Sun shower
蒲公英さん「かたつむり企画」参加作品です。
加藤桃子は昔から変わったヤツだった。
幼稚園のころは、すぐに部屋から脱走する。
小学生のころも、気づけば教室からいなくなる。
そして中学生になった今でも、あいつのマイペースぶりは変わらない。
「加藤はどうしたー? また脱走かぁ?」
五時間目の授業の始まり。数学教師の水野がそう言って、教室内にくすくすと笑いがもれる。
僕はさりげなく窓の外へ顔を向けようとしたけど、それよりも早く水野が僕を見て言った。
「悪いなぁ、岡田。いいか?」
――またかよ。
そう思いながらも僕は小さくうなずいて、黙って立ち上がり教室を出る。
幼稚園のころから、脱走した桃子を捕まえに行くのは、なぜか僕の仕事と決まっていたのだ。
「ももこー」
桃子の居場所はわかっている。こんな天気の良い日は、屋上でぼーっとしているはずだ。
暗い階段を一段ずつ上り、重い扉を開けると、やっぱり桃子はそこにいた。
「いい加減にしろよ? お前がいなくなるたびに、おれがいちいち呼びに来なくちゃなんないんだからな」
屋上の壁によりかかり、制服のままそこに座って、ぼんやり空を眺めていた桃子が、ゆっくりと僕に顔を向ける。
「ねぇ、碧人、見てよ。今日の空、すっごく青いよ」
無邪気な顔をして、のん気にそんなことを言いながら。
こいつ本当に頭、大丈夫かよ?
「なぁ、桃子。おれの話聞いてる?」
「聞いてるよ」
桃子がそう言ってにっこり笑う。
そういえば、こんな桃子の笑顔が可愛いって、同じクラスの飯塚が言ってたな。
僕にとってはもう、見飽きすぎた顔だけど。
「でも碧人。こんなに空が青いのに、狭い教室に押し込まれて、つまんない授業受けるのなんて、もったいないと思わない?」
そりゃあ誰だってそう思うよ。思うけど――思うだけだ。
中学生は毎日学校へ通って、毎日教室で勉強しなくちゃならないって、決まってるんだ。
「くだらないこと言ってないで、早く教室戻れよ。お前が戻らないと、おれが水野に怒られる」
桃子が息を漏らすように軽く笑った。まるで、僕のほうがおかしいとでも言っているような顔つきで。
そしてまた顔を上げて空を見上げる。
「桃子! おれもう教室戻るぞ?」
「うん。いいよぉ」
「いいよじゃなくて! お前も戻れよ!」
ああ、なんだかもう、いらいらする。
家が近所だからとか、親同士が仲良しだからとか、小さい頃からずっと一緒だからとか……もうそういうの勘弁してくれないかな。
僕は好きでこいつの近所に生まれたわけじゃないし、好きで幼稚園も小学校も中学校も一緒に通ってるわけじゃない。
今のクラスだって、桃子と同じになんてなりたくなかった。
「……戻るからな」
そうつぶやいた僕の前で、桃子はやっぱり空を見ている。
そんな桃子に背中を向けようとした時、僕の視界に何気なく、青い空が映った。
梅雨の合間の晴れた空。屋上からどこまでもどこまでも、空は果てしなく続いている。
「碧人」
そんな僕の耳に桃子の声が聞こえた。
「この空の下、ずうっと歩いて行けたらいいのにね」
そんなこと、思ったこともない僕は、桃子を無視してドアを閉める。
眩しい空の下から、薄暗い校舎の中に目が慣れるまで、ほんの少し時間がかかった。
「加藤って、可愛いよな?」
放課後、サッカーボールを蹴りながら、飯塚が言った。
「ちっこいとことか、ぼーっとしてるのに、たまにすごく笑った顔とか」
僕は本当にあきれて、大きくため息をついた。
「わっかんねーな。あいつのどこがいいんだよ?」
