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無免許神主の仕事

作者: 片府 忍

 一度は考えた事がないだろうか?

 もし、この世に幽霊や妖怪がいたら、おもしろい世界になるのではないかと。

 別に幽霊とかでなくとも構わない。この場合、必要なのは非日常的なモノの存在だ。とは言え、ここではあくまで幽霊がいると仮定して話させてもらうが…。

 もし、死んだ人間がこの世に留まっているとしたら、会ってみたいと思うだろうか?おそらく、答えは『否』だろう。何故か?簡単な事だ。

『気味が悪いから』

 この一言に尽きる。

 いつの時代、人間とは原因不明な事象や恐ろしい偶然が続いて起きた時、そこに怨霊の姿を見る。

 別に当時の人々を馬鹿にしている訳ではない。むしろ、そこに行きつくのは自然な事と言えよう。それに、その考えは今でも継承されて信仰や崇拝があるのだ。これは怨霊の遺した影響力と言っても過言ではないだろう。

 さて、話が横道に逸れてしまった。話を戻そう。

 今、この現代において幽霊の明確な存在は確認されていない。それは何故か?

『初めから存在しない』

 なるほど、実に明確で単純、そして……実におもしろくない答えだ。

 少しくらい夢を見ようではないか。そう、例えば、非常に稀な才能が必要だったり、見えているけど気付かない。一種の錯視かもしれない…と。

 夢見がちなのは決して悪い事ではない。

 さあ、一度で良い。思いっきり、夢を見てみよう。

 ♦♦♦

 緑さざめくとある神社の境内の中、罰あたりにも賽銭箱の上で横になりながら青い空を見上げる青年が一人。

 齢の程は二十代前半。紺色のジャージを身に纏い、黒眼黒髪のその姿は夜になると目立たなくなるだろう。一見すると怪しい人間だが、齢の所為か特有の危うさは感じない。

 空は雲一つ無い快晴。丁度良く風も吹いて、夏間近である事を感じさせない。だがそれよりも、横たわる青年はそんな最高の天候の存在すらも感じさせない程に、青年の眼は無気力だった。

「ちょっとユウヤ、そこ退きなさいよ」

 そんな青年に唐突に話しかける姿が一つ。

 齢は青年よりも幼い十二、三歳のショートヘアーの少女。活発そうな眼にそれを体現するようなショートパンツとノースリーブという格好。当然露出も多いが、幸か不幸か、そこまで目立って成長していないお陰で許容範囲と言えた。

「なんだ、ルイ。今日はえらくおめかししてるじゃないか?」

 あくまで視線だけを向け、賽銭箱から降りる気配を微塵も出さずに青年――ユウヤが意味深に問う。

 ルイと呼ばれた少女もその言を受け、「ああ」と言って自分の姿を見回した。

「今日はどこに行ってたんだ?」

「ユウヤには関係無いでしょ?それより、早く退いてよ!そこは私の場所なの!」

 腕を振り上げて怒りを表すルイには眼もくれず、ユウヤは片手をひらひらと振って無言で拒否を示した。

 ルイと呼ばれた少女はしばらく腕を振り回していたが、ユウヤのその態度に処置無しと諦めたのか、ルイはそれ以上特に言う事はせずに賽銭箱へと伸びる短い階段に腰を下ろした。

 無気力な青年の眼は真っ青な空に吸い込まれるように一点を見続ける。そんな中、彼の胸中にあるのは安寧に対する満足と生きがいの無い生活に対する虚無感だけだ。

 無言でただただ時間だけが過ぎていく。いつもと同じ、特に変わり映えもしない、いつもの日常がこれだ。用事も無く、目的も無く、仕事も無い。

 仕事といっても、普通の仕事ではないのだが…。

「ねえ、ユウヤ」

「何だ?」

「たまには…仕事してみない?」

 ルイのその言葉に、ユウヤは初めてルイの方を向く。ルイはこちらに背を向けているので表情までは確認できないが、その小さな背中が頼み事のある子供のソレに見えたのは、気の所為ではないだろう。

