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酒とつまみと奴隷

遅くなって済まぬ…



自由落下する際の不快な浮遊感を全身で感じながら、俺は笑った。

夜の王国城下町へとスカイダイビング。

こんな経験をした事がある奴は中々いないだろうな。


煩いくらいにはためくローブをうざったく思いながらも、背中の飛翼で風を受け止める。

何となくパタパタと翼を動かせば、風に乗ったのか、次第に地面へと落ちて行く速度が遅くなり、やがて上へ上へと昇り始めた。


ある程度の高度へ達すると、翼を動かす事をやめ、パラグライダーがするように滑空しながら建物の上スレスレを低空飛行する。

翼で風を切るという普通の人間では感じる筈も無い感覚に夢中になる。

偶に不注意で教会らしき周りより頭一つ抜けて大きな建物にぶつかりそうになるも、ギリギリで身をよじって躱す。


しばらく飛び続け、三回ほど教会を避ける。

途中から段々面白くなってきて、アトラクション感覚でわざと突っ込んだりする。

しかし、教会の数が多いな。

まぁ、ジジイ(バルハタザールの座っていた玉座の意匠も王権神授を表していたし、何より国名にサンクトを戴くくらいだ、国民が信心深くて当たり前なのかもしれないが。


よくよく考えて見れば俺はこの国の宗教に関して全く知識を持っていない。

まだ教えられていないのか、それとも教える気がないのか。王国の俺への教育方針はよくわからないが、知っておいて損はない知識だろう。


(明日、ラファエロかシャルランテにでも聞いてみるか)


