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擦れ違い

 倉敷壱とクレアが共同生活を送っている場所――即ち寮には八畳一間の部屋とトイレ、風呂場兼洗面所、台所そしてベランダが存在している。

 クレアはベランダでぼんやりと空を見上げていた。

(壱さんが言うには、私と生活してて私が家事全般を請け負ってたって話だけど……)

 壱の無理やりな弾んだ声からは記憶を失う前の自分と上手くやっていけていたんだろうということが良くわかる。

 だからこそ、自分を置いていてくれるのだ。

(掃除、しようかな……)

 自分が記憶を失わなければ、いっそのこと壱さんの名前すら覚えていなかったら。

 壱さんはあそこまで傷つけずに済んだのかもしれない。

(そもそも何で私は壱さんの名前だけは覚えてたんだろう?)

「覚えやすいからかなあ?」

 っぽいかもしれない。ていうか絶対そうだ。間違いない。

 何故か疑問挟むことを自分で許せなかった。

 ふらりとした足取りで部屋の中へ向かう。

 ぽーん、という間の抜けた時計の音が壱の帰りの時間を教えてくれる。

 コレは自分が設定したものじゃない。

 多分、彼女の痕跡だ。

 記憶を失う前の自分。

 壱さんのヒロインとなっていた自分の、刻み込まれた痕跡。

「帰って、くるんだ……」

 帰って来られるのが嫌なわけじゃない。

 寧ろ嬉しい。

 けど、と。

 ガチャリと玄関が開いた。

「ただいま」

 壱さんが声を弾まし、笑みを向けてくる。

 その笑みの向こうが鮮明に見えて、クレアの心は爪で深く掻きむしられたような痛みを発する。

「おかえりなさい」

 だから、自分も傷つけない為に――そして結果、傷つけると知っていても。

 精一杯の――作り笑いを浮かべる。

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