34
次の日の少し遅めのログイン。
目を開けると、白い天幕が目に入った。
「……そうそう」
昨日は、精神的にものすごく疲れたので、救護所に運ばれたらさっさとログアウトしたんだ。
起き上がろうとお腹に力を入れるも、上手いこと力が入らない。
「ん?」
私は、首をかしげながら、視界の端に目をやり、驚愕した。
「HPが、回復していない?」
HPは、三割くらいから増えていなかったし、増える様子もなかった。ついでにSPも半分から増えていない。
「どういうこと?」
こんな現象は聞いたことがない。とりあえず、無限収納から練習ポーションを取り出して飲んでみたけれど、HPは回復しなかった。
「んー?」
どういうことなのか考えるけれど、一向に分からない。
「……そういえば」
思い出したのは、昨日のロンの言葉。
「命まで削らないでも……」
そうだ、確かに彼はそう言っていた。
「もしかして、こういうこと?」
HPが減っていたのではなく、HP上限自体が減っていた。そう考えると辻褄が合う。SPも多分そうなんだろう。
「てことは……」
もう、HPもSPも回復することは無いのだろう。
「……はあー」
深く息をはいてなんとか起き上がる。髪の毛が目にかかって、邪魔だ。それをどけようとすると、おかしなことに気が付いた。
「あれ? 茶色になってる」
昨日まで確かに鮮やかな緑色だった髪の毛が、枯れ葉のような茶色に変化している。頭に手をやって触ってみると、髪の毛は痛んだようにガサガサしているし、生えている葉っぱも枯れていて触った端からパリパリと音を立てて砕けて落ちた。
「はあー」
思わずため息をはいた。自分のこの髪型は結構気に入っていたので、悲しい。ローブに隠れている部分も確認したけれど、ひどい痛み様だ。
「……こっちにリンス、ってあったかな?」
そもそも風呂自体見かけたことがないけれど。まあ、どこかにはあるだろう。周囲を軽く見回すと、野戦病院、といった感じで、人々が簡易な寝台に靴も脱がされずに寝かされている。ここはそんなに重傷ではない人が集められているのか、四肢が欠損しているような人はいない。代わりに、どの人も体のどこかにひどい火傷の跡がケロイドになって残っている。
「よいしょ、っとと」
なんとか立ち上がるも、ふらついてまたベッドに腰掛ける。これでは、とうてい歩けそうに無い。私は、再びベッドに横になる。
そうしていると浮かぶのは、昨日の戦場のことだ。もっと上手く出来たのではないか。あの人たちは無事なのだろうか。なぜルフは最後まで参戦しなかったのだろうか。
「……やめよう」
そんなことは、結局考えても無駄なのだ。頭を軽く振って、思考を変える。今度は、今後のことだ。この状態について調べる必要があるし、それにこんなにガサガサな髪は嫌だからリンスとお風呂を探したい。それに、こんなダサいローブではなく、可愛いローブが欲しい。そういえば、こっちでしばらく何も食べていないから、何か軽めのものが食べたい。そう考えると、結構やりたいことは多い。暇は、なさそうだ。
「とりあえず、」
この状態から脱することが先決かな。だけれど、方法は分からない。うんうんうなっていると、幕をめくる音がして誰かがやってきた。
「ずいぶんと無茶をしたようじゃな、トーレ」
やってきたのは、ルフだった。泣きそうな顔をしているし、髪もボサボサで目の下に隈が出来ている。全く、ひどい状態だ。
「なら参戦してくださいよ」
そう言ってから、後悔する。何のつもりもなしに言ってしまったけれど、これはひどい皮肉だ。案の定、ルフはさらに泣きそうになっている。
「すまぬの。国からの命令で軍勢が壊滅するまでは、手を出せないことになっておるのじゃ」
「それは……すみません」
それはひどい命令だ。ルフは結構お人よしだ。それが手を出せないなんて。さぞくやしかっただろう。私は、言ったことを深く後悔した。
「いや、おぬしが知らぬのも当然のことじゃからな。仕方あるまい。にしても、ひどい有様じゃのう」
ルフは、軽い調子で言った。
「ええ、全くです」
「全く、あの程度の敵に己の魂まで削る馬鹿がどこにおるんじゃ」
ルフは呆れたように言った。そう言われても、勝手に何かが発動したのだから仕方ない。
