入島
長い船旅の中寝ていたようだ。
「嫌なことを思い出す…」
船に揺られ、日本から大平洋のアジアよりの人工島への長い旅が終わった。
外は淡い塩の香りと微かに頬を舐めるように微かに風が吹き、揚々と太陽はそろそろ働くかと立ち上がるように空から熱と紫外線を降らせる。だがそれが心地よい。
そんな新生活を祝うかのような天気とは裏腹に、昔の事を思い出したからか青年の足は重い。
憂鬱な事を思い出しながら一人、いや、実態こそ無いもののそこに居る妹の楓と目の前の新たな地を踏みしめようとしていた。
あの後、警察、消防、法律に関する奴等、そして、日本特殊能力研究所という、名前からして頭の頭の悪そうな連中が俺を引き取った。
妹の楓は幽霊だからか他の者には一切見えずに終わった。
引き取られてからは本当に目まぐるしい日々だった。
そして、気が付くと大平洋から若干アジアよりの海上に漂う人工島に身を置くことが決定した。
日本の訳のわからない部署のお偉方がそう、俺に話した。
そこでは能力に目覚めた人間を管理、能力制御、教育、し社会復帰させ他所で起こる能力者の暴走、そして、code《能力者管理コード》の付いていない能力者の捕獲を重きと置いた国連の特殊教育島だ。
国連加盟国は能力者が覚醒した場合直ちに国連に報告、そしてこの島に運ばれるのが国連の決定だ。
だが、実際には覚醒した能力者を軍隊に使おうとした例がある。
例を挙げるとロシアでは十人にも及ぶ能力者の研究所からの脱走があり、中国では能力者の暴走、アメリカでは…と。
各国の能力者隠蔽は今に始まったことではない、それが暴れた時には破壊するのを本業にさせるのがこの島の存在理由だと、日本のこれまたお偉方が意味の無い無駄な会話を挟みつつ話してきたのを覚えている。
「兄さんは何を考えているの?」
不意に横から自分に訪ねる声がする。
「父さんと母さんの命日についてだ。」
俺は興味が無いような素振りを見せながら、頭ではこれからの新しい生活について考えていた。
「紅壱兄さんの嘘つき~どうせ、ここでの新しい生活についてでしょ」
「たしかに、そう…だな…」
苦笑まじりに答える。
俺は国連管理下能力制御専門学校の制服に袖を通し、やはり新しい生活に楽しみを求めていた。
もう名前に関しては云いたくもない。国連の下にあると云うこと意外なんの捻りもない。
そんな他愛の無いことを考えながら、島を初めて踏む。
途端に違和感を覚える。
自分の体に何か、何か触れた事の無いような物が全身をまとわり着くように体を包む。
たが、それもすぐに違和感を覚えなくなる。
まるでさっきまでまとわり着いたものが何か全く分からないうちに体は何もなかったように歩き続ける。
「兄さん今の気付いた?」
「あぁ、何となくだが何かがまとわりついた気がする」
「兄さんもそう感じてたんだ…」
どうやら楓も同じ事を感じていたようだ。
だが、特に違和感は無くなり、さっきのは何だったのかと錯覚したくなる。
少し立ち止まり島の外観を見る。島は所々を柵で囲ってあったり関所のような所がある。
何でこんなものがあるのかと云うのは簡単だ。
能力者《コード/code》code保持者を逃がさないためだ。
だが、日本の研究所の奴等はその柵には島を外部から守る盾、正式には五重五式縦型非物理防御柵と云うそうだ。
「君が加宮紅壱君かな?僕は間宮草加という。多分、日本から来るときに案内役だと聞いていないかな?」
島の門の中からいかつい、本当に筋肉しか無いように見える巨体の大男がその容姿とは想像できない軽い口調で聞いてきた。
そして、その軽い口調とは逆に地面を踏みしめるその行動だけでミシリと地面が叫びをあげそうだった。
そういえば、この男だけは俺は知っている。
日本から来るときに研究所の人間が口うるさくこの男の事について言われた。この間宮草加のcodeは"加速"《ドライブ》そして、日本で始めての能力覚醒者。
元々ただの会社員だったらしいが突如覚醒、そして今では日本の能力者の中でトップファイブに入り、単純な能力では世界一とか科学者どもに云われた。
そして、codenameは003。
codenameとはその能力が覚醒したら国連から決められる番号だ。
これによりその個人を特定したりすることができる。