メリンダの婆さんは教えてくれる前に散々小言を言われそうだから、敢えてスルーしておく。


そんな事を考えながら飛んでいると、しばらくして目的地の上空に辿り着いた。

俺はホバリングするように翼を動かして、ゆっくりと降下していく。


地面と俺との距離が一メートルくらいになった辺りで翼を解除し、飛び降りる。

接地する瞬間、衝撃を吸収するように軽く膝を曲げ、音もなく着地する。

まぁ、《誰も知らぬサベクトゥ・ヌプリァ》を発動しているから、音を出しても構わないんだけど。


「……ふぅ」


地に足をつけた事で少し安心したのか、つい息が漏れた。

やっぱり空より地面の方がいいな。


「ま、これも慣れることを祈ろう」


俺は意識を切り替え、吐いた息をまた吸い込んだ。

そして、己にかかった呪い、その強さを、弱めていく。


そして俺は、地面に降り立った時から聞こえてくるガヤガヤとした喧騒がする方へ目を向けた。


ワイワイと騒ぎ、手に持ったジョッキを仰ぐ赤ら顔の男共。

喧嘩で殴り合う奴らと、それを酒の肴にしながら囃し立てる奴ら。

そんな馬鹿共の間を、せせこましく走り回る給餌の娘。

日頃溜まった鬱憤を晴らし、スカッとした気分になる場所ーーー酒場。

そこに、俺は来たのだ。


酒に酔って口が軽くなるのはどんな世界でも共通、加えて人がごった返す中なら誰も聞いちゃいないだろうという心理も働いているのだろうか。

口が滑ってポロリと機密情報を漏らしちまうなんてこともよくあるわけだ。

ちなみに俺は地球にいた頃はその手を使って、あと女も使って、ヤクザのケツ持ちしてる弁護士の秘密を握った。


そういうこともあるので、俺はここに来た訳だ。

ま、単純に酒を飲みたいっていうのもあるんだけどな。……ぶっちゃけると酒の比重が八割を超えるくらいには。


本当なら《誰も知らぬ》の呪いで誰からも見えなくなって情報収集するのがベストなのだろうが。


《黒刻》による翼や角を、呪いを弱めることによって消す。完全に消すのではなく、服の下とか、見えないところでは残しておく。もしもの可能性があるからだ。


《誰も知らぬ》は大幅にその効力を弱め、誰にも認識されない状態から、存在を認識は出来るが俺が誰かは識別できないくらいの強さへと変える。

存在感はやや薄めだが、人でごった返す酒場の中だ。存在感が無さ過ぎるよりも少しあった方が、むしろ気付かれにくい。


俺は悠々とした足取りで、ウェスタンドアのような酒場の扉ーーそこには“蜥蜴の尻尾亭”とこの世界の文字で刻まれていたーーを開く。

年代を感じさせる木製のドアは軋む音を立て、それと同時に扉に取り付けられていた呼鈴がカランコロンと鳴った。


「あ、お客様!一名様でしょうか?」


忙しそうに駆け回っていた娘が、俺の入店に気付き、駆け寄ってくる。


「あぁ、寂しく一人酒だ…端の方、席空いてるかい?」


呪いによって俺の正体がバレることはまずない。

なので俺は普段使っている、肩の凝るですます調をやめ、素の口調で話すことにした。


「わかりました!ならあちらの方に席が空いてますので、そこに座って下さい」


「おう、わかった。ついでに麦酒エールと軽いつまみも持って来てくれ」


「わかりました!」


それでは、と愛嬌よくお辞儀し、給餌の娘はまたどこかへと走って行く。

日本じゃ接客態度が悪いとか言われそうだが、この世界ではこんなもんが普通だ。

とくにクレームを言うことも無く、おとなしく自分が指定した席へと向かう。


席に座ると、すぐに注文した酒とつまみの枝豆のようなものが運ばれて来た。

ちなみに運んで来た奴は先程の娘では無く、寡黙そうな感じの男だったので、特に話すことも無く酒とその肴を受け取る。


「……さて。まずは飲むかね」


地球ほどではないが、そこそこ冷やされた麦酒の入ったジョッキを傾ける。

喉を通ると、弱炭酸の刺激が喉を刺激して、くぅっとつい声が漏れた。


麦酒エールをちまちまと飲みながら、さやを剥いた枝豆のような形をした緑色の何かへと手を伸ばす。

何度かこの酒場へと来ているが、これは初めてだ。

取り敢えず一つまみ手にとって、口へと運ぶ。

それを咀嚼すると、口腔内で独特の臭気が膨らんだ。


「〜〜ッ、カラスミか!」


その匂い、それは地球でも嗅いだ事のある匂い。

食感は若干異なるものの、味はほとんどカラスミと同じ。

ねっとりとした旨味が、口の中に広がる。

ウマい、ウマすぎる。

麦酒を飲み、緑カラスミを食う。

また麦酒を飲み、緑カラスミを食う。

またまた麦酒を飲み、緑カラスミを食う。

またまたまた麦酒を飲み、緑カラスミを食う。

またまたまたまたーー


「はっ」


なんとか我に返った俺。


「悪魔的なウマさだな、これ……くそ、正気を失うところだったぜ」


まぁ、悪魔リゴラを名乗る俺が言うセリフじゃないが。


止まらない手を何とか理性で抑え、本来の目的である情報収集をするために、《黒刻》によって強化された聴覚でもって耳をそばだてた。


えー何々?隣の家のミーシャちゃん十六歳の今日のパンツは白色?最近受付のカレンが色っぽい?シャルランテちゃん嫁にしたいに……女勇者は美少女ぞろいらしいだぁ?


