4
走る、私は走る。
(もっと、もっと速く!)
走る、心臓が悲鳴を上げ、肺が酸素を求めて喉が汽笛を鳴らす。
(まだだ、まだ速くなる!!)
『スキル 【ダッシュ】 を習得しました』
『スキル 【酸欠耐性】 を習得しました』
『スキル 【自己暗示】 を習得しました』
『スキル……
「うっさい!」
私は叫んで走りながらスキル獲得の通知を切る。少し静かになり、心持ち楽になる。
ダサい格好のやつらが邪魔だが、素早くよけて走り続ける。酸素が切れて視界が白く成りだした頃、ようやく目的の建物にたどり着く。ちょうど閉まるところだったドアに勢い良くぶつかり、そのまま吹き飛ばして中に入り、勢いを殺せずに転がってカウンターに頭をぶつけてようやく止まる。
「っ~~~!!」
痛みで悶絶していると、バタバタと足音がする。
「あの、大丈夫ですか?」
上のほうから女性の声がし、目的を思い出して勢い良く立ち上がる。立ちくらみで倒れそうになる体を、カウンターに勢い良く腕をつくことで支える。
「ギルドの……偉い……ハア、ハア……人に……連絡を」
「あの、紹介状か手紙はお持ちでしょうか?」
その言葉に私は首を振る。
「でしたら、列に並んで、正式な手続きを……」
「このままではウサギが絶滅します!」
言葉をさえぎって叫ぶ。ギルドがなにやらざわつき始めるが、気にせず言葉を続けようとすると、肩を叩かれた。乱暴に振り返ると、ロンと同じ格好をした人が二人いた。
「あのー、署の方までご一緒してもらえますか?」
その程度へでもないが、今はそれどころではない。
「その前に!……説明しないと!」
「説明なら署でも聞けますから」
その言葉と共に、私は両脇をつかまれて引きずられていく。
「ちょ、ちょっと」
「はいはい静かにしててくださいね~」
「少し待て!」
そう威厳のある声がカウンターの向こうから響いた。
「その話、聞かせてもらおうか」
そこには、筋骨隆々なスキンヘッドの大男がいた。
「あ、はい」
衛兵から開放され、微妙に痛む二の腕をさすりながら話し出す。
「あの、今日異邦人が大勢この街にやってきたのは知っていますか?」
「ああ、教会からそう連絡があったしな」
「それで、その人数は把握していますか?」
そう尋ねると、大男はあごに手を当てながら答えた。
「確か、全部で一万人の予定じゃなかったか?」
「そのうち、今までこの街に来た人数は?」
「んー? どうだった?」
そう大男が言うと、今まで私と話をしていたらしい女性が答える。白のシャツに黒のベストと赤のネクタイが映えてかわいい。
「確か、七千人ほどだったと思います」
「だそうだ」
七千人……、もしかしたら、手遅れかもしれない。意識が遠くなりかけるけれど、お腹に力を入れてふんばる。
「そのうちの大部分が街の外の平原でウサギ狩りをしています」
「……はい?」
大男は、何が言われたか分からないといった様子で聞き返した。
「だから、七千人近くが、ウサギを狩ってます!」
しばらく沈黙が降りた後、大男は叫んだ。
「はあ!? 何じゃそりゃ!! 普通街に来るってことは観光か移住のためだろ! なんで初日から狩りなんかしてるんだ!!」
仕方ない、プレイヤーにこの世界の住人《NPC》の常識なんて通用しないのだから。
「……えっと、すみません」
そう言うと、大男は頭を抱えて、「いや、いいんだ」 と言った。
「大丈夫だ、まだ間に合うはずだ。レン、今手が空いてるヤツ全員引き連れて平原に行って狩りをやめるよう言え。ローズ、今日から一週間ウサギの素材の買取は無しだ。ヨハン、薬師ギルドに警告を出して来い。俺は領主と話してくる。いいな、さっさと動け!」
「「「はいっ!!」」」
一斉に狩猟ギルドの人員は動き出した。中には慌てて書類をぶちまけている人もいるが、それはご愛嬌、というものだろう。
「助かった、嬢ちゃん。報酬やら何やらの話は明後日するから、そのとき俺を呼んでくれ」
「分かりました」
正直、報酬なんていらないけれど、ありがたく受け取っておく。
「……もう良いですか?」
そう後ろから声をかけられたので、「はい」 と答えてしまった。
「では、署まで行きましょうか」
「え?」
そうして私は衛兵二人に連行されていった。