兵器
クレアは壱の部屋で誰かが、本棚を漁っているところをただ見ていた。
それは、自分の在るはずがないアルバム。
見られたそのアルバムは誰かの手から消滅していく。
(友達が一人も居なかったの、バレちゃったな……大天使様しか話し相手が居ないのもバレちゃった)
けど、とクレアはふふっと笑う。
人間界に降りてきたアルバムを見ればきっと驚く。
壱さんと――アレ? 壱さんってどんな関係なんだろう?
わからないけど、独りぼっちだった私と仲良くしてくれて、近しくなって、救ってくれて他にも一杯色んな人から声をかけてもらって――この人も驚くはずだ。
その時になったら、声をかけよう。
多分、友達になってくれるはず――。
(あれ? なんで一人ぼっちだったんだっけ?)
誰が、友達なんだったっけ?
なんで、あの人の手に渡ったアルバムは消滅しているの?
жжжжж
「クレアを、返せ!!」
倉敷壱は乗り込んだ地下室で怒鳴り鳴らした。
大和製鉄が社長――大和和也は深い皺を更に深く眉間に刻み込みながら、ため息を吐く。
「ここは絶対安全な筈だろう?」
「んなこと言ってないですよ。『ここは(人間相手には)絶対安全』っていったんです。それにあんな閃光を防御しただけでも褒めてくださいよね」
「その存在すらしていなかった副音声を聞けってか?」
恋歌と大和の周りには瓦礫が積み重なり、S級魔術師が一〇人全員倒れていた。
この秘密の地下室ももはや廃屋と化しているのだ。
「でもまあ、S級魔術師って私や海田より弱いとは言え、異常な天才の集まりなんだけどね」
「そんなことは、どうでもいい。返せ!!」
壱はボロボロの身体を引き摺るようにして、クレアを縛っているのであろう装置へと歩を進める。
「お前はすでに闘える身体じゃない」
大和の冷静な瞳に貫かれ、壱は動揺してしまう。
「あ? だからどうしたんだよ? 返せ!!」
「だからどうした? そんなの決まってるだろう? だから、返さない」
嘲笑う大和に壱が噛み付くように吠える。
それが正に負け犬の遠吠えだとしても、叫ぶしかなかったのだ。
「ふっざけんな! 返しやがれ! テメエら全員ぶっ殺す!!」
壱は引きずった身体を酷使し、老人のような速度で走り大和に殴りかかった。
拳は布をどかすのが精一杯と言ったようなスピードで、大和が嘲笑うのを壱の瞳は捉える。
泣き出しそうなほど無力な拳は触れる価値すらないように避けられ、脚をひっかけられた。
それだけのことで、瓦礫へと身体を沈める。
壱は自分の惨めさに、助け出したい少女が居るのに触れられない悔しさに憤り、悲しみながらも頭を上げる。
「お前ら、は……クレアを何だと思ってんだよお」
手を付き、震える脚で大地を掴もうとし、膝が折れる。
赤ん坊のように転ぶ。
「アイツは、すげえいい奴なんだ。許してくれよ」
頭を瓦礫に沈めて、言う。
「俺なら、何でもするから!」
大和と恋歌はお化けでも見たかのように驚きで顔を敷き詰める。
壱に残された手段はこれしかない。
平謝りなんて時雨に倒された頃なら無理だっただろう。
だけど今は主力である時雨を倒した男だ。
十分に利用価値はあるはずだ。
もしかしたら――
「俺だって力はある。時雨にだって勝てた! だから――」
空気が抜けるような音が聞こえた。
その音の名は、『嘲笑』
「あははははははははははは!! ……クレアには才能があるのかもな」
「才能?」
恋歌の問いに大和が過去の経験から、戦争から学んだことを一言載せる。
「不幸とまき散らす才能だ」
一億人の一人の割合で確かに存在するマイナス。
居るだけで人を不幸にする存在。
許されない、存在することそのものが罪な人間。
クレアはその人間の中でも突出している才能だと大和は微かに嗅ぎとっていた。
そう、土地を広げる能力を持って生まれた災いの子のように、大きな争乱を呼び起こす。
罪のない人々が紅蓮の炎で焼き尽くされ、凍てつく銃弾で撃ち抜かれ、魔術によって痛めつけられる。
「そうなる前に商いの材料にしてしまおう」
瓦礫を蹴り飛ばし、クレアへと歩を進める。
壱は大和の脚へと手を伸ばし、空を切った。
「やめろ!! お前ら絶対に許さねえぞ!!」
「いや、世界征服でもしてしまおうか?」
「くっ!?」
その瞬間、恋歌が突如声を上げ、顔が強ばった。
そのとき、三人は見ることになる。
クレアの瞳が血のように赤い真紅へと変わるのを。
「壱、さ、との記憶、消させない……」
「なっ!?」
恋歌は動き出したクレアに対して二の句を告げないでいる。
大和は恋歌を見て、命令を飛ばす。
「何とかしろ!」
「何とかしろって……ッ!?」
一気に記憶を燃やし尽くして、能力だけを手に入れる。
コレは確証ではないが、きっと力はクレアのどこかに潜んでいるはずだ。
強烈な『耐性』を持って。
「一気に破壊し尽くす!!」
クレアの身体が心臓の鼓動のように一度跳ねた。
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
壱の叫び声が、空を舞った。