会いたい
愛結美と七菜子はその後、別々の学校に進学した為、それっきり暫くは会えなかった。
メールをしたり電話で話したりはしたが、会いたいと思っても会えないまま時が過ぎ、『たまには会いたいね』と云うメールが、『いつか会えたらいいね』に変わっていた。
それぞれ恋人が出来たり、恋人と喧嘩したり、別れて、また新しい恋人が出来たりと、メールで報告はしていたし、たまには写真をメールに添付したりもしていたが、18歳の頃とは顔立ちも髪型も変わり、化粧もうまくなって行くお互いを見るにつれ、寂しさと恋しさが募って行った。
変わらないでいる事なんて有り得ないと判っていても、変わって行くお互いの写真に驚きを隠せない。
【少し太った?】
【この髪型どう?】
などとメールを交しても、寂しさは変わらない。
それは、二人が社会へ出てからも同じだった。
実家を出て、一人で暮らすようになると、時には一人でいるのが辛い時もある。
【会えなくても、ちゃんと傍にいるからね】
と慰め合っても、それは本当に表面上の慰めでしかない。
恋人に会えないよりも、親友に会えない事の方が、何倍も寂しいと、二人は感じていた。
24歳の冬。
愛結美の携帯に、七菜子からメールが来た。
【私、来年結婚するかも(*⌒-⌒*)妊娠はしてないけどね♪】
突然のこのめでたいニュースに、愛結美は久し振りにワクワクした。
【本当に!?おめでとー(*^▽^)/★*☆♪式はするの?】
【まだ判んないけど、すると思うよ♪絶対来てよね】
【勿論!】
七菜子が結婚…
愛結美は自分の事のように嬉しくなった。
七菜子がメールで送って来た、恋人とのツーショット写真を見て、愛結美は頬が綻んだ。
幸せそうに笑う七菜子と、七菜子の肩を抱いて、カメラを睨みつけているようなその恋人。
七菜子、綺麗になった…
同時に、今の自分の恋人が、自分との事をどれ程真剣に考えてくれているのかも不安になった。
【新居探しに行ったんだけど、どこも家賃高いねぇ】
【今日ウエディングドレス見に行ったよ】
そんな七菜子からのメールを見るたびに、七菜子が羨ましくなった。
今度、彼に聞いてみようか…
【私も早く結婚したいなぁ】
【彼氏に逆プロポーズしちゃえ!】
幸せ絶頂の七菜子には、恋人の愚痴を話す気にもなれない。
こんなに嬉しそうな七菜子の顔を、自分の恋人の話で曇らせたくない。
愛結美は、あまり結婚の事を考えてなさそうな恋人の話を、七菜子にするのはやめた。
でも、メールの度に、幸せ度が増していく七菜子に触発されて、愛結美は遂に、恋人に将来の話を切り出してみた。
『俺も、その事は考えてたんだ』
『じゃあ…どう思ってる?』
『もう少し、時間をくれないか?』
恋人の聡史は、いつまでもはっきりしない態度のまま。
愛結美は正直、少し呆れて来ていた。
この人は、結婚する気はないのかもしれない…
それから少しの間、気が付くと七菜子からの連絡は途絶えていた。
結婚の準備で忙しいのかもしれない…
全てが決まって落ち着いたら、きっと何か云って来るだろう…
愛結美は、そう思っていた。
それからどれ位が経っただろう。
相変わらず、愛結美は結婚する意志の見えない聡史と、ズルズルと付き合っている。
結婚する意志がないからと云って、そう簡単に別れたくはない…
やっぱりまだ、それでも、聡史が好きだ…
悶々とした日々の中、仕事から帰宅してシャワーを浴び、そろそろ寝ようと思っていた時、愛結美の携帯が鳴った。
見ると、七菜子からの久し振りのメール。
そろそろ式場でも決まったか…
携帯を開き、メールを見た愛結美は愕然とした。
【婚約破棄。今日、彼氏と別れた】
『ええ!?』
愛結美は思わず声をあげ、すぐに七菜子に電話した。
『もしもし…愛結美?』
七菜子の声はかすれていて、明らかに泣いていた声だった。
『七菜子…大丈夫?何があったの?』
愛結美は訳も判らず、ただその衝撃に、胸がドキドキしていた。
『あいつ、最低な奴だったんだよ』
『どう云う事?』
『あいつ、他に女がいたみたいで…私との新居にって選んだ部屋に、もうその女と住んでたんだよ』
『ええ!?』
何て男…
愛結美は相手の男に沸々と怒りを感じた。
『七菜子…一人で平気?』
『うん、大丈夫だよ』
七菜子は平静を装っていたが、愛結美には大丈夫ではない事が判っていた。
七菜子の家は、住所を聞いているから知っている。
愛結美は、電話を切ると着替えて外に出て、カーナビで住所を検索し、車を発信させた。
