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異なる空の下で  作者: ネムノキ
イベントな三週目

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 かなりゆっくり食べたので、喫茶店を出る頃には太陽が天上に上がっていた。薄く雲がかかっていて、とてもすごしやすい日当たりだ。少し風が吹いているのも気持ち良い。

「さて……」

 何をしようか。今日は特に考えていないし、やりたいこともない。何もせずにただ街をぶらぶらするのも良いかもしれない。だけれど、イベントが迫っているというのに、何もしない、というのは時間の無駄みたいで嫌だ。

「とりあえず、魔術師ギルドに行くか」

 あそこなら、イベント関連で何かあったら連絡が入るだろう。ならばと大通りを北に歩く。

 今日も周囲に誰もいない魔術師ギルドの重いドアを開け、中に入ると、そこには誰もいなかった。

「すみませーん」

 そう声をかけるも、返事が無い。少し無防備すぎる気がするけど、カウンターの向こうに書類は見当たらないので、まだまし、なのかな?

「すみませーん!」

 今度は大きな声でいう。すると、カウンターの向こうのだいぶ奥からドタバタと足音が聞こえてきた。

「おお、おぬしか」

 足音の主は、案の定ルフだった。人手が足りてないのだろうか?

「はい。南の平原の魔王発生の件で、何か進展が無いか聞きにきました」

「その件か。それなら、ちょうど連絡が入ったところじゃ。ついさっき、魔王の発生が確認されたのじゃ」

「本当ですか!?」

 それが本当なら、こんな所で油を売っている暇なんてない。

「まあ、落ち着け。街から二日の距離に湧いたようじゃから、今から出るより迎え撃つ準備をした方が良いじゃろ」

 ルフの言うとおりだ。こちらから攻撃しに行くよりも、来るのを待ち構えた方が良いだろう。ただ、あることが気になった。

「……あの、その方向には村、とかあるんですか?」

「ん? 無いぞ。幸運なことに、な」

「それは良かった」

 本当に良かった。私は、ほっと一息つく。

「一応、他のギルドや街のお偉い方には連絡しておいたから、今頃迎え撃つ準備でもしとるじゃろう」

「その割に、あまり騒がしくなかったですよ?」

 準備をしている割には、街は騒がしくなかったし、魔王という『天災』が発生したにしては街は平穏そのものだったように感じる。

「それはその連絡が終わったのがついさっきだったからじゃ」

 ということは、これから騒がしくなるのだろう。

「じゃあ、迎え撃つのは二日後、ですか」

 それまでに私も準備を整える必要がある。とは言っても何をすれば良いのか分からないのだけれど。

「そうなるの。じゃが、もしその戦闘に参加するなら、その時にはこれを着て欲しい」

 ルフはそう言うと、虚空に黒い渦を生み出し、そこに手を入れ、そこからあるものを取り出した。

「……本気、ですか?」

 それは、ルフや魔術師ギルドにいた人が着ている胡散臭い黒のローブだった。

「本気じゃ」

 ルフは、真面目な表情で言った。

「でも……」

 正直に言って、こんなの着たくない。胡散臭いし、ダサいし、可愛くない。今着ているカーキ色の上下も可愛くはないけれど、動きやすい。なのにこのローブはそれすら無さそうだ。

「一応言っておくが、この服は自動修復、自動洗浄、動き阻害防止に環境適応のエンチャントが施された一級品じゃぞ? それに、これは黒の塔の制服でもある。宣伝のためにも、当日は黒の塔のメンバー全員に着てもらうし、配置にも関わってくるから、嫌でも着てもらうぞ」

 何その無駄な高性能。でも、これが制服、と言うのはセンスが悪すぎるだろう。もしかして、このローブのせいで黒の塔に入りたがる人が少ないんじゃ、なんて関係の無いことを考える。

「……分かりました」

 私がしぶしぶうなずくと、ルフは満足そうにうなずいた。

(まあ、黒の塔の実力が分かるからむしろいっか)

 そう前向きに考えることにする。

「で、準備、って、具体的に何をしているんですか?」

 そう肝心なことを尋ねる。

「ま、準備と言っても街から一時間の距離辺りから低めの壁を作るだけじゃ。そのために何人も黒の塔の人員を派遣したから、今日中にも終わるであろう」

「堀や落とし穴は作らないのですか?」

 野戦陣地、と言うと塹壕や堀、落とし穴は基本な気がするので、そう尋ねた。

「一応作るが、スライム相手には効果が薄いし、後始末が面倒臭くなるからの」

「なるほど」

 スライムは衝撃に強いから、あまり効果がないのだろう。

「それで、こちらの人員はどんな感じですか?」

「前線に出るのは、現時点で衛兵から二百人と黒の塔から四十人は確定しておる。市民兵も五百人は集まっておるし、ここからさらに集まるじゃろう。一応、異邦人の義勇兵も狩猟ギルドで募る予定じゃし、まあ大丈夫じゃろう」

 黒の塔の四十人の中には私も含まれているのだろう。

「でも、その中で何人が魔術を使えるのでしょうか?」

 重要なのはそこだ。スライムは物理攻撃に耐性を持っている。だけれど、プレイヤーの大部分は物理攻撃主体のスキル構成らしいし、おそらく市民兵も同じだろう。だったら、足止めにはなるだろうけれど、魔王に止めをさすことは出来ない。

「まあ、三分の一もおれば上等じゃし、魔王は黒の塔の精鋭が倒すから、安心して雑魚を相手しといてくれ」

 魔王を倒せる、ということは相当の実力者なのだろう。そして、暗に私はまだ魔王を倒せない、とも言われているように感じた。まあ、まだFLOを初めて三週目なのだから、当然だろうけれど、少し悔しい。

「まあ、スライム狩りは慣れているので任せてください」

「それは良かった。で、これから暇か?」

 ルフは疲れた笑みを浮かべて言った。

「ええ、まあ……」

 頭の中で警報が鳴る。警戒しながらそう答えると、ルフは嬉しそうに言った。

「なら、練習マナポーション作りを手伝ってくれんか?」

「……ああ、なるほど」

 どういう訳か、ルフは魔王討伐に出たがらないので、後方支援に回ることにしたものの、作る量が多すぎて疲れているのだろう。マナポーション作りは精神的に疲れるので、いい加減限界が来ているのかもしれない。

「ええ、良いですよ」

 ここからが地獄の始まりだった。調薬室に山積みになっているアオミドリとスライムゼリーをひたすら練習マナポーションにしていく。ルフと二人だけで、他に作業する人はいないので、しゃべる余裕は当然無い。レベルが上がったせいか練習マナポーションを作るのに必要なMPの量が作業時間あたりの回復量よりも少ないので立ちっぱなしでひたすら作り続け、休憩する暇はない。精神的な何かが削れる音を聞きながら作業していると、途中で手が足りなくなってショゴスにアオミドリを二十枚ごとの山にしてもらいながら作業を続け、やっとアオミドリが無くなるかと思えば黒ローブ姿の集団が山ほどアオミドリを持ってきた。そのときは思わず渇いた笑いが出たほどだった。

 結局この日は宿屋に帰る精神的な余裕が無くなり、魔術師ギルドの仮眠室で倒れこむようにログアウトした。


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