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友達はいらない

愛結美が七菜子と出会ったのは、高校1年の秋。


その頃の愛結美は、それほど友達と云う存在を重要視しておらず、友達は、いてもいなくてもいい…いたらいたで楽しいだろうけれど、面倒な事も多い…だったら別にいなくてもいいと思っていた。


友達は平気で裏切る。


友達は時に面倒な事を云って来る。


どうでもいい事で喧嘩したり、勘に触る事を云って来たり。


友達は、都合のいい時ばかり利用してくる。


だったら、一人でいた方が気が楽だ。


だから愛結美には、友達と云う存在はいなかった。


勿論、親友も。


それでも別に、寂しいなどと思った事がない。


昔、そこそこ仲の良かった友達に、『私達親友だよね』と云われて、急に鬱陶しくなった事があった。


親友と云われる程、仲良かった?


そんなに心を許したように見えた?


面倒臭い…


愛結美はうんざりして、その友達から離れた。


友達=邪魔なだけ


親友=面倒臭い


愛結美はずっと、そう思っていた。


確かに、以前は愛結美にも沢山友達はいた。


親友だってちゃんといたし、誰から見ても、よく笑う普通の女の子だった。


でも、些細な事で言い争いになった時、愛結美はみんなから仲間外れにされた。


親友だと思っていた者さえ、愛結美を平気で裏切り、笑いながら離れて行った。


信じていたのに…


その悔しさと屈辱感は、愛結美を人間不審に追い込んだ。


もう誰も信じない…


誰もアテにしない…


もう二度と…


愛結美は、ずっとそう思って生きて来ていた。


七菜子と出会うまでは。


七菜子は、愛結美のクラスの恵里の友達だった。


愛結美と恵里は、特別仲が良かった訳ではない。

ただ、恵里の方から妙に馴れ馴れしく近付いてくるだけの関係。


ノートを見せてくれだの、一緒にお昼を食べようだの、一緒に帰ろうだの。


愛結美はそんな恵里を邪魔だとしか思ってなかったし、正直云って恵里の事は嫌いだったのだが、恵里はそんな愛結美の気持ちを、少しも感じてはいないようだった。


恵里がいると、こっそりとどこかへ身を隠す。


恵里に呼ばれても、大概気付かないフリをする。


それなのに、それでも恵里は、愛結美に近付いてくる。


愛結美は、恵里のその軽さがどうしても嫌だった。


ある日、帰宅途中の電車の中で、愛結美は誰かに突然抱きつかれた。


ビックリして振り向くと、そこには悪戯っ子のような笑顔の恵里がいた。


『なーにしてんだよ』


恵里は、愛結美が読んでいた本を乱暴に取り上げた。


『見て判らない?』


愛結美が冷たく突き放すように云っても、恵里には一切通じない。


愛結美が恵里回避の方法を考えていると、恵里が愛結美の手から取り上げた本を見て、『うわぁ!』と声をあげる者がいた。


恵里の後ろにいる、キリッとした目のロングヘアの子…


それが、七菜子だった。


『漫画じゃないんだ!字ばっかり!よくこんなの読めるねぇ!』


『こいつ本好きみたいでさぁ、いっつもこう云うの読んでんだよ』


愛結美は『こいつ』と呼ばれた事に眉をひそめ、苛々して本を奪い返した。


『関係ないでしょ?』


愛結美はスタスタと歩き出し、隣の車両に移動したが、恵里は笑いながら後ろからついて来た。


『ねぇねぇ愛結美、私達今からお茶するんだけど、愛結美も来ない?』


恵里が甘えるように愛結美に顔を近付けて来る。


愛結美が溜め息をついて『行かない!』と云っても、恵里は一歩も引かなかった。


『いいじゃん、たまには。行こうよぉ!珈琲の美味しい店だよ』


『私珈琲嫌い』


『紅茶の種類もいっぱいあるよ』


『別にいい』


『ジュースも全部絞り立てなんだよ』


『だから?』


既に愛結美の視線は、本の中にあった。


今は本に集中しよう…


それが、今の愛結美に出来る恵里回避方法だった。


『愛結美ちゃん、ケーキは嫌い?』


今度は七菜子が口を開いた。


『嫌いじゃないけど…全部のケーキが好きな訳じゃないから』


『私も!モンブランとかスイートポテトとか、私の中ではケーキじゃないなぁ…あとショートケーキも大嫌い!あれ生クリームの塊だもん!』


