更生プログラムその6、パンツ見る暇があっら先生の愚痴を聞け!
『いらっしゃいませ!何名様ですか?』
安くてオシャレなイタリアンレストランに着いたのは午後2時過ぎだった。流石に土曜日で家族連れが多い。厨房は慌ただしく、客席は賑やかだ。
『女性2人に、えっちな男の子1人、計3人だ!』
田中先生は、堂々と何の躊躇することもなく笑顔で伝えた。僕は、影に隠れてその店員さんに顔がバレないのうにしていた。このやろ、恥ずかしさMAXだぜ。苦笑いの店員さん、
『は、はい、3名様ですね。禁煙席と喫煙席どちらになさいますか?』
『喫煙席で!』
即答した田中先生、これ程の愛煙家だったとはねー。まぁ、部屋の山盛りの吸い殻見てから、相当煙草が好きのようだと気付いていたが。よく全面禁煙である学校では吸ってないな。いや、こっそり校内の何処かで吸っているのかな?
『こちらの席へどうぞー』
『とりあえず、生ビールひとつ!』
『は、はい』
店員さんに席に案内され、席に着く直前に笑顔でアルコール類を注文する豪快な田中先生。ここは居酒屋かよ!しかも真昼間から。絶対真似出来ないねー。仮にも先生は、僕と美里ちゃんは同じ学校に通う生徒と先生の関係であり、このような行動は慎むべきではないだろうか。って、思っても無駄かー。
『先生、飲み過ぎないでよねー』
美里ちゃんが釘を刺す。
『あぁ!大丈夫だ!私は大人だし、お金もある!今日は車の運転もしない!』
そういう心配をしている訳ではないのだがー。ぐでんぐでんに酔っ払った先生の介抱なんてごめんですよー。しかも、こっちは、大掃除で疲れてるのに。
『もぅー』
ため息混じりの美里ちゃん。分かるぜその気持ち。さて、先生の事はほっといて、美味しいものでも食べましょう。僕と美里ちゃんは、メニューを広げて何を食べようか調べることにした。
『遠慮しながら好きなもの頼めよ!』
『私の奢りなんだから!そこを忘れずに!』
鬱陶しいハエがブンブン飛び回っているような発言をする田中先生。しかし、僕も美里ちゃんもメニューに集中して、ほぼ無視することにした。そこに、先生ご所望のビールがやって来た。
『お待たせしました』
『お!ありがとう。追加オーダー良いかな?白ワインデキャンター(大)で、グラスはひとつ!』
『は、はい。かしこまりました』
おいおい!ビール届いてまだ飲んでいないのに、もう次のアルコール注文かよ!流石だぜ!田中先生!今度から、あなたの事をうわばみ先生と呼ぼうかな。ちなみに、僕はパスタのドリンク付きセットを、美里ちゃんはハンバーグのライス付き・ドリンク付きセットを注文した。
『ドリンク付きのセット頼んだのだから、元を取れよ!元を!』
んな無茶な!!お腹がたぷんたぷんになってしまうってあれ!?もうビールがなくなってる。先生恐ろしかー。しばらくして、到着したデキャンター白ワインをグラスに注ぎ、ほろ酔いの田中先生は、
『さて、今から本日2コマ目の更生プログラムを発表する!』
もういいよー。お昼食べてサッサとかえりましょうよ。涙目。
『パンツ見る暇があったら、私の愚痴を聞け!いいな!』
白ワインをぐいっと飲み干す先生。これって、ただ単に酔っ払いに絡まれてるだけなんだがー。
『ちょっと、飲み物とってくるね。陽介君のも持って来てあげる』
『ありがとうー、オレンジジュースをお願い』
通路側に座っていた美里ちゃんは、うまく逃げた。時折、先生に絡まれないようドリンクバーに直行して、ゆっくりドリンクを僕の分まで作ってくれた。残されたのは田中先生と僕。準一体一。逃げ場がない。
『私もお前らみたいに、小学生に戻りたいよ。羨ましいよー。あー、人生やり直したい。学校の先生なんてやるんじゃなかったよー。どっかさー、金持ちの男と結婚したいよなー。どっか落ちてない?』
『最近、親から結婚しろとうるさいんだよ。こんな私が普通の結婚できるわけないだろう?そう思うだろ?今日の部屋見ればわかるだろ?あんな部屋見たら百年の恋も冷めるよなー。家事を好きになる方法ってあるのかなー?あったら教えてください!』
『でもさー、変えられないんだよねー。こんな自分。変えよう、変えようって考える事あるあるけど、ダメだね!反発しちゃって。自分の中に良くなろうとする自分と悪い自分が喧嘩して、何時も悪い自分が勝つんだよ。そういうのあるだろ?』
『ダメだね!今の校長は。何と言うか、自分の理想ばかり押し付けてくる。今の現場の様子を知らないんだよ、あの校長は。古い現場しか知らないのに、末端の人間には新しい事をやらせようとする。これじゃー、教育はよくならない。分かるか?今の日本に必要なのは経済改革ではない!教育改革だよ!』
『私も総理大臣になろうかな!タナノミクス!・・・なんちって!』
・・・
こうして、言いたい放題だった先生はぐっすり酔いつぶれている。せっかく頼んだ美味しいはずのパスタの味はほとんど覚えていない。今お腹にあるのは、ドリンク的水分だけだ。
『ねぇねぇ!こっそり、デザート追加で頼んじゃおっか』
被害が最小限の美里ちゃんはまだ元気そうだが、
『んー、先生起こして帰るかー』
と僕は提案した。デザート食べる気力ないっす。
『そうしますか。でも先生嬉しそうだったね』
嬉しそう?とは
『いつも元気な田中先生って、本当は寂しがりやなんだよ。だから、こうして、私達と遊ぶのが楽しみみたいだよ』
んーむ、僕の更生プログラムは、お遊び感覚だったのか。
『もちろん!陽介君の更生も兼ねてるけどね!どうせ、今日何もなかったら、一人で公園に行って女の子のパンツ見ようととか思っていたでしょ?』
ギクっ
『まさか。今更僕がそんな事するわけないだろ!』
完全に目が泳いでた。
『隠してもダメ!顔に書いてあるんだから!』
フフフと美里ちゃん。でもまぁ、確かにこうして、週末を誰かと一緒に活動しているほうが、一人ぼっちでいるより健康的かもしれないなー。と肯定的に考え始めていた。すると、寝ていた田中先生がむくりと起き上がり、衝撃の発言をした。
『あ、やべぇ。財布忘れて来た!』
『えー!!』
僕と美里ちゃんは、揃って絶叫した。仕方なく、先生と美里ちゃんをその場に残ってもらい、僕はアパートまで大急ぎで財布を取りに行き、何とか会計を済ませた。ここからが大変だった。酔っ払った先生をアパートまで戻す業務が最悪だった。「もう一軒!もう一軒行こう!」とワガママを言う先生を何とか説得しながら戻した。しかし、フラフラな先生は途中何度か車に轢かれそうになり、かなりヒヤヒヤものだった。こうして、今シーズン最悪の土曜日は幕を閉じたのだった。