「何か勝手にそうなっったんですよ」
「勝手に、って……。ふむ、おぬし、何かを強く願わなかったか?」
「え? ええ」
心当たりはある。だけれど、それが何か関係あるのだろうか。
「なるほどのう……。噂には聞いたことがあるが、まさか……」
ルフは、口元に手をあててなにやら考え込んでいる。
「あのー、どうかしたんですか?」
「ん? ああ、恐らく、おぬしの願いに反応して、何らかのスキルが生えたのじゃろう。少し鑑定するが、良いか?」
「良いですよ」
そう許可すると、ルフの目が青白く光る。
「ふむ。恐らくこれじゃな」
ルフは、何かを見つけたのか、満足そうにうなずいた。
「何かありましたか?」
「おお。じゃが、その前に、軽く解説じゃ」
そう言うと、ルフは語りだした。
「スキルの中には、欲望や願いから発生するものが幾つかあると言われておる。代表的なものは、大罪と呼ばれる傲慢、強欲、色欲、憤怒、暴食、嫉妬、怠惰の七つとそれと反する美徳と呼ばれる謙虚、寛大、貞潔、忍耐、節制、慈愛、勤勉の七つじゃ。他にもあるとは言われておるが、それは良く分かっておらん。じゃが、これらのスキルは通常のものより強力での、このスキルを持ったものが一人でも戦場にいると、それだけで勝敗が決すると言われておる。おぬしには、それが生えたのじゃ」
「はあ」
そう言われても、実感がないので理解出来ない。
「おぬしの場合、生えていたのは 【忍耐】 じゃな。あと、聞いたことの無い 【拒絶】 というのもあったから、恐らくそれもじゃ。ただ、それらを使いこなすには力が足りなかったから、魂まで削られたのじゃろう」
「なるほど」
良く分からないけれど、理論は理解出来た。要するに、スキルを使いこなせなかった反動でこうなったらしい。
「じゃが、安心せい。これを飲めば治るぞ」
ルフは、懐から小瓶を取り出し、蓋を開けた。ただ、その中身がいけない。
「何か、虹色なんですけど……」
色が、七色に変化していた。それだけ聞けば綺麗に思えるだろうけど、実際のところ全然調和が取れていなくて、見ているだけで正気度的な何かが削れていく音が聞こえてくるようだった。
「まま、ぐいっと行け」
そう言ってルフは無理やり小瓶を私の口に突っ込む。私は横になっていたままなので、当然中身はそのまま流れ込んできた。
「んんー!?」
熱い。口の中が、ものすごく熱い。舌の感覚は一瞬にしてなくなり、頭がくらくらする。飲めば、大事な何かが無くなってしまう気がするのに、飲み干したいという渇望で胸が一杯になる。一瞬理性と欲望がかち合った後、欲望が勝った。
「あああああああああ!?」
痛い。全身が痛い。肉が溶け、骨が砕け、内臓が沸騰するような激痛とともに、何かが作り変えられていく。駄目だ、これは。私がワタシで無くなる。脳がかき混ぜられ、目がえぐられるような感覚が走る。そして、それらは唐突に終わりを告げた。
「あ……え……?」
終わった途端、力が湧いてきた。今までの倦怠感が嘘のようだ。
「どうやら、成功のようじゃな」
ルフの満足げな声が聞こえる。そして、ルフの持つ膨大な魔力が感覚的に分かった。
「どういうこと、ですか?」
起き上がって尋ねる。
「飲んでもらったのは、『進化薬』 じゃ。これを飲むと、種族としての格が上がるというものなのじゃが、同時に削れた魂を修復する効果もある。まあ、レシピしか分からなかったのじゃが、効果は今立証されたから良し、じゃろう」
ルフはそう言って銀色の板を空中に発生させる。腰まである髪をみると、元よりも鮮やかな、それでいて深みのある緑色になっている。後頭部からは小さな木の枝が生え、そこから生えた葉っぱとともに綺麗な髪飾り (確か、バレッタ、と言ったか) を作っている。他に生えている葉っぱも綺麗な深緑色で、それ一枚だけで森を連想させた。アホ毛みたいにあった葉っぱは相変わらずそこにあるけれど、視界の邪魔にならないところに変わっていた。肌のつやも、以前より増していて、化粧をしていないのに以前より綺麗に見える。
「これは……凄い」
私は、思わずため息をはいた。
「じゃろう」
ルフは、満足げな表情で言った。




