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ずっと一緒

結婚の翌年、七菜子が妊娠し、男の子を出産した。

その次の年も七菜子は妊娠、そして愛結美も、初めての子供を授かった。


七菜子は二人目も男の子だったが、愛結美には女の子が生まれた。


『許嫁にしちゃおうか…』


この二人の企みは、お互いの旦那によって却下された。


2年後、愛結美はもう一人女の子を生み、家族でお祝いに駆け付けた七菜子が、『合コン状態だね』と笑ったのを見て、七菜子の旦那が『また許嫁にしようとか云うなよ…』と、七菜子の口を塞いだ。


子育ての忙しさから、なかなか会う事は出来ないと思われていたが、家族が増えて家の中が狭くなったと感じた愛結美たちが、七菜子たちの家からそれ程遠くはない場所に住み始めた為、子供たちは、幼馴染みとして共に育って行った。


『やっぱり許嫁にしたいなあ…』


愛結美と七菜子は、旦那に黙って、そんな話を再びするようになった。


ただ、どの組み合わせて許嫁にするか、それが問題。


4人の子供たちは、みんなそれぞれ仲が良い。


悩んだ結果出したのは、七菜子の長男と、愛結美の長女と云う組み合わせだった。


でも、旦那たちにすぐにバレてしまい、再度却下された挙げ句、『結婚くらい自由にさせてやれ!』と叱られてしまった。


それから5年。


高校時代の同窓会が開かれる事になった。


ホテルのパーティー会場を貸し切っての、賑やかな同窓会。


懐かしい顔触れが揃う中、七菜子の姿もそこにはあった。


でも、七菜子といつも一緒にいた愛結美の姿がどこにもない。


同級生の一人が、七菜子に近寄って来た。


『今日、伊藤さんは?』


『伊藤?…あ、愛結美?』


愛結美の旧姓を云われて、七菜子は一瞬悩んでしまった。


『そうそう!愛結美ちゃん!今は…長谷部か』


同級生の問掛けに、七菜子は唇を噛み締め、まだ誰も知らない、今の愛結美のいる場所を、ポツリポツリと話出した。


その場にいた同級生たちは、七菜子の話に驚きを隠せない。


愛結美は、半年前にこの世を去ってしまっていた。


子育てが忙しく、なかなか会う事が出来なかったが、いつもメールや電話では話していた。


久し振りに会った時、愛結美は顔色が悪く、咳をしていたので、七菜子は心配になったが、愛結美はただ『大丈夫』と云っていた。


『うちの旦那煙草吸うし、風邪もひいたみたいでね…』


顔色と咳以外は、別に変わった様子もなく、本人も至って元気そうだったが、それは本人さえ判らない異変だった。


買い物中、突然倒れた愛結美は救急車で病院に運ばれ、漸く全てが明るみになったが、その時は既に手遅れ。


愛結美は、末期の癌に侵されていた。


愛結美がまだ若いと云う事が災いし、その転移は非常に早く、抗癌剤治療も間に合わない。


医者は愛結美にモルヒネを投与し、日々激しくなる苦痛を和らげる事しか出来なかった。


『毎日一緒にいるのに…何で俺が気付いてあげられなかったんだ…何で俺は愛結美の前で煙草なんて…俺のせいだ…』


愛結美の癌発覚以降、聡史は毎日自分を責めていた。


『そんなの私だってそうだよ…顔色悪いって判ってたのに…大丈夫だよって云うのそのまま信じちゃって…私がもっと、ちゃんと愛結美に云ってれば…』


『七菜子ちゃん…あいつには、秘密にしててやってくれ…お願いだから…』


『でも…愛結美は判ってるかもしれない…』


『それでもいい…怖がらせないであげてくれ…あいつは…凄く怖がりだから…すぐに治るって信じてるから…』


七菜子は、泣きながら頭を下げる聡史を見て、とても辛くなった。


そんなある日、お見舞いに行った七菜子の目に、ベッドに横たわってぼんやりと空を見ている愛結美が映った。


『愛結美…』


愛結美は、七菜子の方を見もしない。


七菜子がベッドの脇の椅子に座ると、ゆっくりと振り向いた愛結美が微笑んだ。


その笑顔を見た七菜子は、愛結美との別れが、もうすぐそこまで来ていると感じた。


『七菜子…ありがとう…ごめんね…』


七菜子は、聡史に頭を下げられてから、愛結美の前では明るく笑っていようと決めていた。


でも、優しい笑顔でゆっくりと口を動かす愛結美を見ると、もう涙を堪える事が出来なくなってしまった。


『愛結美…どこへも行かないで…ずっと一緒にいてよ…』


『七菜子…ごめんね…』


『愛結美…やだよ…やだよ…絶対やだ!』


七菜子は愛結美の手を握り、声を上げて泣いてしまった。


『七菜子…大好きだよ…』


『愛結美…やだ…やだぁ…行かないで…行っちゃダメ…』


愛結美は、すっかり細くなった腕で七菜子の手を弱々しく握り、一筋の涙を流した。


『七菜子…どうもありがとう…私を変えてくれて…いつも一緒にいてくれて…』