 ここで無視しても問題無いのだが、後々厄介な事になりかねないのがネックだ。

「…用件は?」

「実に簡単。ちょっと、とある双子のお守りをするだけの簡単なお仕事!」

「危ない仕事化しているぞ…」

 いや、危ない仕事を簡単に見せようとして隠しきれていない、と言った所か。実に気乗りしない。

 今日は晴天、並びに程よく風も出ている。こんな日が来るのは稀だ。ここは昼寝でもしてまったりするのが正解なのは明白だろう。

「い、今なら私が何かなんでも願いを一つ叶えてあげるわよ?」

「馬鹿を言うな。俺が一度でもお前のその言葉を信用した事があるか?」

 隠す事でもないので言わせてもらうが、この手の要件にロクな事はない。まして、子供のお守りなんぞ、日がな一日中賽銭箱の上で寝ている奴に務まるはずがない。

「じゃあ、どうするのよ?このままじゃお賽銭も集まらないし、仮にも神主でしょ?」

「無免許だし、先代まだ健在だし」

「何を親の脛かじりみたいな事言ってるの!」

 まあ、まさしく現在その状態な訳だが。

 第一、無免許がしゃしゃり出た所で最後は止められて終わりだ。だったら初めから先代に任せた方が早いだろうに…。

「そう言えば、今日は先代を一度も見てないんだが…ルイ、知らないか?」

「えっ、なんで私があんなヨボヨボ…じゃなくて、お義父さんを知ってると思うの?」

「今、ヨボヨボって言ったよな?ルイ、お前少しは本音を隠す努力をしたらどうだ?」

 ルイが驚いたとばかりに思いっきり振り返る。まさか自覚が無かったと言う事はないだろうに…。

 まあ、時たま訪れる発作のような物だからな。先代はふらりといなくなったらぶらりと帰って来る。そんな人だ。

「ちっ、結局こうなるのか」

「ユウヤ?」

 反動をつけて起き上がる。古い賽銭箱は軋み、未だ階段に座っているルイの頭に手を置く。

 それだけが合図。それだけでルイの顔は今も天上で輝く陽光に匹敵する輝きを放った。

「どうせ、断る余地は無いんだろ?」

「当たり前!もし断ったら、ユウヤの恥ずかしい秘密をご近所に無料公開!…無期限で」

「さらりと人の社会的地位を天秤に乗せるな。それ、ご近所にも迷惑だろ?」

 ご近所に知られて困る事は無いとは思うが、相手は俺が拾われた頃からの事を全て知っているルイだ。事実を基に偽造・捏造くらいは平気でやりかねん。

 木々が風に揺れて深緑の葉を飛ばす。

 古ぼけた神社だけが、歩き出す二人の背中を見つめていた。


 遅ればせながら、俺達の仕事を説明しよう。…とはいえ、これは全てルイから聞いた話であって、俺も簡単な事しか知らんのだがな。

 今日ルイが町を歩いていた時、ふと横断歩道の反対側に双子と思われる姉妹の姿を見つけた。一人は肩口で切り揃えた黒髪の十歳くらいの少女。もう一人は、こちらは完全なロングの黒髪を持つ同じく十歳くらいの少女。

 二人とも似たような夏らしい白のワンピースを着、手を繋いで汗一つかかず信号が青になるのを待っている。

 だが、ルイと双子が歩いているのは緑豊かな神社の境内ではない。鉄と整備されたコンクリートの道路がある場所で、真夏の中外に出続ければ必ず起こる反応がある。発汗という生理現象だ。にも関わらず、その双子は汗一つ流さずに立っていた。細かいかもしれないが、本当に人間ならありえない事だ。

「ねえ、あなた達…」

 信号が青になって歩いてきた双子の少女にルイは声をかけた。――たった一言を添えて。

「あなた達…成仏はしたくない?」

 ルイが出会ったのは報われぬ人間のなれの果て、『幽霊』と呼ばれる類のオカルトであった。



「とまあ、こんな訳だ」

「何がこんな訳よ。それであんたにその仕事を譲るとでも思ってるの?」

 事の成り行きを説明した俺を蔑む目で、かつての同級生がカウンターの向こうで一つに結った髪を揺らしながら端正な顔を歪める。そりゃ、まあ、かつての同級生がいきなり仕事場に現れたら複雑な気分だろうが、そこまで冷たい目で見なくとも良いのではないか?

「無免許の人間に仕事紹介したなんてバレたら私のクビが…」

 ああ…、やっぱりそっち方面の関係ですか。

 今、俺が来ているのはハローワークならぬ幽霊ワークとも揶揄される場所だ。簡単に言うなら、窓口に行ってカウンターでふんぞり返っている奴らから『今日はどこどこで霊が出た。だから行って来たら?』と言われる場所だ。

 『幽霊』という存在は現代において、精々夏の風物詩程度にしか思われていない。だが、そもそもとして『幽霊』なんて存在をどうして人が考えついたのか、それを考えれば『幽霊』がいたとしてもなんら不思議はない。

 まあ、見えない者を認識しろと言う方が酷な話ではあるが…。

 時々、本当に稀ではあるが、生まれながらにしてそういう者に敏感な人間は古今東西、そこかしこに存在する。

 そんな人間だけが就職する事が出来る職の一つが、今俺の前で頬杖をついている女が所属する幽霊ワーク職員だ。

「硬い事言うなよ、月野。仮にも昔、霊関連で助けてやった恩義があるじゃねえか」

「関係無いわよ!過去の因縁と未来の生活なら後者を選ぶに決まってるでしょ?それに、私は一度でもユウヤに恩義を感じた事は無いわ」

 まあ、そう言うわな。昔から…高校時代から何一つ変わらない頑固さだ。

 ならば…

「なあ、月野。さっきから、なんか静かだとは思わねえか?」

「ああ、そういえば、ルイちゃんはどうしたの?いつも一緒にいるのに」

「いつも…かどうかは知らんが、ルイには一つお使いを頼んでてな。なんだっけかな?あの有名なスイーツ店。なんでも、そこのシュークリームは絶品だとかなんとか…」

 カウンターに上体を乗せんばかりに詰め寄ると、月野の瞳の中で葛藤という感情が揺れているのが感じられた。下調べは完璧、月野が無免許の人間にタダで仕事を紹介するなんて始めから頭に無い。

「……卑怯者」

「交渉成立だ」

 意地悪く笑う自分の顔を想像しながら、改めて自分がどうしようもないと思い知らされる。月野がこそこそと書類を取って戻ってきた後、中身を軽く確認しながら俺はルイとの待ち合わせ場所へと急ぐのだった。

