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衛兵の詰め所で街中を爆走したこととドアを吹き飛ばしたことについて小一時間ほど怒られた頃には、空はすっかりオレンジ色になっていた。
「はあ」
ため息をつく。胸いっぱいに広がる焼き鳥の匂いが恨めしい。今日は狩りが出来なかったので、収入はなし。おまけに、よく考えたら狩猟ギルドの高そうな扉を壊してしまった。
「いくらするだろうなあ」
絶対修理費を請求される。それを一万ゴールド程度で払いきれるかどうか。
「狩り、って言ってもウサギは駄目だしなあ」
そう言いながら大通りを門に向かって歩く。心なしかダサい服装の人が減って歩きやすい。あちこちの家々から良いにおいがして、胃が動くが、食料品を買う余裕は無い。
「はあ……」
うなだれながら門に向かうと、声をかけられた。
「お、トーレじゃないか」
「あ、どもロンさん」
頭をあげると、そこにはロンがカーキ色の半そでのシャツに茶色の長ズボンといういでたちでいた。
「仕事は終わりですか?」
「ああ、だいぶ前にな。あ、そうそう。あれからすぐに狩猟ギルドの連中が異邦人を止めてくれてな。お陰でウサギは守られた」
「それは良かったです」
そう言って微笑む。本当に良かった。
「多分だが、あんたが何かしてくれたんだろ? ありがと」
そう言ってロンは頭を下げる。
「いえ、原因は私たちのせいなので、当然のことです」
「そうか。それでも、だ。それに、あんたはあいつらとはどこか違って見えるんだ。こう、何と言うか、懐かしい、と言うか親しみやすい、というか」
それを聞いて驚く。もしかしたら、AIの中に私が担当した部位があるせいかもしれないが、それがそういう形で残っているのかもしれない。それは嬉しいことだ。
「そうですか」
「それで、これから用事はあるか?」
「? いえ、ありませんよ」
「良かったら飲まないか? ことの顛末を知りたいし、な」
「未成年なのでお酒は無理ですけど、良いですよ」
そう言うとロンは驚いた顔でこう言った。
「え、嬢ちゃんそれで成人してなかったのか?」
「ええ」
「……まじか。それなら、おごりだな」
「お、ありがとうございます」
お金が無い (予定) 今、それは助かる。
「では、行こうか」
たわいも無い話をしながら酒場に入ると、そこには何人かのおっさんと、私を連行した二人の衛兵がいた。
「あ、さっきの」
「ロン、もしかしてお前が言ってたヤツって、こいつか?」
「あ、ああそうだが、どうした?」
二人組みのうち赤毛のほうがロンに詰め寄る。もうひとりの茶髪のほうは頭を抱えていた。
「俺たち、英雄を連行しちまった」
「はあ!?」
ロンは素っ頓狂な声をあげた。
「まあ、そのあたりについても話しますよ」
私は苦笑しながらそう言うと、ロンは引き下がった。その後、何人かのおっさんが来てから、乾杯をする。
「それでは、新たな街の英雄に」
「「「英雄に」」」
恥ずかしい音頭に顔を赤くしながらグラスをぶつける。私だけリンゴジュースでしまらないが、なんか嬉しい。
「ぷはあ」
一気に半分までジュースを飲み、他のおっさんたちもビールをあおる。そういえば、口から物を摂ったのは久しぶりかもしれない。感動に泣きそうになるけど、しみったれたのは雰囲気に合わない。
「で、どうだったんだ?」
その赤毛の言葉に私は話し出す。こんな大勢の前で話すのは初めてで、恥ずかしくて、おまけに話も短くて簡潔なものだったけれど、それでも真剣に聞いてくれて、おまけに狩猟ギルドのドアを吹っ飛ばした辺りでは爆笑された。
「あははははは、ど、ドアって。しかも女の子が」
「イーッヒッヒッヒ、お、鬼だ。鬼がいる」
「むー。失礼な、ただのエントですよ」
鬼なんて、女の子に言う言葉じゃない。
「はあ、分かってないようだから言うが、ギルドにとってドアってのは看板みたいなもんだ。それを吹っ飛ばしたわけだから、それはギルドに喧嘩を売ったわけだ」
「……マジで?」
そんなに大事とは思わず、血の気が引く。
「いや、その後出てきたスキンヘッドは多分ギルド長のエイブだろう。そいつから報酬の話があるって言われたってことは、多分大丈夫だろう。多分」
「多分って、本当ですか!?」
私は思わず立ち上がる。
「本当だ、多分」
「多分ってなんですかあ!」
そう言うとみんなに爆笑される。
「で、弁償となるといくらくらいするでしょう?」
「さあ? 修理するだけなら一万ゴールドもあれば足りるだろうが、作り変えになってしまったら十万ゴールドで足りるかどうか……」
「あれ、噂では二十万ゴールドって話じゃなかったか」
口々に挙がる値段にどんどん顔が青くなる。
「まあ、報酬に期待しようや」
「……そうですね」
私はロンの言葉に力なくうなずいた。
「そう気落ちするなって。このロンなんて」
「おいばか言うな」
その後、おっさんたちは私を元気付けようと色々な話をした。真面目そうなロンさんが城門に穴を開けた話には爆笑させてもらった。本人は羽合い締めにされていたが。
「アオミドリ、ですか」
「そうそうアオミドリ。葉っぱはオオバコに似ているけど色が濃いアオミドリだから一目見たら分かるはずだ」
「で、それをどうしたら薬になるんですか?」
「さあ? 薬師ギルドに行けば誰でも教えてもらえるって話だぞ?」
「なるほどー」
これで、明日の方針は決まった。
その後、適当なところで解散し、私は酒場の隣の宿に止まってログアウトした。一泊二百ゴールドもした。ゴールドを払うときに手のひらから湧いて出てきたのには驚かされた。
ログアウト後に調べて、ログアウトした瞬間にアバターが消滅するから、別に宿屋に泊まらなくても良いことを知って、私は泣いた。
日間SFランキングを見てると、この作品があってびっくりしました。なかなか嬉しいものですね。
読んでいただきありがとうございます。