ティトとオーウェン
巨大なキューポラ(出窓)に一人の男が立っていた。その男の名は『ティト』。身長一七五センチ、髪は長めのくせ毛で、神経が細かそうな印象を与える青年だった。
ティトの足元から36○○○キロメートル下に地球があった。ここは、宇宙エレベーターの静止軌道ステーションだ。更に上空の高軌道ステーションには、多数の宇宙船が停泊していた。
その宇宙船で、人類は第二の地球をめざし旅立つことになっていた。ティトも地球から旅立つ一人であった。
ティトは、雲の隙間から僅かに見える地上を見つめていた。
青く綺麗であった地球。既にその面影は無かった。青い地球を取り戻すには、人類が地球から離れ、自然の力に頼るしか方法が無かった。自然学者やアルケミストと土木技術者が地球に残って、回復を加速させようとしていた。
〈どの船に乗るのだろう〉
ティトは高軌道ステーションを見上げたが、こんなことで悩むのは無駄なことだと、直ぐに自分の部屋に向かった。
研究仲間のオーウェンと会う約束をしていたからだった。
ティトとオーウェンは、周りから天才と呼ばれていた。この二人の天才は、珍しく気が合った。そして二人は、人工知能の共同開発を行う約束をしていた。
ティトが自分の部屋に入ろうとした時、後ろから押された。振り向くとオーウェンだった。
黒い長めのカーリーヘアとプラスティックの黒淵の眼鏡をかけたヒョロヒョロな男が右手にタブレット、左手にコーラを二本持っていた。コーラをティトに渡すと、近くの椅子に座った。
「宇宙船が決まった。パイオニア号だ、来月出発だ。君は?」
「パイオニア号…、最新鋭の宇宙船じゃないか」
「最新の最高の環境さ、最新人工知能『フローレス』搭載だぜ」オーウェンが嬉しそうに笑った。
「うらやましいな」
ティトは、悔しそうにオーウェンを見つめた。
「で、お前は決まったの?」オーウェンは、左手の人差し指で眼鏡をクィッと上げた。
「まだだ。くそっ」ティトは椅子を叩いた。
「焦るなよ、まだ、いい船はあるって」オーウェンは、にやっと笑いながら言った。
「で、出発まで時間がない、研究の摺合せをしないとな」
「ああ」と、ティト。
「始めようか、録画するよ。後で同じものをメールするよ」オーウェンが録画を指示すると右手でキューのサインを出した。少し間をあけティトが話始めた。
「今までにない人工知能だろ。根本から変えないと面白くないな。今までの人工知能って、何か抜けていると思うんだ」と、ティト。
「抜けている?」
「なんていうか、急に成体になったというか、成体になるまでの過程を踏んでいないというか…」ティトは話を続けた。
「僕らが生まれてくる時は、受精から出産まで生物の歴史を体験する。人工知能は、プログラムが実行されるだけで、大切な経験が欠落しているとは思わないかい」
「経験か?」
「そうそう、本能っていうか、生命っていうか…」
「学習させて進化させるっていうのは、もう、やっているだろ?」
「ああ、でも、ちょっと、引っかからないか?」オーウェンは、続けてと右手を軽くあげて合図した。それを見てティトが話を続けた。
「経験させているのだけれど、全くの無からではなく、僕らが作った土台の上に作られているというか、僕らの暗黙のルール上に存在するという感じ。分かる?」
「なんとなくわかるよ、僕らの作ったルールの縛りが原因かもね」
「僕らが作ったルールだけでなく、哺乳類とか、もっと言うと生物が持っているまたは、持ってしまったルールと言うこと」
「なるほど、ルールか…」とオーウェン。
「歴史を考えると、不思議なことがいっぱいあるんだ」
「不思議なことって?」
「カンブリア紀の大爆発とか、なぜ、サルはおもちゃの蛇を恐れたのかとか、チベットの僧侶は、生まれ変わることができたのかとか…。まだ、整理できてないんだ」
「僕も考えてみるよ。難しいな…」オーウェンが天を仰いで考え始めた。
「難しいって、最高だろ」ティトは、うれしそうに言った。
「ああ、最高だ」二人の天才は握手をして別れた。