男…一体何者なんだ(茫然)
この話とは全く関係なく完璧に余談ですが、現状の《黒刻》で強化されたハシュはラファエロ(素手)と殴り合えるくらいには強くなってます。あれ?ラファエロ強すぎねぇ?




