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問三:この部屋を説明しなさい。

久しぶり過ぎる連載です。なんかもう、新鮮味溢れてます。

(まずい事になった……っ! ネクタイピンを見られたから、教授には絶対バレている)


 スーツの青年は周りの三人がせわしなく動いているのにも関わらず、一人安楽椅子に腰かけたまま考え込んでいた。

 額には彼の焦りが浮き出たかのような、冷たい汗の珠が伝っていた。

 ただし、その焦りは閉じ込められた恐怖に起因するものではなかった。もっと別の、他三人とは別のことでここまで切羽詰まっているのだ。


(……レッドフォードの特許を奪取するためのスパイ作戦。社長に報告が出来ないどころか、奴に気付かれて閉じ込められてしまった……)


 彼の所属するブラッドレイン社のネクタイピンだけが、何も知らぬかのように健気に部屋の灯りを照り返していた。

 恐らく、こんな事態を招いたのは彼が講演会に居たからだ。スパイだとバレてしまったせいで、他三人も巻き添えになって閉じ込められた。それも、シュレディンガーの箱に。

 この際、もう報告云々は忘れるべきだろうと開き直る。この部屋から脱出し、何らかの方法を用いて監禁していたことを実証できれば教授を陥れることは出来る。そのどさくさに紛れて特許関連の作業も希望が見えるかもしれない。


(シュレディンガーの猫。あれは猫を箱に詰めて死ぬか死なないか、という話なのは知っている。マクロな視点、つまり俺たち物質単位の大きい視点から見ればあり得ない話だ。だけど量子論は未だ否定することは出来ていない。つまり、素粒子みたいな細い世界で起こることが重なれば、俺たちマクロの世界でも同じことが起こる、という解釈だな)


 可能性の重なり合いが量子力学の世界だから、ドアの向こうで待ち構えるものも様々な可能性がある。教授の言った通りマントルの中かもしれないし天王星の地表面である可能性もある。

 そして。その両方である可能性も。


(この重なり合いを無くしてドアの向こうを確定させるには……やっぱり観測するしかない。さっきテレビに映ったレッドフォードのウェブカメラも信用出来ない。会話は成立していたがAIの可能性だってある。もしかしたらあの時までは大学構内と通じていて、切れた瞬間に別の地点に飛んだかもしれない)


 部屋ごと別の地点に飛ぶ、というのはいささかおかしな表現かもしれないが、あながち馬鹿にしておけるものでもない。

 そう、この講演会のテーマは何だったのか。


(ワームホール、か。とにかくあのドアはどこにでも繋がっている、ということか。ああくそ、何も進展してないじゃないか!)


◇◆◇


 神に祈るのはもう諦めた。その時、男女二人は神という存在を見失い、宗教そのものに疑問を持ってしまった。

 助けてくれない神は、本当に存在しているのか?

 神を見失った二人は、ある意味で神と同等に大切にする存在を見つめ合う。みっともなく泣き叫び、発狂の限りを尽くして静寂を許さなかったカップルの二人だったが、此の期に及んで大切な存在を再確認したようだった。


「ジョン、あなたが本当の救世主だって気づいたわ。もう神なんて信じるのはやめましょう」

「キャシー、僕は救世主なんかじゃないよ。まだ誰も助けてないし、君に救われたんだ。君がいなかったら舌を噛み切っていたよ」


 まるで最期の時を過ごすように、二人は額を寄せてお互いを確認し合う。他人が周りにいるのにも関わらず、接吻すら始めてしまった。

 ただ、部屋の中が静かになった事は確かな変化だった。


「ねえジョン。私はあなたに救われたし、私はあなたを救ったのよね。でも救世主と呼ばれる人たちって、身内だけ救う訳じゃないじゃない?」

「そうだね。二人で救世主になろう。この状況をどうにかして進展させよう。ここで座っていても何も始まらないもんね」



 老人は一人、本棚を漁っていた。どれもめぼしいものではなく、文学作品だったり宇宙専門の雑誌だったりとヒントになりそうなものは見つからない。なにせここまで大きな本棚だ。一冊一冊探していたら、日が暮れてしまう(皮肉にも、外の世界に太陽があるかどうかさえ疑問だが)。

 途方に暮れて、タンクの方へ向かい水を啜る。まだこの蒸留水を三人に勧める訳にはいかない。老人の知るシュレディンガーの猫では、毒液が箱の中に入れられていた。無味無臭の液体だからといって、水だと断定できる訳ではないのだ。だから自身が検体となって、水の安全性を確かめている訳である。


 脱出して亡き妻との思い出の場所を巡るより、このまま毒液で死んだ方がマシにさえ思えてきた。人生経験豊富な老人だが、それでも精神の限界は存在する。


「もう、これまでなんじゃろうか……」

「でも、せめて足掻くぐらいはやらないか?」


 後ろから声がしたと思えば、先ほどまで慰めあっていたカップルが立っていた。男の方はかなりの長身だったが、体格でいえばアメフト経験者の老人が勝っていた。

 足掻く、というのは具体的に何を指しているんだろうか。先ほどまで泣きじゃくっていた若者に慰められるのは、それはそれで気に食わない。だがここで喧騒を起こしても無駄なだけだと知っていた老人は、大人しく沈黙を守る。


「本を探そう。もしかしたらシュレディンガーの猫に関することが載ってるやつがあるかもしれない。僕もキャシーも、シュレディンガーの猫の思考実験の内容しか知らない。それが現実にどう紐付けられるかどうかまでは分からないんだ。そこで本の力を頼る」

「見たもの以外信用するな、と刻み付けられたのに、本を信用するのかね?」

「それ以外に手段がない。どちらにしろ死ぬ可能性はあるんだ。もしかしたら、その『死』の可能性の重なり合いの実験なのかもしれないな」


 リスクはある。だが本による知識で、それを軽減させることは可能かもしれない。状況はこれ以上悪化することはない。それが幸いして、行動力を生み出す。



「ひとまずは、量子力学の本探し。そしてみんなで脱出方法を考えよう」

進展無しかよっ!

不定期更新なので、エタりもどきみたいな状態で書いていきます。

とりあえず、完結までは『いつか』書ききるので、気長にお待ちを。

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