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「しかし、異邦人の重傷者は二人だけとは、すさまじいの」
ルフは天幕を出ながら言った。
「二人、ですか?」
その後をついていきながら尋ねる。二人、ということは、私の他にもいるのだろう。
「おお。アマラ、と言うエルフじゃ」
私は、その言葉に息を飲んだ。アマラが、重傷を負っている?
「それは本当ですか!?」
私はルフに詰め寄る。あのアマラが、精霊魔法を使いこなしていたアマラが重傷を負ったなんて、信じられない。
「お、おお。そうじゃが、どうした?」
ルフは動揺していた。
「……多分、私の知っている人です」
私は、思わず歯ぎしりした。私の力は、結局足りなかった。その事実が、とてつもなく悔しい。
「なに、重傷と言っても、一週間もすれば治るじゃろうから、大丈夫じゃ」
そう言いながら、ルフはひとつの天幕に入っていく。私は、慌ててその中に入った。その天幕の中も、沢山の人が寝ていたけれど、その中に見知った顔がいた。
「アマラ!」
「トーレ!?」
私が駆け寄ると、アマラは驚いた顔をした。
「大丈夫!?」
「え、ええ大丈夫よ。ちょっと無茶しただけだし」
アマラはそう言って普通に立ち上がる。魔力が乱れているのが気になるけれど、大丈夫なみたいだ。
「嘘を言うな、精霊魔法の使いすぎで内臓にダメージを負っておるくせに」
ルフが呆れたように言う。
「え? 本当?」
アマラは全然そんな風に見えない。
「らしいけれど、食べ物があまり食べられないだけで、他はなんともないの」
アマラは本当に何とも無い、といった様子だ。
(てことは、そういうことかな?)
内臓の感覚の再現度は低いので、あまり自覚は無い、といったところだろう。ただ、ダメージを負ったということは満腹度とかに反映されていると、まあそんな感じだろう。
「でも、安静にしないといけないね」
「そうじゃぞ。全く、二人とも無理をしよって……」
ルフはなぜかアマラに対しても親しげだ。
「あのー、ルフってアマラの知り合いですか?」
「知り合い、と言うかの、単純に勧誘中だっただけじゃ」
「そうなの?」
アマラに尋ねると、アマラはうなずいた。
「ええ、何でも、人手不足、らしいわね」
「……それだけ?」
私は首をかしげた。私の時と対応が全然違う。
「それだけ、って?」
「白の塔とか黒の塔とか……、聞いてない?」
「? どういうこと?」
私は、ため息をはいてルフの方を見る。ルフは、苦笑いしながらうなずいたので、白の塔と黒の塔の関係を説明する。
「えーっと、白の塔、って言うのは国家魔術研究機関っていう国営の機関のことで、国のための研究しかしていなくて、黒の塔は魔術師ギルドのことで、民営の機関で研究を民間に還元してるの。ここまでは良い?」
「え、ええ」
アマラは、急に私が説明しだしたことに混乱しているようだ。
「それで、白の塔と黒の塔で若手魔術師の取り合いが起きていて、今白の塔の方が優勢なの。で、黒の塔は異邦人、私たちプレイヤーの中から優秀な魔術師をスカウトしてどうにかしようとしている、って感じかな」
そこまで言うと、アマラは情報を整理しているのか手を額に当て、大きく息をはいてから言った。
「……いつの間にそんなに情報集めてるのよ。そんな情報掲示板にも出回ってないし……。とりあえず、書き込んでも良い?」
「どうぞ」
これくらい少し調べれば集まる情報だと思っていたのだけれど、違うのかな?
「のお、そのケイジバン、とやらは何じゃ?」
ルフがそう口を挟む。
「異邦人達の間の情報交換ツールみたいなものです」
「なるほど」
ルフはあっさりと納得した。
「それで、その優秀、っていうのはどこで判断しているの?」
「さあ?」
私は首をかしげてルフの方を見る。しばらく見ていると、ルフは観念したように話し出した。
「ワシの場合、体内魔力の流れのスムーズさと魔力伝導率で判断しておる」
「ああ、なるほど」
「?」
私は直感的に納得したけれど、アマラはそうもいかなかったようだ。
「まず、この世界では誰もが魔力を持っていて、体の中で川みたいに流れてるの。それで、その流れがスムーズなほど魔術の行使がしやすいみたい。」
これは、自分の体験からだけれど、特に意識していなかったことだ。
「で、魔力伝導率は……、何て言えば良いだろう? 魔力の使用効率?」
あくまで直感的に理解しただけなので、上手いこと言えなかった。悩んでいると、ルフが助け舟を出してくれた。
「それでの、個人個人によって魔力を魔術に変換する際の効率は千差万別なのじゃ。これを魔力伝導率と言うのじゃ。これは、先天性スキルと種族特性が大きく関わっておることぐらいしか分かっておらん」
「……なるほど」
アマラはちゃんと理解出来たようだ。
「で、これら両方が優秀だったのが、今のところ二人だけなのじゃ。トーレはもう入っておるから良いとして、アマラはどうする?」
「そう言えば、そのローブ……」
アマラは私が着ているローブを見て言った。エンチャント? のお陰か、もう汚れはないけれど、相変わらずダサい。思い出して、今すぐ脱ぎたくなった。
「それで、魔術師ギルドに入れば、何があるの?」
「国の機関に入れなくなる代わりに魔導書読み放題」
「分かった入るわ」
私の言った言葉にアマラはすぐうなずき、ルフと固く握手した。
「お、おお、歓迎しよう」
ルフは困惑しながらも握手した手を軽く振る。
「では、丁度良いから手続きは本部ですることにしようかの」
握手した手を離しながらルフは言った。
「本部、ですか?」
「おお、今回の魔王討伐の報告をしに行かんと行けないのでの。それに、あそこは病気に良く効く温泉が多いからの」
「「温泉!?」」
見事にアマラとハモッた。
「おお。何じゃ、二人との温泉好きか?」
「ええ、それは!」
「はい、大好きです!」
やった、温泉だ。現実ではもう何年も入っていないし、楽しみだ。
「なら、明日朝十時に魔術師ギルドに来ることじゃ。そ……失礼」
ルフは急に懐から何かを取り出して後ろを向いた。
「すまぬ。急用が入ったから、これで失礼する」
「分かりました」
「行ってらっしゃい」
そうしてルフは天幕を後にした。
「……それで、魔術師ギルド本部ってどこにあるのかしら?」
「さあ? ルフって時空魔術師らしいから、魔術で飛ぶんじゃないかな」
「なるほど。で、いつの間に魔術師ギルドに入ってたの?」
「んー? だいぶ前。何か滅茶苦茶騒がれたの。『天才じゃ!』 って。で、魔導書にホイホイされて入ったの」
ダサいローブを無限収納に片付けながら答える。
「やっぱり魔導書は魅力的だものね」
「ええ。あのダサいローブは嫌だけど」
「……私もアレを着ないといけないのかな?」
アマラが嫌そうに言った。
「多分、黒の塔の公式行事だけだと思うよ」
「……なら我慢するか」
アマラはため息をはいた。
「で、温泉ね!」
「どんな所だろうね!」
「広いといいなあ」
その後、二人で温泉の話でしばらく盛り上がった後、街に帰っていつもの宿屋に行った。私の無事な姿を見ておばちゃんが泣き出す、なんてことがあったけれど、それ以外街は平常運転のようだった。
「良かった」
ちゃんと街を守れた。早い時間だったけれど、達成感とともにログアウトした。




