プロローグ
とりあえず、初めの何話かは連日投稿しますが、その後は週一投稿になると思います
点滴がポツポツと落ちるのを何とはなしに眺める。その向うの窓の外に見える空は、暗い曇天だった。それもそうだろう。もうすぐ春が終わるとはいえ、十八時にもなればこんなものだ。ため息をはいて、視線を真っ白な天井を汚すカーテンレールへ向ける。蛍光灯の寿命が近いのかジリジリと点滅していて、目がしんどくなったのでまた視線を点滴に戻した。
「すまない、桜。遅くなった」
そうしていると、ようやく待ち人が息を切らせてやってきた。
「遅いよ、お父さん」
「急に外せない仕事が入ったせいで、連絡入れる暇も無かったんだ。本当にすまない」
そう言いながら、父はネクタイをゆるめながらベッドの横の丸椅子に腰掛けた。どこにでもいそうな中年のくせに、これでもネクストフューチャーテクノロジーとかいう会社の副社長なので、そういうこともあるだろう。
「ふーん……。なら仕方ないか。で、今日は何の用事で来たの?」
「どうしてそう思う? ただお前に会いたかっただけかもしれないじゃないか?」
そう父は額をハンカチで拭きながら言った。
「いや、だって面会はいつも日曜日でそれが昨日だったのに、今朝急に 「昼頃来る」 とか連絡入れてきたし、なら何かあったか用事が出来たかのどっちかだと思って。そのくせ遅れて来たんだけどね」
「……本当にすまなかった」
父は居心地悪そうにしているが、それくらい当然だ。お陰でこっちは午後何も出来なかったのだから。
「ま、いいや。で、何なの?」
「あ、ああ。それなんだがな、ついに出来たんだ、アレが」
その父の言葉に、私は歓喜した。
「アレって、あれ!?」
アレとは、私も開発に参加している特別なゲームのことだ。もう五年も前から付き合っているものなので、本当に出来るのか危惧していたが、無事出来たようでなによりだ。
「で、名前は結局どうなったの?」
「それは予定通り 『Fantasic Lives Online』 通称はFLOだ」
「ふーん。当然と言えば当然だけど、無難な感じがして面白くないね」
そう言うと、父は苦笑して、
「無難なのが一番だよ」
と言った。
「でも、これでようやくファンタジーのVRMMOを作れたんだね」
そうなのだ。開発していたのは、ファンタジーモノのヴァーチャルリアリティのゲームだ。それも、ハードであるヘッドギアが二万円とかのちゃちな廉価版のものではなく、十万円以上する本物用のもののだ。まあ、私が使っているものなんて百万円以上する特注製だから、世間一般でいう本物もちゃちく感じてしまうのだけれど。
ともかく、これでようやく父との約束が果たされることになる訳だ。
「ああ。これからオープンベータテストだが、ここまで来るとどう転んでも止まれないからな」
「まあ、開発者側だからベータには参加できないのが残念だけれどね」
そう言うと、父も残念そうにうなずいた。
「まあ、それは仕方が無いが、製品版は第一弾のものをプレゼントできそうだ」
「それはいいね!」
父の言葉に、私は興奮した。ファンタジーモノのVRMMOはありふれているが、その中でも本物用のものはまだ数が少ない。だから、当然注目を浴びるだろうし、そうなると予約でも手に入るか分からないし、病室から出ることの出来ない私では販売当日行列に並ぶことも出来ない。それがすぐに手に入るなんて、夢のようだ。
「で、今のところゲーム開始日はいつになりそう?」
「今のところは八月一日を目標にしているよ」
今のところ、というのはVRMMOはその開発の難しさから、ゲームの開始日が一日二日遅れることはざらにある。が、反対にそれ以上早くなることはない。なので、それまでの二月半は暇な訳だ。
「なら、それまで幾つか仕事回して頂戴」
「……いいのか? 無理は駄目だぞ?」
父は私を心配してそう言ってくれる。そりゃあ男手ひとつで育てた大事な一人娘なのだから当然かもしれないけれど、ちょっと過保護すぎる気もする。
「どうせ出来るのはVR関連だから大丈夫だよ」
「そうか。ならちょうど開発中のソフトがあるんだが、良いか?」
なんとなくそのソフトに心当たりがあるので、こう聞いた。
「もしかして、また 『道場』 シリーズ?」
「今度はサバットだ」
「良く飽きないなあ……」
私はため息をはく。『道場』 シリーズは各国の警察や軍隊にも採用されている教育用ソフトだが、その開発となると精神的にものすごく疲れるのだ。
「まあ、何かの足しにはなるだろうから、やるわ」
「じゃあ、頼む」
この日は、それからも色々と話し込んでしまった。
11/27時系列がおかしいと指摘があったので訂正