逆に云うと俺はこの男以外知らない。つまりは本当に未知の世界に俺は行こうとしているのだ。
「あぁ、紅壱は俺だ。あなたの事は日本に居るときに聞いている。」
「あぁ、合ってて良かった良かった。一応連絡があったんだけど顔写真が無くてね。ちょっと不安だったんだよ。」
間宮は一拍置き、そして、一人でに歩く。付いてきてと手でサインを促す。
「君の案内を頼まれてるんだけど、君はこの島の学園の決まりは聞いてるんだっけ?」
置いていかれないよう俺は間宮の三歩後ろを付いて行く。
島で生活する方法すら知ら無い俺は、間宮しか頼れるものはこれと云って無かった。
それは同時に自分が何も知らないことを決定づける。
「いや、何も知らない。」
間宮はすぐに返す。
「そうか…まぁ、そりゃそうだわな。うん、簡単にいうとこの島の学園。君が通う学校ではより功績をあげたものが良い生活ができる。そして、それは上下関係にもなる。後輩、先輩は関係あるけどもそれは能力の覚醒順だ。年齢なんてものは関係ない。まぁ、君の場合遼生活だから、年齢は少しは関係すると思うんだけどね。」
間宮は少し申し訳無さそうに話を続ける。
「そして、能力者には必ずパートナー、自分の能力を完全に制御出来る事が出来る、つまりは能力制御者が必ず一人着くようになっている。まぁ、これも特例というか、能力制御者が出来てなかったりで能力者や普通の人間が着くことがあるんだ。」
間宮は一拍置いてまたも申し訳無さそうに云う。
「それで…君のパートナーなんだけど…その…まだ、見つかって無いんだ。君の能力は様々な能力を使うことから肆番目の魔法使い《フォースウィザード》と決まったんだけど、その能力は先天的、後天的かすら分からないからパートナーの着けようが無いんだ。」
聞き慣れない言葉を聞き違和感を覚える。
「フォースウィザード?肆番目とはなんだ?」
「あぁ、聞いてなかったか。普通は能力者はそれぞれ番号と能力名。僕の場合は"加速"《ドライブ》というように能力名が各個人に付けられるんだ。」
「大体最初に決まったのを最後まで使うんだけど、君の場合能力があまりにも数が多いから現段階は"肆番目の魔法使い"《フォースウィザード》と便宜上呼ばせてもらうことになったんだ。たしか、君は火、水、鉄器具、身体高速修復のcodeを所持しているからね。」
間宮が申し訳無さそうに口を閉ざす。
なるほど。話初めてからずっと申し訳無さそうにしてたのはそういうことが。
恐らくこの島ではそれほどパートナーは能力者に、とって重要な役割をはたすのであろう。俺は別にそんなことには気を止めと無い。
そもそも知らなかったのだから仕方ない。そして、さっきから間宮を監視するように鋭い目で見ていた楓がその死人のような唇を動かしながら宙を浮き。
「兄さんとこれから二人ボッチだね~」
本当に楽しそうに云う。
「そうだな…別に無いのねだりをする訳じゃないけど、やはり居た方が少しは楽だな。」
俺はあの日の夜に焼き尽くされた左腕を見ながら独り言のように云った。
左腕が焼かれてから確かに生活には若干の支障が出ている。だが、痛みも癒え動かないことに違和感を覚えなくなってからはあまり気にしてはいなかった。
「そこにいるのは紅壱くんの妹さんの加宮楓君かな?」
と間宮が楓のいる方向とは真逆の方向を向きながら虚空を相手にするように話しかける。
話し相手のはずの楓はひらりと風に舞う花びらのように俺の隣に舞い降り間宮を死んでいる魚を見るような蔑むように見る。
しかし、間宮はそれを気にしない。いや、気にせられずやはり虚空に語りかける。
「我々としては君に紅壱くんのパートナーを暫定的に頼みたいんだ。まだ、決まってないから決まり次第…ということになるけど。」
楓はその言葉を言い終わるが前に普段なら半開きな目を見開き、その大きく開いた目を輝かせ直ぐに
「兄さん一人じゃやっぱり不安だよね。仕方ないから私がやってあげる!」
とても嬉しそうに俺の周りを飛びながらそう答える。
だが、いくら楓がなんと云っても、行動してもそれが俺以外の他人に伝わる訳がない。
「楓は是非その役割を受けると云っている。」
俺は楓の云った内容を砕きながら間宮に伝える。まるで通訳者のようだ。
