答え合わせ
「はあっ、はあっ……」
壱は足元が覚束なく、ふらふらとした足取りで球体に押し潰された時雨へと歩み寄る。
「ちょ、ちょっと危ないわよ!! そんな怪我して、ソイツのところまで行くなんて! 私が行くわ」
何て言って凛は壱の前へと先行し、走って行った。
ちょっと良い奴だな、なんて感想を抱きながら歩みを止めない。
「こいつ、まだ生きてるわよ……? ていうか気絶すらしてないってどんだけタフなのよ!?」
驚愕した凛は時雨を指差すが、表情に危機感は見られない。
粒子の感覚からいって大腿骨や、あらば、腕などが骨折しているので戦闘不能状態なのだ。
「知ってるよ」とも言えず、「ああ、そうだな」なんて答えを返しておく。
「テメエはくそムカつくけど、俺に似ていて似ていない」
身体を投げ出し、視線だけをコチラに寄越して時雨はぶっきらぼうに言う。
「そうだな……お前は助けられなくて俺は助けられたくらいの違いしかないけどな」
「いや、違う。お前は大切な人を気遣える力がある。俺は……気づかないフリをしてた。助けるために殺して殺して殺して――結果、だ。殺さなきゃ、彼女の心の声に耳を傾けてれば開けた道もあったのかもしれない」
「そうだな」
懺悔の言葉を壱は静かに肯定する。
「お前の最後の技――あれで気づいたよ。俺はお前の話に正気を見失ってたことに」
壱は黙って聞いておく。
けどな、と小さく時雨は呟く。
「善もこんなクソみたいな平和も、俺は愛せそうにねえっ!! お前にとって善ってのは何なんだよ! あの子の記憶を殺した――俺みたいな奴を生かすことか!? あの子が本当は俺を殺したがってたらどうする? お前にとっての平和って何だよ!? さんざん人に語りやがって! 対策でも言ってみやがれ!」
泣き叫ぶように喚く時雨。
壱の脳内に浮かぶのは二人の少女の悲しげな顔。
クレアと、綾瀬。
ずっと考えてた。
「善なんて俺がずっと考えてんだ。不良に殴られる。護ろうとして殺されかける」
時雨は壱のことを呆けたように見る。
「それで俺はいいんだ。助けれれば。けどさアイツらはすげえ悲しそうな顔するんだよ」
嬉しそうに、けれど悲しげに。
触ったら壊れる宝物でも見ているかのように壱は語る。
「俺の正義はアイツら悲しませる。なら、そんなもんはいらねえんじゃねえかって考えた事だってある。けどさ、結局その正義ってのもアイツらの為にあるんだよ」
矛盾だらけだけどさ、と壱は笑う。
「だから俺は俺の判断に任せてる。本当は殺したがってた? 俺がクレアを説教してやるよ。そんでもってお前を好きなだけ殴らせる。それが俺の、善だよ……善って言っていいのかわかんねえけど。二つ合わせたらそれはもう信念って言った方が正しいのかもな」
平和。
けれど、本当に彼女はそんな大それたことを望んでいたんだろうか。
「『世界平和』……本当は、お前の身を案じてそう言ったのかもな」
「な、に……?」
信じられないものでも見たかのように時雨は言う。
「ま、仮定の話だよ。そうだな……本当に世界を平和にするためには――まず、お前が善人にならなくちゃなんないんじゃねえか?」
「ふざけんな……」
時雨は壱を睨むが、壱はその眼光をスルーする。
「世界ってのはさ悪人よりも善人の方が多いんじゃねえか? そうでなきゃ仮初だろうが何だろうが人が生活できるわけがない」
「全員を善人にするってことか? 説いて回るだけで何百年かかると……」
でもさ、と壱は言う。
「世界を悪に染めようとするよか簡単かもよ?」
時雨は呆れたように目を瞑る。
「少なくとも、ここに居る奴が善人になれば『両手の平和』は築かれる」
「両手の、平和?」
凛が壱へと疑問をなげかける。
「ああ、七大魔術師の力は絶大なんだ。お前の思い人だって強い。そういう奴らが善人であればとりあえず、半径一メートルくらいは平和になるんじゃねえか?」