閑話 初めての友達?
本編はお休みです
「おばあちゃぁーん、おじいちゃぁーん!ただいまぁー」
ドタドタと女の子にあるまじき音を立てながら、一人の少女が帰宅を知らせた。
その声は家中、いやこの辺り一帯に響き渡っているに違いない。
その背に背負う物は赤いランドセルではなくーー黒いリュックサックで。
もちろん玄関靴は脱ぎっぱなしである。
「このバカモンが!ミコすけ!この部屋に入ってくるんやったらそれなりの格好してこんかい。それと手洗いうがいしてへんやろ!!」
「あっほんまや!ごめんごめん、おじいちゃん」
「ごめんで済んだら警察はいらんのじゃ!!あとこの部屋では師匠って呼べって言うてるやろが!!」
「まだ入ってへんもんね」
「コラ!待たんかい!!」
立ち上がりかけた祖父に、慌ててその場から退散する少女、天中 尊九歳は、学校では“たける”と呼ばれている。
ことの発端は、小学校の入学式に遡る。
***
尊は退屈していた。
ここにいる人間にとって、今日は特別な日かもしれない。
しかしそんな事は彼女にはあまり関係ない。
と、いうよりも関係ないと思いたかったのかもしれない。
目を爛々と輝かせている周りの子供達よりはるかに達観した尊はまるで我関せずという態度である。
そこにはただ居るだけ。傍観者なのだ。
今朝も朝稽古をしてきたあとである。正直、早く帰って一寝入りしたいのだ。
尊にとって“学校”に入るという事はこれまで以上に生活がただただ大変になることを意味していた。
(……苦行の始まりか。なんで他の子みたいに喜べへんのやろ。私はおじいちゃんとおばあちゃんしか知らんしなぁ。やっぱりどっかおかしいんかな。親がいーひんから……)
父兄席には両親が並ぶものだが、尊には祖父母しかいない。
(聞こうにも…なんで切り出せばええかわからんからなあ)
尊が物心ついた頃には、道場があり、畳があり、竹刀があり……祖父と祖母がいて、それが全てだった。武道に精通していた祖父が護身術だと言って、様々な訓練を受けてきた。
尊の周りには見事に同年代の子供は一人もいなかった。
家族構成がおかしいと気がついたのは祖母が読んでくれたおとぎ話を聞いてからだ。
親がいて、子がいる。
そんな当たり前のことを尊は知らなかった。
(それが今更、こんなバスに乗ってまで小学校に通うなんて、思ってへんかったし存在も知らんかったんやけどな……ついこの間まで)
親が同伴で担任にクラスに案内され、渋々顏で与えられた席に座る。
「おはようございます。皆さん、これから一年間よろしくお願いしますね」
教室の一番後ろを一瞥し、いかにも定型な挨拶を笑顔で済ませた担任は、次のステップに進んだ。
「じゃあ先生がお名前を呼んだら、元気にお返事してくださいね。初めてのお友達に、簡単に自己紹介もお願いしますね」
教室にいた子供全員が大きな声で返事をした。
もちろん尊もである。
確かに気分が良いか悪いかと言われれば悪いかもしれないが、礼儀を欠くことは尊の中のプライドに反している。
「相沢 悠馬くん」
「はいっ!」
悠馬と呼ばれた少年は、勢いよく立ったはいいものの、女の子のようにその場でもじもじとしてから、消え入るような声で、よろしくお願いします、と言ってそそくさと座った。
尊は内心何だこいつは、と舌打ちをしたが、気にしては負けだと思い直し次に備えたのだが。
「天中 タケルくん」
「……」
「タケルくん?」
「……タケルくぅーん、先生お返事してほしいな」
結果は悲惨なものだった。
大きな声で返事をしようと吸っていた息が詰まった。
出鼻をくじかれた瞬間である。
まさか、初っ端から名前を間違えられるとは思ってもいなかったのだ。
「……先生、私の名前はミコトです。あと、女です」
「あ、あら……先生ったら、本当にごめんなさいね。ちゃんと確認しなかった私が悪いわ。改めて……あまうち……ミコトさん、ご挨拶お願いします」
「はい、よろしくお願いします」
半ば乱暴に椅子に座り席を引いた。
「じゃあ、次ーー」
その後も順にクラスのメンバーが明らかになっていった。
話している人間の方を向くようにと教えられ、その通りに動いた。
総勢二十七人。それが一学年に二クラスのみという小学校。
スカートを履くことを渋々了解したのは、今朝のことだった。
祖母がどうしても、と言って聞かなかったからだ。
祖父の方は、尊に変な虫が付いたらどうするんだ、などと訳のわからないことを言って、最終的には真っ白なワンピース型の入学式の装いを勧めてきた。
祖父がいつから用意していたのかは尊の知るところではなかったが、相当前から今日の日のために準備していたに違いなかった。
(せやのに男と間違えられるなんて……まあ、そんなに好きちゃうし?スカートなんて)
さらに付け加えると、尊はショートカットだった。それも見た目で判断してしまった要因だろう。
一通り自己紹介が終了し休憩時間になると、親たちは教室から一時引き上げることとなった。
担任も職員室に行くらしかった。
全体の雰囲気としてはまずまずで、話し声もチラホラ聞こえている。
おもむろに少年二人が席を立ち上がった。
そして、ニタニタと品のない笑い方をしながら、尊のーー前の席で足を止めた。
「おい、ゆ・う・まちゃん。さっきの挨拶なんやねんあれ」
「ほんまにお前は変わらんな。そのおかっぱとかほんまウケるわ。女子かよ」
「……こ、これはお母様が」
「はぁ?何言うてんの、お前。あ、わかった。ママに切ってもらったんか、お坊ちゃんやなぁ」
悠馬は顔を強張らせ、身を固くしている。
ただ二人が話しかけにきただけという雰囲気ではなく、感じたことのない陰湿な気配をその身に感じながら、尊は事の成り行きを見守る。
(なんや、この二人……友達なんか?)