「碧人は近すぎて、気づかないだけだって」
飯塚が僕の顔を見ながら、にやりと笑う。
「けっこういるんだぞ? 加藤のこと、いいなって言ってるヤツ」
「へぇー」
「おれも告っちゃおうかなぁ? 碧人、いい?」
「なんでおれに聞くんだよ。勝手にしろ」
そう言いながら、なんだか胸の奥がもやもやして、僕は足元にあったボールを思い切り蹴飛ばした。
部活が終わって、川沿いの道を家に向かって歩く。
今日は一日気分が悪かった僕に、最後にもうひとつ最悪な言葉が降ってきた。
「最後の大会のレギュラーは、以上だ」
顧問の先生が発表したレギュラーに、僕の名前はなかった。僕より下手くそだと思ってた、飯塚の名前はあったのに。
「くそっ」
足もとの石ころを右足で蹴飛ばす。ころころと転がった石ころが、土手の上に立ち止っている誰かの足にぶつかった。
――桃子だ。
ぼんやりと突っ立っていた桃子が、ゆっくりと僕に振り返る。
空は夕焼け色。桃子はどうせ「見て見て、碧人。夕陽がすっごく綺麗だよ」とか言うんだろう。
悪いけど僕は今、そんなロマンチックな気分じゃないんだ。
桃子を無視してその後ろを通り過ぎる。桃子は何も言わずにそんな僕のことを見ている。
なんだよ、なんにも言わないのかよ?
声をかけて欲しいのか、欲しくないのか……自分で自分がわからない。
「碧人」
通り過ぎた僕に、桃子の声がかかる。思わず振り向いてしまったら、桃子がいつものように、やわらかく微笑んで言った。
「バイバイ、碧人。また明日ね」
僕は何も言わずに背中を向けると、桃子から逃げるように走って帰った。
「今回の成績、だいぶ落ちてるなぁ……」
放課後の教室。僕の前に座った担任が、渋い顔をしてそう言った。
「岡田は第一志望、S高だっけ?」
「……はい」
「かなり頑張らないといけないな」
頑張ってるよ。頑張って勉強したんだよ、それでも。
面談が終わって席を立つと、担任が僕に言った。
「次、加藤なんだけど。廊下にいなかったら、呼んできてくれないか?」
またかよ。もう、いい加減にしてくれ!
心の中でそう叫んだけれど、僕は担任の言う通り、廊下を出て階段を上った。
今日は朝から曇り空だった。こんな日の桃子の行き場所は音楽室だ。
四階の一番奥にある、音楽室の窓際の席に座って、桃子はぽつんとひとりグラウンドを見下ろしていた。
「桃子」
ふてくされた声でその名前を呼ぶ。桃子はゆっくりと振り返って僕を見る。
「面談。次、お前の番」
「うん」
そう答えながらも、桃子はまた外を見る。
「また雨、降りそうだね」
僕はため息をつきながら、入り口のドアにもたれかかってつぶやく。
「梅雨だからな」
「碧人は雨、キライ?」
少し考えて、桃子に答える。
「嫌いだよ。濡れるし、傘差すの面倒だし、サッカーできないし」
そう言ってから桃子の横顔を見る。
「桃子は?」
「あたしは……雨の日も、晴れてる日も、どっちも好きだよ」
桃子がそう言って僕を見て、ふんわりと微笑む。なぜだか急に胸が痛くなって、僕はそんな桃子から視線をそらす。
「……早く、面談行けよ」
「うん」
背中を向けて教室を出た。廊下の窓から見える裏庭の木の枝に、静かに雨が落ちはじめていた。
本当はちょっと思っていた。
面倒な授業なんかサボって、最後の大会のことも、受験のことも何もかも忘れて、桃子みたいにぼんやり空を眺めていられたら……。
靴箱から取り出したスニーカーを、乱暴に床に落とす。
バカか? そんなことできるわけない。フツーはしない。フツーは……。
