1 Fact is stranger than fiction (5)
前回が短かったので 急ぎました
音も無く……気がつけば景色はまた変わっていた。
先ほどの広間もそうだが、ここも負けず劣らず豪華な部屋である。
雪のように白い……大理石であろうと思われる円卓が中央に置かれ、丁度十二の椅子が収められている。
壁には大小様々な剣や槍などの武器、そして盾が掛けられており、部屋のいたるところに鎧が並んでいる。
キョロキョロと辺りを見回していると、四本脚の椅子が駆け足で真横までやってきた。
犬みたいでなんかかわいいな。
ここに座れということだろう。
お姫様抱っこから解放された瞬間である。
「……まさかここに連れてくるとはね」
「ええ……セラ様は一度いらっしゃったことがあるのでは?私は初めてです」
キョロキョロしていたのは私だけではなかった。
……この人達城主じゃないんやろか。
「ここなら誰も入ってこられないだろう。定期的にしか使われないからな。……よし、魔法を解くが、あまり騒ぐなよ」
「分かりました。肝に銘じます」
「……約束はできないけど善処するよ」
セレストが目の前に立ち、私の頭上に手をかざした。
「……解き放て(エッファタ)」
雷が落ちたように一瞬だけ部屋が光に包まれた。
眩しかったので目を閉じたが、特に何も変わらず。
しかし、目の前の二人は目を白黒させ固まったままである。
最初に声を発したのは眼鏡をかけた青年だった。
「……女性だったのですね。その上その髪の色……これはセレスト様の判断が正しかったのかもしれません……あっ」
持ち上げようとして力み過ぎたのか、ガラス部分にヒビが入る。
青年は震える手で眼鏡を外し、服のポケットにしまった。
大丈夫か……この人。
「ちなみに術者と本人以外にはお前はただの毛玉に見えていた」
「なんで毛玉?!」
流石俺様だと言わんばかりのドヤ顔である。
そんなドヤ顔をされる筋合いはない。
思わず肘置きを握りしめる。
そんなもんに変えられてたからこの二人が動物とか生き物とか言ってたんやな。
それは驚くわ。
でも……いつ、どのタイミングで私に魔法をかけたんやろ……。
突如、硬いもの同士がぶつかり合う音がした。
「……お、女だなんて聞いてない」
黄金色の髪の青年はボソリとつぶやいたかと思うと、仰向けにひっくり返った。
その方向は……あかん!
「セラ様ッ」
「……ッ!」
瞬時に椅子から飛び出すように立ち上がり、私は咄嗟に伸ばした両腕で抱きとめ、鎧にぶつかる寸前のところで事なきを得た。
「大丈夫、どこも怪我しているところは無いです。良かった」
「今のは……身体強化魔法ですか?」
「え?」
青年は困惑した表情だ。
聞きなれない言葉に戸惑っているとすかさずセレストのフォローが入る。
「いや、ミコトはこれがデフォルトだ」
「そんな……あり得ません。私が浮遊魔法を発動させるよりも速いだなんて……やはりその容姿に何か……」
「ミコトの場合は空間風気動をよんで次に何が起こるか本能的に察知しているのだろう。
一度こいつが手合わせしているところを見たが……相手の出方を完全に先読みしていた。
つまり、恐ろしく感覚が良いのだろうな。毛色は全く関係ないと思うが」
本人をそっちのけで議論を交わす二人。
言いたいことは何となくわかるのだが……。
めっちゃ専門用語使うやん……。
でもなんとなく聞きづらい。
「何せこの俺が連れてきた人間だからな」
「……」
自分の事のように誇らしげに話すセレスト。
城外や森では迷惑をかけっぱなしだったが今回ばかりはセレストに認められているような気がする。
私、この世界でも誰かの役に立てる事があるんやな。
聞きたいことは山ほどあるけど今は考えてる場合とちゃう!
