マクスウェルの悪魔
病室で誰もが、当惑していた。
木村早瀬は出て行った。
海田京も出て行った。
辻綾瀬も出て行った。
クレアを助けに行くために。
倉敷壱の意志を継いだのだ、そう皆は思った。
「で、どうする? 皆行っちゃう? あと五人なら|シッカリ(、、、、)飛ばせるけど」
誤差+-一センチで飛ばせる回数はあと五回。
五人で倒せるような可愛い化け物でないことくらい全員が認識していた。
魔力を操れたりする沙耶でも無理だろう。
打つ手はない。
元海田ハーレム要員たちは例えば、海田を好きだった頃なら一番に駆けつけただろうが、今は特に好きではないのだ。
命をかけるには――値しない。
「いえ、私たちは……壱が目を覚ますまで真っていたいです」
神風麗那がそう言う。
そういう、人の価値の急激な下落が起こる『恋』というものが、壱は嫌いなのかもしれないと明確に思いながら。
「ふーん。壱くんが恋を嫌う理由がちょっと分かったわ」
そう沙耶は薄く、感情のない笑みを湛える。
その時だった。
「俺が行く」
遊星が震える声でそう答える。
「は!? あんた馬鹿じゃないの!? 壱がここまでズタボロにやられたのに行くなんて自殺行為よ!?」
クリスの鈴の音のような声が響く。
「それでも俺は行く。辻の友達だし辻までどうにかなったら、敷がどうなるかわかんねえから」
クリスは何もいえず、黙り込み、そして。
「それじゃあ、私も行く――」
「いってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
倉敷壱が跳ね起きたと、同時に叫んだ。
そして、ほぼ同時に叫んだ。
「……海田は!? ハーレム要員は!? 神風さんは!?」
遊星の驚愕の声が響いた。
「復活した!?」
構わず、壱は言う。
「お前らのカリスマ性と能力が必要なんだ!!」
◆◆◆◆◆◆◆
「まだ力があがるのか……」
時雨はほとんど諦めた口調で言う。
純白の光が消えると同時に時雨の全身に圧力がかかった。
「早瀬はどいとけ」
「木村はどいておいて」
声が二つ同時に響く。
力が十数倍にも跳ね上がった二人の声は、破裂寸前の風船のような危うさを見せる。
「でも……海田、あの時のこと覚えてないんでしょ?」
「……いいから下がってろ」
海田は脂汗を流しながら、小さな声で叫ぶ。
「俺の理性がある内に!」
「私もヤバイし、お願い、どっかに隠れてて」
苦痛に顔を歪めて、綾瀬はそう呟く。
早瀬は自分の無力さを噛み締めるように、拳を握ってから海田に言った。
「信じてるぞ。京がアイツを倒して帰ってくることを」
「ああ」
そう呟き、京はケイトスが堕天して作られた魔力を多量に帯びた黒いオーラ――ヘイトスを纏い、時雨へと迫る。
早瀬の目ではもはや追いきれない速度だが、時雨にはやはり遅い。
拳を避けようと、存在確率を使い避けようとするが、発動しなかった。
いや、正確には発動した瞬間に、無効化された。
時雨は驚いたように、京と後ろに控えている綾瀬を見る。
拳が頬を殴りぬけた。更に腹部に拳が入る。
身体を真っ赤に発光させ、モーターのような凄まじい速度で回転した。
もはや兵器と化した踵が、時雨のこめかみをぶち抜く。
「が……っ!?」
「あなたの魔術は分子結合を緩めることで、攻撃をすり抜けるってところかな?」
綾瀬が不敵に笑った。