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『スキル 【黙想】 を習得しました』
そういう中性的な声が頭の中に響く。
「お、ということは……」
視界の端のMPバーを見ると、七割くらい無くなっていたものが、徐々に回復していっている。そしてステータスを確認する。
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ステータス
・所持金:10000ゴールド
・種族:エント:レベル1
・種族スキル
【光合成lv1】【簡易鑑定】
・先天性スキル
【知力強化lv3】【魔力感知lv20】【魔力操作lv20】
【結界術lv1】【付与術lv1】【採取lv1】
・後天性スキル
【瞑想lv1】
―――――
「よしっ」
私はガッツポーズをして立ち上がり、そして腕を伸ばして一言唱える。
「【シュート】」
そう唱えると、蜃気楼のような何かが腕から勢い良く飛び出し、十メートルほど進んで霧散した。
「よしっ!」
私は再びガッツポーズする。これでようやく攻撃手段が手に入った。これでようやく狩りに出られる。私はウキウキ気分で鍛錬場を後にし、老人に挨拶して魔術師ギルドから出る。
そのまま大通りを歩いていると、あることを思い出す。
「あ、『プレゼントBOX』 確認してなかった」
ヘルプからプレゼントBOXを開くと、白く光るプレートが現れ、そこにプレゼントの内容が書かれていた。
―――――
プレゼント
・上級ポーション×10
・上級マナポーション×10
・上級スタミナポーション×10
・冒険者リュック
―――――
「しょっぱいなあ」
プレゼントは、あまり良いものではなかった。というか、少なすぎる気がする。ベータテストのときの情報によると上級のポーションならHPを75%回復できるものだ。だけれど、HPやMP、SPは数値ではなくバーで表示されていることもあって使いづらいし、数が少ないせいで余計使いづらい。
「まあ、使う気は無いんだけどね」
そう言って冒険者リュックに意識を集中すると、急に肩に重さを感じ、その後背中に何かが着いた。
「おろ?」
立ち止まって背中に触れると、そこには茶色の分厚い布で出来たリュックがあった。
「装備された、ってことかなあ」
そうつぶやいて、ヘルプを呼び出すと、そこには今まで無かった項目が追加されていた。
「『アイテムボックス』?」
どういうことか考えると、怪しいのは冒険者リュック、と言うことに気がついた。
「ということは、これの効果、ってことかな?」
アイテムボックスを確認すると、二十個分の枠があった。一枠にいくつのアイテムが入るか分からないけれど、まあ大丈夫だろう。
「さてと、じゃあ行きますか」
街の外と中を区切る石造りの門をくぐる。するとそこには、混沌が広がっていた。
「待ちやがれこのウサギ野郎!」
「へへっスライムだ悪かねえや」
「このっ逃げるな!」
「あっそれ私の獲物!!」
「いたぞ、いたぞおおおおお!!」
「……なんだこれ?」
私は思わずつぶやいた。見渡す限りダサい格好の人、人、人で、時々白い何かや緑の光るものが現れるとそこに人が殺到する。
「これは……ひどいな」
私は思わずつぶやいた。確か、FLOでは生態系が完全に再現されてたはずだから、この調子だとこの街周辺の動物は絶滅するだろう。担当さんが目に隈を作って設定したのに、それをこのプレイヤーたちは知らな……いのは当然か。
「このままだと街周辺の生態系が崩れる」
「やっぱりそう思うか?」
つぶやきが聞こえたのか、左のほうから声がした。首だけで見てみると、そこには全身を金属の鎧で包んだおっさんがいた。左手に槍をたずさえている。今この段階でここまで良い装備をそろえられるプレイヤーはいないので、格好からしてこの街の衛兵のNPCだろう。
「あ、どうも」
そう言って頭を下げる。
「こりゃどうも。お前さんも異邦人か?」
「はあ、まあ、そうです」
聞かれた意味が分からずに、そう答える。
「そうか、にしては礼儀正しいな」
「それはありがとうございます」
おっさんの声には少し疲れが混じっていた。
「貴方の名前は?」
「お? ああ、俺はロンだ」
「私はトーレです」
そう言って右手を差し出し、握手する。設定最中の不気味さは無く、仕草ひとつとっても人間臭さがある。良かった、NPCのAIもちゃんと機能しているようだ。
「で、もしかしてですが、昼からずっとこの調子なのですか?」
このゲーム内の時間経過は現実と同じなので、ゲーム開始の十二時から日が傾きだした今までずっとこうだった可能性がある。あまり考えたくないけれど。
「ああ、そうだ。俺はただの衛兵だから何も言えないが、この調子だとウサギを狩っている猟師なんかの生活が成り立たなくなるかもしれない」
「それは……」
私は思わず絶句した。このゲームのウサギは現実のものより繁殖力が強く設定されている。だというのに、たった半日でこの街周辺から絶滅するかもしれないところまで行っているということに。
「おまけに、そうなるとアオミドリを食べる生き物がいなくなるから、この街周辺の薬草なんかも無くなるだろうし、本当、どうすれば良いんだ」
まずい、本当にまずい。薬草はプレイヤーが使うポーションの他に、NPCが怪我や病気をしたときに必要になる。それが無くなると、当然NPCは困るし、そうなった原因を作ったプレイヤーを怨むだろう。プレイヤーよりもNPCのほうが多くいるはずなので、そうなるとプレイヤーは排斥されて、ゲームが出来なくなるかもしれない。
「すまねえ、驚かせちまったな」
「いえ、なんかすみません。でも、確かにこのままだとまずいですね」
「だなあ、一応上司には報告するが、衛兵でどこまで出来るのか……」
困り顔のロンの横で、私は考える。どうすれば良いのかを。
「……ロンさん、異邦人がウサギを狩って得たものって、どこに売りに行きますかね?」
「ん? 多分狩猟ギルドじゃねえか? あそこは動物やモンスターの素材なんかを優先的に買い取ってくれるからなあ」
「……分かりました」
私は、町の中へと歩き出す。
「お、おいどうしたんだ?」
「いえ、事態を打開しに行くだけです」
後ろも振り返らずにそう言って、MAPを開いて私は走り出した。