 へっ?シュークリーム?ああ、その、いずれ買うよ。いずれ…ね。


 鉄の塔が並ぶ近代的な町 東京

 ほんの一昔は緑の多い所だったはずの場所も、今となっては見る影もなく鉄色一色だ。意図的に木を植えなければ、簡単に緑なんてなくなってしまう。

 携帯もテレビも使わない俺からすれば、わざわざここまで開発を進めなくとも良かったのでは?と思うが、そこは人間『退屈は人を殺す』精神で常に新しい何かを求めてしまうのだろう。

 そんなどこか枯れたような事を考えながらルイと共に例の双子が待つという場所へと歩く。当然、ルイは手ぶらでシュークリームの姿なんて影も形もない。月野には悪いが、出世払いという事にしておこう。

「ユウヤ、聞いてる?」

「ん?いや、すまん、仕事内容に眼を通してたから聞いてない」

 半分正直に、半分嘘を交えて答えると、ルイは少し頬を膨らませて歩むスピードを上げた。別に大したスピードではないが、おちおち仕事内容の確認も出来ない。俺は諦めの意図を込めて一つ息を吐くとルイに話しかけた。

「で?俺達は一体どこに向かってるんだ?いい加減汗で前が見えなくなりそうなんだが?」

「もう少し。この道を左に行くと、二人がもともと住んでた家に出るんだって」

 なるほどな。既に相手方とは待ち合わせ場所を決めてたのか。どうりで、朝から姿が見えなかった割に話の中身が薄いと思った。

「着いたわ」

 ルイの言葉の通り、あれから五分程で到着した一軒家の前で話の通りの双子が手をつないで待っていた。

 夏の猛暑日にも関わらず、二人とも汗を浮かべずに清楚なイメージを与える白のワンピースを着て俺達に気付く様子もなく立ち続ける。なんというか、完全に世界から切り離されてしまったのを二人で支えあっているような、そんな感慨を俺に抱かせる光景だった。

「ちょっと行ってくるわ」

「ん、手短に頼むぞ。熱中症になりかねん」

 ルイが跳ねるように双子に近づいていく。双子の方はと言えば、ルイが割と近くに行くまで微動だにすることはなく、ルイに気付いて話している間もあまり感情が動いているようには見えなかった。ロボットのよう…とまではいかないが、感情の反応速度が鈍い。そんな感じだった。

「ユウヤ!許可が出たわ!どこか涼しい所にでも入りましょう?そろそろユウヤが倒れそうだし」

「ご明察。あと十分でも放置されていたら救急車という名のお迎えを呼ぶ羽目になるだろうな…」

 体力に自信が無い訳ではなかったが、暑さに体力もなにもない。体中から汗が吹き出し目の前が不自然に揺れ始める前に、俺とルイは双子を連れて近くのドーナツ屋へと避難するのであった。

 ドーナツ屋へと入った俺は鉄の街のすばらしさの一端を知った。

「は~、エアコンを発明した奴は偉大だと思わないか?ルイ」

「さあ?私は別に暑かろうが寒かろうがどっちでも良いもの。退屈でさえなければ、閻魔大王にだって会っても良いわ」

「……」

 共感の一つはしてくれると思ったのだが、やはり現実はそこまで甘くはない。俺もルイも近代文明とは明らかにかけ離れた旧和風暮らしをしている身。慣れているルイはエアコンなんて要らんらしい。俺なんか何年経とうが慣れる気配がないがな。

 ドーナツを四つだけ買い、俺達は四人席に腰掛ける。一応言っておくが、『幽霊』は腹も減らねば何かを食いもしない。ましてや、認知すらされない。つまり、俺がここで勝手に双子に話しかければ痛い人間になるのは明らかだ。

 まあ、四人席に着いた時点で若干覚悟していたのだが、ルイが気を利かせて待ち合わせっぽくしてくれていなかったら、俺は二度とこのドーナツ屋には入れなかっただろう。

「さて、あまり大きな声が出せなくて申し訳ないが、早速仕事の話に……」

「まずは自己紹介から!私はルイ、こっちの見るからに友達いなさそうなのはユウヤ。一応、あなた達の成仏をお手伝いさせてもらいますので、よろしく!」

「「クスッ…」」

 友達いない…は余計だったが、まあ、双子が初めて笑った事を考えれば、ルイグッジョブ!なのだろう。これで掴みに時間を割かなくて済む。

 しばらく二人共笑っていたが、やがて先に笑いから回復した俺の向かいに座るロングの少女が口を開いた。

「すいません。私は姉の住野 夏世です。こっちは妹の…」

「冬花…です」

 今の一言だけで、二人の性格は大体分かった。

 夏世の方は社交性に富んだ性格、生前にも友人は多かっただろう。対する冬花は姉の後ろに隠れて事無きをえるタイプ。

 相対称であり、実に典型的な双子…という事か。

「ほれ」

 ドーナツを一つ、右手で掴んで二人に差し出す。夏世と冬花はキョトンとした様子で俺とドーナツを交互に見る。

 当たり前だ。『幽霊』は空腹を覚えない。認知されない。それは裏を返せば、物理的干渉をする事が出来ないという事を示す。本来ならドーナツを食べる事など出来ないのだ。

「大丈夫!ユウヤの才能と言えば良いのかな?ユウヤから手渡しされた物は『幽霊』も触る事が出来るの!」

「と言う訳だ。残念な事に右手で触った物しか効力は無いがな」

 そして、この才能と『幽霊』が見えるが故に、俺は未だに神主として無免許なんだがな。

「あ、ありがとう…ございます」

 恐る恐るといった様子でドーナツに手を伸ばす夏世。その幼い手がドーナツに触れると同時に、二人の鈍っていた感情の反応速度が噛み合った歯車のように自然と、息を吹き返した。

