記憶欠落
主人公になれる者となれない者が居る。
例えば、海田京。
彼は主人公になれる者だった。
例えば、倉敷壱。
彼は主人公にはなれない者だ。
大事な者を、大切な者を誰の手にあずけることもなく守り抜く。
護りきる。
それが、主人公としての、ヒーローとしての絶対条件。
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壱は目を醒ました。
ぼんやりと白い天井が見える。
頭が霞がかって何も思い出せない。
まるで自分自身の深層意識が思い出させないようにしているかのようだった。
隣で聞こえた声で、壱の全ての五感が死んだ。
すっと、体温が引いていく。
「壱さんって知ってますか?」
声が聞こえる。
覚えてる。
そのことだけで、全身が泣くように大きく震えた。
生まれたての赤ん坊のように歓喜の声しか自分自身の中から聞こえない。
「は、はは。お前、ホントに心配したんだぞお前!!」
破顔したまま、クレアの方へ顔を向ける。
そして、表情から笑みが喪失した。
クレアの顔が、まるで初めて会う人のようなぎこちない笑みだったからだ。
真っ白な、全てが白紙の少女の笑みだった。
その笑みは、多分、記憶を持っている人間にが作り出せない笑みだと思う。
「何で、そんな顔、してるんですか……?」
クレアが痛々しい笑みを作る。
大丈夫ですか、そんな気配が空気を震わし、伝わってくる。
「私、そんなに変なこと訊きましたか?」
何も、覚えてない。
「俺との、思い出は?」
「すみません……」
クレアは壱が望んでもいないのに、悲しげな顔をする。
「俺の、名前がそうだよ…………」
クレアはその言葉に惚けたように馬鹿みたいな顔をする。
ここだ。
壱は笑みを作り出す。
思い出があるからこその作り笑い。
「あははははははっ。何んだよその変な顔は」
「へ、変ですか!?」
「変も変だよ」
無理やりに顔をクシャクシャにする。
「じゃあ、私の名前とか関係とかって知ってますか?」
「自分の名前、覚えてねえのか?」
クレアは恥ずかしそうに笑う。
「はい。覚えてるのは『壱さん』って言う名前だけで……」
「そ、か……」
笑みは、もう作れなかった。
「何で、泣いてるんですか?」
クレアの声は泣き声で埋もれていた。
「お前が泣く必要はねえだろ」
「壱、さんこそ」
世界で一番見たくないクレアの泣き顔を見たくなくて、瞳を閉じた。
泣き声だけが、雨音のように耳たぶを打つ。




