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異なる空の下で  作者: ネムノキ
イベントな三週目

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33

 途中から振り出した雨は、私の体温を奪っていっていた。

「はあ……はあ……」

 私は、最後の壁に飛び乗った。振り返れば、剣や盾を持った兵士達がスライムを叩いている。それでもスライムは止まらず、じりじりと進んで兵士の靴を溶かしていき、ぐずぐずになった地面と混ざる。

「兵隊、下がれ!!」

 エイブの号令がかかるけれど、心なしか疲労の色が伺える。

「はあ……はあ……んく」

 私は、息が切れているのを無視して三本目の上級マナポーションを飲む。私の横を兵士達が泥を撒き散らしながら通り過ぎていく。通り過ぎた後の壁は、わずかに崩れていた。視界の端に現れている数値を確認する。時間は午後二時十八分。昼食を食べられなかったこともあり、満腹度は枯渇し、それからSPバーが半分より増えることがない。

(SPがこんなに減ったのは何気に始めてかも……)

 現実逃避に近い思考をしてから、八割ほどまでMPが回復したのを確認して魔力回復結界を瞬時に張り、魔弾を発射する。ポーションを飲むたび渇水度が回復しているのはわずかな救いだろうか。

 ともかく、状況はあまり良くない。初めは巨大な壁か山脈のように感じられたスライムの大群は、今では小山ほどまで減ったけれど、そこからさらに減る様子は無い。その一方で、私の側にいる魔術師のほとんどが右側の応援に引き抜かれたせいでこちらの人員はすっからかんだ。途中から魔弾を七発同時に撃てるようになったからどうにかもっているものの、その分私の負担は増えているし、それはMPの減少速度に現れている。魔力回復結界がなければ、こんなにもたせられなかっただろう。

 兵士の数も、体感で半分ほどまで減っている。戦いの初めの頃ポーションで回復出来ない深い傷を負った兵士を全員街に送り返してしまったのと、武器が溶かされて無くなってしまったからだ。今では、街に送る余裕も無く、片腕が無い兵士や素手で殴りかかる兵士も多い。素手で殴りかかっている人たちは、なにやら体が光っているから、多分魔術を使っているのだろう。そのほとんどが皮鎧なので、多分プレイヤーだろう。市民兵がそんなことする訳無いという願望も多分に含まれているけれど。足が無い兵士を見かけないのは、多分そのままスライムの波に飲み込まれたからだと思う。

 強く奥歯を噛んで、魔弾を撃つ。悔しくて、怖くて、頭がどうにかなりそうだ。まだ、ショゴスをゴブリンに投げた時のほうが楽だった。あの時は、嫌なら逃げられたから。今は、逃げられない。逃げれば、誰かが死ぬ。腕の断面や体の一部にモザイクがかかった兵士が増えている。年齢制限の規制のお陰だ。無粋かもしれないそれがなければ、今頃私は失神していたかもしれない。血糊には規制が入っていないらしく、血と泥で誰も彼もぐちゃぐちゃだ。そんなひどい光景が背後には広がっている。今だけは、規制に感謝だ。まだ失神していないお陰で、誰かを守れる。私は、本来規制で感じないはずの吐き気を抑えながら、横隔膜を上下させ深い呼吸をする。

「まだ……」

 まだ、足りない。魔弾の威力が足りない。数が足りない。MPの回復量が足りない。力が、守るための力が足りない。

 泣きたい。泣いてその場でうずくまってしまいたいほど、情けない。けれど、それは出来ない。もっと、私に力があれば、こんな悔しい思いはしないで済むのに。

 心の中で涙を流しながら、魔弾を撃つ。まだだ。もっとだ。私は、まだやれる。同時に八発まで撃てるようになった魔弾を叩き込む。

「え……?」

 すると、眼前のスライムの小山が少し下がったように感じた。

「嘘……」

 私は、目の前の光景を信じられないまま、魔弾を叩き込み続ける。確かに、下がっている。

 これなら、やれる。これなら、守れる。私は、歓喜のまま、魔弾を発射し続ける。

 でも、現実はいつも無情だ。

「ぐわああああ!?」

 右の方から悲鳴が聞こえた。

「魔術師隊、百メートル下がれ!」

 エイブの号令が響く。

「くそっ!」

 私は、思わず悪態をつく。敵は、平原を埋め尽くすほどいるのだ。なのに、目の前の敵を少し押せただけで、何喜んでる! 私は、他の魔術師が全員下がるまで魔弾を打ち続け、誰もいなくなってから後ろに向かって走り出す。背後に人は誰もいないのを良いことに、少しでも足止めになるよう後ろに向かって魔弾を適当に発射する。

「あ……」

 すると、衛兵が横を通った。頼もしかったフルプレートメイルも、溶かされたのか所々穴が空いているし、手にする剣もボロボロだ。その衛兵に続いて、ロンや、赤毛、茶髪、他にも見知った顔の衛兵が泥に足を取られながら突撃していく。

「嫌……」

 私は、思わず立ち止まった。今の彼らでは、足止めも出来ないだろう。

「やめて……」

 おまけに、重たいフルプレートメイルとひどい足場のせいで、逃げられないだろうことは目に見えている。それが、どうしてこのタイミングで私の目の前で突撃していくの……?

