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次の日のログイン。昨日買った装備に着替えてから宿の朝食をまた泣きそうになりながら食べ、この日は初日に向かった南の城門ではなく東の城門から草原に出て、その先の森へと向かう。
「ゴブリン、かあ」
昨日街を歩いているとき聞いたことを思い出す。何でも、東の森にはゴブリンというモンスターが 『湧く』 らしいのだ。
FLOでは、狩りの対象として二種類の敵が設定されている、動物とモンスターだ。動物は現実と変わらない存在だ。では、モンスターはどうかと言うと、むしろゲーム的な存在だと言えるだろう。繁殖もするが、基本的にどこかから突然 『湧いて』 出てきて、好んで人間を襲う。そして、倒されると体の一部を残して消滅するそうだ。私たちプレイヤーが倒せば、動物もモンスターもそうなるけれど、ことモンスターに限ってはこの世界の住人でも同じらしい。
「よし、着いた」
森の入り口に着いたので、ゴブリンがいないか目を凝らしながら森に入る。足元は、ここ数日森に入ったプレイヤーたちに踏み固められていて歩きやすいけれど、それはゴブリンにとっても同じだろう。
背後から奇襲を受けないように音にも注意して進むと、左手の方からガサゴソと音がした。
「っ!?」
左を向いて腰を落とし、腕を突き出して待っていると、強烈な匂いと共にそれはやってきた。
腰くらいまでの身長に汚らしい緑褐色の肌に粗末な腰布。額には一本の角と絵に書いたような乱杭歯に、黄色く濁った目。そして、手入れのされていない入れ歯のような、強烈な匂い。思わず顔をしかめ、頭の中で念じる。
(シュート!)
すると、蜃気楼のような力場が突き出した腕から飛び出し、それの肩に当たって吹き飛ばす。
「まずっ!」
慌ててさらに念じると、腕から三発の力場が飛び出し、そのうちの一発がそれの額を撃ち抜き、それは消滅した。
「……ふう」
大きく息をはいて気持ちを切り替える。そして、気がついた。
「あれ?」
体の一部が残っていない。すると、背負っているリュックの重さが微妙に増えていることに気がついた。
「……どういうこと?」
リュックの中を覗くと、畳んで入れておいた初期装備の上に角らしきものがあった。
「……んー?」
アイテムボックスを確認すると、初期装備の三つが埋めている枠の隣に 『ゴブリンの角』 と書かれたアイテムがあった。
「ということは、モンスターを倒すと自動でアイテムボックスの中に素材が入るってことかな?」
だとすると、狩りは非常になるだろう。視界の端のMPバーを見ると、五分の一ほど減っている。あと二体倒したら休憩しよう。そう決めて歩き出す。
その後、何人かのプレイヤーとすれ違いながら、一時間ほどで二体のゴブリンを狩った。時間がかかったのと二体とも一発で倒せたこともあってMPバーは満タンに近いけれど、一応決めておいたことだから倒木に腰掛けて休憩する。
「んー……、効率悪いなあ」
これでは、全然練習にならない。
「でも、これの効果は確認出来るかな?」
そう言って、ある魔術を発動する。
「【虫除けの結界】」
その言葉と同時に、ワサワサと私の周辺の虫が勢い良く私から離れていく音がする。
「気持ち悪っ!」
背筋に冷たいものが走るが、しばらくすると聞こえなくなる。
「あと 【結界術】 で使えるのは 【動物除けの結界】 だけど、この様子だと確認出来ないしなあ」
そうなのだ。この森には 【結界術】 の効果の確認にも来たのだけれど、この森に入ってからまだ動物に遭遇していない。というか、よく考えると鳥の鳴き声も聞いていない。
「でも、良くないなあ」
つぶやいたのは、この森のことだ。エントの特性か、厚い腐葉土がよく水を含んでいるのが感覚的に分かるし、空気も澱んでいない、いい森だ。だけれど、この調子でプレイヤーが歩き回ると、腐葉土が圧縮されて水を吸い取りにくくなったり木々の根っこにダメージが行ったりする。それに、確実に下草は無くなるだろう。だけれど、ウサギの時のような良いアイデアは無い。
「……新しい狩場が見つかることに期待するしかない、のかな?」
力なくそう言った。そのまま五分ほど休憩していると、MPバーが半分ほどになっているのに気がついて慌てて魔術を解除し、【黙想】 をしてMPバーを回復させてから街に向けて歩き出す。
もうすぐ森を出る辺りで、背後から悲鳴が聞こえる。
「何?」
警戒しながら振り返り、腕を突き出すと、嫌な臭いがした。
「ゴブリン? でも、あの悲鳴は……」
多分、プレイヤーのものだろう。でも、あのゴブリンに負けるようなプレイヤーがいるとは思えない。警戒をさらに強めると、奥の方からそいつらはやってきた。
「マズッ!!」
奥からやってきたのは、ゴブリンの集団だった。しかも、さっきまでのとは違ってボロボロの剣や木の棒を持っている。数は五匹程度だろうか。
「いけっ!」
射程に入った辺りで頭を撃ち抜いていく。先頭の一匹がやられるとそいつらは耳障りな鳴き声をあげて駆け寄ってくる。
「くそっ」
私は後ろ向きに走りながら一体、また一体と処理していく。森から出ると同時に、最後の一体を撃ち抜いた。
「……何だったんだ」
息を大きくはいて、私は街に帰った。