「……ほうっておいてください」
「でたぁー!ママのこと呼ぶんやろ、幼稚園でいっつもそうやったもんな。ママぁ〜って泣きながら逃げ回ってさ」
「ま、今日からはママ抜きで仲良くやろうや」
「嫌です!僕はもうお前らの言うことなんか聞かないっ」
抵抗するかのように悠馬は渾身の力を振り絞って肩に回された腕を払いのけた。
その力が思っていたよりも大きかったのか、絡んでいた少年、蓮がよろけた拍子に尊の机の端にぶつかった。
「あ、れ、蓮くん、ごめ……」
「……お前調子乗んなよ」
震えた声で謝ろうとする悠馬を遮り、その胸倉を乱暴に掴む。
いつの間にか様子を伺っていた生徒達が、悲鳴をあげた。
当の悠馬はぎゅっと目を瞑り、衝撃に耐えようと身を固くしたのだったが。
「“友達”に乱暴なことをせんようにってさっき先生に言われたやろ」
振り上げられた蓮の腕は信じられないような力で握り締められていた。
「おい、なんや、お前。邪魔すんなや」
隣に立っていたもう一人の男子、腕を外そうと更に掴んだのだが……ビクともしない。
「正義のヒーロー気取りかよ、気持ち悪っ」
「あっこいつさっき名前間違えられとったやつやん」
「ああ、ほんまや。タケルくぅーんって先生に呼ばれとったやつや。男女やな」
二人組の少年はわざと教師の声真似をして喜んでいる。
(こいつらは、悪意を持ってるんやな。なるほど……初めて見た)
「……好きに呼んだらええけど、取り敢えずこの手は下ろした方がええんちゃうか」
「アホか。お前が先に離せや」
涼介が尊のみぞおちを狙って、殴りかかった。
当たった、という感触も束の間、それが届いていないことを目の当たりにした。
涼介の拳はすっぽりと尊の左手の中に収まっていた。
「先に手ェ出したんはお前やぞ」
「は?何言ってんねんこい……グフッ」
左手で涼介の右手をひねり上げ、お返しにとそっくりそのままパンチをお見舞いすると、当たりどころが良かったのか悪かったのか、涼介はそのまま気絶してしまった。
教室が静まり返り、一部始終を見ていた少年少女達は目が飛び出るほど……仰天していた。
「で、お前、名前なんやっけ。悠馬じゃない方。お前も私に殴りかかるんか?」
「いえ!まさかそんなことは……タケル様」
「お前、ケンカ売ってるやろ」
態度を豹変させた蓮に違和感を感じながらも、立ち尽くしている悠馬に視線を移すと、頬を高揚させていた。
「タケル様……かっこいい」
「……は?」
無意識に漏れたような、そんな言葉だった。
次の瞬間わっとクラス全体が湧き、尊の周りに人だかりが出来あがった。
(なんや?!どうなってるんや?)
「あの、あたし、麗奈って言います。タケル様、よろしくお願いします」
「タケル様……わたし、タケル様の事好きになっちゃった」
「遠目から見ても綺麗な子やなと思っててん……俺の席は遠いけど、仲良くしてほしい」
次々と寄ってくる同い年の子供を前に、どうすれば良いのか分からなくなった。
(ていうか私の名前は……)
「タケルちゃうってば!!」
***
石鹸で手を洗い、うがいを済ませた尊は、本日の宿題……ではなく明日の予習に取り掛かる。
宿題は大抵学校で済ませてから家に帰るのだ。
効率よく稽古をするためである。
とは言っても家で全く鉛筆を触らないというのも嫌だったため、自主的に勉強をする癖がついてしまったのだ。
知らなかったことを学べることが楽しい、というのは尊の性分である。
(あんなに面倒くさいと思ってたのに、通ってみたら慣れるもんやなぁ……友達?らしきものも一応いるんかな。あれ以来みんなにタケルって呼ばれてるけど……)
ファーストコンタクト以後、何故か悠馬と蓮アンド涼介には懐かれ、クラスメイトからは一目置かれる存在になってしまった。
学年は上がったがメンバーはほとんど変わらず、腐れ縁なのか悠馬、蓮、涼介とは同じクラスなのだ。
(初めての友達……やんな。多分)
ガラス張りの木製テーブルの上で鉛筆を弄りながら、祖母の準備したお茶に手を伸ばす。
祖父の道場に通っているのは尊よりも年上が多い。
もともと違う流派の免許皆伝、後継者という人も県を超えて通いに来ており、共に切磋琢磨している。
祖父以外はこの道場ではすべての人間が弟子であり祖父の教え子である。
横のつながりもない事はないが、尊にとって友達と呼べる人間など居りはしなかった。
新しい環境で友達ができた今この時がとても幸せだと感じていた。
「ミコトちゃーん、お勉強終わったらで良いから晩御飯の準備手伝ってや」
「もう終わってるで!今行く」
鉛筆を筆箱にしまい、飲み終わった茶飲みを持って立ち上がる。
尊が異世界に行くまで、あと七年のある日。
読んでいただきありがとうございました。
小学生の名簿表にはふりがながあるはずなのでおかしいですが、お話の都合上( ゜д゜)先生には辛い役でした。
手続きが行き届いてなかったのかも知れませんね笑