2時間ほど車を走らせた後、七菜子の住むマンションらしき建物に着いた。
愛結美は車を降りてマンションに入ると、郵便ポストに目を走らせた。
『あった…305号室…入江』
愛結美はエレベーターに乗り、3階の七菜子の部屋に向かった。
ドアホーンを鳴らしても、七菜子はなかなか出て来ない。
こんな夜中に、どこかへ出掛けたのだろうか…
それとも、寝てしまっているのか…
まさか…七菜子…
愛結美は不安になり、もう一度ドアホーンを鳴らし、様子を見ていると、中でカチッと云う何かのスイッチの音が聞こえて、ゆっくりとドアが開いた。
『愛結美!』
『七菜子…大丈夫!?』
七菜子は愛結美の顔を見るなり、抱きついて来た。
愛結美は七菜子を抱き締め、何も云わずに静かに泣いている七菜子の背中を撫でていた。
『会いたかったよ愛結美…悔しいよぉ…』
『うん…うん…』
久し振りに感じる七菜子の匂いは、昔とあまり変わらない。
ただ、何だか少し小さくなっている気がして、七菜子が受けたショックの大きさが伝わった。
愛結美が恵里に変な噂を立てられた時、守ってくれたのは七菜子。
愛結美の為に、恵里に仕返しをしてくれた七菜子に、自分は何が出来るだろうか…。
泣きじゃくる七菜子を抱き締めながら、愛結美は考えていた。
部屋に入ると、七菜子らしい簡素な家具が並んでいる。
茶色いソファに、茶色い家具、青い布団のかかるベッド…フローリングにはクリーム色の絨毯が敷いてあり、部屋の色を重く感じさせない。
『七菜子…落ち着いた?』
ティッシュで涙を拭う七菜子に声をかけると、七菜子は小さく『うん』と頷いた。
それでもまだうつ向いて肩を震わせている七菜子を見ていると、どんどん相手への怒りが込み上げて来る。
男は彼だけじゃない。
次にもっといい相手探せばいい。
そんなありきたりな言葉で慰めても、所詮は気休めにしかならないと、愛結美は知っていた。
何かもっと、七菜子の気が晴れる事はないか…
やっと話せる程落ち着いた七菜子に話を聞くと、愛結美は益々頭に血が上った。
七菜子の恋人は、七菜子にプロポースしたものの、結納の日や結婚指輪、式場の予約について、かなり消極的だった。
話し合いたい事は沢山あるのに、『別に今すぐでなくても…』と言葉を濁す日々。
そんな恋人が熱心だったのは新居探しだけで、七菜子は取り敢えずは、真剣に考えてくれていると信じていた。
あの部屋は高いだの、あの家は狭いだのと云うのも、何れは増える家族の事を考えているのだと思っていた。
やっと気に入る部屋を見付けた時、二人はやっと、結婚に一方近付いた…はずだった。
恋人が、少し忙しくなるから会えなくなると七菜子に云ったのは、三ヶ月前。
七菜子は素直にそれを受け止めていた。
それなのに…
彼の声が聞きたくなって、彼の携帯に電話をすると、出たのは彼ではなかった。
とっさに友達の振りをした七菜子の耳に、聞き慣れない女の声がした。
『携帯忘れて買い物に行ったので、戻ったら伝えておきます』
当たり前のように話す、若い女の声…
それ以来、何度メールや電話をしても、彼は出ない。
そればかりか、完全に七菜子を着信拒否にした。
訳の判らない七菜子は、それでも全てに気付いていた。
彼はこのまま、フェードアウトするつもりだ…
そんな事はさせない…きっちり話をつけたいと思い、、彼の家まで行ったのだが、そこは既に空き家だった。
七菜子は頭の中が真っ白になってしまったが、最後の頼みの綱は、彼の職場だ。
そこまでしたくはなかったが、逃げるなら追うしかない。
七菜子は彼の職場へ行き、彼が出て来るのを待っていると、彼は知らない女と仲良さそうに会社から出て来た。
最初は同僚かとも思ったが、密着して歩く二人の雰囲気に、同僚だけの関係ではないと悟った。
声をかけるタイミングを逃したまま、彼が一人になったら捕まえようと思って尾行していたのだが、二人が向かったのは、七菜子と彼が住むはずだったマンションの部屋。
表札を見ると、彼の名前と一緒に、彼女のものらしき名前が書いてある。
許せない…
七菜子は翌日も彼の職場へ行き、彼が出て来るのを待った。
一人で出て来た彼を捕まえ、どう云うつもりなのか問いただすと、『お前より大事な女が出来たから別れたい』とだけ云って、彼は去って行った。
泣きながらそれを語る七菜子の辛そうな顔に、愛結美は決意した。
絶対に、許さない…
七菜子から彼が住む場所をさり気なく聞き出し、その日は七菜子の部屋に泊まった。