一ヶ月後
「……」
倉敷壱は究極的に病んでいた。
何かもう何もかもぶち壊したい。
いっそのこと自殺でも決行したい。
(何で護れなかったんだよ……俺がもっと強ければ。アイツが記憶が失う事なんて……)
そして、護れなかった少女は今も壱の部屋に居る。
だって、クレアはどこにも行けないのだから。
甲斐性も、力もない壱の元を離れるという選択肢すら存在しない。
守ってもらう人も、守ってあげたい人も、今のクレアには存在しない。
消去法で。
選択肢が一つしかない状況で。
壱はクレアを縛っているのだ。
「……ッ」
その空気を吐き出すような声に遊星たちが反応した。
「マジで壱やばくない?」
とクリスが心配そうに言う。
「そりゃあ、お前……あんな大切にしてた女の子の記憶が抹消されたんたぞ? 思い出も共有されてないだろうしな」
遊星は後頭部を掻きながら冷静に言う。
そして、二人の恋する乙女をチラリと見る。
フレアと辻綾瀬だ。
「……」
「……」
激しく落ち込んでいる。
目が死んでいる上に、教科書すら机にない。
知り合いが記憶を失った悲しみと、想い人が落ち込んでいるせいと、想い人が知り合いをどれだけ思っているかまざまざと見せつけられている為だろう。
何という三重苦。
「……にしても、もう一ヶ月だぜ? あれから……」
「でもようやく壱もご飯食べてくれるようになったし。「ん」くらいは話せるようになったしさよくなったんじゃない?」
「……まあ、確かに」
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理事長室で沙耶がケータイ片手に喋っていた。
「にしても、アレね。皆が皆ヒーローになれる訳じゃないんだね」
最終的に助けたのは壱じゃない。
『当たり前だろう』
あくまで冷静に電話の主は言う。
「でも、海田くんとかカックいいくらいにヒーローじゃない?」
海田は護るべき者が居たとき、少し上の実力者であろうが、最後に勝っていた。
まるで、予定調和のように。
『そういう奴も居る。実力云々の話じゃなくてな。それに、そもそもヒロインの重さが違う。アイツを護るっていうのは世界のヒーローするより重い』
例えば、戦争の発端になった赤ん坊を護るよりも難しい、電話の主はそう言う。
なら、あそこまで戦えた壱は主人公ではないにしても異常な程の実力者なのか。
「ふーん。じゃあやっぱりこの事は予定通り?」
「……どっちでもよかった。生きてさえいればな。何もかもが俺の手中にあるわけじゃない。俺が決めているのはあくまでも只のルートだ。右側通行だとか交通手段までは決めてない。その辺りはアイツらの自由意思に任せる」
大雑把に決めて、何か不都合が起きればその都度対処していく。
それがこの人の計画の立て方なのだ。
綿密に組み込まれた計画ほど脆いものはない。
何か一つ――砂粒ほどの小さなイレギュラーに翻弄されるのだから。
根幹は綿密に、それ以外は大雑把に。
コレが計画を立てる上での大事なことなのだ。
沙耶は一度深く息をしてから言った。
「で、何時になったらアナタの計画は実行されるわけ?」
もう一ヶ月も待っているのに何も動き出さない。
イライラもしてくる。
そもそも計画の末尾さえも知らないのだ。
「アイツらが俺が決めた地点までたどり着いたらだ」
「……たどり着くの?」
「着く。俺は信じてる」
随分と歪んだ信頼ね、と思いながらつーという電子音で電話が切れたことを知った。