 ドーナツに触れた夏世も、触れずにただ夏世の手を握り続けていた冬花も、感動したように涙を静かに落としていた。それを俺とルイは優しい目で、何も言わずに、ただ二人が自然と泣き止むのをただただ待つだけの時間がしばらく流れたのであった。

 ♦♦♦

 俺の本当の両親が俺を捨てた理由は、俺の右手にあったらしい。

 物心つく前から俺の右手は『幽霊』を引き寄せていたらしく、俺の両親は見えない何かと戯れる俺を心底嫌った。昔からの習慣を大事にしているのか知らんが、当時三歳だった俺は両親に連れられ一軒の古い神社の神主に預けられた。いや…預けたなんてのは嘘か。結論を言わせてもらうなら、俺は捨てられた。

 捨てられ、それを理解すらしていなかった当時の事はもうほとんど覚えていない。覚えているのは、いつの間にかその神社の神主である先代が、俺に言った一言くらいだろう。

「決して、右手を嫌うな。嫌うのは、それを利用しようと近づいて来る者だけにしろ」

 まったくもって先代の言う通り。小学生の時には友人と思っていたでかい神社の息子に騙された。中学時代にはろくでもない『幽霊』共にさんざん利用された。唯一、高校時代に人助けらしい人助けが出来たが、僅かその一回だけだ。

 結局、中学時代に俺が悟ったのは、信頼出来る人間なんて一握りなんていう当たり前の事だった。高校は先代のメンツを考えて進学したが、大学まで行く事はせず無免許で神主の真似事なんかをしてる始末。

「本当…どうしようもねえや」

「ユウヤ?」

 帰路につきながら少し昔の事を考える。

 なんでだろうか?やはり、夏世と冬花の話を聞いた後だからだろうか?

「なあ、ルイ。俺達が会った日の事覚えてるか?」

「どうしたの?急に。何か感慨に耽るような事でもあった?」

 ルイの顔は朝から変わらずに終始笑顔だ。俺達が会った時なんかは散々な状態だったものだが、これも先代が親身に世話をした賜物かね?俺といいルイといい、先代には世話になりっぱなしな気がするよ、まったく。

 山の中に建てられた古い神社に帰ってきた俺達を出迎える姿は無い。先代はまだ帰っていないようだ。

「あの先代…一体どこほっつき歩いてんだ?」

「まあまあ、ユウヤ。いつもの事だし気にするだけ無駄よ。それより、たっだいま~!」

 神社の裏にある少し趣を感じさせる木造家屋、そこが俺達の今の家だ。先代と俺、そしてルイの三人が帰ってくる事の出来るたった一つの場所。

 ドーナツを食ったお陰か、別段腹は減っていない。俺は居間でくつろぐルイに前振り無しで本題をぶつけた。

「なあ、ルイ。この仕事を本当に受ける気か?」

「当然よ、当たり前の事は聞かないで。それとも、今更怖気づいたの?また『彼女達』に利用されるだけなんじゃないかって」

 さっきまでのテンションの高かったルイの姿はそこにはない。あるのは、今更こんな質問を投げかけた俺に対する非難と嘆息の感情。冷えた瞳で見られた俺は、そこから一歩も動く事が出来なかった。

 何秒…いや、何分そうして時間が流れただろうか。どちらから、と聞かれればそれはルイからだった。先に視線を外したルイは一言「もういい」と言ってそそくさと部屋に引っ込んでしまった。

 ルイが部屋に入って冷たいプレッシャーが消えた後も、俺はただ考え続けた。

 何故、俺はあんな質問を?

 今日一日、夏世と冬花の二人に会う前から別れるまで、ルイはひたすら笑顔で二人と交流しようとしていた。時には俺をネタにしながら、時には今まで聞いてきた面白い話をいくつも。その様子を見ていた俺なら、ルイがこの仕事を本気でこなそうとしているのは分かっていたはずだ。

「本当に…ろくでもねえ」

 つい十数分前に呟いた言葉をまた呟く。あの時は単なる皮肉程度だったが、こちらは自己嫌悪がそのまま言葉になった感じだった。

 今日の話を一通りまとめた書類を腹いせの為に机に放る。中身が飛び、その中からは夏世と冬花の写真、そして月野からもらった書類が散らばる。

「死因は…交通事故、両親は行方不明で未だ見つからず。そして未練は『自分達の墓の確認』か…」

 幽霊ワークの下調べを疑うつもりはない。夏世と冬花の二人だってそう言っていたのだ。あんな幼い少女が、俺を自分達の都合の良いように利用しようと思ってる、なんて考えるだけで馬鹿らしくなる。でも…

「悪い、ルイ」

 それでもやっぱり、恐いものは恐いのだ。

 書類を片付ける事なく、俺も自分の部屋に戻り眠りに入る。その夜は熱帯夜だったらしく、眠るのにひどく苦労した。

 ♦♦♦

 翌朝、若干寝不足気味の頭を無理やり覚醒させて居間に入る。机の上は見事に掃除され、塵一つ見当たらない。勿論、昨日俺が散らかしたはずの書類も、影も形も残さず消えている。考える必要も無く、ルイは一人で仕事を全うするつもりのようだ。