玄関に立って、雨の降りだした外を見る。
フツーって……一体、なんなんだろう。
僕の隣に来た三人組の女子が、おしゃべりしながら雨の中に傘を開く。
僕はぼんやりそんな三人を眺めながら、自分もカバンの中から折り畳みの傘を取り出す。
雨が降ったら傘を差すだろう? 誰だって濡れたくないから。
それがフツーってもんなんだ。
雨の中に一歩を踏み出す。静かに傘に当たる雨の音を聞きながら、桃子のことを考える。
雨の日も好きだよ、って言ったあいつだったら、こんな穏やかな雨の中、喜んで濡れて帰るんじゃないかなんて、なんとなく思った。
僕たち三年生の最後の大会は、一回戦敗退であっけなく終わった。
泥だらけのユニフォーム姿の飯塚と、綺麗なままのユニフォーム姿の僕は、夕暮れの道を並んで歩く。
結局僕は今日、最後まで試合に出るチャンスはなかった。
「試合も負けたし、部活も引退かぁ」
僕の隣で飯塚が、のん気にそんなことを言う。お前はいいよな。たいした活躍はしなかったけど、一応試合に出れたんだし。
「夏休みになったらおれ言うぞ? 加藤に」
僕はちらりと飯塚を見てつぶやく。
「やめとけよ、あんなヘンな女」
飯塚が同じようにちらりと、僕を見返したのがわかった。
「授業はサボるし、何考えてるかわかんないし、きっと付き合ったっておもしろいこと何にもねーよ」
「なにムキになってんの? 碧人にはカンケーないじゃん」
「そりゃあ……カンケーないけど」
カンケーないけど。どうしてこんなに胸がムカムカするんだろう。
「あんた一学期の成績ひどかったんだからね。ちゃんと勉強しないと、ろくな高校行けないわよ」
母親に小言を言われながら家を出る。
夏休み初日から塾の夏期講習。受験生なんだから仕方ない。
ちゃんと勉強して、志望校に合格して、それからまた勉強して、大学行って、また勉強して、就職して、それから……それからどうするんだろう。
川沿いの道で立ち止まる。いまだに梅雨の明けない空は、すっきりと晴れない。
じりじりと空気だけが蒸し暑くて、何もかもを投げ捨てて逃げ出したくなる。
――そんなこと、できるわけないのに。
チリンと自転車のベルが鳴った。振り返ると、タンクトップにショートパンツ姿の桃子が、僕に笑いかけた。
「どこ行くの?」
「塾」
ぶすっとした声で答えてから、ちらりと桃子のことを見る。近所に買い物にでも行くような格好で、桃子はのんびりと僕を見ている。
「桃子は?」
「あたしは海に」
「は? 海に?」
「うん。これから、自転車で」
ちょっと待て。ちょっと待てよ。
ここから海まで、自転車で行けない距離ではない。だけど「ちょっとそこまで」って感じで行く距離でもない。
確か去年飯塚たちが、片道三時間かかって、めっちゃ疲れたって言ってたぞ?
「ホントに……これから行くのか?」
「うん」
こくんとうなずいてにっこり微笑む桃子。
本当にこいつ、どうかしてる。
「そうか。じゃあ、気をつけて」
「うん。碧人も塾、頑張ってね」
返事をしないで桃子に背中を向ける。
薄曇りの空から差し込むかすかな日差し。踏み出そうとした一歩がどうしても踏み出せない。
額から流れる汗。蒸し暑くて生ぬるい風。ぎゅっと目を閉じたら、青く広がる海と、桃子の笑顔がなぜか浮かんだ。
「も、桃子っ」
慌てて振り返った僕の前で、桃子はさっきと同じまま止まっている。
「あ、あのさっ……おれも、海、行こうかなぁ……なんて」
なに言ってんだ。なに言ってんだ、僕は。桃子とあまりにも一緒にいたから、僕までおかしくなっちゃったのか?