七菜子の言葉に、愛結美が振り返った。


好みが似てる…


そう思っただけだったが。


『愛結美ちゃんはケーキ何が好き?』


『んー…チーズケーキかな…チョコも好きだけど』


愛結美は嫌な顔ひとつせず、素直に答えている。


自分の時とは違うその反応に、恵里は少し頬を膨らませた。


『じゃあ行こうよ!その店ケーキも美味しいよ』


七菜子が目を輝かせたが、愛結美の答えは『やめとく』だった。


やがて駅に着き、二人の方を見もせずに、愛結美は電車を降りた。


『じゃあねー』


恵里の叫ぶ声を無視して改札を出ると、愛結美は真っ直ぐ家に帰って行った。


恵里…何て邪魔臭い…


それに、あの妙なテンションは何?


自分は誰とでも友達…


でも内心では舌を出している。


恵里のあの笑顔…気持ちが悪い…


家に帰った愛結美は、恵里の態度に苛々していた。


着替えて時計を見ると、本屋でのバイトの時間が迫っている。


愛結美は慌てて支度をすると、自転車でバイト先に向かった。


本屋のバイトは愛結美にとって、一番好きな時間。


好きな本に囲まれてるし、接客も苦ではない。


必要以上にフレンドリーになる必要がない場所。


だから愛結美は、お客さんにも優しく出来た。


愛結美が、入荷した本と客が読み散らかした書籍の整理に追われている時、『すみません…』と声をかけられた。


振り向くと、遠慮がちに立っている七菜子がいた。


『あ!』


思わず二人の声が揃った。


『愛結美ちゃん!ここでバイトしてるんだ!』


親し気に呼ばれてるが、それは恵里が呼んでいたのを、七菜子が真似して呼んでいるだけに過ぎない。


愛結美はこの時まだ、七菜子の名前を知らなかった。


『えっと…』


『あ…私、七菜子。七菜子でいいよ。本探してるんだけど、見当たらなくて…』


『どんな本?』


『今、フランスの歴史の本探してるんだけど…』


七菜子は困ったようにキョロキョロしている。


愛結美は仕事の手を止めて、七菜子の話を聞いてあげた。


どうやら、先日授業で歴史の勉強をした際、好きな国の歴史を調べて、それをまとめてレポートにして来いと云う宿題が出されたようだ。


七菜子は何となくフランスを選んだが、どうも納得出来るような本もなく、図書館やインターネットで調べても、書いてある事がサッパリ判らない。


もっと判りやすい説明が欲しくて、あちこちの本屋を探し歩いているのだが、店員に聞いてもたいした収穫はなく、『もうどれでもいいや!』と辿り着いたのが、愛結美がバイトする本屋だったらしい。


『私、本てあんまり読まないからよく判らないんだぁ…』


『歴史の本だったら…』


愛結美は七菜子を連れて、一画の本棚に連れて行った。


『歴史の本ならこの棚にあるけど…例えばどんなのがいいの?』


『んと…』


七菜子は困ったような顔で、愛結美の指差す本棚を眺めている。


愛結美は七菜子のその様子から、『ちょっとこっちに…』と、別な本棚に連れて行った。


そこは、歴史書と云うよりも、歴史的な事柄や、聖書の内容や、世界に伝わる神話等の本が置かれた文学書のコーナーだった。


その中から、比較的判りやすい1冊の本を選び、棚から取ってあげた。


『これなら、フランスの歴史が判りやすく書いてあるよ…絵とか写真も多いし』


七菜子は本を受け取り、パラパラとめくって見た。


『あ、本当だ!すごーい!』


分厚い本ではあるが、絵や写真が説明と共に載っていて、あまり本を読まない七菜子にも非常に判りやすい。


目を丸くして本を見ている七菜子を残し、愛結美は『じゃ…』とだけ云って仕事に戻った。


恵里の事は嫌いだが、七菜子は嫌な子ではないようだ…


賢そうで華やかな雰囲気の七菜子は、美しい羽根を広げる雄の孔雀を、愛結美に連想させた。


あの孔雀は、美しい羽根をいつも大きく広げて、その無数の目でいろんな物を見ている…


そうやって、いろんな方向に目を向けながら、自分自身は知らん顔をしていて、いつの間にかしっかりと見定めている賢い孔雀…


そんな気がした。


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