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「ふう……」
二十二回目のログイン。私は、朝食もそこそこに温泉に入った。
「はあ……」
やっぱり、温泉は良い。だけれど、そろそろ上がらないと。今日は、道中泊まった村まで移動しないといけないのだから。
「さて、と」
温泉を上がり、生活魔法で雫と火照りをなくして、宿を後にする。
「ご利用、ありがとうございました。また、お越しください」
この宿に来たとき出迎えてくれた女性は、そう頭を下げた。今日は桜の柄の和服で、雰囲気が違って見えた。
「はい。いつかまた、絶対に来ますね」
そう言うと、女性は微笑んだ。
長い坂を下りて、村の間をぬいながら街道を目指す。村の人たちは昨日あれだけ呑んでいたとは思えない元気さで私に手を振っては仕事に向かっていく。この村に来て良かった。本当にそう思う。
村を出て、棚田の間の道を歩いていると、あることを思い出す。
「あ、【スクリーンショット】」
折角課金して手に入れたスキルだというのに、すっかり存在を忘れていた。もったいないことをしたなあ、と思いつつ森との境界で振り返る
「では、【スクリーンショット】」
そう言って念じると、頭の中でカシャッと音がした。
「んー?」
思っていたのと違う。何かこう、カメラみたいなものが出てきてそれで写真を撮るのだと思っていた。それに、この方法だとどこに撮ったものがあるのか分からない。
「……ま、いっか」
全然良くないけれど、そういうことにしておく。まあ、最悪掲示板で探すか質問すれば良いだろう。
なんとなく村に一礼してから街道を進む。
道中は途中でゼンガミで買った大きな饅頭を食べたくらいで特に何も無く、無事村につき、前泊まったのと同じ宿に泊まる。今日の受付はあの女の子だった。にぱー、といった感じの笑顔に癒されながら、割り当てられた部屋に向かう。
「よし、と」
ベッドに腰かけ、【無限収納】 から昨日貰った治癒魔術の一番簡単な魔導書 『治癒魔術入門』 を取り出し、期待と共に開く。
「治癒魔術とは……」
そこから長々と書かれていた前文を要約すると、治癒魔術は怪我や病気などを治す魔術だからヒトの体について知識ではなく感覚的に理解する必要がある、ということらしい。
「どういうこと?」
感覚的に理解する、というところが良く分からないけれど、とりあえず読み進めようとページをめくると、第一章から嫌な予感のする章題がついていた。
「組織について解剖学的解説と魔術的解説、ってことは、生物関係?」
あいにくと、通信の高校は物理選択で生物はやったことがないので、何について語られるのか全く予想がつかないけれど、凄く難しそうな気がした。
「ええっと……」
気を取り直して読み進めるも、一節から読めても意味がいまいち理解出来ない。重層扁平上皮やらアポクリン腺やら、完全に呪文か何かとしか思えない単語とその解説にやたらとリアルな組織を描いた絵で頭が痛くなる。とりあえず、同じ上皮組織でも体内のものと体外のものは違う、ということはかろうじて理解出来た。
「これ医学書の間違いじゃ……」
疑問が確信に変わりかけた頃、ようやく魔術的な解説が入る。
「こっちは、まあ……」
なんとなく理解出来る。上皮組織、つまり体の外と触れる部分は、魔術的に強固な防御がなされている、と。これが俗に魔法防御と呼ばれるもので、普通ならこの働きのお陰で魔術が体内に浸透することは無いけれど、傷が付いたり、病気になったりすると魔法防御が弱くなるから、治癒魔術の効果が発揮される、と。と同時に、治癒魔術の効果で傷や病気が治れば、魔法防御が強くなるので、必要以上に傷や病気が治ることはないそうだ。
「ただし、体組織や器官の感覚的な理解が浅ければ、いびつに治癒され奇形となるので注意されたし、と」
ここでも感覚的に理解しろ、と出てくる。ということは、これは重要なことなのだろう。意味は分からないけれど。
休憩を挟んで二節を読み進めるも、やっぱり始めの方は意味が分からないけれど、勉強にはなる。
「お肌のハリを作るのはコラーゲンなどで上皮組織を支える結合組織、っと」
これは明記されていないけれど、読んだら理解出来た。なんで美容にコラーゲンが重要か分からなかったけれど、これで覚えた。
脱線しながらも、ゆっくりと、少しだけ理解していく。三節に入ったあたりで暗くなってきているのに気が付いて、視界の端の時計を確認する。そろそろ夕食の時間だったので食堂に行く。今日は玄米のご飯にショウガの匂いのする肉と玉ねぎを炒めたものとナスとお揚げの味噌汁だ。今日はお客さんが一杯で、おばちゃんも女の子も忙しそうだ。
「いただきます、と」
早速食べる。まずは、味噌汁をひと口。
「あれ?」
前飲んだ味噌汁と味が違っていて驚く。味噌の味自体は前のより薄めで、出汁もあまり主張してこない。ナスの味はするけれど、あまりナスナスしていなくてむしろ淡白な感じ。お揚げのちょっぴりの脂がいい仕事をしていて、前と違う感じはするけれどとてもおいしい。
「ふふ……」
微笑みながら次の炒め物。ザ・肉って感じのする味付けで、ご飯が進む。微妙に匂いがするから、猪のお肉かな?玉ねぎも良く脂を吸っていて甘くてとろけそう。
「あ、」
ここであることに気が付いて、箸を止める。
「これ……」
調和を考えているんだ。前食べた味噌汁と魚だと、魚が淡白だから味噌汁の味が少し濃くて、今日のは炒め物の味が濃いから味噌汁は薄めに。こんなことを考えて作っているなんて、本当に凄い。
「凄いなあ……」
内心絶賛しながら食べ進めると、あっという間に食べ終わってしまう。
「ごちそうさまでした」
名残惜しいけれど、食べてしまったのだから仕方無い。手を合わせ、部屋に向かう。
その後医学書もどきをなんとか四節まで読んで、ログアウトした。
もう、頭がパンパン。こんなに勉強したのは久しぶりで、甘いものが食べたくなった。そう看護師さんに言うと、「ブドウ糖液の点滴打とうか?」 だって。余分にそんなことしたら死んじゃうから冗談にしてはたちが悪いよ。本当。
お肌のハリについては、主人公の認識では全然足りていませんが、そこは知識の無いなりに理解しようとした、ということで。