「昨日の言葉はそういう意味かよ…」

 自業自得とはいえ、アイツも見栄っ張りだ。

 見栄っ張りで、誰かの為に笑い続けて、でも自分がやりたい事はいつも一つだけなんだ、アイツは。たとえ誰も見ていなくとも、たとえ誰かがアイツを知ったような口を利いても、誰もアイツの本心は分からない。そもそも、誰かの気持ちを完全に把握しようなんて怠慢以外の何物でもない。

 誰も、俺自身の事も俺自身ですら知らない。今回のように、自分でもどうしようもない事で自分だけでなく、相手すらも傷つけるのだ。

「今日の天気はどんなものかね?」

 軽く軽食を済ませて家を出る。目指すのはいつもの通り、賽銭箱の上。

 外に出ると今日は風が強く、森の木々が騒いでいる。雲の流れも速く、仄かに雨の匂いも窺えた。注釈を加えさせてもらうと、我が家にはエアコンも無ければテレビも無い。となると、天気予報を確認する手段は限られてくる。必然と、自然が発するメッセージには敏感になるのだ。

「雨が降るのは…夜かね」

 賽銭箱の上に横になる。この風ではまともに眼も開けられないが、まあ、それもたまには一興だろう。この硬い賽銭箱で横になるのはガキの頃から好きだった。それはルイも同じの様で、俺がいない時はルイがここで気持ち良さそうに眠っているのを、何度も見た。

 今日は俺が、この場所を独占だ。

「あの…」

「…………」

「あの………」

「………………」

「あの、すいません!」

「うおっ!」

 不意に誰かに賽銭箱から落とされる。

 いくら木造の古い神社とはいえ、木は普通に硬く頭を打てば痛い。

 打った頭を押さえながら、ゆっくりと瞼を持ち上げて一言文句を言ってやろうと相手を見やる。しかし、俺を覗き込んでいたのは、意外にも希少な知り合いだった。

「あの…大丈夫ですか?」

「いや、気にするな。風が強かったとはいえ、人の気配を察知出来ない程にウトウトしていたのは事実だからな、冬花」

 肩口で切り揃えた髪を風に遊ばれ、一生懸命に髪を押さえる冬花の傍には夏世がいない。ということは、ルイは夏世と一緒にいるという事か?

「あの…その…」

 冬花は相変わらずオドオドし、夏世が傍にいなければ会話すらままならない。声も小さく、風の強い今日では冬花の声なんて簡単に掻き消されてしまう。その姿はまさしく『穴があったら入りたい』を体現しており、その姿に哀れさすら感じさせられる。俺は堪らず、冬花に声をかけた。

「なんなら家へ来い。なにも無いが、少し事情を聞かせてくれ。昨日聞き忘れた物がいくつか有ってな、何でお前が一人で来たのかも聞かせてくれ」

 なるべく恐怖心を与えないように気を付けたが、やはり冬花はどこか怯えた様子でゆっくりと、首を縦に振った。

 重く厚い雲は何故か、俺の心を焦らせた。


「一つ、まずはこいつを見てくれ」

「これ…は?」

「今回のお前らの仕事内容と大まかな概要だ。コピーだけどな」

 冬花を客間に通した俺は箪笥の上からルイが唯一残して行ったと思われるコピーを冬花に見せる。本来は仕事内容をばらす行為は全面的に禁止なのだが、俺は無免許だし口が達者な訳ではない。それに、少なからず見せた方がいい内容だと思ったのだ。なにせ…

「近年の交差点による事故件数?」

「そう、俺が見て欲しかったのもそこだ。話が早くて助かる」

 冬花が興味を示したのは近年の交差点事故の被害者総数と件数のグラフだ。そこに書かれているのは格段に伸びた事故件数と被害者総数、そしてどこで頻繁に起こっているかだ。

 普通ならばこれは警察の領分だ。『幽霊』専門の神主達の仕事で見るはずの物ではない。だが、このグラフの書かれたページの端っこに、こう書かれていれば話は別だ。

「『以上の急激な被害者の増加は怨霊の可能性あり。対象の接触には充分気をつけられと』?」

「この紙は疑いのある『幽霊』の書類にのみ入ってる。この意味は分かるな?」

 この紙に書かれたグラフの場所、それは何も全国の交差点の物ではない。これは…

「これは、冬花と夏世がいるあの町で起こった事故件数を表してる。そこをテリトリーにしてるから、お前達は疑われているんだ」

「そんな!」

 初めて冬花が大声を出す。当然と言えば当然だ。いきなり警察が家や自分の元に来たら、誰だって驚くだろう。しかも、あなたは疑われています、なんて言われた日には抗議の一つだってしたくなる。

 だから、実に自然に、条件反射でこれが出来る冬花は怨霊ではない。冬花がかなりの演技派であるならば、そもそも社交的に振る舞う事が出来るはずだから。

「いや、すまん、邪推が過ぎた。今の話は忘れてくれ」

「……」

 ショックで声も出ないのか、冬花は青い顔をして俯いている。この話は失敗だったな、と俺が自分の失策を呪っていると、不意に冬花は立ち上がり、駆けだした。

 不意の事で驚きはしたが、すぐに気持ちを立て直して俺も追いかける。相手は子供で、しかもあまり活発ではない冬花だ。靴をゆっくり履いている時間は無かったが、それでも走りやすいスニーカーの紐を適当に結ぶ事は出来た。

 神社の境内を抜け、鳥居を抜け、階段を降り切った辺りで冬花に追いつく。話す余裕も無さそうに冬花は懸命に走っている。少し悪いと思ったが、俺は尋ねずにはいられなかった。

「おい、一体どこに向かってる!」

「私、お姉ちゃんと喧嘩したんです。一緒にお墓を探そうって言われたのに、嫌だって言って!」

 墓を探すのが…嫌?ちょっと待て。ならば、調査書に書かれていた事が間違っていた事になる。いや、姉の方は嫌だった訳ではない。と言う事は、冬花の独断と言う事になる。なぜ、冬花は夏世と意見が別れた?