ダメだこいつら…今日この酒場にいる奴ら変態ばっかりだ。特にシャルランテ嫁にしたいとか言ってる奴、お前見た目からしてジジイじゃねぇか。クソ面白いわ。


俺は想定外の今夜の客の酷さに頭を抱える。

これじゃあ情報収集にきた意味がねぇじゃねぇか。


「はぁ……………まぁ、この緑カラスミに出会えただけでも収穫か…」


気が抜けて精神的に疲れた気分になったわ。

どこか老けた気分の俺がそんなセリフを独りちた時……丁度俺の真後ろから、若い女の声が耳に飛び込んできた。


「レント様、こちらです…」


「あぁ、ありがとうシルフィニア」


「ッ………はい」


後ろの席に誰か座る音がする。

俺は悟られないように、机に突っ伏す振りをしながら、ちらりとそちらを確認した。


「シルフィニア、今日はおめでたい日だ。何も気にする事なく、存分に楽しんでくれ。金ならあるからな」


「は、はい……」


そこに居たのは、男女のペア。

此方に背を向けて座っているまだ高校生くらいの年齢の茶髪のクソガキと、そのガキと向き合うように座っている金髪碧眼の、耳の先の尖ったスレンダー美人だ。


クソガキの名前、レントとか言ったな…。

ソイツがテーブルに置いた小袋、そこからジャラリと硬貨が鳴る音がする。

全く、無用心が過ぎる。只の馬鹿なのか、それとも自分に相当な自信があるのか。


ガキを観察した次に、目を向けたのは金髪碧眼女だ。

耳が尖っていることや、やたらと整った目鼻立ちをしているから、おそらく長耳族ラルヘルだろう。いわゆる……なんだっけ、まぁ森によく住んでいる種族だ。


俺がこの世界に来て驚いたことだが、この世界には人間以外にもヒト(・・)がいるそうだ。

それは長耳族ラルヘルであったり、龍鱗族スケイルだったりと、多種多様らしい。この国にも色々といるらしいが、俺はあまり見かけたことがない。城の中は殆どが人間ばっかりだからなぁ。

だが長耳はヒトの中でも割とポピュラーだ。

同期のメイドの中にも二人ほどいる。


まぁ、そんなわけで長耳族がいたからといってもう驚く訳ではないが…あのやたらとプライドが高いことで有名な長耳が、ガキに従順な態度をとるっていうのもおかしいな。それに、あの目の奥にちらりと覗く感情…あれは、何かに対する恐怖だ。

俺はそれを不思議に思って、さらに観察する。


すると、長耳の女の首元に、チョーカーのような物が付けられていることに気付いた。

なるほどーーーー奴隷か。それならば納得出来る。


星界グランバースでは割と奴隷制度というものが普遍的だ。犯罪者だったり、借金が返せなくなった者などが主に奴隷に堕ちる。

奴隷達は皆、首に身分を示すチョーカーをはめる訳だが、そのチョーカーは魔導具ーー魔導によって超常的な力を発揮する道具ーーなのだ。

その首輪を付けた奴隷は主人の命令は絶対遵守、逆らえば全身の皮膚が一枚一枚剥がされていくような堪え難い苦痛を味わう、とされている。

まぁ、主人の気分を損なえばそういう痛みを味わうことになるかもしれないんだ、そら怖いだろうな。


「うん、このシチューは美味い。シルフィニアも食べてくれ」


「は、はい……」


後ろでそんな会話が聞こえる。

暫しその会話に耳を傾けていると、何となく気付いたことがあった。


おそらくだが、ガキの方は長耳の事を性的に見ている。そして長耳はそれに薄々気付いていて、怯えているという訳だ。まぁ、年頃のガキなのだから、多少ガッツいてしまうんだろうな。それにしても奴隷をわざわざ買ってそういう事をしようとしているなら、とんでもない色ボケだが。彼女つくれよ。クソ面白いわ。


ちびちびと酒を飲む。

少しすると、後ろでガキと長耳が席を立つ音が聞こえた。


「じゃあ、宿に戻ろうか」


「は、はぃ…………」


足音が遠ざかっていく。長耳、強く生きろよ。

ちらりと長耳の方を見てサムズアップすると、長耳と目があったような気がした。


助けてと、言外に叫んでいるようにも見えるその瞳に、俺は腹を抱えて笑う事で返した。


ガキと奴隷の姿が見えなくなるまで。


「くっくっくっ…………ふぅ」


はぁ………面白いには面白かったが、今日はハズレか。これ以上ここにいても収穫は見込めそうにないだろう。

俺は残っていた最後の緑カラスミを口へと運んだ後、ジョッキの中の麦酒を一息に飲み干した。


「はぁ……」


さて、出ますか。

俺はゆっくりと立ち上がって、勘定を済ませに行った。ちなみにカネはこの間シャルランテに少し貰ったやつだ。幼女に金を貰うなんて地球にいた頃には考えられなかったな。涙ちょちょ切れるぜ。


夜はまだ長い。

俺は次の目的地へ向かうことにした。








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