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「ふー……。いい湯だなー」
アマラは白く濁った湯に浸かりながら大きく息をはいた。辺りには、白い湯気と不快な硫黄臭が漂っている。
「……いいですね、アマラさんは」
私は、その隣にある透明な水風呂の中から恨めしげな声をあげた。隣では、ショゴスが黒い饅頭のように浮いている。
「もう、すねないの、トーレ」
アマラはそう苦笑いする。私たちは、白い浴衣みたいな湯着を着て露天の温泉 (私は水風呂) に浸かっている。ちなみに、ここは黒の塔の施設なので、タダで入っている。やったね。
「……まさか、種族特性に悩まされる日が来るなんて」
違うのだ。初めは、私も温泉に浸かろうとしたんだけど、どういう訳か肌が受け付けなくて、ものすごく不快に感じたので、水風呂に入ることになってしまった。アマラと二人で考えたところ、どうやら私のエントという種族の特性ではないかということになった。なるほど、だから受付の人が私を見て変な顔をしたのかと納得したときにはもう遅かった。
「その割には堪能してない?」
「……まーね」
私は、ふてくされた声をあげる。どういう訳か、ただの水風呂だというのに、ものすごくしっくり来てしまっている。あと一時間くらいは入っておきたいくらいだ。
「……にしても、【生活魔法】 って言うのには驚かされたよ」
「でしょ」
この世界には生活魔法があるので、洗い場が無いのだ。その代わり 『入浴される際は生活魔法で汚れを落としてからお入りください』 という看板があり、アマラがアワアワしていたところで私が生活魔法をかけてあげたら、詰め寄られて生活魔法を教えることになった。アマラも一発で出来て、案の定微妙な顔をしていた。
「というか、トーレにはいつも驚かされるよ」
「そう?」
「そう。シュートの同時行使に始まって魔力操作に生活魔法。極めつけはこの間スライムの進行を止めたし。……本当、すごいよ」
アマラはしみじみと言った。
「まあ、そのほとんどが無意識のうちなのが、なんともいえないんだけどね」
「それでも、すごいよー」
アマラは気の抜けた声で言う。完全にリラックスしているようだ。うらやましい。
「ふー」
空を見上げると、少しの白い雲と綺麗な青空が広がっている。いい天気だ。
「はあー」
ショゴスを抱いて、誰もいないことを良いことに、後頭部をふちに乗せて浮力に任せて体を浮かせる。こんな良い天気なら、水風呂じゃなくてプールの方が良かったかもしれない。
そのまま一時間ほど過ごしたところでショゴスを戻し、与えられた部屋に戻る。現実では長すぎて乾かしにくい髪も生活魔法で一発だった。アマラは、一旦リアルで昼食があるからとログアウトした。
「……良い天気だなあ」
縁側に腰掛けていかにも日本庭園、な庭を見る。なんと、この施設は和風だったのだ。こちらの世界は洋風の建物ばっかりで、現実ではもうずっとベッドの上なのでなんだかなつかしい。
「ずず……」
湯飲みからお茶を飲む。この苦さが小さい頃は苦手だったけれど、今はこれが良い。和風の中でひとり、ローブ姿なのは変な気がするけれど、おおむね良い感じだ。
「さて、どうしよう?」
いい加減満腹度も良い感じで減っている。何か食べようか。その後は、何もせずに過ごそうかな。
部屋を出て、食堂に行く。誰もいない食堂で、おじちゃんに蕎麦を注文して受け取り、すする。蕎麦の味は良く分からないけれど、おいしい。というか、蕎麦ってこんな味がしたんだ。いままでつゆの味で食べるものだと思ってた。若干失礼なことを考えながら、蕎麦を食べる。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様。にしても、エントのお客たあ、珍しいな」
おじちゃんに話しかけられる。暇なのだろうか。まあ、暇なのだろう。
「そうですか?」
「ああ。だって、嬢ちゃん温泉に入れないただろ?」
「……はい」
楽しみにしていたので、とてもくやしい。
「そんな嬢ちゃんに朗報だ。最近、エントも入れる温泉が湧いたそうだぞ」
「本当ですか!?」
私は、思わず体を乗り出す。
「おう! この街を下に出て一本目の東に向かう街道をずーっと海まで行くと、あるそうだ。嬢ちゃんには潮風が不快かもしれんが、なかなか良い感じらしいぞ」
「そうですか。ありがとうございます!」
そうお礼を言って食堂を後にし、受付で湯着を一着買ってから部屋に戻ると、アマラが帰ってきていた。
「おかえりー」
「ただいまー。どこ行ってたの?」
「食堂。お蕎麦食べてた」
「ふーん。で、どうだった?」
その後はアマラと他愛の無い話で盛り上がった後、適当なところでログアウトして現実のベッドの上でひたすらゴロゴロして過ごした。たまにはこんな日があっても良いだろう。




