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次の日、日課のストレッチをしてからログインすると、そこは宿屋のベッドの上だった。
「うーん」
背伸びしてベッドから出る。現実では背伸びすると手術の跡が痛むので、何気に贅沢かもしれない。
「にしても、ベッド硬いなあ」
病院のベッドと比べると、やっぱり硬い。でも、そんな贅沢は言えない。
「さて、と。じゃあ頑張りますか」
頬を叩いて気合を入れ、宿の食堂に下りる。
「おはようございます」
「はいおはよう」
食堂のおばちゃんに挨拶する。確か朝食はサービスだったはずだ。
「朝食お願いします」
そう言って机に座ると、今いるお客さんが少ないこともあってかすぐに持ってきてくれた。
「はいどうぞ」
出てきたのは、大きな少し黒っぽいパンとお肉と野菜がゴロゴロ入ったスープだった。
「ありがとうございます。では、いただきます」
手を合わせてそう言い、パンをちぎって食べる。
「ああ……」
すると口の中に広がる、ライ麦の風味。噛むたび変化する味と食感に舌が歓喜する。
「お嬢ちゃん、泣くほどおいしかったかい?」
おばちゃんにそう聞かれる。私は今、酷い顔をしているだろう。
「うん、おいしいよ」
私はそのまま、泣きながら食べた。おばちゃんはそれを微笑みながら見ていた。
その後、宿を後にして城門を出る。今日はあまり人がいない平原を適当に進み、青緑色をした一角にたどり着いた。
「本当に青緑色だ」
あまりの鮮やかな青緑色に感動し、しゃがんで葉っぱをちぎる。確かに、オオバコに似た葉っぱだ。
「こいつが他の雑草を駆逐するのか……」
ロンの呟きを思い出す。このアオミドリはこう見えて繁殖力がものすごく強く、そのままだと他の雑草を駆逐してしまうらしい。その分草食動物の好物なので、そう簡単には駆逐しないらしいけれど、昨日のウサギの乱獲のせいでこれから増えそうだそうな。
「じゃあ、やるか」
冒険者リュックを地面に置き、根っこからアオミドリを抜いてはリュックに突っ込んでいく。ひたすら無心で抜き続け、太陽が天井に昇る頃にはカバンが一杯になった。
「よし、と」
一応アイテムボックスを確認すると、二十枠にそれぞれ九十九個のアオミドリが入っているようだった。
「これだけあれば大丈夫かな?」
そうつぶやいてリュックを背負って街に戻り、MAPを開いて薬師ギルドに向かう。狩猟ギルドと魔術師ギルドは街を東西南北に走る大通りの北側にあるが、薬師ギルドは東にあるようだった。
「こっちは初めてくるなあ、というかこの街自体あまり見て回れてないなあ」
衛兵の詰め所は南の大通りにあったから、昨日は南北の大通りしか見て回っていないし、そこにある店もちゃんと見れていない。明日狩猟ギルドに行った後にうろちょろしよう。そう決めておいて壊してしまったドアのことを思い出して気が重くなる。
首を振って嫌な気分を振り払い、広場を右折する。プレイヤーのパーティ募集の声がきこえてくる。そのうち私もこんなことをするのだろうか。そんなことを考えていると、すぐに薬師ギルドについた。薬師ギルドからは、病院みたいな雰囲気が漂っていて少し憂鬱になった。
「失礼しまーす」
そう言いながらドアを開けて中に入ると、まばらな人影のなかにちらほらとダサい服装の人がいた。私も、もうそろそろ服を変えた方が良いだろうか。カウンターの列に並び、しばらく待つと私の番になった。
「いらっしゃいませ。御用はなんでしょうか?」
「はい、アオミドリを薬にする方法を教えてもらえると聞いて来ましたのですが、本当ですか?」
「はい、アオミドリの件ですね。……確かにそうです。左手の三番調薬室に行ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
その言葉に従って進む。リュックの重さに、今更ながら摘みすぎたかと少し後悔した。
「三番調薬室……、ここかな」
三番調薬室とドアに書かれた部屋の前に立ち、ノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
許可が出たので部屋に入り、後ろ手にドアを閉める。部屋には大きな木造のテーブルがあり、その上にすりばちやすりこぎなどがごちゃごちゃと置かれていた。中には三脚もあるけれど、バーナーやアルコールランプらしきものは見当たらない。
「久々の生徒ですね。アオミドリを使った薬、練習ポーションの造り方、で合ってますか?」
耳のとがった金髪の美形の男性はそう尋ねてきた。
「はい、よろしくお願いします」
そう頭を下げる。
「では、始めますが、貴方は異邦人、で合っていますよね?」
「はい」
「では、【生活魔法】 は覚えていますか?」
「……いいえ、覚えていません」
【生活魔法】……ベータテストでは見つかっていなかったはずのスキルだ。一体どんなスキルだろう。
「では、まずはそれを教えましょう」
その言葉に胸が高鳴る。この情報は貴重なものだ。
そのまま教えてもらったけれど、なんかあっさり出来てしまって拍子抜けする。
「こんな簡単なんですか?」
指先に火を灯しながら尋ねる。
「ええ、こんなものです」
あまりに簡単に出来たので、情報が無いに等しい。というか、魔力操作だけで火を再現する感じ、って何だ。まあ、出来てしまったのだけれど。
「これは薬作りでは良く使うので、良く練習しておいてください」
「分かりました」
そのまま練習ポーションの作り方を教えてもらったけれど、やり方自体は非常に簡単だった。用意してもらった乾燥させたアオミドリを十枚分ほど用意し、それを完全に粉末にして二百ミリリットルほどの純水に均一に溶かすだけだった。ただ、アオミドリを乾燥させるのと純水を作るのに生活魔法を使うので、そこは難しかった。それでいて、効果はHP十パーセント回復という良いものだ。
「それで、今更なんですが、講習料っていくらですか?」
非常に今更なことを思い出したので尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「タダですよ」
「タダ、ですか?」
「ええ。ただし、出来たポーションを薬師ギルドに納めるのが条件ですが」
「なるほど」
少し考えてから、床においていたリュックを机の上に置く。
「じゃあ、これ全部ポーションにしても良いですか?」
「え?」
「いやー、教えてもらえると聞いて気合入れて抜いてきたんですが、ちょっと気合い入れすぎたかなと内心困ってたたもので」
そう言うと、男性はしばらくリュックを観察したのち、こう言った。
「この量なら、むしろ買い取り、ということになりますが、よろしいですか?」
「喜んで」
そう私は即答した。
その後、ひたすら練習ポーションを造り続けた。それで十本分だけ木の筒に入れてもらったものをもらった。
「全部で百五十ゴールドになります」
「ありがとうございます」
そう言ってゴールドを受け取ると、手のひらに吸い込まれる。それが不思議でまじまじと見ていると、男性からこう言われた。
「不思議ですか?」
「ん? ええ、確かに不思議です」
「それは魔法の一種ですよ。まあ、細かいことは国家機密らしいですが」
「なるほど」
なるほど、結局そういう設定になっていたのか。まあ、その方が便利だろう。
「今日は色々ありがとうございました」
「はい、こちらこそ」
そう言って薬師ギルドを後にし、昨日泊まった宿に泊まってログアウトした。今日の稼ぎは宿代に届かなかったな、と思ってから壊してしまったドアのことを思い出して、少し憂鬱になった。