「そうか、いやー良かった良かった。流石に僕はその手の能力者じゃないから、そういうのは分かんないだ。でも、これから君の住む遼にはそういう霊関係のcode保持者が居るから、多分大丈夫だと思うよ。」
間宮は軽い口調で云う。
船から降りて目にした関所のような堅牢な門が目の前までとうとう来た、ここをと通ると俺は自由があまり効かなくなるだろう。
だが、それを引いても俺はこの島での新しい生活に期待していた。
門はあまりにも大きくその丈ですら15メートルはありそうだった。
たが、上に高く至るところに鼠の彫刻、そして、そのきらびやかな鼠を支えるように彩飾される若緑色の背景はどことなくこの門をとても大きな鼠の掛け軸を思わせた。
俺が一人で門を見ていると間宮は何かを取りに行っていたようで、手に収まる大きさの電子情報端末と何かのカードを俺に寄越した。
楓はそれが何か分からず、異文化に触れる子供のようにその若緑色の目を輝かせていた。無理もない。
楓の年は12歳で止まっているからだ。
楓は俺と年齢は一しか本来は違わない、そして、今俺は17歳。楓は本来16歳であるはずだ。
だが、死後、何かをきっかけに幽霊と化し俺と共にいる。精神年齢は間違いなく16だろう。
たが、こういう楓が今まで見たことも無いものを見せると楓は肉体…いや、霊体年齢に呼応するように反応するからだろう。
「これが紅壱君専用のPDS、そしてこのカードは紅壱君のこの島のでの便利なパスポートみたいなものだ。まぁ、簡単に云えばこのカードが無いと生活面で面倒事が多くなる。とだけ思っていてくれ。」
間宮は俺にパスポートなるカードと情報端末を渡す。
そして案の定、楓がそれに食らいつく。
「兄さん触って見せて!」
「後でな。それでこれは登録とかするのか?」
楓が横でそれを寄越せとばかりに手を振っている。だが、霊体の身は肉体へは当たらず俺をすり抜ける。この感覚だけ何度あっても慣れない。
「もう登録は全て済んでる。まぁ、それは普通に使えるよね。少し前に触った瞬間に爆弾と同等の威力まで強化して爆発させた子が居たんだ。流石にそうはいかないよね?」
間宮は不安そうに俺の顔を見て何事もないと返すとほっと安堵したようにやさしく笑みを返した。
そして、間宮は付いてきてと短めに後ろを向き歩き出す。
だが、その目の先には、あの大きな門がある。間宮が門を通ると同時に湖に小石を入れたように波のようなものが門に広がる。
自身の腕から鎖、緋が出るようになってからか、もうこういう非現実に慣れてしまった。
湖に小石を投げいれるように、この能力者育成島に俺が投げ込まれる。
とたんに門には波がたち、俺を水中の中に入れたと云うように島がその中身を見せる。
島は異文化が入れ違って出来た日本の渋谷によく似ていた。大きな超高層建造物、人が自身の店へと人々を勧誘する姿、物を抱えて道を通る人そんなところが渋谷に似ていた。
そして、俺らは島に入った時に通るあの大きな門が見えないくらい門から離れていた。
恐らく、間宮かこの島の仕業で空間転移したのだろう。
だが、明らかに現実離れしたものが見れる。
まず人は制服を着ているか軍服もしくは戦闘服のような、軍人のような服。
そして数は少ないが何かの特殊部隊のような装甲を纏った重火器を携える者。
そして、本来なら渋谷の109に該当するところにどこか役所を思わせる建造物。
そこに書かれている言葉は能力者管轄省。渋谷といううるさい街ではなくどこか堅い雰囲気を残したようなところだった。
俺は景観に圧倒されていると楓から後ろから俺を中心に回るように飛ぶ。
「兄さん、ここ渋谷じゃないよね?」
「あぁ、違うと思う。外見こそ似ているものの居る人間の役割が違う。」
「正解~ここは渋谷を真似て作られた、能力者管理省と後天的能力者が能力を使用するため《トリガー》まぁ魔導武装の製作、管理とか、まぁ、簡単に云うと能力者の都市のお役所とかそういうところだよ。」
間宮が口を挟むように話す。
確かに能力者の役所なら納得できる。この堅い雰囲気には慣れそうにないが、要はここで簡単な登録などをするのであろう。
「付いてきて、これから簡単な試験をするから。」
間宮に云われるように俺と楓は109を模した、コンクリートの塊に向かった。