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十五回目のログイン。朝のお風呂に癒されて、気力を取り戻してからのログインになったので、宿の朝食は今日は無かった。代わりの朝食を何にしようか、街をぶらつく。
「何か軽いものが良いなあ」
出来るだけ軽めのものが食べたい気分だ。少し食堂を覗いてみたけれど、唐揚げやカツ丼など重めのものだったので、やめておく。
「うーん……」
喫茶店でサンドイッチとかにしよう。そう思ってこの間父と入った喫茶店に入る。
「いらっしゃいま……せ」
店長は一瞬嬉しそうに笑顔を浮かべたのち、もとの微笑に戻って挨拶した。
「どうも、この間はお世話になりました。ありがとうございます」
この間の礼をまだしていなかったことを思い出したので、そう感謝する。
「いえいえ、こちらこそお陰さまで注目を集めることが出来ました。こちらこそ、ありがとうございます」
注目、というのは半神がやってきた、ということについてだろう。店内も、食事時でないにも関わらずかなりの人の入りなので、良い宣伝になったようだ。
「そう言って頂けると幸いです」
私は、カウンターの空いている席に隣の黄色の狐耳の女性に会釈してから座る。
「さて、何食べようかな? あ、とりあえずブラックで」
「かしこまりました」
何を食べようか考えていると、狐耳の女性の下に黄色くて焦げ目のある丸くて甘い匂いのするものが出された。
「あ……」
昔、父が良く作ってくれたものとは形が違うけれど、間違いない。
「すみません、フレンチトーストください」
コーヒーを出してくれた店長にそう言う。すると、店長は奥に行く。しばらく待っていると、奥の方から甘い匂いが漂ってきた。それが不思議と、コーヒーの匂いと合う。
「お待たせしました」
その言葉と共に出された三つの小さなフレンチトーストは、金色に輝いて見えた。
「いただきます」
ナイフでその中のひとつを四等分にし、フォークで口に運ぶ。
「んー!」
まず、口の中に広がったのは、砂糖とバターの甘み。下手をすれば下品になってしまうのに、まさにベストと言った感じのちょうど良い甘さだ。それをミルクの優しさと卵の温かさが包み込んでいる。そして、噛むたびにねっとりとした食感とともにそれらが口の中に広がる。
「ふー」
ゆっくり味わうように食べ、飲み込んでから大きく息をはく。口の中がまだ甘いので、コーヒーを口に含んでリセットする。何気に贅沢な飲み方してる。その事実に苦笑して、もう一口。小さい欠片の中でも、微妙に食感が違うのが面白い。
「けど……」
確かにおいしい。間違いなく絶品だ。だけれども、
「違う」
違うのだ、父が作ってくれたものと。あれからはこんなにバターの香りがしなかったし、砂糖も多くてかなり甘かった。だけれど、父の笑顔と共に出されたフレンチトーストは、こんな贅沢なものよりもはるかにご馳走だった。
「お客様、どうなさいましたか?」
「え……?」
気付いたら、涙が出ていた。
「何かご都合の悪いことでも……」
「いえ、違うんです」
もう、あのフレンチトーストを食べることは出来ない。
「ただ、何と言うか……昔食べたものと被りまして」
「そうですか」
「ええ。でも、こんなにおいしくなかったんです」
そう、こんなにおいしくなかったのだ。
「砂糖は入れすぎてるし油はマーガリンでほとんど香りがないし、おまけに焼きすぎて焦げちゃってる。……なのに、それを笑顔で出してくるんですよ。『ほら、出来たぞ』、って……」
店長は、何も言わず黙って聞いている。
「……もう一度、食べたいなあ」
でも、それは叶わない。もう、現実の私は食事をすることが出来ない。ゲームの中でまでこんなことを突きつけられるとは思っていなかった。
「……そのフレンチトーストを作った人とは今でも会えるんですか?」
店長は、重い口を開いた。
「はい」
「その方は今でも元気ですか?」
「はい」
父は毎日元気に働いている。お陰で少しさびしいくらいだ。
「なら、また作ってもらえば良いのではないですか?」
店長は、何でもない、といった感じで言った。
「……え?」
私は、何を言われたか一瞬理解出来なかった。
「貴女の都合は分かりませんが、また会えるなら、そう頼めば良いと思います」
「でも……」
FLOの中の私は元気だけれど、現実の私は機械の力を借りなければ生きていられない状態だ。そう父に頼んだところで、無駄になるだけだ。
「貴女はまだ若い。後悔しないうちに行動したほうが良いと思いますよ」
その言葉には、不思議な重みがあった。
(そっか……)
店長ほど生きていれば、後悔することも沢山あったのだろう。だから、こんなに心配してくれているのだろう。
(NPCなのに、本当に人間みたい)
良く考えると、店長はゲームの中の存在なのに、本当に人間みたいだ。そう考えたところで、あることを思いついた。
(FLOの中で作ってもらえば良いんじゃ……)
その案に、私ははっとした。FLOの再現度なら、FLOの中で父に作ってもらえば、またあのフレンチトーストを食べることが出来るだろう。
「ありがとう、店長!」
そう言って私は残りのフレンチトーストを口にした。店長は、微笑を浮かべていた。