今私がせなあかん事はーー
「……呼吸は正常……そうや、椅子!……ちょっと来て!」
椅子に対してこちらへ来いだなんて馬鹿げたことを言う日が来るとは、十数年間生きてきて一度もなかったが、案の定、私の声が届いたのだろう、四本の脚を必死に動かしながらこちらにやってきた。
衝撃を与えないようにゆっくりと椅子に青年を座らせる。
足元がふらついてる感じがしてたから予想はしてたけどほんまに気絶するとは……ていうかこの人、私のこと見て倒れたんやんな。
多少なりとも役に立ったとはいえ問題は山積みだ。
この国の事はまだあまり理解できていないが、少なくともこの城にいた人達の中に黒い髪をした人間は一人もいなかった。
どの人も目に鮮やかで色彩豊かなのだ。
セレストが前触れなしに私に魔法をかけていたこと。
兵士たちが異様に恐れおののいていたこと。
そして、たった今、姿を現した時の二人の反応からして。
「やっぱりこの容姿に問題があるんですね」
本来いないはずの人間がいるという時点で問題視されるだろう。
この城に来るまで他の人間の目が無かったので気がつかなかったが、他の世界の人間だということは一目瞭然なのだ。
そうなれば何らかの処分が下されるに違いないーー
と思っていたのだが。
「いえ、違います。貴女様のせいではございません。こうなってしまったので、ここだけの話ですが……セラ様は女性が大変苦手でいらっしゃるのです。近づくだけで貧血、発汗、嘔吐などの症状が現れ……今回に至っては突然すぎてキャパシティオーバーしてしまったのだと思います」
おいたわしい……と、おもむろにハンカチを取り出し目元を拭った。
彼は事実を言っただけなのかもしれないが、それでも私を気遣ってくれたのだろう。
「……なるほど」
「ですからこの城には女性は一人もおりません。召使い(ファタ)の中には女に見える者もおりますが、彼らには性別はありませんので」
「なるほど……あ」
「あっ……!!」
互いに見つめ合ったまま、気まずい空気が流れた。
普通に会話をしていたが、大切な事を見落としていた。
未だ自己紹介はおろか、挨拶さえしていなかったのだ。
「大変失礼致しました。私はこの国の宰相職に就いております、アメトリン ・イムホテプ・ブログラと申します。以後、お見知り置きを」
「私は天中 尊と言います。挨拶もせずにすみません」
深く頭を下げ再び顔を上げると、困った様なかおをしているアメトリン様。
彼は一瞬迷う素振りを見せ、手で口元を覆った。
な、なんや……いったい何を言おうとしてるんや。
沈黙の後、
「では……ミコト様……とお呼びしてもよろしいですか?」
深刻そうな顔で恐る恐る口にするアメトリンさん。
どうやらどちらが名前か分からなかったらしい。
ややこしい人やな……。
「敬称は必要ありません。私はそのような身分の者ではございませんので。むしろこちらが……」
「いえ、その様なことは……!私に敬語は必要ありません。私の事はメトとお呼び下さればよろしいですよ。セラ様も城の者たちもその様に」
「ですが流石に呼び捨てにするわけにはいかないので、メトさん、とお呼びしても良いですか?」
「お前たちは……何故そんなに腰が低いんだ。見ているこっちがイライラするぞ」
私たちの会話に痺れを切らしたセレストが強引に間に入ってきた。
「ミコト、ついでに言っておいてやるがそこでひっくり返ってるのがこの国の王子でセラフィナイト・アーバス・デンドリックだ。覚えておいてやれ」
王子……王様ではないんやな。
ていうか随分な言い様やけどもしかしてセレストがこの国の王様なんやろか。
この人達の位置関係がいまいちわからん。
「そうだミコト、まだ靴がなかったな」
セレストはそう言いながらも既に両腕で私を抱き上げている。
「セレスト様、椅子なら他にもございますが……」
「野暮だな……お前ごときが俺に指図するとは」
「……申し訳ございません」
やれやれと違う椅子に私を座らせる。
刹那、彼をとらえたセレストの眼光が鋭くなった気がした。
……気のせいやろか。
「あのさ、靴とか別に無くても大丈夫やから。ここ室内やし……あっ!!私の足が汚いからか!!」
「はぁあ?……なんでそうなる」
「だってさっき外で裸足やったから」
メトさんがこちらを見つめながら何かに気がついた様にはっと顔をこわばらせる。
「その話し方……やはりミコト様は他国からおいでなのですね……しかしこの世界に“黒を持つ人間”がいるだなんて聞いたことがないですが……ミコト様は人でいらっしゃるのですよね?」
「はい」
ぴちぴちの女子高生です。
「ではあの唄と何か関係があるのでしょうか……セレスト様、何かご存知ではありませんか?」
「……俺にもよくわからないが、これほど魔力量を持つ人間には初めて会った。こいつを野放しにしておけば各地で災害が起こる」
「な、なんやて」
「災害……彼女がそんなものを引き起こすようには見えませんが」