 答えが出るのは、実に簡単だった。

「じゃあ、今日お前らが別行動なのは…」

「お姉ちゃんが、じゃあ一人でやるわって言ったからです。それで、今日はいろいろな墓地を回ってみるってルイさんと一緒に…。でも、もし、二人が交差点を通るつもりだとしたら!」

 ルイの身が危なくなるかもしれない、と小さな声で呟いた冬花はポロポロと涙を零し始めた。

 その姿を見て、俺は強く拳を握る。何が利用されるかもだ!何が恐いものは恐いだ!

 まったく、ルイの言った通りだった。今更怖気づくのは、間違っていた。俺の友人を、俺の家族を心配してくれている『人』をよくも疑い、よくも恐がったものだと、自分に対する負の感情が流れ出る。

 冬花と二人、俺達はルイが冬花達と初めて会った場所である始まりの交差点へと急いだ。

 ♦♦♦

 私は歩く。

 いつもは私より背の高いユウヤが私の隣を歩いていた。でも、今隣を歩いているのは私よりも背の低い夏世ちゃんだ。たったこれだけの違いで、私はひどく動揺してしまう。

 今更になって気付いた。

 ユウヤが恐がったのはコレだ。この、過去にあった嫌な記憶が無理やりに起こされる感じ。ありえないと分かっても、それでも警戒して神経を張り詰めさせてしまうコレを、ユウヤは恐れたのだ。

「ルイさん、大丈夫ですか?」

「ふえっ!な、何が?」

「いえ、今日はなんだかいつもと違ってて…まるで冬花みたいだな、と」

 さ、流石はあの妹を持つだけのことはある。一発で私の様子を看破するとは、なかなか侮れない。

 でも、ここで心配をかける訳にはいかない。ユウヤがいなくても出来なくては、昨日の事でユウヤを責めれないのだから。

「だ、大丈夫、私はいつも通りだからさ。ほら、信号ももうすぐ青だし、そろそろ準備しておこう?」

 今私達が向かっているのは、この町にある墓地と神社内にあるお墓を一括で管理している場所だ。実は二人と最初に会った時、二人はそこに向かおうとしていたらしく私は邪魔をしてしまっていたようだ。というわけで、冬花ちゃんは別の事があるらしく辞退。私と夏世ちゃんの二人で向かっているという訳だ。

「しかし、本当にそこに私達のお墓があるんでしょうか?」

「大丈夫!今朝早起きして向こうの人に確認は取ったから。きっと、あるはずだよ」

 そんな雑談をして、私達は暇を潰す。横断歩道が青になる直前まで、人がどこからか現れては増えていく。不思議な物で、人間というのは実に神出鬼没だ。いつの間にか後ろにいて、気が付いたらそこにいる。

 現に、今もなお人は増え続け、果ては詰まりに詰まってお互いを押し合う始末。…これだから都会は。

「ルイさん!」

「へっ…?」

 唐突に、誰かに背中を押される。自分の意思とは関係なく進んでいく身体を止める人は誰もいない。

 信号は未だに赤を示し、通行人を拒絶する。脳が感じる体感スピードは限界を超え、私の視界に無常に表示される赤色だけが唯一の現状把握の材料だった。

 そんな中で頭の中で浮かんだ名前が一つ、私は条件反射で呟いた。

「ユウヤ……」

 トラックの耳障りなクラクションが聞こえた。

 ♦♦♦

 パトカーのサイレンが鳴り響く現場は実に殺伐としていた。

 複数人の警察官と数えきれない野次馬の塊。それは、横断歩道という今の俺にとって最悪の場所で起こっていた。

「なあ…何があったんだ?」

「あ、ああ、実は…」

 野次馬の一人の肩を掴み、事情を尋ねる。俺に肩を掴まれたサラリーマンは茫然としているからか、それとも俺の生気の無い表情に気圧されたのか、実に素直に答えてくれた。

 サラリーマンの指が横断歩道の中央に向けられる。そこには警察官が取り囲むように、何かを凝視していた。

「ユウヤさん、まさか…ですよね?」

「…分からない」

 ここまで一緒に来てくれた冬花も絶句している。今の俺達の脳内には、おそらく同じ光景が広がっているのだろう。


 アスファルトに張り付くように流れている赤い液体、その液体を辿っていくと行きつく、それを流す原因。

「ルイ……」

 力の無い歩みで野次馬の波を超えて現場へと向かう。

 頭痛が酷い。夏の暑さだけじゃない嫌な汗が流れる。いつも誰かの為に笑ってたアイツが死ぬ?悪い冗談だろう。そうに違いない!