『愛結美…愛結美…そんな事云わないで…もう喋らなくていいから…』


『七菜子…そんなに泣くと…喉渇いちゃうよ…』


七菜子はもう、完全に取り乱してしまっていた。


愛結美がいなくなる…


私の前から…


『愛結美…やだ!やだ!行かないで!やだぁ!』


『七菜子…ごめんね…もう…一緒にいられそうにないよ…一人で…大丈夫だよね?』


『大丈夫じゃないよ!愛結美がいなきゃ駄目だよ!もっと一緒にいてよぉ!』


『大丈夫…七菜子は…大丈夫だよ…』


『愛結美ぃ…愛結美ぃ…やだぁ…お願い…』


『七菜子…あの人に伝えて…私は…世界で一番、幸せだったって…七菜子がいて…聡史がいて…子供たちがいて…みんながいたから…私は凄く、幸せだったんだよ…』


愛結美は、満たされたような笑顔を七菜子に向けた。

愛結美…私こそ、幸せだったんだよ…


七菜子は、今までにない程の涙を流して泣いた。


その夜、泣き疲れて眠る七菜子の所に、聡史から電話がかかってきた。


『愛結美が危篤なんだ…』


七菜子は家族を起こし、急いで病院に向かった。


もう間に合わないかもしれない…


病院に到着した七菜子は、愛結美の病室に走った。


愛結美…待ってて…逝かないで…


廊下を曲がると、病室の前には、愛結美と聡史の両親が来ていた。


『七菜子ちゃん!早く愛結美のとこに…』


愛結美の母親に急かされ、七菜子が病室に入ると、酸素マスクをつけた愛結美がいた。


愛結美の傍には、力なく床に膝をついて座りこんでいる聡史。


『愛結美…七菜子ちゃんが来たぞ…待ってたんだろ?』


聡史は泣きながら、七菜子を愛結美の傍らに導いた。


『愛結美…』


愛結美に、もう意識はないようだ…


七菜子は愛結美の手を握り、命の炎が消えそうな愛結美を見つめた。


『愛結美…判る?…七菜子だよ…戻って来て…』


七菜子はまだ、諦めきれない。


『愛結美…戻って来て…お願い…』


あれほど泣いて、もう出ないと思われた涙が、七菜子の目から次々に溢れては頬を流れる。


『逝かないで…戻って…愛結美…一人にしないで!』


七菜子が愛結美の手を握ったまま呼び掛けていると、意識がないはずの愛結美が、そっと七菜子の手を握り返して来た。


『愛結美…愛結美!戻って!そのまま!』


七菜子は必死で呼び掛けた。


聡史は、もう意志のなくなっているはずの妻が、七菜子の手を握っている事に驚いていた。


『愛結美…七菜子ちゃんが判るのか?』


それは、愛結美が最後に見せた、ほんの一瞬の奇跡だった。


七菜子は感じていた。


愛結美の手が、徐々に冷たくなってきている…


『愛結美!愛結美!いや!逝かないで!逝っちゃやだ!逝かないで!起きて!起きてぇ!』


七菜子のその叫びは、廊下にいた家族に、愛結美の最期を知らせた。


『いや!いや!愛結美!やだぁぁぁぁぁ!!』


愛結美の腕や肩を掴んで抱き起こそうとする七菜子を、医師と看護師たちがベッドから離し、愛結美の臨終を伝えた。


『愛結美ーーー!いやだぁぁぁぁ!』


七菜子の悲鳴が、廊下に木霊した。


愛結美に抱きついて泣いている七菜子に、愛結美の母親がそっと囁いた。


『七菜子ちゃん、ありがとう…全部、七菜子ちゃんのお陰よ…』


愛結美の葬儀の日、七菜子は愛結美の両親から、ひとつの指輪を受け取った。


それは、愛結美と七菜子が初めて二人だけで行った旅行で、二人で色違いで買った珊瑚の指輪だった。


七菜子は赤い珊瑚、愛結美は淡いピンクの珊瑚を選んだ。


『愛結美がね、これは七菜子ちゃんとお揃いだからって、凄く大切にしてたの。あの子だと思って、持っててあげてくれる?』


『はい…』


愛結美、ずっと一緒だよね…


七菜子は、薄いブラウンの革チェーンを買い、愛結美の指輪をネックレスにして、肌身離さず身につける事にした。


それから半年後の同窓会で、七菜子から愛結美の死を知らされた同級生たちは、愛結美が見ていてもいいように、同窓会を明るく盛り上げて、いない事を後悔させてやろうと決めた。


最後にみんなで集合写真を撮った際、暗黙の了解で、みんなは七菜子の隣を一人分空けた。


いつも愛結美がいた場所は、七菜子の左。


そこは、愛結美の指定席だった。


七菜子がいるから、愛結美がいた。


愛結美がいたから、七菜子がいた。






愛結美…


いつか私がそっちへ行ったら、また、一緒に笑おうね…


それまでは、まだまだ長くかかるけど、愛結美と一緒に生きるから…


愛結美が出来なかった事、私、いっぱいするからね…


愛結美が見れなかったものも、いっぱい見るからね…


あとで、残らず聞かせてあげる。


だから、見ててね…


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