「うん」
わけもなくテンパってる僕の前で、桃子はいつものようにのんびりと微笑む。
「一緒に行こう。碧人」
雲の隙間から差し込んだ一筋の光が、桃子のピンク色の頬をほんのりと照らした。
川沿いの道を、桃子を後ろに乗せて走る。
一緒に行こうと言った桃子は、僕に向かって後ろに乗りなよと言った。
「二人乗りで行くつもりか?」
「お巡りさんにつかまっちゃうかなぁ?」
のん気な口調でそう言いながら、自転車にまたがろうとした桃子を止める。
「おれが前に乗るから。お前後ろに乗れよ」
本当はちょっと自信がなかった。桃子を乗せて海までなんて、行けないんじゃないかって。
だけどもしかしたら行けるかもしれないとも思った。
桃子と一緒に海まで行けたら……何かがちょっとだけ変わるんじゃないか、なんて。
僕の言う通り、後ろにちょこんと座った桃子を確認すると、僕は力を込めてペダルを踏んだ。
前からびゅうっと風が吹いて、それに負けないようにもっと力を込める。
「海ってどうやって行くんだよ?」
「このまま川に沿って、真っすぐ行けばいいんじゃない?」
「ホントかよ?」
「だって川の水は、全部海に流れてるんでしょ?」
「そりゃそうだけど」
僕の後ろで桃子がくすくすと笑う。
風を切って走る自転車。桃子の手が、僕のTシャツをきゅっと握りしめている。
空がだんだん晴れてきた。汗がじんわりにじんでくる。
だけどなんだか気持ちがよかった。こんな気持ちになったのは、すごく久しぶりだった。
息を切らしながら土手の草むらに仰向けになる。
最悪だ――海まで半分、いや三分の一も来てないか……。
Tシャツにじっとりと張り付く汗。こいでもこいでも近づかない距離。パンクしちゃった自転車。
ああ、カッコつけて、桃子を後ろに乗せたりするんじゃなかった。
額にぽつりと何かが当たった。明るい空から落ちる雨。
マジかよ? 最悪すぎる。
思いっきり顔をしかめて体を起こす。目の前は川。土手の上はどこまでも真っすぐ続く一本道。雨宿りする場所なんてなさそうだ。
何やってんだ、僕は。こんなことなら、真面目に塾に行ってればよかった……なんて思っていた時、僕を呼ぶ声が土手の上から聞こえた。
「あおとー」
きらきら落ちる雨の中、スポーツドリンクを二本抱えた桃子が、僕に向かって駆け下りてくる。
「大丈夫ー? これ、買ってきたよー」
僕は草の上に座ったまま、そんな桃子の姿を見つめる。
濡れた髪が太陽に照らされて、なんというか……すごくキレイに見えた。
「はい。お疲れさま」
桃子が僕の前に立って、ペットボトルを一本差し出す。
これを買うために、どこまで走って行ったんだろう。
「お天気雨だね」
そう言って笑って、桃子は濡れるのも気にしないで、空を仰ぐ。
僕はなんだか情けなくなって、ペットボトルを握りしめてつぶやいた。
「ごめん……海……今日は無理だな」
桃子がゆっくりと僕に顔を向ける。そしていつものようにふんわりと笑って言った。
「でも、ここまで碧人と来れてよかった。楽しかったね?」
楽しかった? そうかな……確かに桃子を自転車に乗せて走っている時、なんとなく気分がよかった。
知らない道を走るのもわくわくしたし、蒸し暑い風を受けるのも、冷房のきいた狭い塾の教室で勉強するよりは、遥かに気持ちよかった。
「あたしだってね、考えてるんだよ?」
ふいに桃子がそんなことをつぶやく。
「大人になったら、こんなふうに、道草ばかりしてられないってこと」
僕はさらさらと降る雨の中、ぼんやりと桃子の顔を見る。
「でもあたしたちはまだコドモだから。少しくらいいいよね? 道草したって」
そう言って笑う桃子を見たら、なんだか「普通」にこだわってきた自分がバカみたいに思えてきた。