 現場が近付くにつれて警察官も止めに入る。それを振り切り、ただの一か所、警察官が取り囲んでいるあの場所へ。

「ルイ!」

 一縷の望みをかける思いでその名を呼ぶ。嘘に決まってる、なんて思うのは強がりだ。現実は空気なんて読まないのだから。

 俺の呼び声に応える者はなく、警察官が取り囲んでいた場所では倒れている人が――

「ぬう?ユウヤではないかの?丁度良い。ほれ、お巡りさん、ワシのせがれじゃ。これでワシが無罪だと分かったかの?そもそも、なぜワシが自分の娘を殺さねばならぬのじゃ!馬鹿馬鹿しい」

 ――放浪から戻ったと思われる法衣を纏った先代の姿が、そこにはあった。

「あんた、何してんの?」

 先ほどのサラリーマンにした時とは打って変わって活力のある問い。おそらくであるが、今の俺は完全に軽蔑した目で先代を見ているだろう。その事に気付かなかったのか、先代は警察官と口論している勢いそのままに、俺に簡単な説明をしてきた。

「何をしているか?ワシの方が知りたいわい!ワシはただ、ルイが横断歩道に飛び出したのが見えたから助けただけじゃ!それをこやつら、犯人はワシではないかと疑っておるんじゃよ。ルイの奴はワシの無実を証明せずにさっさと保護されておったわ!」

 たぶん、関わり合いになるのを避けたんだな、ルイ。個人的な感情と、勝手に仕事を請けてこなしてる、なんて口が裂けても言えんだろう。

 先代の簡単な身分証明と無罪の保障をし、解放された先代は別の仕事があるからという事で別れた後、俺と冬花は保護されたというルイの元を訪ねた。パトカーの中ではルイだけでなく、夏世もいる。大方予想通りだ。

「ほれ、ルイ、帰るぞ」

「何で冬花ちゃんと一緒にいるのよ。仕事をするのは反対じゃなかったの?」

 まだ怒っているようで、ルイは俺の顔を見ようとはしない。昔から拗ねると厄介なタイプではあったが、今はそれどころじゃない。ルイには協力してもらわなければならないからな。

「ルイ、怒るのはお前の勝手だし、俺がお前に言った事は馬鹿馬鹿しいし、お前の中では許せないだろう。でも、今はお前の道案内が必要だ」

 パトカーの扉を開け、ルイに向かって手を伸ばす。あの日、俺達が初めて会った日の様に…

 お互い捨てられ、お互いが敵愾心をむき出していた頃のように歩み寄るには、俺達は互いを良く知っているつもりだ。だから、だからこそ…俺はあの頃と同じ言葉を繰り返そう。

「俺の相棒はお前だ。俺の仕事にお前は不可欠、お前の仕事に俺は不可欠。あの時、そう決めただろ?」

「……生意気」

「お互い様だろ?」

 小さな手が俺の手と重なる。あの時と同じように、あの時よりもしっかりと、強く硬く握り返す。

 パトカーから降り、短い髪が微かに風に揺れる。俺に向けられたその快活な笑顔は、俺の心を緩やかに癒す。やっぱり、こうでないと調子が狂う。

 俺とルイは気まずそうに佇む夏世と冬花へ向き合う。俺は少し笑みを浮かべると二人に向かって、確信を持って宣言した。

「お前の成仏、手番は全て整った」

「行きましょう。終わりの墓地へ」

 パトカーから離れ、今はもう人の気配がまばらな横断歩道を渡り、俺達は二人の手を引いてルイの案内の元、歩き始めた。

 ♦♦♦

 静かな気配が立ち込める。周りには余計な雑音を響かせる物は何も無い。

 あの横断歩道の人の賑わいから一転、まるで別世界に入ったような静けさが墓地には満ちていた。

「冬花に走りながらではあるが、事情は聞いた。夏世、冬花との喧嘩の原因は冬花が墓を探す事を拒んだから、で良いんだよな?」

「うん、合ってる」

「我が妹ながら情けないとは思うけど…」

 こちらのイザコザはまだ続きそうだ。だが、それもそう長くは続かない。というより、おそらく夏世の方はこの事実に気付いてるはずだ。気付いていながら、冬花には話さずに今日まで至っている。

 『幽霊』らしい、実に自分勝手な理由で、冬花まで巻き込んでいるのだ。

 先頭を歩くルイに付いて行きながら、俺は不安そうな面持ちで歩く冬花の心中を探る。正直、彼女は今この場から逃げだしたくてしょうがないだろう。だが、冬花には悪いが、もう少し我慢してもらわねばならない。

「着いたわ」

 簡潔な言葉を残してルイの足が止まる。

 ルイが先導してきたのは俺も何度か訪れた事のある神社の裏にある大きな墓地。その入り口でルイはバトンタッチとでも言うように俺の腰を軽く叩く。

 あとは、俺の仕事だ。

「さて、夏世と冬花、お前達の墓はほぼ間違いなくここにある。それは俺も保障しよう」

 ルイと入れ替わるように、俺は夏世と冬花の前に進み出る。俺の言を聞き、夏世の方は表情を明るくして俺を見る。しかし、やはり冬花の方は表情が優れない。この違いが、決定的な差だ。

「お前達の墓は間違いなくここだ。だが、墓を見る前に、一つだけ確認をしたい。……夏世、冬花に言う事は無いのか?」

「!」

「?」

 夏世の顔は驚きを、冬花の顔は疑問を浮かべる。

 夏世は辛そうに顔を下に向けて話そうとする気配は無い。俺が言っても良いのだが、ここで夏世が自分で言わなければ、この姉妹は現実を受け止められないだろう。ルイもこの場では口を挟めそうにない。

「お姉ちゃん…話してくれない?」

「……」

 顔を背けて沈黙を続ける夏世。その様子に、俺は思わず唇を噛む。

 やはりダメか?禍根を残すからあまり適切とは言えないが、やはり俺が話してしまうか?

