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ログインすると、顔が枕に埋もれていた。現実ではしばらくやっていない体勢なので、新鮮に感じる。起き上がり、軽く伸びをすると、狭い仮眠室のドアが開かれた。
「おお、トーレ、もう来ていたか」
そうルフが言った。何かニュアンスがおかしく感じたが、気のせいだろう。
「はい」
「ちょうど良かった。魔王の件じゃがな、少し想定外のことが起こってな、あと数時間もすればこの街に着くじゃろう」
「はあっ!?」
それは明らかに異常だ。ナメクジくらいの移動速度しかないスライムが、街から二日の距離からどうして一晩で街に迫っているのだ?
「……どういうことですか?」
思わず怒鳴りそうになったのをこらえて尋ねる。
「街に着く、とは言っても魔王本体ではない。その支配下のスライム達じゃ」
ますます訳が分からなくなった。支配下のスライム、とは言っても支配下になるのは草原に湧いていたスライム達であって、特別足が速い訳ではないだろう。
「どうやら、魔王が 【召喚】 か 【増殖】 のスキル持ちだったらしくての。あいつら、無限に沸いてこっちに流れて来よる」
その光景を想像して、私は不謹慎にも噴き出しそうになった。スライムが流れて来るなんて、
「まるで川みたいですね」
「そうも言ってられんぞ」
それはそうだろう。それほどのスライムの群れなど、どうやって倒したら良いのか検討もつかない。
「それくらい分かります。とりあえず、魔弾は使っていきますね」
そう言って立ち上がり、ルフと共にエントランスまで向かう。
「おう、どんどん使っていけ。とりあえず、黒の塔の精鋭数名で魔王を偵察しよるから、すぐに魔王のスキルも判明するじゃろう」
「なぜ今まで偵察しなかったんですか?」
偵察してスキルが判明するなら、なぜ今までしていなかったのか気になった。
「それもこれも、あのくそ領主が鑑定スキル持ちの人員の派遣を拒否しておるからじゃ。今偵察に行っておるのも、異邦人の鑑定持ちが運良く協力してくれたからこそ出来ておるし、本当あの領主首にならんかの」
ルフの声には諦めと憤りが混ざっていた。
「……そんなにひどいんですか」
この街の領主のことは良く分からないけれど、そんなにひどいのだろうか。
「ああ、それは酷い。税は他の街と比べて高いし、そのくせ領主の用途不明金が多いし、行政は全てギルド連合に放り投げておるし、いつも無駄な命令ばかりして衛兵や民を困らせ、おまけにビビリで馬鹿ときた。あやつは本物の無能じゃ。じゃが、高貴な血筋じゃから邪険に出来んしの。どうしたものだか」
そう言ってルフは首を振る。
「その割にはこの街って活気がありますよね?」
結構この街を歩き回ってみたけれど、スラムや浮浪者もいないし、結構活気があるように感じられた。
「それはの、行政をギルド連合がやっておるからじゃ。そのせいでワシらにストレスはかかるが、民を困窮させるような自体にはなっとらんのが救いじゃな」
なるほど。無能すぎて行政を民間に放り投げたから、まだ何とかなっている、と。
「さっきから出てくるギルド連合、って何ですか?」
「それはの、この街を代表するギルドである薬師、鍛冶、狩猟、農業、商業、魔術の六つのギルドから成る議会みたいなもんじゃ。民意の代表者としてどの街にもあるんじゃが、本来行政なぞやらん組織じゃ。それが、どうして……こうなったのか……」
ルフはこれでも魔術師ギルドのギルド長だから、結構苦労しているのだろう。その割にはカウンターで良く見かけるけれど。
「お陰でこのギルドに常駐するはずの職員もそっちにかかりきりで、全然黒の塔としての活動が出来ん」
「それは……」
それは壊滅的だ。そのせいでこのギルドには人がいなかったのか、と疑問が解決したものの、全然良くない。
「……今回の魔王討伐の報酬に領主の罷免でも請求してみたらどうですか」
「それは名案じゃな!」
そう言ったルフの顔は生き生きしていた。私個人としては、そんな案通らないと思うけれど、まあ駄目で元々だろう。
そしてカウンターのあるエントランスに着くと、一人の子供くらいの背の黒ローブがルフの元にやってきた。
「報告があります」
顔はフードで隠れて見えないけれど、声からして女の子だろう。というか何でこの黒ローブを着ている人は顔を見せたがらないのだろう。やっぱりはずかしいのかな?
「聞こう」
「魔王の鑑定が終わりました」
その言葉に、私はつばを飲み込んだ。魔王のスキルによっては、街を守るのは困難だろう。まあ、最終ルフがどうにかする気がしないでもないけれど。
「保有スキルは、先天性スキルは【同族召喚lv52】【統率lv40】【毒無効】【物理攻撃無効】【衝撃耐性lv83】、後天性スキルは【MP回復速度上昇lv20】【敏捷強化lv7】【強酸lv30】、以上です」
どう考えてもこんな序盤で出てくるボスじゃない。私は思わず息をのんだ。
「うむ、ご苦労。まあ、平均的な魔王、というところじゃな」
ルフの発言に、私はさらに絶句した。そんなに強そうなのに、これで平均的とか、ふざけて言っていると思いたいくらいだ。だけれども、声色からして本当なのだろう。ということは、今後これより強い魔王が出てくる、ということだ。
(そのことは後から考えよう)
私は、頭をふって思考を切り替えた。
「先天性スキルに耐性が多いから、恐らく討伐途中に魔術耐性が生えてくるじゃろう。討伐隊には、己の持つ最大火力以外使用しないよう言っておけ」
「分かりました」
黒ローブは返事をしてどこかに走っていった。
「一応ワシも後詰で出ることにしようかの」
ルフの言葉は、心強いものだった。
「では、とりあえずこれを」
そう言ってルフが無限収納から取り出したのは、ガラスの小瓶に入れられた青い液体だ。ここ数日で見慣れたものと似ているけれど、感じる力はそれよりはるかに強いものだった。
「マナポーション、ですか?」
受け取りながら尋ねる。
「そうじゃ。しかも上級の、な」
その言葉に私は硬直する。確か、だいぶ前この町をぶらついた時に見たものと同じなら、一個で十万ゴールドもする。それが、十本もある。
「なに、気にするな。黒の塔で今回の討伐に参加するものには同じ数だけ配っておる。それに余ったら自分のものにしても良いぞ」
黒の塔の財力の一端を垣間見た気がする。私は、感謝しながら小瓶を無限収納に入れ、ついでに胡散臭い黒のローブを取り出した。
「では、行こうかの」
「はい!」
私は、ローブを着ながらルフについて魔術師ギルドを後にした。