「だけどな、お前は道草しすぎだと思うぞ?」
「うん。そうかも」
「わかってるなら、もうちょっとちゃんと授業出ろよ。いちいちお前の道草に、おれまで付き合わされてるんだからな」
僕の前で桃子が笑う。そしてもう一度空を見上げて、僕に言った。
「碧人。いいこと教えてあげる」
桃子につられて、僕も一緒に空を見る。いつの間にか雨は止み、僕たちの上に青い空が広がる。
「こんなお天気雨の日はね……」
ゆっくりと空に伸びる桃子の指。その指の先を目で追いかける。
「あ、虹!」
「ね?」
まるで自分が架けたかのように、桃子は自慢げに僕の顔をのぞきこむ。僕はそんな桃子の顔を見るのが照れくさくて、そのまま空を見上げていた。
川に架かる橋の向こうに、七色の虹が架かる。
あのまま塾に行ってたら、こんな空に気づかずに、いつもと同じ一日を過ごしていたんだろう。
ちょっと疲れたけど、自転車パンクしちゃったけど、たぶん家に帰ったら怒られるけど……でも桃子と一緒に来てよかったと思う。
「次は絶対海まで行こうな?」
空を見たままそうつぶやく。
「うん」
桃子は隣でうなずいて、そして僕に言った。
「よかった、碧人。やっと元気になった」
ゆっくりと視線を動かした僕の目に、嬉しそうに微笑んでいる桃子の顔が見えた。
あっという間に夏休みが過ぎ、二学期が始まる。
なんとなく教室内は受験モードになっていて、さすがに桃子も、ちゃんと授業を受けるようになっていた……といっても、椅子に座って、窓の外をぼんやり見ていることが多かったけど。
それでも時々ふっと気づくと、いつの間にか桃子がいなくなってたりする。
「んー、加藤はまた脱走かぁ?」
数学教師の水野の声に、「それじゃあ、おれが捜して……」なんて言いかけた飯塚よりも早く、僕が立ち上がった。
「おれが連れてきます」
「そうか。じゃあ岡田、頼むわ」
水野の声にうなずいてから、あきれ顔の飯塚に苦笑いをする。
悪いな、飯塚。だけど桃子の居場所がわかるのは、この僕だけなんだ。
授業の始まった教室を出て、階段を駆け上がる。
屋上へ続く重い扉を開けたら、目の前に高くて青い空が広がった。
「ももこー。いい加減にしろよー」
今日も桃子は壁によりかかり、ぼーっと空を眺めていた。
「お前さぁ、こんなんじゃ、高校行けないぞ?」
わざとらしいため息をひとつ吐き、僕も一歩外へ出る。
九月の眩しい日差しの中、ゆっくりと僕を見た桃子が口を開く。
「ねぇ、碧人、見て。空がずいぶん高くなったよ」
「お前なぁ……人の話聞けっての」
そう言いながら、僕は桃子の隣に座った。
どうしてだかわからないけど……本当は最初からこうしたかったのかもしれない。
桃子の隣で空を見る。
僕たちの長い人生、このくらいの道草したって、いいよな? なんて、自分に言い聞かせながら。
そんな僕に顔を向けて、桃子が言う。
「碧人。来年も一緒に、海に行こうね?」
突然、夏休みに二人だけで行った海を思い出して、なんだか無性に恥ずかしくなった。
「え、ああ、気が向いたらな」
照れ隠しのようにそう言って、隣にいる桃子をちらりと見る。桃子は僕の顔を見ながら、いつものようにふんわりと微笑んだ。
うわ、なんだ、これ。
いま一瞬、この笑顔を、他の誰にも見せたくないなんて、思っちゃったじゃん。
「五分したら、戻るからな」
「うん。わかった」
あと五分。五分だけ、こうやっていよう。本当はずっとずっと、こうやっていたいけど。
僕と桃子の上に広がる青い空。
この空の下を、今度は二人でどこまで行こうか……。
ほんの少しだけ肩と肩を触れ合わせながら、僕は桃子の隣で、そんなことを考えていた。