「お姉ちゃん、私を庇って助けてくれたの…知ってるよ」

「冬花、なんで…」

 冬花の一言で活路が開く。当たり前だが、俺は冬花に何も話していない。だが…

「夏世、冬花がなんで自分の墓を探す事を拒否したか、それは夏世と違ってまだ完全な『幽霊』じゃないからだ」

 一家が事故に遭い、その中から唯一生き残りがいたとする。その生き残りが家族の死に引かれて『幽霊』ではなく『生き霊』となる。冬花のはそのパターンだ。

 『幽霊』のように物を触る事も認識される事もないが、『幽霊』と違い、『生き霊』は死に対して異常な恐怖を持つ。

 夏世は自分が死んだ証として墓を探したが、冬花は元々探す行動自体が恐怖だったはずだ。我慢の限界が来て喧嘩になっても不思議ではない。

「冬花はまだ死んでない。でも、このまま夏世に引かれ続ければ、いずれ死ぬ。肉体も精神も…な」

「知ってる。冬花を助けようとして頑張ったもの…。でも、一人は寂しいもの!お父さんもお母さんも、もういないから…冬花だけなの!」

 夏世の感情のストッパーが外れる。激情に任せて、冬花にしがみついて子供のように泣きじゃくる。その体が、仄かに光りだしているのを、夏世以外の全員が気付いた。

「冬花、お姉ちゃんとの間に何を残すかは、お前次第だ。夏世に何を言いたい?」

 泣きじゃくる姉を受け止めながら、冬花も静かに涙を流す。

「ルイ、行くぞ」

「良いの?」

「ここまでくれば、俺達がいなくても大丈夫だろ」

 ルイが頷いて俺の隣に並ぶ。やっぱり、いつものこの状況が落ち着く。

 神社の鳥居を抜けて後ろを振り返る。光の柱が空へと昇るのが見える。清らかで、夏の日差しと相まって、その光は息を呑むほどに美しい。

「ゆっくりおやすみ。夏世」

「心、安らかに」

 ♦♦♦

 あれから数日、まったくもって退屈な日々に逆戻りを果たした。

 ルイを突き飛ばした『幽霊』は噂では先代がボコボコにして強制成仏させたらしい。放浪して家に帰らなかったのはその調査段階だったからだとか…。

「ちょっと、ユウヤ!また賽銭箱で寝てると先代に怒られるわよ!」

「よく言うぜ。自分だってしょっちゅう寝てる癖に」

 俺とルイは相変わらずこんな会話をしている。だが、あれからルイが仕事を持ってきた事はない。何か思う所があったのか、はたまた『幽霊』を見ていないだけか。

 なんにしても、ルイは変わらずショートパンツとノースリーブで夏を満喫している。実に結構。

「いいから退きなさいよ!今日はお客さんが来るんだから」

 客?なんだそれは。聞いていないぞ、俺は。どういう訳か事情を聞こうと身体を起こしてルイの方を見る。だが、俺の視線はルイよりも先、たった今階段を登りきって鳥居を潜った少女に向けられた。

「あら、早かったわね?」

「早起きしちゃったものだから…お姉ちゃんのお墓参りもしたかったし」

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする俺を置いて、ルイと少女は仲良く話を続ける。いや、別に驚く事ではない。別れを言った覚えはないし、俺達が住んでいる場所だって知っている。挨拶に来るのは十分に考えられる事ではないか。

「ちょっと、どうしたの?冬花が来たのがそんなに意外?」

「すいません。前もって連絡を入れるべきでした。…電話番号知らなかったので、許して下さい」

「あ、ああ…」

 冬花が、あの姉に隠れていた冬花が饒舌に喋っている。いや、それだけではない。一番の驚きは、冬花が夏世のように髪を長くしている点だ。

 俺の視線に気付いたのか、冬花が優しく自分の髪を梳く。

「お姉ちゃんみたいになるって、言いましたから…」

 その言葉を理解する前に、ルイが俺を無理やり賽銭箱から引きずりおろす。文句の方は…まあ、今は言うまい。

「さあ、参拝しましょ!ご利益があるかは分からないけどね」

 賽銭箱から無理やり降ろされた俺は一歩離れてそれを見守る。冬花とルイが投げたお賽銭の音が響き、それに呼応するように境内に風が吹き込んだ。緑が揺れ、雲が緩やかに流れる。仕事を持ち出された、あの日のように。

 今日の天気は……快晴だ、な。

 ルイと冬花、二人の活発な笑い声が境内に心地よく響いた。


お久しぶりの人も初めましての人もいらっしゃるでしょうか?作者の片府です。

この作品は高校の最後の文化祭で部誌に載った作品なのですが、今回はちょっとした気まぐれで投稿する事にしました。

一話完結+短編という条件で書いた作品はなかなか無く、今回のように詰め込み過ぎてしまう結果になってしまいました。

今回の投稿は気まぐれもありますが、ほとんどは自分の心の中の気晴らしが主な目的です。何かしていないと発狂しそうな体験なんて、なかなか味わえるものではありませんね。

部誌で投稿したやつとは多少修正を加えて今回は投稿しましたが、やはりどこか抜けているかもしれません。そこの所はご勘弁下さいますよう、お願いいたします。

では、今回はここら辺で。読んでくださった皆様、今回はありがとうございます。

私、片府は『狐の事情の裏事情』という作品も投稿しております。気になったら、是非読んでみて下さい。では、さようなら。

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