「あ……」

 ちがう。もう左側には、兵士が誰もいないんだ。彼らは、私を守るために、突撃して行ったんだ。

「ぎゃあああああああああ!」

 背後で悲鳴が聞こえた。

「嫌あああああああああああああああああああああ!!」

 私は、悲鳴を上げながら衛兵たちのところに駆け出す。何かが溶ける嫌な音がする。やめて! もう、これ以上、

「私の目の前で誰も死なないで!!」

 叫んだ瞬間、私の体から魔力が飛び、音がやんだ。

「え?」

 誰かがそう呟いた。

「何だ、これは……?」

 聞いたことのある声が聞こえた。

「どうなってるの?」

 私は、思わずつぶやいた。スライムの群れが、まるで透明な壁にぶつかったかのように止まっている。それに反して、私から魔力が流れ続け、MPは急激に減少し、それでも足りないのかHPまで減少しだす。私は、強い倦怠感を覚えながら衛兵の元に駆け寄った。

「みなさん、下がってください!」

「お、おう。だが、これは?」

 ロンが言った。

「分かりません」

 そんなの、私にも分からない。

「でも、今のう……」

 その瞬間、足に力が入らなくなり、思わず座り込んだ。呼吸がしづらい。視界の端に目をやると、HPは半分を切り、SPは枯渇していた。

「分かった。行くぞ!」

 ロンはそう言うと、赤毛と二人で私を担いで走りだす。

「ちょ……」

 抗議しようとするけれど、息があがって上手くいえないし、強く揺られているせいで舌が回らない。ただ、横向きの視界の中では、兵士達が魔術師のいる所まで走っていっていた。そうしている間にもHPはどんどん減り、三割ほどになったところで地面に転がされ、泥が顔にかかった。

「ち、ちょっと……乱暴……はあ……です」

 なんとか抗議して、地面に座る。地面から水が上がってきて、ひんやりして気持ち良い。

「緊急なんだから、許してくれ」

 ロンも座り込んでいた。赤毛は、仰向けになっている。

「そう……ですね」

 私は無理やり息を整えるように無限収納からガラスの小瓶を取り出し、その中身を飲み干す。フードが脱げ、雨で頬が濡れる。MPが回復した端から減りだし、HPの減りが緩やかになる。

「えーっと、どうすれば……」

 私は、どうやってこの減少を止めるのか考える。

「とりあえず、解除!」

 半ば強引に魔力の流れを切った。

「痛っ!?」

 すると、肉がえぐれたような痛みが胸に走り、スライムが勢い良くこちらにやってくる。

「っくない!!」

 私は、そう強がって魔弾を発射する。この程度の痛み、何度も味わってきたじゃないか。それに、痛いだけで、実際にえぐれた訳じゃない。私は、まだ戦える。

「いっけええええ!!」

 叫びながら、魔弾を撃ち続ける。立ち上がる余裕なんて、ない。

「お、おい嬢ちゃん、あまり無茶はするな」

 ロンがなにやら言っている。

「今は、無茶する時です!」

 私は、取り合わずに魔弾を撃つ。

「でも、嬢ちゃん……葉っぱが……」

「え?」

 はらりと、頭から葉っぱが落ちた。

「命まで削らないでも……」

 HPは、言ってみれば生命力だ。それが減る、ということはこの世界の住人からすれば命を削っていることになる。私は、瞬時に理解し、そして苦笑した。

「私は、異邦人ですから、この程度なんともありませんよ」

「でも……」

 ロンは、それきり口をつぐんだ。私は、それに満足しながら、魔弾を撃った。

 撃って撃って撃ちまくって、MPが無くなりそうになって慌ててマナポーションを飲んで、そしてまた撃って。もう、時間の感覚が分からなくなった頃、スライムの勢いが急に落ちた。

「な……に…………」

 まともにしゃべる体力は、無かった。

「魔王の討伐が終わったぞ!」

 エイブの声だ。

「本……当……?」

 それは、希望だった。それでも油断せず、魔弾を打ち続けていると、さらに声が響いた。

「援軍がやってきたぞ!」

 今更、遅い。内心で悪態をついていると、隣に人が立った。

「ここからは私が変わります」

 誰か良く見えないけれど、私は、その言葉に安心した。

「分かりました」

 私は、魔弾を撃つのをやめ、肩から力を抜いた。瞬間、後ろに倒れそうになり、固い何かに支えられた。

「よく頑張ったな」

「うん」

 ロンの言葉に、私は全体重を預ける。隣に立った人物は、小っ恥ずかしい台詞をはきながら魔術を放っている。その光景に不安になるけれど、さらに人がやってきたのを見て安心する。

「ロンさん」

「何だ?」

「もう歩けないので、運んでもらっても良いですか?」

「それくらい、お安い御用だ」

 ロンは苦笑した。


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