「とにかく!!この国にいる以上、最低限魔力のコントロールくらいはできるようになってもらわねば困る。王都でなくこちらから入ったのもことを急いたからだ」
「はい……それは分かってますけど……具体的にはどうすれば……」
「お前には国立魔法教育学校に入ってもらおう」
「アカデミー…?学校みたいな場所のことですか?」
視線に気づきメトが頷いた。
「国立魔法教育学校には初等部、中等部、高等部があり、魔法を発動させた時、年齢に関係なく初等部から入ることになります。勿論その中でも保有魔力量によってクラス分けがされています。仮にミコト様が入学されるとしたらAクラスでしょうか」
「あるふぁクラス?」
「セラもメトもAクラス出身だ」
「自身で言うのは少し気が引けますが、一般的に優秀な人材を輩出しているクラスと認識されていますね。代表的なところだと魔法薬術師、竜騎士、国家の政治に関わる者は大抵そうです」
「ええっ!!そんなすごそうなクラス入れるわけ無いじゃないですか」
そう言った途端、二人の形相が一変する。
「規格外な上、無自覚とは……散々反射で森をめちゃくちゃにしておいて」
「セレスト様、この件は一旦保留にしてみては如何ですか?セレスト様の仰る様に彼女の魔法が誤って発動した場合、止めることができる教員が果たしているでしょうか」
それに、とメトさんは続けた。
「ミコト様のお人柄はこの少ない時間でも十分把握することができましたが、この国にいらっしゃるとなると身分を登録する手続きをしなければなりません」
「……お前は法律に関しては融通が利かないな」
「当然でございます。それは褒め言葉と受け取っておきます。お一人で……それも他国からいらっしゃったのでしたらさぞかし不安でしょうが、この私に会った以上、ミコト様は何も心配しなくて大丈夫ですよ」
私の両手を取り、にっこり微笑んでくれるメトさん。
とんとん拍子に話が進んでいるが、それはつまりここに置いてくれるということだろう。
正直なところ、安心したのかもしれない。
ここに連れてきてくれたセレストにも、ここにいて良いと居場所を与えてくれたメトさんにも。
でも、何で……?
確かにこの世界のことは何も知らないが、それでもここまでしてもらうには不相応だと思う。
知識を得るためにはここが最適な場所なのかも知れない。
けれどもこの状況に甘んじて、祖父の元へ帰るという目的を忘れそうになった自分に腹が立った。
「そうですね、聞きたいことは沢山あると思いますので、城勤め(ファタ)たちにも良く言い聞かせてミコト様のお世話をしてもらいましょうか……」
「いや、召使い(ファタ)共など信用できん。俺が直接……」
「ちょっと待ってください!!私、そこまで面倒を見てもらうお返しができるか……メトさんやセレストにメリットがある様には思えません」
話が進みそうになって焦った結果、思っていたことがそそのまま口を突いて出てしまった。
「ミコト様……、そこまで深く考えてはおりませんでした。ミコト様に負い目を感じさせてしまったのですね。軽率な発言でした」
メトさんは途端に暗い表情を浮かべる。
「いや、そう言うわけじゃ……」
「しかしながら、ここを離れてミコト様に行く宛がある様には見えませんが?」
「……へ?」
雰囲気が急変し、メトさんから凄まじい圧力を感じる。
……これがセレストがさっき言ってたアウラって奴なんか?!
息がかかるほど間近に迫られ、完全に気圧されていると、どこからか割れていないメガネを取り出し、クイっと正位置にもっていった。
「さらに付け加えますと、黒を持ったままーーその姿のまま国中を歩き回られては国民に混乱を招きます。国を統治する側の者として未然に防げる厄介ごとは無視出来ない性分なのです。それが我々のメリットです」
「……えっと……メトさん?」
「それでもミコト様が出て行かれるというのでしたら……私は実力行使をするほかありません、ですよね?」
立ち上がりざまに眼鏡が怪しく反射し、有無を言わせないプレッシャーがかかる。
これは、気遣ってくれてはるんやんな……?
「あの、よろしければ……ここに、おいてください」
「歓迎しますよ、ミコト様」
満足そうに微笑んだメトさんは先ほどとは打って変わって穏やかだ。
「俺に余計な気をつかうなと何度も言っただろうが」
答えてしまった以上、これからこの二人と……セラフィナイト王子にお世話になるのだろう。
つい数時間前まで見ず知らずの人間にここまで親切にしてくれるなんて。
「あの、何から何までお手数をおかけして……」
申し訳ない、と続けようとして二人と目があう。
とても楽しそうな、いや、喜んでいる様な顔をしていた。
謝罪が欲しいだなんて微塵も感じられない。
これ以上謝っても仕方がない気がする。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
私は椅子から立ち上がり最敬礼をした。
お読みいただきありがとうございます
お話がもう少し進んできたら説明を書こうと思います